Unlucky!

木嶋隆太

第四十二話 みかん



 レベルも上がり、戦いやすくなったので目的地に向かう。
 島の中心。地図で確認したところ、そこには丸い建物があると思われる。


 クエストの目的地の可能性がある。
 道中、手当たり次第に現れる魔物をのしていく。


 だから、俺たちは宿から森に入り真っ直ぐに進んでいる。
 そんな中、オレンジは立ち止まり目を閉じて鼻をひくつかせる。


 犬にでもなったのか、怪しんでいた俺だがすぐに理由が分かった。


「ソラ……あそこにみかんが」


 遠くに巨大な木が見え、オレンジ色の果物が実っている。
 鼻をひくつかせたのに理由はあるのだろうか。……ちょっとオレンジの匂いがするな。 


 変なところで細かい。


 このゲームには採集スキルを持っていれば入手可能なアイテムがある。だけど、俺は採集のスキルを持っていない。


 みかんを取ることは出来ても、アイテム欄に入らず倒したことになってしまう。


 びゅーんと加速したオレンジがさっさと向かってしまう。くそ、暴走しやがって。
 俺もすぐに後を追いかける。


 みかんが実る場所は安全地帯だった。一応休憩が取れる。
 みかんの巨木を見上げ、楽しそうな様子のオレンジ。


「俺はスキルを持ってないから無理だな」


「私は、持ってる」


 ぐっと両拳を固めた彼女。二日ほど一緒にいて分かったが、結構強情なところがある。
 積極的なヤツなんだ。


「さっさと先に進むぞ」


 みかんなんて街に行けば食べられるだろう。
 だが、オレンジは動かない。足の裏から根っこが生えたようにその場に立ち尽くしてしまう。


「そこにみかんがあるから、取る。みかんを取るには、谷よりも深い試練を越えなくてはならない」


 なんのことやら。つーか、街で買え。
 巨大なみかんの木には数多のみかんがついているが。


「ジャンプ、ジャンプ、さらにジャンプ。分かった?」


 スキルを使えと言っているようだ。


「俺のスキルは、果物取りのためにあげてたんじゃないんだがな」


 ぐちぐち言ってる時間ももったいない。きらきらと目をひまわりのように明るくしている。
 どうせ、MPを消費する以外のデメリットはないのだからいいか。回復を頼めるしな。


 安全地帯であるみかんの木を基点にした範囲だから魔物を警戒する必要もない。


「どうやって持てばいいんだ?」


「私は……お姫様抱っこ、憧れている」


 両腕をこちらに向けてくる。


「そうかよ」


 他の持ち方だとジャンプがしにくくもあるので、仕方ない。
 しゃがんで彼女の膝の裏と肩よりも少し下の辺りに手を回して持ち上げる。


 うっかり胸に手が触れそうだ。触れられないんだけど。


「随分と手馴れた、動きで。誰かにしたことある?」


「前に、パワードスーツを着て介護の体験をしたことがあるんだよ」


「私はまだまだ元気」


 むくっと頬を膨らませる。可愛いな。


「落とすぞ」


「……イヤ」


 俺の首に手を回しぎゅっと体を寄せてくる。まあ、落とすつもりはない。美少女を泣かせるような真似はしない。つーか、本当に感触があればいいのに。
 それにしても、軽い。ゲームだからなのか、ほとんど重みを感じない。


 スキルを発動して、跳ぶ。目指すは二人が乗っても大丈夫な丈夫そうな枝だ。だが、いつもよりかは跳躍力がない。
 どうやら、数値として体重はなくても影響はあるようだ。


 それでも、下位キャンセルを使用して連続で8回跳んでようやくたどり着けた。
 何つー高さだ。 まともに上ろうとしたら修行になるぞ。


 片腕だけで、木の枝に掴まっている。


「さっさと上ってくれ。腕がもげそうだ」


「分かった。顔踏むね」


 待て。というよりも早く俺の肩や頭を踏んで木の枝に乗り移った。驚いて顔をあげてしまったので、もろに顔面を踏まれるはめに。


 ……ご褒美と考えれば悪くはないか。
 どちらかと言えば靴は履いていないほうがいいが。


「ほら、掴まって。引っ張りあげるから」


「大丈夫だ。このくらい」


 鉄棒みたいなものだろ。両手でしっかり握って、空中逆上がりの要領で木の枝に上る。
 木の枝は二人が乗っても折れる様子はなく、どっしりと立っている。


「……ソラって本当に鳥人ちょうじん


「ありがとな」


 なにやら引っかかる言い方だった。


 オレンジは不安定な場所での移動は得意なのか、そこから他の枝に飛び移りみかんの回収を始めた。俺もどこにみかんがあるのかを見つけて、オレンジに報告した。採集スキルないからこれぐらいしかできないが。


