Unlucky!

木嶋隆太

第三十話 新たなプレイヤー



 罠に引っかかり、俺とヒメはどこかの洞窟に落ちた。


「ぷぎゃっ!?」


「ここはどこだ?」


「ど、どいてっ! 重たい!」


「お、こりゃいい座布団だ」


「座布団じゃなーい!」


 ヒメを潰していたので、ゆっくりとどいてやる。 
 はぁはぁ、と疲れたように息を乱しながらヒメは左右を見やる。


「ここ、どこ?」


 今にも泣き出しそうな声で、俺の腕を掴んで離さないヒメ。
 周囲が暗いからか、不安そうに瞳を揺らしている。


 ヒメと俺の距離がだいぶ近いのだが、それでやっと顔が認識レベル。
 俺たちが落ちてきた天井を見上げるが、光は差し込んでいない。


「おい、たいまつは持ってるか?」


「う、うん一応」


 ヒメがたいまつを取り出すと、周囲が明るくなる。
 これでモンスターの奇襲には対応できるようになった。


 明かりを中心にうっすらと見えるようになった洞窟はつららのような鋭い岩が地面から生えている。
 肌を撫でるような冷気が時々吹くのを予想するに、どこかに出口があるのだろう。


 風の流れを肌で感じ、


「こっちに行くぞ」


 ヒメを誘導する。ヒメの背中をぐいぐい押していくと、涙目で振り返る。


「ちょ、ちょっと! 先行ってよぉ!」


 こいつやっぱり暗闇が怖いようだ。子どもみたいな性格だったから別段驚きはない。
 俺は深刻そうな表情を作り、


「後ろから幽霊に肩をつんつんされるのとどっちがいい?」


「ま、前行く……」


 つんつん。


「ひゃうっ! って、やめてよ!」


「悪いな。からかいがいのある後ろ姿だったから、つい」


 ヒメはいつもの気迫が薄れて、「もう、いいよ……」と精神が磨り減られているようだ。
 顔もどこか虚ろだ。


「たいまつ貸せ」


「え、ちょっと待って! 明かりがなくなると、私力が出せない!」


 あってもなくても、サモンモンスター任せだろうが。


「お前は俺に張り付いてろ。幽霊だろうが何が出ても守ってやるよ」


「……え?」


 ヒメの手からたいまつを奪う。ヒメは戸惑ったようにしながらも、俺の余っている片腕に抱きついてくる。
 しばらく、動きにくい状態で細い道を歩くと拓けた空間に出た。


 壁にロウソクのようなモノがついていた。
 もしかしたら……。


 火がつくかもしれない。試すためにロウソクへたいまつを近づけると――ついた。
 そのまま、ばばばっと隣のロウソクへと燃え移っていき。やがて、全体を明るくした。


 丸くて広いこの場所は嫌な予感しか生まれない。


「ここで、少し休むか?」


 さっきからほとんど喋らないヒメはぼーっとこちらを見ている。


「おい、聞こえてるか?」


「え、えっ!? ええ、と何?」


「少し休むか?」


「あ、う、うん」


 暗闇がよほど苦手なのか、ヒメはすぐに座り込みサモンモンスターを召喚してぎゅっと抱きしめている。顔をブラックウルフの毛皮に押し付けている。ぬいぐるみみたいな扱いだな。


 サモンモンスターも優秀なのかご主人様の命令に従ってじっとしている。時々、元気出せよとばかりに前足で頬を撫でている辺り、さすがだ。


 俺も壁を背に膝を曲げて、拳銃を手に持っておく。いつ、なにが起こるかわからないからな。
 無言が空間を支配する。


 ヒメにしては珍しい。暇さえあれば口を開いているヤツだからな。
 なんか、怖いぞ。


 普段喋りまくってるヤツが急に黙ると、何か起こるんじゃないかという……。
 突然、洞窟内に響く足音。俺はすぐに察知し立ち上がる。不安そうにヒメが上目遣いで見てくるので、


「敵だったら、魔法で援護しろ。ムリなら休んでろ」


「う、うん」


 極力自分の足音を消して、近づく。
 どうやら細い道はいくつかあり、俺たち以外にもこの洞窟に迷い込んだ恐れがある。


 一歩踏み込んだ瞬間に、俺はすぐに敵を壁に押し当て額に拳銃をつきつける。
 ぐぇっ!? と間抜けな声が耳に届く。


 押さえつけた人間の顔を見ると、


「……どうやら、人間みたいだな」


「な、なんですかぁ!?」


 すかさず両手をあげて、目を丸くしている男。気弱そうなヤツだ。頭の上の耳から、獣人だというのが分かる。
 両手を上げるスピードが素晴らしかったが、襲われ慣れているのか。


「フライくんから、離れてください!」


 俺の背後で矢をつがえた弓を構えている女性。ちらと視線を向けると、背中のほうに白い羽が見える。初めて見る種族だ。確か、天使人とかそんなのがあったな。たぶん、それだ。


