黒鎧の救世主

木嶋隆太

第六十三話 出会い





 恐らくは十階層ごとにいる、他とは一線を画した強敵のことだろう。いつも通りの嫌な予感が全身へ巡り、マナナさんへ一言残すのも忘れて、塔迷宮のほうへと走りだす。
 過去の世界であるのを利用し、智也は覚醒強化により街を駆け抜ける。風を肌で感じながら、塔迷宮の入り口に到着する。
 入り口にいるジャンプスキルを持った人に向かって、詰め寄っていく。


「ここを女の子通ってませんか!? 一人くらいの、女の子で……短い髪をした子なんですけどっ」


 まくし立てていうと、ジャンプの人は悩む仕草を見せる。早く思い出してくれと、急かす思いを胸に、睨みつける。


「ああ、はい。通りましたね。表情が切羽詰っていたので、記憶に残ってます」
「ジャンプで四十階層に跳んでもらうことはできませんか!?」
「よ、四十階層ですか!? 出来ないことはないですけど、四千リニリアムかかりますよ?」
「……いえ、いいです」


 やはりお金の単位が違い、智也は歯噛みしながらお礼を伝えて塔迷宮に入る。智也の心境は裏腹に、小さな弱い魔物たちがそこらを歩いている。
 智也に気づいて、襲い掛かってくるがそんなもの埃を払うようにして潰せる。
 と、智也たちの横に男女二人組みのパーティーが何もない空間から出現する。レベルはそれほど高くないが、一人がジャンプのスキルを持っている。
 わらにもすがる思いで、智也はそのパーティーに近づく。


「あの、お願いします! 俺を四十階層に連れて行ってください!」
「はぁ!? い、いきなりなんなんだっ! 俺たちは最高でも十八階層しか行ってないんだぞ」


 大体その程度なのはレベルを見れば明らかだ。智也は落ち着くように、呼吸をして、それから強気な瞳を向ける。


「今、四千リニリアムを貸してくれませんか? 後で必ず返しますから」
「四千だと? そんな額の金を貸せるわけないだろ。あんた何なんだよっ!」


 相手のパーティーが苛立ってきているが、智也はそれでも引くわけにはいかない。自分が冷静さを欠いているのを自覚しながらも、他の考えが思い浮かばない。
 今も、ミルティアさんが戦っている可能性もある。
 思い通りに行かない。追い込まれた状況を必死に打開しようとあれこれ思考をめぐらせるが、いい案は浮かばない。
 そんな中、智也たちの近くに一つの歪みが生まれ、そこから一人の女性が現れる。苦しそうに肩を上下させた女性は、刀を支えに倒れないように踏ん張っている。
 ミルティアさんだ。無事な姿を確認できて、智也は先程のパーティーに別れを告げる。


「す、すみません! 仲間が戻ってきたので、さっきのは全部忘れてくださいっ」
「な、なんだったんだ?」


 時間があれば、きっちり謝罪したいところだが、そんな時間はないように見えた。ミルティアさんに駆け寄ると、呼吸さえもおぼついていないのがよく分かる。
 痛々しく傷を負った腕などを見ながら、腰につけた袋からケースを取り出して、回復丸をあるだけ取り出す。


「トモヤ、くん?」


 肩で息をしている彼女は今もつらそうだ。傷だけが原因ではない。
 毒でも喰らったのかと思ったが、調査を使うとすぐに何か分かった。


 呪いだ。それもかなり凶悪なものなのか、ミルティアさんは痛みに崩れ落ちたように体を倒す。
 慌てて、体を支えてやり両腕で彼女の軽い体を持ち上げる。先ほどのパーティーがまだきょとんとしていたが、智也は頭を下げながら塔迷宮の外に出る。後を追ってきていたようで、息を切らしたマナナさんに遭遇する。


「ミルティアさんっ! 無事なんですかっ?」


 切羽詰った表情で、腕の中で震え続けているミルティアさんの顔を覗き込む。


「まだ、生きてるけど、危険な状態だと思う。ライルくんの病院に連れて行けば、大丈夫か?」
「はい、すぐに連れて行きましょう!」
「ごめん、後から追ってきてっ」


 覚醒強化を、使用して病院まで一気に走る。
 ライルくんがいる病院に連れて行くと、医者がすぐにこちらの状態に気づいてくれる。医者の指示に従って特別な病室に運ばれる。後から来たマナナさんと合流して、待合室に座る。
 ミルティアさんがなぜこんな無茶をしたのか、全く事情を知らない。


