黒鎧の救世主

木嶋隆太

第四十九話 意外な人物

(悲鳴……か?)


 手に浮かんだ汗を感じながら実験室に入り、荷物を置く。廊下にいくつもの足音が響き、智也は耳を潜める。
 扉についている小さな窓から外を見回すが、足音がするばかりで人の姿はない。
 だが、注意深く見ると廊下の明かりが不自然に陰を生み出している。
 調査を発動すると、姿の見えない敵の名前を表示した。


(姿を消す人間が、侵入したのか?)


 敵意が向けられていて、テロか何かだろうと予想する。
 そう予想して、智也は武器を用意する。足音が実験室の扉に近づいている。
 智也は扉から距離を離し、敵に対して集中する。
 扉が開いた。足音は複数あったが、迷わず突っ込む。敵は見えなくても、調査があれば、どこにいるか大まかに分かる。
 相手は何かを智也へ向けると、光が放たれた。


 寸前に敵の腕を斬ったが、光に跳ね飛ばされる。


(今のは、拳銃か!)


 衝撃は大きくないが、それ以上の驚きを持って智也に襲い掛かる。銃はこの国にはなかった。
 銃とかかわりのある、エフルバーグの存在を思い出しながら、血で姿が見える敵を蹴り飛ばす。敵を倒したからか、青服――兵士のような格好をした人間が姿を現し、気絶する。
 武器はマシンガンのようで、細かい調査は後だ。


 調査を使い、右にずれたもう一人にも対応する。剣を振るうと敵は回避するように上へとあがった。そのまま雨のようにマシンガンを打たれるが、智也は盾を割り込ませる。
 剣での攻撃は不可能だと判断し、盾から刃を天井に向けて発射する。


 青服兵から血が溢れ、いきおいよく落ちてくる。顔面を踏み潰して気絶させる。


「なんなんだ?」


 戸惑いが声になって現れる。敵の狙いは分からないが、とりあえず一時的な危険は去ったと判断した。
 敵が天井付近に移動したのは、どうにも拳銃型のワイヤーを打ち込んだようだ。天井にも小さく後が出来ている。
 マシンガン、ワイヤーショット。それに服の中には小さな爆弾のようなものまでもある。
 調査で調べると手榴弾と閃光手榴弾だ。


 エアストの国ではどれもない。魔法を利用すれば、手榴弾や閃光弾などは作れるかもしれないが、表の商店には出回っていない。
 智也は立ち上がり、廊下に向かう。鍵をかけ、周囲を調査で警戒しながら、慎重に進んでいく。


 建物から外に出たところではもっと派手な戦いが繰り広げられている。
 敵の姿が見えないこともあり、学園の生徒が多いにもかかわらず、


 助けたいところだが、まずは状況の把握のためにパラさんと合流がしたい。
 食堂がある校舎に入ったところで、智也は昼に誘ってきた生徒を見つけた。敵との交戦中で一人が怪我を負っている。
 智也は反射的に駆け出して、生徒にもっとも近い敵一人を蹴り飛ばした。


「大丈夫か?」
「あ……はい」
「すぐに、他の人と合流してくれ。それと、調査のスキルを持った人には、調査で敵が分かると伝えるんだ」
「せ、先生は?」
「いいから、早く!」


 心配そうに智也を窺う生徒へ、智也は声を荒げる。相手はびくりとしながらも、力強く頷いて、すぐに走っていった。その背を見守る時間はない。敵が動き、一人が迫ってくる。
 武具精製のスキルを政府と関わる可能性のある人間に見せるのはやめたほうがいいだろう。
 どこから勇者に似た能力だとばれるか分からない。智也は武具精製を封印しながら近づく、青服兵との格闘を行う。敵は特殊な剣を持っているようだ。振るうたびに斬る範囲が変わり、いくつかの傷を負う。


 それでも、数度みればパターンはつかめた。敵の剣を回避し、敵の手首を捻り上げてそのままへし折る。
 落とした剣を掴んで、敵の腹に突き刺して後ろで待機している男に近づく。
 敵がニヤリと笑った気がする。男の手から離れた閃光手榴弾を視認する。消える技術を持っているようだが、体から離れたものは見えるようだ。


 さっき、閃光手榴弾の存在を知っていたので、智也は咄嗟に目を庇い耳に意識を集中しながら走る速度を落とさない。
 相手が息を呑むのが肌を伝って感じる。クリュと暗い中での戦闘訓練も行っているので、視界が悪くなろうが、ある程度戦える。


 慌てた様子でマシンガンが向けられる。智也はそれよりも速く足を振り回し、マシンガンの銃口を逸らす。
 がら空きの顔面へと拳を叩き込み、二人の敵を倒した。




「パラさん! 無事ですか?」
「トモヤくんか、よかった」


 パラさんが魔石をしまい、智也の横に並び、


「すぐに校庭へ向かって、怪我人の救助だ」
「分かりました。今、何が起こっているのか分かりませんか?」
「さっぱりだね。実験室のほうはどうだい?」
「来た敵は倒しましたから、サードさんは無事ですよ」
「そうか、キミは腕も立つんだね」