 獣人のガキが襲われてからすぐに反応するあたり……少しできそうだな。
 このままバトルをおっぱじめたい気分だったが、今は少しでも情報が欲しい。


 男を解放して、拳銃をホルスターに戻す。


「悪いな。敵かどうか分からなかったから、先手必勝を心がけていたんだ」


「そ、そうですか」


 今度は俺が両手をあげて、優しく笑いかける。敵意がないことを証明できたようで、男と女はほっと息を漏らす。
 油断するのが早いぞ。俺が本当に戦う意志があったら、この時が一番危険だぞ。


「ちょっと訊きたいことがあるんだけど、あんたらも罠にかかって落ちたのか?」


「う、うん。僕が罠にひっかかって、一生懸命ミリフィ……あ、この女の子のことなんだけど、ミリフィが助けてくれようとしたんだけど一緒に落ちちゃったんだよ」


「不甲斐なくてすいません……」


「別にいいって。僕が罠にひっかかったのがそもそも悪いんだから」


「俺たちと一緒だな」


「今普通に嘘ついたぁ!」


 休んでいたはずのヒメがやってきて、俺を睨んでくる。
 もう、復活したのか。


「で、この二人誰?」


 ヒメがふふんと調子よさげに胸を張る。


「迷子らしい」


「へぇー、子どもみたい」


 人の神経を逆なでするお得意の笑みを浮かべる。口元を手で隠す辺りがさらに苛立ちを加速させる。
 二人が怒りを覚えないように、俺が矛先を変更する。


「お前には言われたくないと思うぜ」


「どういう意味!?」


「鏡を見ろってことだ」


 むきー! とヒメが飛び掛ってきたので、腕を捻り上げて押さえ込む。


「……ええと、そういうプレイ?」


 フライと呼ばれていた貧弱そうな男が首を捻っている。


「ああ、こいつがドMなんだよ。毎日相手してる俺はもう、疲れて仕方ない」


「私の名前にMの文字はない!」


 ヒメは時々見当違いなことを言うな。
 解放するとまた暴れそうなので、このまま押さえておく。


「この洞窟から出るにはどうするか話あいたいんだが、あんたらはこの道から来たんだよな?」


 先ほど出てきた洞穴のような指差すと頷かれる。


「うん、でも、あれだよ。ええと……」


 フライの発言に……なんとなくバカな匂いを感じてしまった。俺の下で震えているヒメと似た……下手したらそれ以上かもしれない。


 ごくりとツバを飲む。これは、腹をくくらないとな。


「ですけど、脱出できるような仕掛けはありませんでした。ただの一本道でした」


 ミリフィが代わりとばかりに説明してくれる。
 フライが残念な知能を持っているのを理解しているようだ。


「こっちも大体同じだな。そうなると、残りの道だけか」


 立ちっぱなしで話を本格的に始めるのもアレなので、俺たちは四人で円を作りように座る。
 簡単に自己紹介してから、本題に入る。


「可能性としては、残り二つの道ですよね……」


 俺もミリフィと同意見だ。


 この広間には残り二箇所の道がある。 
 もしも、脱出できるのならどちらかが正しい道なのだろうが……。


「サモンモンスターにチェックしに行かせろ」


「嫌っ! もしも、危険があったらどうするの。かわいそうでしょ」


「安心しろ。墓は作ってやる」


「縁起でもないこと言わないでよ」


 ヒメは寂しそうに顔を伏せてしまう。どうも、今の冗談はダメなようだな。
 暗い空間というのも原因の一つではあるかもしれないが、いつものバカさ加減に切れがない。


 他の二人にも悪い空気が伝染してしまいそうだ。


「俺の予想だが、男子二人、女子二人がここにいる。つまり、カップルが落とされるのだと思っているんだが?」


「「かかカップル!?」」


 反応したのは女性陣二人だ。二人の反応は予想の範疇だ。ヒメは恋愛事とか苦手そうな性格だし、


「よく言われるんですよね。だけど、カップルじゃないですよ。ミナはただの幼馴染ですよ」


「そうなのか、ミリフィ?」


「そうだよね、ミリフィ?」


 ミリフィのほうへ二人で視線を送る。表情が消えてるんだけど、この子。
 嫉妬というか、怒りの炎に狂っている様子のミリフィを見ても平然と笑っているフライはたぶん、頭の中身がどこかに飛んでいる。


 鈍感すぎるだろ……。


「……」


「恨めしそうな目つきだな」


「生まれつきですよ」


「さらに鋭くなったんだが、本当に天然モノか?」


 赤ん坊のころからこれだと、さすがに怖いぞ。
 無言のまま、ミリフィは弓を構える。


「待って! 僕が悪かったからっ!」


「誰の目つきが生まれながらに悪いんですか! 誰の胸が小さいんですか! 胸のサイズなんて関係ないでしょッ!」


 弓を木刀のように持ち、フライへ攻撃する。フライも慣れているのか腕についた盾でガードしている。
 矢を装填しないのは良心の呵責か……。


「優しいヤツだな」


 うるっときたぜと目元のあたりを拭う。


「どこがぁっ!? ま、待って。僕、胸はがぼおぅっ!」


 フライがボロボロの姿でぶっ倒れた。

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