黒鎧の救世主

木嶋隆太

第七十五話 悲しい戦い



 五十階層に挑む前に、三十階層で運動がてらに魔物を狩ることにした。
 それを一区切りつけて、智也たちは手ごろなサイズの岩に腰掛けて休憩していた。この休憩が終われば、いよいよ五十階層だ。
 隣ではクリュとアリスが適当に会話しているが、それさえも頭には入ってこない。


「あんた、顔色悪いわよ」


 息がかかりそうなほどの距離にクリュの顔があり、智也はぎょっと目を見開く。
 驚いてる姿がクリュの瞳に映っていて、智也は情けないなと苦笑する。
 クリュがこれほど近づくまで全然気づけなかった。


「顔色、そんなに悪いか?」


 他人を気にかけないクリュに心配されている。智也は、「アリスにも迷惑かけてるかもな……」と頭をがしがし掻いて、内心ため息をつく。
 クリュは、僅かに目尻を下げて不安そうに声を揺らす。最近は、背負っていた重荷を外したからか、感情の表現が多くなっている。
 普通の生活に慣れてきたのも理由の一つだろう。


「ただ、少し心配だから。何? 心配しちゃ悪い?」


 クリュは不安そうに顔を伏せる。今までは悲しみなんて感情を見せていなかったくせに、とクリュの変わりように感動しながらも戸惑いもかなり受けている。
 悪いことではないのだから、注意するつもりはない。


「いや、ありがと。俺は……大丈夫だと思う」
「あんたがミスしても……あたしがいるから、フォローはするわよ」


 アリスが岩を蹴るようにして、前に跳びだして、親指でアピールするように指差す。
 私もいますよっとアピールしているようで、クリュはチラと見てそして無視した。


「クリュさん、私はっ!」


 声に出すと、クリュははっと馬鹿にするように笑う。


「あんたは後ろのほうで応援でもしてなさいよ」
「分かりました。クリュさん背中には気をつけてくださいね」
「何の応援よ」


 智也は二人の会話を聞いて、少しだけ身体が軽くなったように感じた。
 錯覚でもいい。自己暗示でも何でも利用して、智也はこの鬱屈とした気分を跳ね除けようとする。


「アリス、もう大丈夫だ。行こうか」
「わかりました」


 アリスのジャンプを使い、すぐに五十階層へと上っていく。


「ここには、何もないわね」


 警戒していたクリュと智也だが、そこには何もない。ボス部屋のような広い空間があるだけだ。ここまでは変わりない、問題は次の階層だ。
 中に入った瞬間敵が仕掛けてくる可能性も考えていたが、敵はいなくてホッとした。


「……下がれ!」


 黒い闇が生まれ、そこから雷の斧が生まれる。智也は二人の前に立ち、それを盾で受けながら魔法吸収で無効化する。


 ボス部屋であることを証明するように、中央に黒い人間が生まれた。
 決意するように智也はゆっくりと目に意識を集中する。黒い人間には見覚えのある雰囲気があった。
 智也は、その姿を目にして、心臓をつままれたような痛みに襲われた。


「ミル、ティア……?」


 五十階層には、この前みたミルティアを真っ黒に染め上げた存在がいた。
 調査を使ってもミルティアと表示される。これは、これがミルティアと同一人物なわけがない。
 怒りがこみ上げてくる。今まで戦ってきた黒い敵の正体についてもおおよその検討がついたが、そんなことは蚊帳の外に放りだす。
 聞こえるとは思えないが、声を荒げるにはいられなかった。


「ミルティア! 俺だっ! 聞こえるか!?」


 智也は自分の胸に手をあてるようにして大げさに声を張り上げる。自分の姿が少しでもミルティアに映るように。
 智也は怒りに歯ぎしりすると、ミルティアが大地を蹴る。戦うしかない。決意はいつでも出来ている。
 土を巻き上げ、迫る一撃を体をずらして回避する。智也はあいた右腕へと刃を振るうが、敵の刀に弾かれる。


 智也は一人ではないから、上体を崩されながらも智也の笑みは余裕だ。
 逆側からクリュが拳を放つ。直撃したミルティアはそれでも僅かに体をよろめかせるだけで、痛手にはならない。
 正面から、銃弾が飛び、ミルティアは後方に大きく逃げる。
 逃げた足場にアリスが放ったクロスボウの矢が着弾し、爆発する。
 煙を巻き上げながらも、ミルティアはゆらりと立ち上がる。


「へぇ、強いわね」


 クリュはぺろりと指を舐め、それからアリスに向かって駆け出した。


「おい何やってんだ!?」
「し、知らないわよ!」


 同時に悲鳴をあげたのは、ミルティアを除いた三人だ。智也は目を見開きながらも、迫るミルティアの対処におわれ、アリスのほうに何も出来ない。
 クリュの拳をアリスは横に飛び込むようにして避けているのを智也はミルティアの剣を受けながら見守る。


「クリュさん何するんですか! 私そんなに嫌われてました!?」


 アリスは何とか攻撃を避ける。クリュもいつものキレはないが、素早い動きでアリスを追い詰めていく。
 アリスも動きは慣れているが、クリュのほうがステータスは圧倒的に上だ。