「ミルティアさんはどうして一人で挑んだのですか? 今までもここまでの無茶はしていたんですか?」


 マナナさんは、目を伏せる。言いたくないが口の中で詰まっているのか、もごもごと動かしてから目に悲壮の色を映し、


「ライルくんの状態が悪くなったんです。医者が、いつ死ぬか分からないって。そうしたら、ミルティアさんが目の色を変えて、塔迷宮の最上階に行けば」
「タイミングもう少し早ければ防げたってことか」


 自分の間の悪さに舌打ちをする。


「……そうですね。ミルティアさんを押さえるには、一緒に戦ったことのあるトモヤさんくらいしか無理ですよね」


 実際の意味としては、薬を届けることなのだが、いい感じに勘違いしてくれたのでこのままでいい。智也は手を組み替えながら、ミルティアさんの治療が終わるのを待つ。人を待つ時間はどうにも長く感じてしまう。
 とはいえ、この世界の医学は基本的に魔法なので、治療時間もそれほどかけないだろう。


 やがて扉が開き、横になったままミルティアさんは別の部屋へと運ばれる。
 胸の上下を見て、とりあえずは落ち着いたようで、マナナさんと同時に胸を撫で下ろす。後から出てきた医者が、渋い顔つきのまま智也たちに近寄る。薬品臭さが智也の鼻をつく。


「魔法で一時的に眠らせておいたよ。まあ、レベル差がありすぎてすぐに目覚めてしまうと思うから、キミたちが説得してくれないか」


 医者がそういって、疲れた笑みを浮かべる。智也は一番気になっていたことに踏み込む。


「状態はどうですか?」
「呪いにかかってはいるが、それ以外は問題ないね。ただ、呪いに侵されていて、今のままだと右腕が使えない。呪いを扱った魔物が強力すぎて、私の力では浄化しきることは不可能だったよ」
「呪い……術者に解除してもらうか、殺すしか手段はありませんよね」
「四十階層のボスを倒すしかありませんね。今までも、そうやってボスに挑み、傷を負って帰ってきた人間も多くいます。敵が、十刻みのボスでなければ、いつかは誰かが討伐してくれると思いますが……」
「四十階層の敵では、勝てる人が少ないですよね」
「そうですね。今この国で到達出来ているのは四十一階層が最高です。それも、ボスエリアには挑まない人たちです」


 つまり、勝てる力を持っているのは智也かミルティアさんくらいだ。


(四十階層か)


 智也は、ミルティアさんがいる病室にやってくる。後から入ったマナナさんが扉を閉めるのを背中で感じながら、ベッドに近づく。
 ミルティアさんはすぐに体を起こした。


「行かなきゃ……」
「ミルティアさん」


 ふらふらとしたまま立ち上がったミルティアさんの肩を掴む。マナナさんも扉の前で両手を開いて道を塞ぐ。


「邪魔……しないでっ」


 ミルティアさんは包帯を血でにじませながら、こちらを強くにらんでくる。
 道を譲るつもりはないと、智也はミルティアさんの目を睨み返した。


「大人しくベッドに戻るなら邪魔はしないよ」
「そんな暇ないんだよっ! だって、ライルが、ライルが死んだら! わたしはまた一人になっちゃうんだよっ! 嫌だよっ、一人は」
「それはライルにだって言えることだろ。お前の無茶で、お前が死ねば、ライルも悲しむはずだ」


 ミルティアさんは表情に影を落とし、拳を握り締める。だが、右手は一切しまっていない。呪いの影響のせいだ。
 今の状態では勝ち目はないだろう。


「トモヤくんには関係のないことなんだから、引っ込んでてよ!」


 智也はきつく目をつり上げ、ミルティアさんを覗き込む。
 ミルティアさんは一瞬怯み、智也はそこに付け込むように言い放つ。


「関係ないなら、無理やり関係してやる。俺はライルくんを助ける手段を、持ってきた。だから、言うことを聞け。今はゆっくり体を休めててくれ。俺の手の届く場所にいれば、誰も死なせやしない」


 死なせたくないと、智也は未来で理解した。


「そんなこと――」
「これがその薬だ。今からライルくんに会ってくる。だから、一週間待ってくれ。それで治らなかったら、一緒に塔迷宮を攻略しよう」


 ミルティアさんは思考が追いつかないようで、目をぱちぱちと動かすだけだ。とりあえず、今すぐに暴走することもなさそうなので、智也はマナナさんにミルティアさんを任せてライルくんの病室に移動する。


「トモヤ、さん、久しぶりです」


 体調が悪いのか、息が荒いまま横になっている。無理に体を起こそうとしたので、智也は寝てていいからと告げ、本題に入る。


「キミのお姉さんが無茶したのは知っているか?」
「……はい、僕のせいです。僕が病気にさえかかっていなければ」
「今は、そのことはいい。四十階層のボスを倒すしか、ミルティアさんを助ける手段はない」
「そんな……」