 取り終えた俺たちは自殺と取られてもおかしくない高さから飛び降りる。落下ダメージによりHPは10%減った。高さによってダメージが変わる。クリティカルアッパーよりも高い場所だったから。


 両目を輝かせて、丁寧にみかんを包むオレンジ。
 オレンジには落下ダメージの痛みなんて気にもならないようだ。


 まだみかんを手に入れた余韻に浸っている様子のオレンジの隣に腰掛ける。
 特に話すこともなかったが、手持ち無沙汰であった。


「そういえば、前はみかんって名前だったんだよな?」


「うん。だけど、みかんだと食料かどうか分からなくなる。食べられてしまう」


 誰にだ。


「それに、オレンジのほうがファンタジーっぽい世界観に合ってると思った……どう?」


 くるっと回る。いや、名前だろ。服を見るわけではないのに、動かれても答えは変わらないぞ。


「ぎりぎりボール球だ」


「大丈夫。ジャストミート」


 バットを振るようにオレンジが動く。
 結局、俺の意見なんて意味ないな。肩をすくめて、ため息を漏らす。


「そろそろ、行く。行ける?」


「あんた待ちだったからな」


「よかった。それじゃあ、目的地まで直行」


 ぐっと片手を突き上げる。俺がそれを無視すると、服の裾を掴んでくる。


「えいえいおー。一緒にやる」


「やらねーよ」


「やらないと、顔にみかん投げつける」


「食料は大事にしろ」


「大丈夫、皮だから」


「俺はゴミ箱かよ」


 右手にみかんを持ったオレンジ。投擲スキルでも持っていたら面倒なことになりそうだ。


 はぁ、なんでこう瑞希の友達はわがままなんだ。
 類は友を呼ぶからか……。


「えいえい」


「おー」


 棒読みでオレンジに合わせてやった。嬉しそうに微笑むのを確認してから、安全地帯の外に出た。
 ここから、目的地までは遠くない。


 森の木々の合間からちらちらと建物らしき存在も見え、時々歓声のような声がここまで届く。
 謎の声の正体はあれだろう。一体何をしているのか。


 円型の建物は……闘技場だ。地図にそう表示されている。
 中に入ると、階段があり受付のような場所がある。周りには様々なショップがあり、ここで武器なども購入できるようだ。


 一体どうなっているのかは知らないが、何人者屈強そうな男たちがあちこちにいる。
 その中には女もいる。がたいのいい女だ。幼女はいないのか?


 ……いないようだ。


「ここは、闘技場みたい。なんでも、最近開かれた場所」


「らしいな。謎の声の正体か」


 原因がすぐに見つかったな。これで、クエスト終了となると拍子抜けだ。
 まあ、パーティーを組まなくてよくなるからいいか。


「でも、クエスト内容は謎の声の正体の対処まで入ってるみたい」


 俺も確認したから、分かっている。


 闘技場で何かをしろというわけか。
 何かをするといっても、受付に行くくらいしかないのだ。


 たぶん、闘技場に参加すればいいんだろう。
 早速近づいて、また軽くナンパ紛いのことをしようと思ったが、オレンジの感情の起伏が少ない目が俺を見てくる。


 これから俺が何をするのか理解しているような。だったら、もちろん期待は裏切らない。


「姉ちゃん、これから遊びに行かないか?」


「いらっしゃいませ! 闘技場にどのような用事でしょうか?」


 すると、目の前にメニューが現れる。俺のナンパに対してはAIが搭載されていなかったようだ。悲しいな。
 オレンジがみかんをぶつけてきたが、片手でキャッチして人差し指の上でまわして遊びながら、メニューを確認する。


