Unlucky!
第二十六話 出会い
あれから数日が経った。イベントもついに明日に備え、どこかプレイヤーたちの間には楽しそうな空気が流れている。のん気なものだ。
ここ最近は葵に教えてもらった例の狩場でレベルを上げたり、新たな狩り場に移ったりと適当に過ごしていた。
今俺は第三の街にいる。解放戦が昨日終わったので、昨日からずっといる。
ここは、科学力がそこそこあるという設定の街だ。
街のあちこちでよく分からない機械ががしゃこんがしゃこん動き、道行くNPCの格好も現代の人間に近い。
だが、建物や歩道は石造りだ。灰色に近い石でできた街ではあるが、暗くはない。街灯が照らす地面などは妙に現実らしくなくてわりと好きだ。
今は暗くて見えないが、昼間な緑色の山の景色も楽しめる。
自然に囲まれたいい街だ。第一の街も嫌いではないが、この雰囲気がいい。思わず深呼吸してしまった。
第三の街は別名職人の街、図書館の街と呼ばれている。
前者はこの街にしか素材屋がないからだ。素材屋ではランクの低い素材が売っているので、生産系スキルを所持している人間は多くがここを拠点に変更している。
後者は図書館があるのだ。時計塔が街の中心にあり、その建物が図書館だ。
魔物の弱点などが載っていたりして結構便利だ。攻略本みたいな。
一度見た情報はモンスターブックに登録される。モンスターブックとかいう存在を始めて知ったが、ヘルプにあった。
図書館としては複雑だろうな。一回でも来れば図書館に用はなくなるのだから。
この街は現在多くのプレイヤーの拠点となっている。
第三の街の先にあるフィールド。ここには様々な職業のリザードマン、アクアウルフ、アクアゴブリンなどが出現する。
レベルは27~35。おまけに沸きもよく経験値もうまい。
レベル上げが苦しい20後半から30前半までを見事にカバーしているのだ。
さらに、『リザードマンの住処』というダンジョンもあり、ここはリザードマンオンリーでさらに人気がある。
今この世界のリザードマンが討伐されている。現実ならきっと絶滅している。
俺もその中の一人だ。人型で武器を持っているのでカウンターはやりやすいし、首の骨を折るように攻撃すれば大ダメージを与えられるからな。
狩りを終えて、午後10時。明日は魔物狩りのイベントもあるのでそろそろ宿に戻ろうと思っていたところだ。
街灯、店、NPCの家の明かりなどのおかげで道が見えないなんてこともない。
他のプレイヤーもわいわいがやがやとにぎわっている。みんな、何時に寝ているのだろうか。
この辺りに店を開く人も増えてきた。
遠くから見える範囲で品物を見ていると、道の外れのほうで知り合いを見つけてしまった。余計なことをしてくれたな、俺の目。
あれは……ヒメだったか。瑞希の友達の銀髪ツインテールのチビだ。
やたらと噛み付いてくる女だ。
二人ほどの茶髪と金髪の男に逃げ道を塞がれ、困ったようにきょろきょろと首を動かしている。近くを通る人たちをすがるような視線をぶつけているが誰も助けには行かない。
二人の男には尻尾と耳がついている。獣人だ。男の獣人はあまり見たくはないな。
顔も妙に整っている。完全に弄っているのが分かる。
VRゲーム、特にVRMMOの問題の一つでもある。
等身大なので、逃げることが困難。例えば誰かに絡まれた場合どうしようもない。
一応、身体の接触はシステムで防御されているので性的にどうこうされることはなくても、逃げ道を塞ぐように囲まれてしまえば恐怖ではあるだろう。年上の男の人に絡まれるということは心に恐怖心を植えつけるはずだ。
瑞希と俺がやった身体的接触の切り替え――このゲームでは感触が増えるだけなので、あまり効果があるとは思えない――や、すぐにGMコールができるようにしたり様々な取り組みが行われているが、依然として効果は微妙なところだ。
この世界でGMコールをすればどうにかなる、わけがない。そもそもコールボタンがどこにあるのかさえも分からない。
ゲーム世界とはいえ、助けようとする人は少ない。そもそも見向きもしない。たぶん、ゲーム世界だからだろう。見た目上被害が出ないのだから。