 パラさんの横に並んで、校庭に走っていく。
 校庭につけば、今起きていることが異常なのだと一目で理解できる。見張りの騎士は倒れ、学園の生徒、先生も同様に負傷している。
 手当ては他の生徒に任せて、智也は敵のいる箇所へ向かう。


「全員踏ん張れ! そのうち、きっと、たぶん、恐らく、騎士が助けに来てくれる! あきらめるなっ!」


 一人の生徒が弱気に叫び、敵の銃弾に吹き飛ばされる。智也のほうにも銃弾が飛び、盾を生み出してガードする。まだ距離はあったが、盾が弾かれそうなほどに威力がある。目で見切れる速度――自分の拳銃に比べれば十分遅い。
 学園の生徒が敵を囲うように戦っているにもかかわらず、一人も倒すことはできていない。調査を持った人がいなければそれだけで苦戦する。智也が異常なだけで、敵兵一人の戦闘技術は高水準だ。
 このままでは負傷者が増えるだけなのは確かだ。


「キミは治癒魔法は?」
「使えません。ただ、戦うことは出来ます」
「……戦うのか?」
「騎士が到着するまで、まだ時間がかかりますよね? だったら、少しでも戦力はあった方がいいと思います」
「キミは、あまり学園とは関係ない人間だ。無茶をして、怪我なんてしたら……」


 パラさんからすれば、智也は無関係の人間なのだろう。
 だが、智也はこの学園で会話した人がいる。知り合いが命の危険に曝されているのに、黙ってみてはいられない。
 智也は返事をする代わりに、パラさんの目を睨み返す。
 パラさんははぁとため息を吐いて、それから指を立てる。


「分かった。だが、本当に無茶はしないでくれよ。怪我人が増えるとこっちも大変だからな」
「敵なら問題ないですよね?」
「ああ、好き勝手にやってくれ」


 校庭の中で、敵と交戦している近場の生徒の場所へ向かう。敵は二人いて、生徒は八人ほどいるにもかかわらず、敵の姿が見えないことによりほとんどが怪我をしている。
 智也は、敵の注意を引くために、


「調査を持ってる人は、調査を使って調べれば敵の姿が見えるぞ!」


 大声で叫びながら、近場の敵を殴り飛ばす。
 目の前の空気がぶれるのを感じて体を横にずらすと、先ほどいた場所で風を斬る音がする。お返しに、蹴りを放ってやれば、終わりだ。


「お前、なんなんだよ? ただの教師じゃねえのかよ?」


 先ほどの生徒の中から、ぺテルブラが右肩を押さえながら立ち上がった。
 智也はうわっとあからさまに嫌そうな顔をしたが、すぐに表情を苦笑に変える。


「元々、冒険者ですよ。それより、怪我をしているのなら下がっていてください」
「チッ……くそっ」


 ぺテルブラさんは拳を握り締めて、悔しそうに唇を歪める。
 強く言ってこない。もう戦えないと分かっているのだ。


 敵はまだまだいるので、ぺテルブラさんに時間をかけてもいられない。
 智也はそれから、さらに襲ってきた男の剣を片手で白刃取りしてがら空きの腹へ拳を叩き込む。男はうめき声をあげて、剣を手放して後退する。
 体に巻きつけるようにしていたマシンガンを掴み、発砲しようとしたが、それよりも先に動いてむき出しの顎を殴る。
 加減はしたが、死んだかもしれない。


 と、敵の安否を気にかけていると、青服兵が声を荒げた。


「見つけたぞ! あっちに、巫女がいる! 殺せっ!」
(巫女? さっき似たような言葉を見たな)


 青服の一人が声をあげると、残った青服兵たちも声に従う。さっきまで好き勝手に暴れていたくせに。敵が逃げてくれるのなら、そっちのほうがいい。
 青服たちが向かっていった方角は、本校舎と別校舎を繋ぐ廊下。視線を凝らせば、生徒が死守するようにヘレンと見覚えのある人物を囲んでいた。


「気をつけろ、ヤツらは、姿が見えなくなるんだ」


 ぺテルブラさんが苦しそうに声をあげるが、智也はある一点に目を奪われてしまい返事はできなかった。
 見覚えのある人物――プラムだ。余裕がない状況にも関わらず、智也は自分の目をごしごしと何度もこすった。


 見間違うことはない。北の国で世話になった、チビのプラムがヘレンさんとともに武器を構えている。青服兵たちは、何かに操られるように「殺せ!」としか言わない。
 青服兵が走りながらマシンガンを構える。智也は止めようと、覚醒強化を発動させて駆け出した。
 敵が先に銃弾を歯安置生徒たちが、プラムとヘレンさんを守るように銃弾を浴びてしまう。
 さらに、智也の目の前を遮るように青服兵が現れる。