 そこには依頼に関する項目があったので、さくっと押してやる。


「あなたがたは……分かりました、こちらに来てください」


 受付の女は突然立ち上がり、受付後ろにある階段を上っていく。


「どうやら、話が進んだな」


「いこ」


 オレンジが俺の手からみかんを奪い取り、アイテムボックスにしまう。俺は肩をすくめてから後を追いかける。
 階段を上った先には二つの扉がある。


 どちらもドアの上に日本語で文字が綴られていた。
 正面のドアは『闘技場入り口』。受付の女が向かったのはもう一つのドアで『管理人の部屋』と書かれている。


 ドアを開けると今度は階段を一つ下りて、ようやく目的の場所へついた。
 受付の女がドアを開けてくれた。先に入ろうとしたオレンジの頭上にHPのゲージが出現して。


 オレンジに向かって大剣が突かれる。予想していた俺は既にハンドガンを抜いて、ウィギリアを発動していた。
 オレンジを抱きしめるように片手で引き寄せ、大剣の攻撃をハンドガンを持った右手の甲で裏拳気味にぶつけて軌道を逸らす。


 くるっと回転した俺は、そのまま大剣で攻撃した男の頭上にハンドガンを向けると、ゲージが消えた。
 なんて、初見殺しだ。おとなしく食らっていたらどうなっていたのだろうか。


「……お見事」


 いきなり攻撃してきた無礼な男は、そういって大剣を背中につけた。
 俺もハンドガンをしまい、オレンジから手を離す。


「……ソラって未来が見えるの?」


「だったら嬉しいけどな」


 残念ながら、咄嗟に行動できただけだ。


「用件は分かっている。お前たちが、この闘技場を奪いに来たのだろう」


 どこで、どうなった。
 知らないが、このまま話を進めたほうが早く終わりそうだ。


「ああ。やかましい音が迷惑なんだよ」


「なるほどな。死人の唯一の遊び場として、ここの存在があったが。仕方ないか。ならば、力を示せ。闘技場に参加し、三勝しろ。そうすれば、闘技場のチャンピオンに挑戦できる。勝てば、ここはお前たちの自由だ。我々、死人はおとなしく消えようじゃないか」


 死人?
 いまいち分からなかったので、おっさんの言葉は適当に聞き流しながらヘルプに新しく増えていた闘技場の項目をチェックする。


 闘技場。死んだ魂たちの集まる場所。ここでは、死人たちが毎日自分の力を誇示するために暴れている。彼らの会話とはすなわち、力だ。


 なんだ、そりゃ。全員脳筋ってことか。
 大剣男の話は終わり、受付女から詳しい話を受ける。


 ひととおり説明を聞いた俺たちは控え室に案内された。
 これから俺たちは闘技場で行われる戦いに参加する。ルールは簡単で敵の体力を削りきれば終了だ。


 控え室にいながら、賞品をどうするか考える。
 なんでもいくつかの欄から自由に一つ選べるらしい。


「悩んでるの?」


「ああ。もう、決まったのか?」


「うん。これ」


 そういってオレンジが選択した賞品を見せてくれた。
 アクセサリのようだ。賞品の画像も添付されていて、みかんのネックレスのようなものだった。


 変わらないな、こいつ。


「何で悩んでるの?」


 ぐいっと顔を寄せてきて、距離が近くなる。肩と肩がぶつかっている。


「新たな拳銃?」


 それもあるんだがな。


「拳銃も気になるが、今はグレネードが欲しい」


 景品の中に、グレネード弾作成書というものがあった。
 拳銃は、いいか。


 このまま手探りに作るよりはグレネード弾をさっさと作りたいしな。


 すると、脳内に景気のいい音楽が流れてメッセージが浮かぶ。


『一回戦が始まりますので、オレンジ、ソラソラは速やかに移動してください』


 ゲームってこういうときいいな。
 現実なら色々と面倒なやり取りがあるかもしれないが、ゲームにはそれがない。


「がんばる。絶対優勝しよう……ね?」


「ああ、分かってるよ」


 クエストのためだ。


 とはいえ、オレンジが喜ぶ姿とやらも見てみたいので、少し本気で行くか。
 手を抜いて、みかんをぶつけられるのは嫌だからな。

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