黒鎧の救世主

木嶋隆太

第六十四話 薬の効果

 智也は一週間を情報収集にあてた。四十階層の敵について、それと、出来れば戦える人材の確保。
 あとは、最低限の金を稼いでレベルアップに励んだ。
 四十階層のボスに挑んだ人間は少ないが、その情報をまとめると。


 敵は大盾を持っている。
 盾へ攻撃すると、爆発によるカウンターが来る。
 魔法を使っても、盾に吸収されてしまう。


 特徴としてはこの程度だ。あとは、攻撃を一度でもくらうと呪いにより傷の治りが遅くなる。
 具体的な弱点は分からなかったが、これでやってはいけない攻撃は分かった。
 病院に入ると、騒々しい。原因は恐らく……智也は嬉しい出来事であることを予想し、目的の病室に入った。


「有りえない……奇跡だ」


 ライルくんの病室に踏み込むと、医者が驚きながら、声を震わせている。あんぐりと開けられた口が間抜けさを強調している。
 ライルくんが元気に二本足で立っている。意外と背は高い。
 智也に気づくと、ライルくんは嬉しそうに涙を浮かべる。


「姉さんに会いに行ってきますっ」


 ライルくんは子どものようにはしゃいで走り去っていく。残った医者は驚いていたが、それでも嬉しそうに目元を緩めている。
 マナナさんも崩れ落ちるように床にぺたんと座り、声をあげて泣いている。どれだけ、心配していたのかが分かる動きだ。
 智也はミルティアさんの病室に向かう。


「ラ、イル。動けるの?」


 ミルティアはぶるぶるしながら、ライルの体をぺたぺたと触っている。


「前からトイレに行くくらいは動けてたよ。今は飛び跳ねたりもできるけどね」


 そういって、ライルくんは大きくジャンプする。動きの一切に苦しみはなく、ミルティアさんもそれが分かったようだ。


「姉さん、僕は……もう大丈夫だから。ゆっくり休んでよ」
「ライ、ル。よかった、よかったよぉっ」


 ライルの腕を掴み、顔を伏せる。涙が布団を湿らし、ライルくんはミルティアさんの右腕を見て申し訳なさそうに顔を歪める。


「今まで助けてくれた分、今度は僕が助けるから」
「……ありがとね。だけど、絶対に無茶しないでよ」
「それを姉さんが言うの? いっつも僕の注意を無視して、勝手に無茶して今みたいになって」
「うぐっ」


 ミルティアさんが苦しそうに顔を顰める。どうにもわざとらしい。ライルくんはジト目から穏やかな表情になる。


「でも、嬉しかったんだ。僕だって一人じゃ無理だけど、一人じゃないから」


 そういって、ライルくんは智也を見る。期待されるほどではないので、智也は頬を掻いて顔をそっぽに向けた。


「何年ぶりかな、こうして歩くのは」


 病院の外に出たライルくんが、体の動きを確認するように呟いた。


「普段はあんまり体を動かしていないんだろ? ちゃんと動けるか?」
「これでも、毎日少しは動いていたから、大丈夫かな」


 人通りが多い。ライルくんの魔石を見て、こちらを睨む視線がいくつかあるが、二人は気にせずに塔迷宮へ向かう。道中、智也は集めた情報を伝える。


「そうなると、僕は本当に足手まといですね。ジャンプでトモヤさんを運んだ後、僕はどうすればいいですか?」
「出来れば、一緒にボスエリアに入ってほしい。敵がどれだけ強いかわからない以上、途中で逃げることも考えておきたい」
「そうですか……こんなことも頼むのもあれかもしれませんが、僕のレベルアップを手伝ってもらえませんか?」
「別にそれは構わないけど、そうなると、キミの姉さんを助けるのに時間がかかることになるよ」


 とはいえ、ライルくんが自衛できたほうがトモヤも安心して戦える。ライルくんからすれば一日も早く、ミルティアさんを助けたいと思っているだろうから、多少の無理は覚悟していた。


「姉さんにはいい罰になりますし、まだ命に別状は出ていませんし。一日、二日程度なら問題ありませんよ」


 意外とライルくんは黒かった。智也は苦笑気味に答える。


「なら、今日は一緒に三十九階層に行こう」


 入り口の人にジャンプで三十九階層へ跳んでもらう。一週間でしっかりと金もたまっている。
 近場にいる敵から順に倒していく。ライルくんには魔法での援護を頼む。
 三十九階層を一通り巡れば、四十階層への階段も見つけられた。


 朝から晩まで、素材の回収はしないで、ひたすら魔物を狩り続けると、ライルくんのレベルは8から18まであがった。
 智也のレベルも29になり、明日ボスに挑むことにした。
 ライルくんがミルティアさんから鍵を借りて、家にあがり、二人で適当にだべっていた。この世界での同年代の男友達は、これが初めてだ。
 智也は妙にテンション高く、ライルくんとの話に盛り上がった。










