黒鎧の救世主
第六十五話 元気
「今から私の時代ですよっ、トモヤ様! 全快、全開今日の私は空だって飛べそうなほどに元気ですよ」
いつもよりも早く実験室に行くと、サードさんがバンッと胸を張るように腰へ手を当てていた。頭から足先まで元気なようだ。
昨日、薬の材料を取ってきて、それから薬を作ったとしてもさすがに効き目がありすぎるんじゃないかと智也はサードさんの回復力の高さに驚いた。
サードさんは口元に手を当てて、
「ひひひ、これからトモヤ様を引っ掻き回して上げますよ」
「まあ、俺はたぶん今日で終わりだと思うよ」
今後も魔法が切れたら、来てもいいといわれているのでサードさんたちに会うことはあるだろうが。目をわざとらしく見開き、サードさんはちっとこちらもわざとっぽい舌打ち。
「なにぃっ!? トモヤ様は学校をやめるんですか? せっかくいいおも――おっと、おもちゃを手に入れたのに……」
「遊ばれなくてよかったですよ」
サードさんはふむとメイド服の上からも分かる大きな胸を持ち上げるように腕を組む。服の隙間から覗く谷間に智也の視線が集まる。
「むっ、酷い言い方ですね。それより、そうですね。感謝の気持ちとして……胸触る?」
「マジで!?」
(本音がっ!)
「うわー、食いつきが凄いですね」
ジト目になり、智也はあちゃーと頬をかく。自分の周りに、胸の大きな人物がいなかったので勝手に目の保養にしていた。別に小さいのが嫌とかではないが、どちらかというと智也の好みは大きいほうだった。言い逃れるために、智也はパンと手を打つ。
「というのは、俺の粋な冗談ということで」
「ピラッ」
サードさんが胸元を大胆に引っ張ると、智也の目がそこへ集中する。ニヤニヤとしたサードさん。
「今のは……男なら仕方ないですよ」
性別のせいにして、切り抜ける。
「そうかもしれませんね。とはいえ、ここまで人間のように扱われたのは初めてで面白いですよ、トモヤ様」
「そりゃ、見た目人間ですからね。せめて、額にホムンクルスとでも書かれていたなら」
「それを美少女に言うのですか」
「自分で美少女いうな」
「作ったパラ様が美少女メイドが欲しいって言ってたから、たぶんおそらく、私は美少女?」
パラさんはどんな気持ちでホムンクルスを作ったのだろうか。半ば呆れていると、実験室の扉が開き、パラさんが入室する。
「やぁ、トモヤくん。サードはキミのおかげで治ったよ」
「そもそも、精霊樹で治ることを調べたパラさんの」
心の底から感謝するようなお辞儀に、智也は否定するように両手を振る。
「トモヤ様の謙虚な態度、一応パラさんのメイドである私も見習ったほうがいいのかも?」
「キミはメイド云々の前にもう少し落ち着いたほうがいい」
「俺も同意です」
「ここは敵しかいないのですねっ。まあ、敵は多いほうが楽しいですから変えるつもりはありませんが!」
サードさんが絶好調なようで、智也とパラさんは顔を見合わせた。パラさんの表情が嬉しそうなので、今はサードさんの話に付き合おう。
授業開始にあわせ、教室に向かう三人。だが、サードさんの口は止まらない。そのすべてに返事をしている智也は、授業がこれからあるというのにすでに結構疲れた。
教室に入ると、サードさんへ視線が集中する。
「サード先生もう大丈夫なんですか?」
「ばっちり、完璧です。これから皆さんにみっちり授業をしてあげます」
「えー、トモヤ先生のほうがいいですよー」
生徒たちがくすくすとからかうように言うと、サードさんは絶望するように口をあんぐり。
「なんですって!? 私が築き上げた副教師としての立場がいつの間にか砕け散っているなんて……!」
「元々、こんな感じだっただろう」
パラさんの的確なツッコミにサードさんはあわわと口を開いて、びしっと智也へ指を突きつけてくる。
