Unlucky!

木嶋隆太

第二十八話 お守り

「このゲームの漢字変換って使えないよね」


「あぁ? 何でだよ」


「だって『ふいんき』って声入力しても漢字に変換されてくれないんだもん」


「……。そうか、機械だから間違えもあるんだろうな」


「ほんとっ、その変しっかりしてほしいよね。私じゃなかったら怒ってるところだよっ」


「確かにな。間違えるヤツ自体が少ないだろうな」






 二人部屋を借り、ルームサービスも頼む。中々にいい部屋だ。第一の街と違って緑がある。観葉植物や両手で抱えられるほどの花瓶に入った花たち。


 丸い木で出来たテーブルを俺とヒメで向かい合うように座り、俺は先に届いた水の入ったコップに口をつける。
 椅子の背もたれに右腕を引っ掛け、だらしなく足を組んでヒメに視線をやる。


「で、なんなんだ? なんで一人でいた」 


「喧嘩したの、瑞希と」


 頬を風船のように膨らまして、顎をテーブルにつける。
 氷だけが入っているコップを口に咥えて倒して遊んでいる。


 行儀が悪い。


「いだっ! なにすんのよ、もうー!」


 頭を引っぱたいてやり、姿勢を戻すように指示する。
 俺が言っても説得力はないが、ヒメは椅子を引いて背筋を伸ばす。


 足をぶらぶら揺らして、時々俺のスネに当てているのはわざとか?


「なんなのよ、別に私がどんな格好でもいいじゃん」


「お前が他人に子供っぽいヤツと思われるのは構わないが――」


「そ、それは嫌っ!」


 途端にヒメは上品に食事を始める。子供扱いが嫌らしい。周りに俺まで幼稚なヤツと見られたくないから注意したんだが、予想外の効果だ。これからもチラつかせていこう。


「あんたって、赤羽家の人間でしょ? だったら、私の奴隷ってことでいい?」


「どんな公式を利用したらその答えに辿りつくんだ」


「む、難しいこと言わないでよ!」


「お前、学校の成績悪いだろ」


 とにかく、彼女を助けてしまった俺が悪かったんだろうな。
 下手に関わる前におさらばしておくべきだ。


「それじゃあな、仲直りは早めにしといたほうがいいぜ。長引くほど、言い出すタイミングが掴めなくなるからな」


 片手をあげて、部屋から出ようとすると、


「ま、待って!」


 椅子の上に立ち、ぴょーんっ。カエルのように跳ねる。
 背中に飛び乗られそうだったので、腕を掴み地面に投げる。


 床に叩きつけられたヒメが顔を顰めてもがく。


「ひぅっ! なにするのっ」


「こっちのセリフだ。いきなりカエルになるな」


「魚類は嫌い!」


 両生類だバカ。
 ヒメはぺたんと床に座りこみ、恨みがましく睨んでくる。


「酷いよ酷い。私を何だと思ってるのよ」


 おつむが残念なガキだろ。


「本当に何の用があるんだよ。さっさと答えろ」


「ちょ、ちょっと待ってよ」


「さーん」


「え、ええ!?」


「にー」


「ととと……ああ、もうわかんないよぉー!」


「いーち」


「い、一緒にパーティー組んでっ!」


「却下」


「私の努力-っ!」


 誰がこんな残念なヤツのお守りをしたいのだろうか。
 あのチンピラたちに任せて置けばよかった。


 頭をかきむしりたい気分にかられながら、俺は額に手を当ててため息をつくだけにとどまる。
 こいつ、妙に放っておけないんだよな。


 子どもを見ているような気分になるんだ。誰だって、車が行き交う道路に子どもを置いておきたくはないだろう。


「瑞希と喧嘩したんだっけか」


 俺が話出したのをどう捉えたのか知らないが、目を爛々と輝かせる。
 うんうんと無邪気に何度も頷く。


「うん。全部ミズが悪いのよっ」


 喧嘩の内容はどうにも幼稚すぎた。ヒメの説明では確かに瑞希が悪く言われているが、アテにはできない。
 瑞希は猫が好きだ。そして、ヒメは犬が好きだ。


 なんでも言い合いになったらしい。ヒメはサモナーという職業らしい。これは魔物を召喚して戦わせるのが基本だ。


 ヒメの契約魔物はブラックウルフとホワイトウルフ。見た目は犬みたいな魔物だ。
 パーティーで狩りをしているときに、ウルフが傷ついたのでリターンさせたのが喧嘩の原因らしい。


