Unlucky!

木嶋隆太

第四十三話 悩み

 一回戦はモンスターのチームだった。
 サハギンランス×2、サハギンソード×3、サハギンマジシャン×1の六体だった。


 パーティーの上限が6人なので、たぶんそれに合わせて編成されている。
 対してこちらは二人。初めから負けの匂いがするな。


 闘技場は楕円型で、観客席と戦う場所の二つに分かれている。
 さて、やるか。






 一回戦を終えて、俺たちは控え室に戻ってきた。
 次の戦いまで少々休憩がある。


「私、見てただけだった」


「……悪い、はしゃぎすぎた」


 敵を倒しまくった俺も少し落ち込んでいた。最近、この世界がゲームであることを利用して、力を押さえるのを忘れてしまっている。


 とはいえ、オレンジにばれることはいい。
 学校に通う連中や教師たちにばれなければ、問題なし。


「……いらない、子」


 オレンジの元気が全くない。
 落ち込んでいるようだ。一回戦は俺一人で全く問題がなかった。


 唯一厄介だったマジシャンは、他のモンスターを蹴り飛ばして詠唱を妨害したりして対処したからな。
 残りの敵は突っ立ってるだけの、雑魚だ。


 首を折り、腕を逆側に。
 現実なら悲惨な死体だらけだっただろう。


「いらないってなんだ。お前がいなけりゃ俺は本気でやってない」


 それは確かだ。
 まだまだ、本気ではないが敵との実力差がありすぎれば力の底までは見せられない。


「これが終わったら、また私は一人」


「瑞希たちは?」


「まだ、バラバラ」


 あいつら……。
 オレンジは彼女らのリーダーみたいなモノだろう。瑞希のアホが。


「一人は、いや」


 ぎゅっと視線を下げる。
 何か、彼女の過去にあったのかもしれないがそれは俺が聞いていい事柄じゃない。


「悪いな。瑞希たちはゲームをやりこんでいるんだろ?」


「ヒメはあなたのストーカー」


「……ほんと、悪いな」


「フィリアムは私を敵対している」


「敵対?」


 フィリアムが敵視しているのは俺だけだと思っていた。


「フィリアムは、強くなりたい、らしい」


「らしい?」


「私もよく、わからない」


 フィリアム、ねえ。
 あんだけ睨んでいたのは、俺が強いと知ってるからか?


 瑞希の話を鵜呑みにしているってことだよな。


「敵視といっても、力を羨ましがられるくらい」


「そうか」


 中々立ち直らないので、俺はオレンジの頭を軽く叩く。


 瑞希が落ち込んだときは頭を三回叩くと元気を出してくれた。友達だからって同じことが効くとは思えないが。


 オレンジは俺の心情を察してか、いつもの無表情に戻す。
 こいつの生き方は疲れそうだな。


「……ごめん、ありがと」


「戦いのときに足手まといになられたら困るからな」


 顔をオレンジから外す。
 正面から感謝されるのは苦手だ。


 しばらくだんまりだったが、


「強い、ってなんだろう」


 なんとも哲学的なことを発した。


「さぁな、オレンジはどう思うんだ?」


「誰かを守れる強さ。私は、誰かを傷つけるために武術を習っていない」


「俺よりもよっぽど瑞希を守るのに適してるな」


「でも、力を持ってるだけで、私はフィリアムを傷つけてる、の?」


「傷つけるって言い方は少しおかしいな。フィリアムはただ単に嫉妬してるだけだ」


「シ……ット?」


「そんなボケはいらん。フィリアムがなんで強くなりたいのか知らないけどな、強いヤツに嫉妬してるだけだろ」


「なら、あなたにも、同じ理由だと思う」


「俺か? 俺は現実世界じゃ強くはないようにしてるぜ?」


 公式的な記録として残しておきたくない。
 将来、瑞希のボディーガードにさせられる可能性を少しでも減らすためにだ。


 俺は他人を守るのには適していない。例えば、瑞希を狙う強い敵が現れて、その場合、恐らく俺は瑞希の命よりもその強敵と戦うことを優先してしまう。


 だからこそ、俺は瑞希を危険に晒したくないから、
 でも、この世界で過ごして誰かを初めて守った。


(ヒメを守った、んだよな)


