黒鎧の救世主

木嶋隆太

第七十八話 時の世界

 次の日の朝は緊張した空気が一室を支配していた。
 それも当然だ。今日、魔王との対決が行われるのだから。
 現場に向かうのは智也たちはもちろんのこと、天破騎士たちもついてくる。護衛だそうだ。
 智也はアリスに頼んで、全員を四十九階層に運んでもらう。


「この先に敵がいますが、みんなで行きましょう。トモヤさん、よろしくお願いしますね」
「はい、分かってます」


 リリムさんの言いたいことは分かっている。
 全員で、五十階層に入ると黒い影が生まれ、
 やはり、魔王が生み出したことでもあるが、これはミルティアだ。
 正真正銘のミルティアであり、あの時から何も変わっていない。彼女の心も、体も操られているだけだ。
 ならば、戻してやればいい。


「ああ、このくらいならどうにでもなるな」


 ミルティアが襲い掛かってくるのを智也は片手で受け止める。
 そして、魔法を発動する。ミルティアのすべてをまだ無事だったときの物へと戻す。


「え……トモヤ、くん?」
「久しぶりだな、ミルティア」


 黒い影がなくなり、あのとき失ってしまった少女が目の前にいた。


「これが、勇者の力か。凄いな」
「そうですね。ここまでの実力、ぜひともおじさんの代わりの天破騎士としてふさわしいですね」


 リートさんとオジムーンさんがそんな会話をしていた。
 ミルティアはきょとんとしながらも、智也たちが事情を説明すると一応の納得を見せた。
 ミルティアがジーッと智也の背後に控えていたクリュたちを見る。クリュも負けじと睨み返している。


「……少し女の子が多すぎない?」
「今は気にしてる場合じゃない。力を貸してくれ」
「……む、そうだね」


 ミルティアも立ちあがり、パーティーに参加する。
 ミルティアにとっては、トラウマになっているかもしれない五十一階層へと踏み込んだ。
 相変わらずムカつく魔石がある。智也は全員に下がるように指示をして、一人近づいていく。


「魔王、いい加減目を覚ましたらどうなんだ?」


 智也は恐ろしいほどに静かな声音で、水晶に向けて言い放つ。
 魔王はしばらく反応がなかったが、正体がばれているのが分かったようで、


「ふははは、現代の勇者か! よくぞ気づいたが、すでに余は十分な力を獲得している」


 そういって、魔王は以前のように塔迷宮を消滅させた。それを予想していた智也たちは、ワープを発動して地上に降りてくる。
 以前と違うのは、事前に魔王討伐の話をしていて、誰も中に入っていないので死人はゼロだ。


「結構結構、この程度で死なれたら困るからな」


 そう言って、魔王は空から地上へと降りてきた。
 すでにクリュたちがソウルバインドの詠唱を始めている。智也がやるべきことは足止めだ。


 クリュたちは命がけでリートさんたちが守ってくれる。そのことを理解してすっと肩が軽くなっていく。一人では無理かもしれないが、一人で無理なら頼ればいい。
 智也はだからこそ、智也にしか出来ないことを全うしようと全員よりも一歩前に出る。


「一対一、というところか。狙いは余の封印だろう?」
「いや、ここであんたを殺すっ!」


 魔王も一度封印されたことで、クリュたちを警戒しているようだ。
 智也はふうと息を吐き出して、両手に剣を生み出して駆け出す。
 一歩も動かない魔王の前で大きく飛び上がり、大声とともに剣を叩きつける。魔王が魔法でガードしたが、智也も空中に足場を作り武器を手放して背後に回る。


 捨てた武器を手榴弾に切り替え、新たに生み出した長剣により魔王の背中を斬りつける。
 魔王は爆風を魔法で守り、剣の一撃を横に跳んで回避する。
 追撃の手は休まない。智也は長剣をマシンガンに切り替えて、銃弾を放つと魔王がそれらを弾き飛ばすように黒のレーザーを放った。


 智也は咄嗟に横へと飛び、頬を僅かにかすめるだけで被害をとどめる。
 もう一度駆け出し、さらに剣を生み出す。


 生み出した剣を振るうが、魔王によって砕かれる。黒の残滓を目にとめながら、体を捻り上げ、空中に飛び上がり、回転と共に魔王へ長剣を振り下ろす。
 魔王が腕で受け、僅かに笑みを濃くする。智也はぞくりと嫌な感覚を浴び、瞬時に眼前へ巨大な盾を生み出す。
 数秒遅れで盾を黒のレーザーが貫通し、逸らされたレーザーが空に黒い花火をあげる。


 魔王の体がぶれる。動きのほとんどがフェイントであったが、それらすべてを見破り智也は降りかかった有効な一撃を剣で逸らす。
 放たれた蹴りを覚醒強化で掴み、魔王の顔面へと拳を叩き込む。バリアが一瞬手を阻んだが、力任せに振りぬいて魔王を殴り飛ばす。