怖い、わけではないだろう。ただ単に興味がないのだ。
自分が楽しんでゲームをやっているのに、路傍の石のような存在に構っている暇はない。
正義の味方のロールプレイしているヤツならかっこよく助けに行ったかもな。運がなかったな。
「なあ、いいだろ?」
とうとう、茶髪の男がヒメの右肩に手をかける。それでも、握られても当たってるなという感触だけだろう。いやらしく触られても、どちらにも感触はない。
それでもヒメは表情を強張らせながら小さな悲鳴をあげる。
「一人で狩りしても大変だぜ?」
金髪の男はそういうとヒメの顔を覗きみる。ヒメは俺に噛み付いてきた勢いなんてまるでなく、「あ、うぅ……」と視線を下げる。
「いやいや、ソロでやるのは気楽でいいぜ? 面倒な関わりとかもなくてな」
僅かに赤が混ざった黒髪をした男がヒメの左肩に手を置く。
俺だ。面白そうなものを見つけてしまったのだから絡まずにはいられない。一応瑞希の友達らしいしな。助けるぐらいの労力は惜しまない。
ヒメは驚いたように顔をあげて、
「アカバネっ!」
花を咲かせるように喜ぶが、瞬時に暗い表情に切り替わる。なんだ、その変化は。
「ああ? テメェ、誰だ」
茶髪の男が突然現れた俺に一瞬驚くが、すぐに睨んでくる。
一般人ならビビるかもしれないが、俺からしてみたら子犬に睨まれているようなモノだ。
金髪の男が加わり、ふんっと笑う。
「おれたちのレベルがいくつか分かるか?」
「知能レベルか。1だろ?」
「……舐めてんのか?」
「もちろん」
相手が目を吊り上げたので、お返しとばかりに鼻を鳴らす。
すると、今度は茶髪の男がアイテムを出現させる。
「これが分かるか?」
手には紙があり、何か描かれている。
人が人を刃物で刺すような絵……だな。いまいちわからん。
「お前、絵の才能ないな」
「……これはオレ達が暗殺者ギルドに入ってる証拠なんだよ」
「暗殺者ギルド?」
すでにギルドが出来るのか。確か結構な金がかかったような気がしたのだが。
くいくいと背中の服の裾がつかまれる。
「……最近出てきたの。まだ、正式にギルドとして登録してないけど、『マーダーキラー』っていうチームだよ」
小さく後ろで囁いてくるヒメ。お前、いつの間に俺の後ろに隠れたんだ。
背後をとられるとは、やるなヒメ。
「分かったか? オレ達に逆らったら、死ぬぞ?」
「なんだったら今から殺してやるか? ほんと、デスゲームだったらよかったのにな」
二人はけらけらと笑い続ける。
背後にいるヒメが「……不快よ、不快」ともらす。今回ばかりは同意見だ。
殺す、か。笑えるな。
一度も殺したことないくせに、な。
「くく、お前ら人を殺したことがあるのか?」
「ああ、何度もあるぜ? いい経験値稼ぎになるからな」
金髪男が自分の首を切るように手を動かす。
経験値――ゲームの話か。その程度で殺すなんて言葉を使ってるのか。
「殺すぞ、か。……軽々しく口にしてんじゃねえよ」
このゲームに殺気、なんてモノがあれば今の俺は相当に殺気だっていただろう。
だが、生憎そんなモノなどない。
相手にとっても、俺にとってもそれが不幸で仕方ない。
男たちはちょっとだけ目を丸くして、笑い出した。
「ぶははっ! なんだこいつ、気持ち悪いな!」
「『殺すぞ、か。軽々しく口にしてんじゃねえよ。』だってさ! なんだ、こいつ。痛いヤツだぜっ!」
どっちがだ。
目の前の二人が笑い転げている。よし、今のうちに逃げようか。
いい隙が出来たことに感謝だ。
「ヒメ、さっさと避難するぞ。バカは近くにいるだけで感染する」
「……赤羽」
「どうした。あ、お前もバカだったな。感染するから俺から距離を開けて歩いてくれ」
「う、うん」
……? どうにも様子が変だった。
「待てよ、中二病野郎」
「驚いた、これほど早く見抜かれるとな」
肩を力強くつかまれ、逃げるのが妨害される。……面倒な野郎だな。
同時に、楽しそうなことが起きると期待もしているんだがな。
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