 ゲームとはいえ、正直自分でも少し驚く行動だった。


 あの強敵との戦いの最中、優先したのはヒメだった。正確に言うならヒメのペットだったが、ペットがやられればヒメは恐らく泣くだろうから守ったって表現で合ってるはずだ。


 やはり、彼女は悩んでいるようだ。
 他人の悩みなんて、基本的にどうでもいい。


 だけど……オレンジは年下の女の子だぞ?
 まだ、未成熟な体だぞ。


 泣きそうな顔は見たくない。


「私、自分の感情を表に出すのが、苦手」


「知ってる。今まで相対してれば、自分のことをあまり話そうとしないからな」


 数日いたにもかかわらず、俺は彼女がみかんが好きな女の子という情報しかない。
 彼女はみかんだ。それしか言えない。


 わざとやっているのか知らないが、彼女は誰よりも自分の殻にこもっている。
 それは、俺もだから多少はわかる。馬鹿にするように返すのも、俺を好きでいてくれるよりは嫌ってくれたほうが全然いい。


 好かれるのは……苦手だ。
 だからこそ、ヒメの対応は非常に困っている。


「……」


 またまた落ち込んでしまった。


 彼女が女性、それも年下だからうまくやれてたのだと思う。
 このまま、どんどん落ち込まれても面倒だ。


 地雷かもしれないが、踏み込んでみるか。
 ずっと感じていた違和感。


「なんで、本音を言わない? 現にあんた苦しんでるんだろ。無理する必要ないだろ」


「本音……?」


「お前、どこか他人に遠慮してるだろ?」


 オレンジも思い当たる節があるようで顔を伏せる。
 オレンジはみかんに関すること以外、ほとんど言わない。


 俺のオレンジに対する印象はみかんが好きなこと以外わかっていない。


「……昔は自分の感情を言葉にしてた」


 彼女は搾り出すように声を出し、小さく反抗する。


「聞かない方がよさそうだな」


「……うん」


 だが、一つだけ聞いておく。


「今、あんたは何を思ってるんだ?」


 彼女は、もっと自分の感情を出せばいい。
 出しすぎるのもよくないが、詰め込みすぎだ。


「一人で、いたくない」


「だったら、あいつらにも言えばいいだろ」


 たぶん、瑞希とオレンジはゲームに対する考えが少し違う。


 瑞希は効率重視とまではいかないが、ゲームを楽しむよりも攻略に重点を置いている。
 オレンジはどちらかといえば、楽しめればそれでいいという印象を受けた。


 すれ違いの原因の一つだ。


『二回戦が始まりますので、準備をしてください』


 結局オレンジに何を言えばいいのか迷って、そのまま終わってしまった。








 二回戦を終えて、オレンジの動きはどこか悪かった。
 今度はオレンジのサポートに徹したが、彼女の調子は戦い終わるまで、終わった今でも戻らなかった。


「さっきの答え。戦い中考えたぞ」


「さっきの……答え?」


 感情を表に出せないオレンジの性格についてだ。こんなこと、する必要はないのだろうけどな。
 オレンジも相変わらず浮かない顔でこちらを見る。


「俺に物怖じするな」


「ソラ?」


 いっている言葉の意味がわからないようだ。


「嘘で塗り固められた言葉よりも、本音をぶつけられたほうがいい。俺はそういう人間だ」


「ソラ……」


「俺は何があってもお前を嫌うことはない。お前と一緒にいるのは、そこそこ悪くないしな」


「……そう、わかった」


 オレンジはそういって柔らかく微笑む。
 俺も軽く笑ってやり、それから


「次は期待してるぜ?」


「それはこっちの台詞。全力出して、あわせるから」


「俺に合わせられるヤツがいるかよ。まあ、頑張ってくれ」


 チャンピオンとの戦い。
 相手は大剣男。ここの闘技場でもっとも強い男か。


 そして、恐らくは……。

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