 コンマ一秒の戦いであったとしても、智也には負けない自信がある。一度直接対決している記憶、さらに、過去の勇者の記憶が智也の力を何段階も上のものへと昇華させている。
 魔王がニヤリと笑うが、それが智也には余裕がなくなってきているものに見えた。


 過去の勇者との戦いでも、その後に大技が来ている。


「仲間がいれば、それだけ足手まといになる。過去の勇者も、未来の勇者も! 自ら自分を追い込むことが好きなように見えるっ!」


 そして放たれた巨大なレーザーがクリュたちに襲い掛かる。今度はもう目の前で失うつもりはない。
 予想していた攻撃に対して、盾を生み出して攻撃を斜めに逸らす。正面から受ければ、危険だが攻撃は馬鹿正直に受けるだけではない。
 智也は煙を背中に両手に剣を持って魔王に近づいていく。


「あんたの技は昔から随分と劣化しているみたいだな」
「なんだとっ……!」


 魔王は封印されていたことによって、莫大な魔力も減少している。昔の勇者よりも能力のある智也ならば、魔王に引き分けはあれど負けることはない。


「ソウルバインド!」


 クリュたちの言葉が重なり、神聖なる光が舞い降りて魔王へと降り注ぐ。
 咄嗟に魔王は力で跳ね除けようとしたが、それが叶うことはない。先ほどより、さらに弱体化した魔王はこちらを見て意味深に笑い声をあげて、格闘の構えを取る。


「面白い、面白いぞ! 久々に血が沸き踊るっ」
「場は整ったんだ……これで、終わりだ」


 智也は戦闘の初めから練り続けた時間魔法により、空間に亀裂を作った。
 その技を見たリリムさんが、表情を険しくする。この魔法を知るのはリリムさんと智也だけなのだ。
 魔王はそれに警戒の色を示し、智也は背後にいるクリュたちに笑みを向ける。


「色々あったけど、なんだかんだ楽しかったよ」
「あんた、何するつもりよ!」


 クリュが近寄ってくるが、それをリリムさんが捕まえる。


「リリムさん。後は、任せました」


 そう言って智也は時間の狭間を切り開く。だが、それは過去に行くわけでも未来に行くわけでもない。
 魔王と決着をつけるための世界だ。魔王の体を押し込むようにして、智也はその狭間へと飛び込んだ。
 上も下も、左も右も分からない世界が智也の視界を覆い尽くす。
 数字が宙に浮き、今も一秒ずつ増えていく。様々な世界が地球以外に無数に存在する。世界すべてを管理する時たちの中で、智也は魔王へ冷ややかな視線を向ける。


 魔王の体は既にあちこちがボロボロになっている。時の世界では、時以外の邪魔なものすべてを消滅する力がある。
 智也はそれを能力でどうにか誤魔化しているが、魔王は時を操る力は持っていない。


「な、なんだこれは! 体がっ!」
「ここは時の世界だ。過去の勇者が開発した最強の時間魔法。……過去の勇者は力が足りなかったらしいが」


 魔王がレーザーを放ってくるが、智也はレーザーを撃つ前の時間に戻した。


「魔法を消した……いや時を戻したのかっ」


 魔王の体は目に見えるほどの早さで崩れていく。だが、それは智也にも言えることだ。時間を操ることにより、時に押しつぶされそうになる体をどうにかして抑えているがいつ限界が来るか分からない。


「ああ、この世界で、お前に勝ち目は万に一つもない。例え、俺を倒したとしても、この世界から脱出する手段さえもないしな」
「ほう……」


 魔王があきらめたように動くのをやめる。


「永遠の時間の世界で、眠れ魔王」
「くははははっ! 最高の戦いだったぞ、勇者! だが、魔王の意志はつきない! この世に魔物がいる限り、いずれはあの世界は――!」


 最後に言葉を残した魔王だったが、粒子のように崩れ去った。
 魔王が消滅したのを見届けた智也だが、彼自身も危険な状態にあることを理解している。
 過去の勇者はこの技を開発しただけで、実際に世界に飛び込むようなことはしていない。そのため、この世界から脱出する方法は見つからない。


 どうにかして出なければならない。自分が死んで世界を救えたとしても、クリュたちは喜んでくれない。
 自分の命一つで片付くような関係ではなくなっていることを、智也は勝手に思っている。
 生き残らなければならない。智也は上も下もわからない世界を歩いていく。時間が、世界が智也の体を縛りつけ、破壊にかかってくる時にたいして、足を止めるつもりはない。


『――……っ!』


 智也の頭の中には、その一つの声だけが響いている。誰の声か分からないが、その声にゆっくりと手を伸ばした。

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