 ライルくんの表情は暗く染まってしまったが、智也はそれを拭うように言葉を続ける。


「四十階層に挑める人間は少ないが、俺は戦える。だけど、敵がどれだけ強いか分からない以上、行きと帰りの往復に塔迷宮を自力で登るのは避けたいんだ。無駄な体力は使いたくない」


 ライルくんが何かを口にしようとする前に、言葉を続ける。


「だから、往復手段として、キミのジャンプを使用したい」
「え?」
「俺の知り合いに、ジャンプのスキルを持っている人間はいない。だから、ジャンプのスキルを持つキミが、姉さんを助けたいのなら協力する」


 驚きに包まれていた表情が、嬉しそうに一瞬輝くがすぐにまた光は消える。


「でも、僕は病気があって……長く動くことは出来ません」


 どうしようもならない体。智也だってそんな意地悪するために言ったわけではない。
 だから、智也は右手にある袋を差し出す。


「これは、俺の知り合いの天才が作った薬だ。効果があるかまでは分かりませんが、廃人族の病に聞くはずだ」


 断定しないのは、まだこの時代にない薬だからだ。なるべく、奇跡に近いものだと表現する。


「治したいという強い思いに反応して、この薬の効果はいくらでもあがる。キミが姉を助けたいと思えば、思うほど、この薬の効果はあがるはずだ」
「……そう、ですか」


 疑っているようではあるが、ライルくんにとっても、この薬を信じる以外に助かる手段がないのは知っているはずだ。


「一週間だ。この薬で、治るのにだいたい一週間かかるんだ。信じるか、信じないかはどっちでもいい。ただ、これは俺の友人が作ってくれた薬で、絶対に他言してはいけない。それが守れるなら、俺はこの薬を渡す。キミの病気がよくなるはずの、一週間後にまたここに来てミルティアさんを助けるために戦いに行く。どうだ?」


 ライルくんは悩むように目をつむり、


「……分かりました。薬をください」


 真剣さがにじみ出た表情で、自分を見つめ返した。智也の本来の予定は終わったので、病室を出ようと歩き出す。


「トモヤさん」


 呼び止められ、足を止めて体を向ける。


「どうして姉さんや僕をそんなに助けてくれるんですか?」
「命を助けてもらった恩があるんだよ。それ以外に何か特別な理由がなかったら駄目なのか?」
「……そうですか。姉さんもいい仲間を見つけられたんですね」


 ライルくんは、苦しみながらも懸命に笑って見せた。一週間後に、また来る。
 智也はそう言い渡して、病室を出る。空気の重さを感じながら、深いため息をつく。
 過去に来て、もっと明るいミルティアさんがいると思っていた。予想以上の状態に智也も疲れていたが後ろ向きなことを考えるつもりはない。
 四十階層の敵を倒せば、すべては解決する。胸に強い思いを持ちながら、一歩を踏み出し、


「あの、すみません。ミルティアさんの知り合いさんですか?」


 正面に立っていた人物に踏み出した足が朽ち果てそうだった。懸命に声を絞り出すが、自分の声が震えているのが分かった。


「……リリ、ムさん?」
「……? あの、どこかで会いましたか?」


 相手は自分のことを知らない。そりゃそうだとここが過去であったのを思いだす。
 うっかり名前を言ってしまったのを必死に誤魔化す。


「い、いえ。ミルティアさんから話を聞いた事があったので、ええと、ミルティアさんに会いに着たんですか?」
「はい。怪我したと聞いたので。ついでにライルくんにも会いに来たのですが」
「なら、向こうですよ」
「ありがとうございます」


 機械のように智也は会話をして、リリムさんの背中を見送る。それから、一瞬遅れて思考が動きだす。


(……リリムさんに、会ってしまった。もしかして、未来が変わってしまうのか?)


 智也は湧き上がる不安を拭うため、クリュたちの時代に戻ろうとする。だが、能力は発動しない。どれだけ、強く思っても、力は発動しなかった。
 ミルティアさんが無茶をする前の時間に戻ろうと、意識してみるがそれも叶わない。
 他に行きたい時間は一週間後。強く願うがそれも出来なかった。


(俺の意思が関係しているわけじゃないのか? それとも、ここでやらなきゃいけないことがある? 俺の力に関わる……たとえば、俺にこの力を与えた人間にとって都合のいいように能力が発動しているのか?)


 考えられることはいくつかあるが、何よりも気になった一つのこと。


(この世界に俺を呼んだ人間は、誰なんだ?)

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