 次の日に、智也とライルくんは塔迷宮の四十階層に向かった。今日の目的はもちろんボスの討伐だ。とはいえ、ライルくんに任せることはない。
 勝てないときの避難用としてライルくんは連れて行くだけだ。


 ボスエリアに入る。広大な大地はどこか寂れた印象を与える。中央に黒い渦が集まり、大盾と厚い鎧に覆われた性別不明の敵が出現した。
 調査を使うと、シーラーという名前が表示される。


「ライルくん、とにかく敵に見つからないようにどっかに隠れててくれっ」
「分かりましたっ」


 ライルくんは俊敏な動きではるかかなたまで逃げる。智也は先制攻撃とばかりに右手に拳銃――発砲。
 銃弾は大盾に弾かれ、そして、こちらに反射する。遠距離攻撃でさえ、これか。中々手ごわい相手に、どうやって倒すか思考を巡らせていく。


「らぁっ!」


 長剣をたくみに操り、跳ね返った銃弾を切り落とし肉薄する。
 剣を大盾にぶつけると、盾が光る。ぱっと手を離したところで、長剣が爆発に巻き込まれてしまう。
 情報どおり大盾への攻撃は出来ない。大盾で前面を隠す敵に、智也は駆け抜けるようにして、脇へ銃弾を打ち込む。


 攻撃があたるが敵の大盾が迫り、覚醒強化で一気に逃げる。
 遠距離から、二丁で銃弾を放ち、跳ね返った攻撃をすべて回避する。
 大地を蹴る。スピードとの併用により、敵の背後を取り、長剣を振り下ろす。シーラーが反応するよりも智也のほうが速い。
 鎧に攻撃があたり、長剣が爆発に包まれる。煙をあげながら、迫る攻撃に智也は慌てて回避行動する。


(体のあちこちから爆発カウンターかよっ)


 慌てて手を離すが、意識がそちらに向いてしまう。大盾が迫ってくるのを何とか回避する。
 二度、三度、後方へ跳び、作戦を立て直す。


 鎧を破壊しない限り、体へ攻撃することはできない。ならば、自分のもつ最強の攻撃で盾を、鎧を破壊すればいい。やることは決まっている。
 頭の中で敵を倒すまでのシミュレーションが簡単に出来ていく。
 マシンガンを生み出し、シーラーへと銃口を向ける。トリガーを引き、数多の銃弾がシーラーへと迫り、そのすべてを手榴弾――ぶつかった瞬間に爆発するものへと変える。


 シーラーの大盾にぶつかり、爆発の連続が襲い掛かる。地面を巻き込み、砂ぼこりを舞い上がらせ視界を最悪にする。
 調査を使い、敵の位置を確認する。どちらを向いているのか、調査の表示のされかたで簡単に分かる。
 背後を取り、全力の巨大ハンマーで殴り飛ばす。武器が爆発に巻き込まれたが、多くの武器を作り出せる智也には関係ない。


 覚醒強化が切れるが、横へ弾き飛ばされたシーラーを追いかける。大盾のタックルを盾で受け、爆発に包まれる前に解除する。
 剣で左側を払い、爆発で反撃される前に、前へと突き出し手を離す。剣が爆発し、シーラーの鎧を巻き込む。


 大盾の体当たりは攻撃範囲が広いだけで、動きはそれほど速くない。避けてから、手榴弾により攻撃する。
 シーラーの鎧は少しずつひびが目立っていくが、大盾は中々壊れない。あの盾をぶっ壊してやりたい。


 槍を生み出し、突破力を強めた矛先を確認し、覚醒強化を再度発動。体を包むオーラが、智也の力を何倍にも跳ね上げていく。シーラーへと駆けだす。離れた位置で飛翔し、両腕、両足へと黒の鎧を纏わせていく。
 槍を生み出し、強固なものへと作り上げていく。
 覚醒強化、黒の鎧により膨れ上がった身体能力。そのすべてを槍に乗せるように放り投げる。外しはしない。


 真っ直ぐにシーラーへ向かい、シーラーは防御力に自信があるのか大盾をこちらに向けるだけ。
 ――負けるはずがない。盾に当たる直前、槍を巨大化させる。シーラーの全身を飲み込むように膨れ上がった槍が、シーラーの盾を破壊し、ボロボロの鎧ごと地面へと串刺しにしてやった。
 着地し、黒の鎧を解除して念のために武器を生み出して、ゆっくりと近づいていく。何かを伝えたそうに、目の黒が光ったように思えた。


「これ……あげる」


 声は女性のもののようだ。手にもった魔石を受け取ると、


「これは何なんだ?」


 習得の効果か。魔石が消えて、新たに魔法吸収Lv1のスキルを入手した。恐らく、魔法が吸収されるのはこのスキルが原因だろう。智也は魔法攻撃はしていないので効果はなかったが。


「……」


 ゆっくりと消えたシーラーからの返事は何もなく、地面に大きな魔石が残っていた。肩を竦めるようにして、後ろから駆け寄ってきたライルくんに巨大な魔石を渡す。
 落とさないようにキャッチしたライルくんは、少し怒ったような表情を見せながらも興奮気味に声を荒げる。