「これから一時間勝負ですよっ」
サードさんが歯を見せるように笑って授業が開始する。授業が始まってすぐにサードさんの凄さが分かる。
(慕われてるんだな)
自分とは違い、生徒と心から話している。
先生と生徒が友達のような関係になるのはよろしくないはずだけど、サードさんはしっかりその中間の位置にいる。
生徒から話かけやすい雰囲気を持っている。
授業が終わる頃には智也はすっかり、サードさんにからかわれる存在と化していた。
パラさんが授業の終わりを告げる。
智也はどっと疲れが押し寄せ、近くにある余った席に座り込んだ。塔迷宮に入る数倍は疲れた。
そのすべては、サードさんの話に付き合っていたからだ。
自分をからかっていたサードさんは、疲れなどないように平気な顔でメイドのようにパラさんの後ろに立っている。小さいパラさんの頭に両手で角を作ったり、子どものようなことをして楽しんでいる。
サードさんは智也の視線に気づくとポッと頬を赤らめて、もじもじと体をくねらせる。
またアホなことをやっていると智也は視線を外した。
「トモヤ先生、また今度来てくださいねっ。というか、今度こそ模擬戦してくださいよ!」
「ははは、時間がありましたら」
智也の人気は授業ではなく、戦闘のほうだ。
その後も、教室を出て行く生徒は、自分と戦いたそうな顔をしていた。向上心があって何よりだが、それに自分を巻きこまないでほしいと思った。
生徒たちとの別れをすませ、智也はふうと息を漏らす。だが、まだヘレンさん、ぺテルブラさんが教室に残っていた。
先に動いたのはぺテルブラさんだ。
「副教師、テメェがいなくなるって聞いて今日の昼飯はうまくなりそうだぜ」
「一緒に食べますか?」
「そんなにまずくさせたいのかよ」
「どちらかといえば、そうですね」
「ちっ、気にくわねえな」
ぺテルブラさんは舌打ちをして、それから、頭をかいた。
「まあ、また会う機会があったらだな。テメェの戦闘に関してだけは褒めてやる」
ぺテルブラさんはそう言い残し、去っていった。タイミングを狙ったようにヘレンさんががたっと立ち上がる。
「トモヤ先生っ、休みの日暇してませんか!?」
「ヘレンさん? 別に暇だけど……」
思わず正直に答えてしまった。
(何か面倒なことに巻き込まれそうだな。用事があるといって置けばよかったかもしれない)
どちらにせよ、ヘレンさんの顔はマジだったので、暇な日をしつこく聞かれたかもしれない。
「わたくしっ、面白いものを見つけましたのよっ。一緒に見て回りませんっ!?」
「面白いもの? それってヘレンさんにとってですか?」
「そうですわっ、でもきっとトモヤ先生も見てみたいはずですわ!」
「……当日って、オジムーンさんは?」
今日は来ていない。
「トモヤ先生がいるなら護衛はいらないそうですわ!」
なら、まだいいのかもしれない。ここまで、積極的なヘレンさんの約束を断るのは厳しい。どうしようか迷うまでもない。
周囲に生徒はいなくなっているので、一つ約束をしても大丈夫だろうとたかをくくる。
「分かりました。ただ、迎えにちゃんとオジムーンさんを呼んでおいてくださいね」
「分かってますわ。それでは、次の休み……光の日で」
ヘレンさんが小さく口元を緩めて、片手をあげて教室を出て行く。誰もいなくなった教室。智也は教室を見回してから立ち上がる。
「パラさん、それじゃあ、俺は帰りますね」
「キミのおかげで、色々助かったよ。暇があったら遊びに来てくれて構わないよ」
「そうですね。時間があったら来ようと思います」
とはいえ、実際はなかなか来る機会はないだろう。
パラさんとサードさんは食堂に向かうようなので、智也はそこで別れた。
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