 ヒメとしては目の前でウルフがやられるのが嫌だったのだ。そのせいでパーティーがピンチに陥った。
 それから、犬と猫どちらが可愛いかの言い合いになった。


 ……まあ、瑞希もおかしなヤツだからな。途中から会話の道が外れてもおかしくない。


「犬はこんなに可愛いんだもん。意味分かんないよ。赤羽はどっちが好き?」


「そんなこと聞いてどうするんだよ」


「犬じゃなかったら、赤羽が将来ロクな人生を歩めないようにする」


「犬が大好きだ。そりゃもう、あの犬っぽい姿が大好きだぜ」


「嘘つきは嫌い」


「ならどうしろと」


「正直に言えばいいのよほら、早く」


「どっちも好きじゃねえ」


「あんたの人生めちゃくちゃになっちゃえ!」


「……勝手な」


 絶叫したヒメはあっと声を漏らす。


「ねえ、なんであんなに強いの?」


 なぜこのタイミングで思い出しやがる。すっかり抜け落ちていたのかと期待していたのに。


「幻覚じゃないか? ていうかゲームの強さが現実と比例しているかは別だろ?」


「……じー」


 だから口で言うなよ。
 ジト目でこちらを見続けるヒメ。これをやり過ごすのは大変そうだな。


 部屋の扉がノックされ、仮にもお嬢様なヒメは全く動く気配を見せない。


「さっさと行ってきてよ」


「へいへい」


 一応は逃げられたか。部屋の扉を開けると、外から若い女性が両手に皿を持っている。


「可愛いな、ちょっとデートに行かないか?」


「食事をお届けしました」


「……無視か」


 皿を持った女性は木のテーブルへ皿を置く。
 肉の焼けた香ばしい匂いが充満する。


「ハンバーグッ!」


 目の色を変えたヒメが真っ先に飛びかかる。俺のことよりもハンバーグのほうがウェートが高いようだ。ラッキー。
 NPCが一礼して部屋を去ると同時に俺たちは食事を始める。


 俺も今日は豪華におにぎりを二つ購入したので、わしづかみで食べる。


「下品な食べ方」


 ハンバーグをフォークで突き刺すのもお嬢様としてどうかと思うぞ。
 口の周りにソースをつけながらも、おいしそうに食べる。まあうまく食える食い方が一番だろうな。


 おにぎりを食べているにも関わらず、腹が減ってきてしまう。ハンバーグの匂いはやめてほしい。


「お前、明日までに戻らなくていいのか?」


「……」


 ヒメはぷいと横を向き、何も言わない。
 こいつ頑固だな。


 友人同士喧嘩の一つや二つあったほうがいい。
 これは温かく見守ってやろう。


「あたし、明日のイベントには参加するつもり」


「一人でか、がんば」


「あんたも」


「なんでだよ」


「明日のイベント一緒に参加してっ!」


 彼女は小さな胸を強調するように腕を組む、タレ目気味の瞳を強気に白い歯を見せながら言い放った。


「嫌なんだが……」


「却下!」


 片手を勢いよく振り、それから風呂場に向かう。
 なんて脈絡がないんだ。


 俺が呆れるようにヒメを目で追っていると、何を勘違いしたのか胸を隠すようにこちらを睨む。


「の、覗いたら怒るからっ! 後逃げたら、どうなっても知らないからね」


「さっさと入ってろ、貧乳」


「怒るよっ!」


 ヒメはそのまま風呂場に入っていった。


(あぁ……なんて面倒なことに関わってしまったんだ……)


 ヒメが風呂から出るまで、アイテムの整理をしたり、ヘルプを見たり、スキルのセットなどをして時間を潰す。
 風呂から出たヒメは「逃げずに残ってて偉いよ」と言い残してすぐにベッドに飛び込んで眠った。


 近づき完全に眠ったのを確認してから、コールする。
 ワンコールで出たのは、瑞希だ。どこかの宿にいるようだ。


『何か用かしら。明日のイベント一緒にやる気になったの?』


「ヒメを引き取ってくれ。喧嘩したんだってな」


 ぴくりと眉が動く。


『ええ。喧嘩したわ。子どもっぽい? 私にも譲れない一線があるのよ。なぜ知っているのかしら?』


「ヒメは今ベッドで寝てるんだよ。引き取りにくるか?」


『……どういう経緯で一緒にいるのかしら』


「色々な。説明は省かせてもらうぞ」


 瑞希は「……ヒメなら、別に……ありえないわね」と顎に手を当ててぶつぶつ呟きだす。


「おい」


 電話の最中に相手を無視するなんていい度胸してるな。


『……ええ、ちょうどいいわ。アキ兄のことバカにしてたから、一緒にいるのも面白いかもね』


 『私のアキ兄がバカにされるのはたまらないわ』と付け足して、頑張りなさいと応援される。
 待て待て。一体お前の脳内で何が起こった。


 瑞希といい、ヒメといい。お嬢様の脳は普通とは違いすぎるだろ。


「俺は面倒なんだが」


『しばらくはヒメをお願いするわ』


 瑞希からは既に固い決意の色が窺える。
 ……勝手すぎるだろ、どいつもこいつも。


「……はぁ、分かった。イベントが終わるまでは面倒みてやるよ」


『ええ、任せたわ。あと、変な気を起こさないように』


「絶壁に興味はねえよ」


『それって私のこ――』


 怒りの形相がちらと出現したので、すかさず電話を切る。
 変な気を起こさないねぇ。起こすわけねえだろうが。


 ベッドで横になっているヒメは妹的な立ち位置だ。


「男の隣で気持ちよさそうに眠ってるな」


 とはいえ、だ。
 俺はどちらかというと未成熟な体のほうが好きだ。見た目だけならヒメは一番俺の好みに近い。


「……すぅ……すぅ」


 頬を掴み、むにょーんと伸ばしてみる。それでも口をもぞもぞと動かすだけで起きない。ゲームのシステムの影響なのか、ヒメの寝つきがいいのかは分からない。


 感触がないのが惜しい。輪ゴムを伸ばして遊ぶように何度も、びよーんと伸縮して楽しむ。


「う……うぅ……」


 悪い夢でも見ているのか、眉間に皺を寄せ、寝息と共に体を動かす。
 布団の中にある足をもぞもぞと動かしながら、寝返りを打つ。


「寝るか」


 明日は一日お守りか。ついてないな。

コメント

コメントを書く

「その他」の人気作品

書籍化作品