「と、遠くから見てましたけど、姉さんに合わせられるだけあって規格外でしたね」
「これでも結構苦戦したほうだけどね」
「ほぼ一方的な戦いでしたよ」
「何でもいいけど、俺の戦い方は他言無用でお願いね」
「分かってます。それじゃあ、戻りましょうか?」


 ライルくんは準備が終わっていたジャンプのスキルを使い、塔迷宮の一階に移動する。魔石の換金よりも先に、ミルティアさんの状態が気になった二人は、すぐに病院に戻った。


「の、呪いが解けた? つまり、四十階層のボスが?」


 ライルくんのときのように医者は拳が入りそうなほどに口をあけて、ずっこけていた。眼鏡とかかけていたら面白いくらいにずれていただろう。
 智也とライルくんに気づいて、医者は首をかしげながらも病室を出て行く。


「トモヤ、くんにライル……もしかして、二人が?」
「主に、トモヤさんのおかげだけどね。そうだ、この魔石は僕には受け取れないよ。トモヤさん、どうぞ」


 思い出したようにライルくんが魔石を渡してくるが、智也は両手でいらないと押し返す。


「魔石は俺からのプレゼントだよ。俺はライルくんがいなければ、あそこへ敵を倒しには行かなかったから」


 そもそも、現代で何度も巨大な魔石を換金していれば変に目立つ。金に困っていることもないので、智也も欲しいわけではない。
 それなら、これから冒険者として忙しくなるだろうライルくんが装備を整えるのに役立ててもらったほうがいい。
 ミルティアさんが肩をぐるぐる回す。すっかり元気になったようだ。


「さて、ボクが魔石を半分に割るときが来たね」
「それじゃあ、帰ります」
「待ってよっ! ライル、ちょっと席外して、話したいことがあるから」


 智也は兄妹二人きりにして、さっさと未来に戻ろうと考えていたが呼び止められてしまった。ライルくんは口元を気味悪くにんまりしたので、


「さっさとマナナさんに愛でも伝えてきなよ。病気治ってから姉にばっかりかかわりすぎで、いじけてたぞ」
「……すみませんでした」


 ライルくんがしょんぼりと肩を落として去っていく。言い過ぎたかもしれない。静かになった病室で、ミルティアさんは窓の外へと視線を向ける。 
 いい景色が広がっているわけではない。ごちゃごちゃとした街がそこにはうつっていて、それはどこか落ち着けるものだ。


「未来に戻るんだよね?」
「特に、やることもなくなったしね」


 実際すぐに戻れるかは分からないが、ミルティアさんと長くいるつもりはない。ここは、異世界、それも過去の世界だ。
 クリュたちのいる時代よりも、いる時間は短く、いつ来れなくなるか分からない。だから、長くいて、ミルティアさんたちに自分の存在を残したくなかった。


「……本当に、ありがと。未来の英雄さん」


 別れを惜しむような笑顔に、智也はいたたまれない。ミルティアさんも分かっているのだ。


「英雄……そんなんじゃないよ。俺は俺の自己満足のためだって。それに、ライルくんがいなければ」
「それでもいいんだ。どんな理由があったとしても、結果的にトモヤがいなかったら、ボクはもう、たぶん、戦う力を失ってたから。だから、ありがとね」
「……そうか。なら、お礼の言葉は受け取っておくよ」


 ミルティアさんが左手を差し出す。廃人族の証である魔石が光っている。


「トモヤ、ちょっと握手しない?」
「別にいいですけど」


 ミルティアさんに左手を向けると、すぐに掴まれる。ミルティアさんはそれから安心したように目を細めて頬を摺り寄せる――な、何事だ!?
 智也がこの人何がやりたいんだと慌てると、


「なんだか、安心できるんだ。うん、ありがと。ボクはこれからも頑張っていきますので、トモヤも頑張ってねっ」


 手を離して、満面の笑顔を咲かせて小首をかしげる。思わず見とれるほどであったが、すぐに状況を思い出して智也は大きく頷く。


「もう、無茶はしないでくださいね」


 一言だけ残して、病院を後にした。病院を出たところで、智也の景色は切り替わりいつもの見慣れた我が家があった。
 本当に唐突にだ。


「トモヤさん、遅いですよっ。ちょうど探しに行こうと思っていたんですからね!」


 玄関でアリスが頬をぷくっと膨らませ、腰に手を当てる。智也は戻ってこれたんだなと、嬉しくなる。アリスの様子を見るに、それほど時間も経っていないようだ。


「悪い悪い。少し店を見て回ってたんだ」
「あんたのせいで夕飯が遅くなったのよ。どう責任とってくれるのよ」


 クリュが腹に手をあてると、ぐーっと大きな音が智也の耳に届く。


「すぐに夕飯を食べよう。アリス、準備は任せていいか?」
「はい、あとは配膳だけですよっ。本当に遅くなるなら一言残してからにしてくださいよ」


 二人に責められて、もう少し早い時間に戻ってこれたらよかったのになと智也はぼやくように思った。

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