「体が動かないのよっ!」
「アリスッ! それは敵を操るスキルだっ! 一定時間で効果が切れるはずだから、逃げ続けてくれ!」
「ひぃぃっ!」


 ミルティアは一定時間しか使えないと過去で使用したときに言っていた。
 智也はミルティアの背後に浮かぶ、敵を殺しまくった魔法に


「魔法のオンパレードってか……」


 ふざけんなよと頬を引きつらせながら、襲い掛かるサンダーアックスの一撃を回避する。
 逃げた先に覆いかぶさるように火が降り注ぐ。咄嗟に水魔法が書き込んである魔石を取り出し、めちゃく ちゃに使用して火の手を抑えてから横に跳ぶ。
 吸収したほうが早いが、火は敵の視界も潰せる。


 覚醒強化を発動させ、大地を蹴り拳に篭手を装着する。火により智也の姿を確認できていないミルティアは、智也の接近に気づけていない。
 背後から殴りつけるようにすると、ミルティアはふいと智也に顔を向ける。
 ミルティアの近くに迫ったところで、足場から氷の拳がいくつも浮きあがる。魔法を仕掛けてまっていたようだ。
 智也は覚醒強化のオーラに混ぜるように魔法吸収を発動させ、氷の拳をすべて吸収する。
 守るものがなくなったミルティアの顔面を殴り飛ばし、智也は吹き飛んだミルティアの体を追撃していく。


 ミルティアを殴りつけたが、ミルティアを倒しきることができない。ミルティアの体を光が包み、傷を治している。
 回復魔法だ。思い切り殴り飛ばしたところで、覚醒強化が切れてしまい智也は吹き飛ぶミルティアを眺めながら体勢を整える。


(……強すぎるだろ)


 ムカつくが、今までの中で一番の強敵だ。身体能力は過去の五十階層のボスに比べて低いが、それらを補いきれる魔法の数々に智也は苦戦を強いられている。


「クリュ、アリス、大丈夫か!」


 戦いながらも視界の隅で追いかけっこをしていた二人。ミルティアに攻撃を与えると一時的にクリュの動きが遅くなっていた。
 智也は色々と考えを巡らせる。
 ミルティアのもつサーヴァントのスキルでクリュは操られているのだ。
 スキルの使用にかなりの集中が必要なのだろうと予想していたが、やはりそうであった。


 一度離れて、アリスにマシンガンを手渡し智也も持つ。二人で引き金を引き、ミルティアの無防備の体に撃ちまくる。
 何の妨害も受けない銃弾が、ミルティアの体に突き刺さっていくがそれほどのダメージはないようだ。


 遠くからのマシンガンによる連続攻撃。ミルティアは反撃をしないで、まるで何かの用意をするかのようにその場で銃弾を受け続ける。
 その様子を訝しんでいたが、智也はそれ以外の攻撃はしない。
 アリスと智也は休みなく撃ち続け、銃弾が切れるタイミングにクリュが突っ込む。
 そして、ミルティアの体が僅かに光をあげる。


「クリュまた来るぞ!」


 恐らくはサーヴァントのスキルだろう。クリュに向けられたと思われたそれだが、違った。
 智也の体は勝手に動きだして、隣にいるアリスに向かう。


「アリス、俺だったみたいだ!」
「ひぃっ!」


 アリスの頭上を拳がすり抜ける。アリスはすかさずしゃがんで反撃に智也の体にタックルする。小さい体で、ほとんど威力はないが、智也の体が僅かに揺らぐ。
 身体が勝手に動き、アリスを殴りつける。だが、アリスは前からひたすら逃げることが多かったためか、逃げるのは得意なようだ。
 クリュは先ほど観察していたようで、対処の仕方を分かっているようだ。ミルティアとの戦いに集中している。


 過去にどうやって自分を操ったのか。一度くらっている智也は、記憶からすべてを探り、対処法を探す。
 魔法には細かい術式が決まっている。それを崩すことが出来れば、解除できる。オジムーンさんが持つ魔法の経験をすべて自分へと習得する。


「はぁっ!」


 言うことの聞かない体は一度忘れ、魔法の解析に時間をかける。過去にあったミルティアから、ミルティアにくらったあの時の術式。擬似的にサーヴァントのスキルを習得で経験し、その発動の仕方を学ぶ。
 術式の組み方は分かった。智也はそこへ無理やり魔力を流し込み、魔法を解除する。


 ガラスが崩れ落ちる音が響き、智也の体を縛る鎖が消えてなくなる。
 智也の拘束はなくなり、隙の生まれたミルティアへ突っ込む。ミルティアが剣を振るったのを確認して、その直前で減速する。ミルティアの剣が空を斬り、智也はがら空きのミルティアへと剣を突き刺す。
 ずぷっと胸に刺さり、黒い血が剣を伝う。
 刺さった剣を何倍にも膨れ上がらせると、卵を割るように体が半分に割れる。
 さすがに再生できないのか。ミルティアの体が背後に倒れ、黒い血が塔迷宮の足場にしみこんでいく。
 何も出来なかったあのときの自分を思い出しながら、智也は緩む涙腺を引き締める。


 ――目の前にいて、救えなかった。
 だが、後悔してはいられなかった。
 黒いミルティアは、体を起こして顔と思われる部分を動かす。智也は、勝手ながらそれを笑っていると思った。


「……くん……がと」


 ミルティアの右手には青い魔石があり、智也の体に触れた途端はじけて消える。体に取り込まれるのではなく、大気に混ざるように消えてしまった。
 今までのようにスキルを習得することはなかった。逆にもらえなくてよかったかもしれない。


「ミルティア……ごめん」


 言葉を聞くと同時に、ミルティアの体は大気に混ざりこんで消えた。

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