「オレたちの邪魔をするなっ!」


 別の建物から、青服が飛び出して斬りかかってくる。智也は急ブレーキをかけて、回りながら攻撃を避ける。
連続で振るう敵のステータスを見るが、すべてが? で表示される。


(ステータスのない敵か。だけど、大した脅威には感じないな)


 すーっと背景に透過して、剣の一閃が襲う。光を跳ね返してくれたので、ばればれだ。
 振るわれた剣の軌道を見切り、もっとも隙の大きい攻撃を避け、スピードを使って懐に入る。蹴りと殴りによる打撃を、青服兵に叩きつける。敵が動けなくなったのを背中で感じながら、プラムたちの元へと加速する。
 最後尾の青服兵を潰すと、その前にいた青服兵がこちらを睨んだ気がした。


「殺せ! すべて、殺せ!」


 青服が激昂して、マシンガンを放つがそれよりも先に動き、顔面を殴りつける。倒れた敵を押し倒すようにして、地面に叩きつける。
 敵の姿は見えないが、調査を使えば丸見えだ。


(負ける気はしないな)


 手をグーパーして、体の調子を確かめるように首を回す。智也はプラムに用事があるので、さっさと片付ける。
 五人の青服が、順番に襲い掛かってくる。体を最小限の動きに留めて、近くにきた男の顔面に拳をぶつける。
 仲間がやられても見向きもしない。相手にならないが、智也は笑みを濃くして、敵の腕を掴んで他の敵へと投げる。
 運動にはちょうどいい。背後から剣を突き刺してきた青服の腕を掴み、そのまま別の仲間へと串刺しにする。どうにも敵の剣は切れ味が鋭く、刺された仲間はあっさりと倒れる。仲間を刺したにもかかわらず、敵は狂ったように自分を狙い続ける。


 残り三体――。動きにも無駄が目立ち、連携さえもロクにない。武器を使う必要すらない。近くにいる青服を剣を振らせる時間も与えずに、回し蹴りで意識を奪う。
 青服たちに相変わらず動揺は見られない。兵士というのは心がないのかと疑いたくなるほどだ。
 残りの二人が同時に襲いかかってくる。智也は、振り下ろされた剣を片手でそれぞれ掴み、青服たちに意地の悪い笑みを向ける。


「どうしたんだよ、ちょっとは本気出せよ」


 智也はまだまだ手の内を隠しているのに、一方的に勝利した。
 股間を思い切り蹴り上げ、一人を潰し、最後は顔面に拳を入れて倒した。ぱっぱっと手についた汚れを落とし、負傷者がいるプラムたちの元に行く。


「……久しぶりだな、プラム」


 どんな風に声をかければいいのか迷った。プラムも学園の生徒らしく、ヘレンさんと同じ制服を身につけている。


「……久しぶり。人が変わったように強くなった」
「色々あったからな」
「殺せっ、殺せ! 世界に邪魔な巫女を殺せっ!」


 校舎から現れた青服が、剣を頭上に構えたまま、足を引きずるように出てくる。足には水の剣が刺さっていて、今も変わらずに出血している。
 青服に警戒して智也は剣を構えるが、青服の背後に現れた男が魔法を放ち青服を吹き飛ばした。


「そろそろ、動くのはやめておいたほうがいいですよ」
(オジムーンさん?)


 以前、バイスコーピオンと戦ったときに出会った見た目おじいさんの男だ。
 オジムーンさんの魔法により、男の意識は完全になくなったようでぴくりとも動かない。オジムーンさんはゆったりとした歩みで、しかし表情を険しくしながらヘレンに近寄る。


「ヘレンお嬢様、お怪我は?」
「ないですわよ、先生が助けてくれましたから」


 ヘレンさんがチラとこちらを見て、柔らかい微笑を浮かべる。智也は気恥ずかしくなり頬をかくと、プラムがぽつりと呟く。


「先生? ……ぷ」
「今笑ったよな? ちょっとかちんときたんだけど」


 プラムは口元を隠すようにしながら、こちらへ無表情を向ける。


「あなたが、先生? なんで?」
「色々あったんだよ。先生つっても、補佐するだけだけどさ」
「そう。古代語の?」


 プラムは理解が早いので、会話をするのはラクだ。
 ヘレンさんの受講している教科も知っているようだ。智也は首を縦に振って返事をしてから、


「お前こそ、なんでこの学園にいるんだ?」
「色々あって。……あの国のことは誰にも話さないで」


 プラムはそっと耳元に近づいてそうこぼした。あそこにいたことがばれるのはプラムも嫌なのだろう。
 プラムを陥れるつもりもないので、智也は小さく首を動かした。


「お二人は知り合いでしたか?」
「ええ、まあ。前に街で見かけて、少し話した程度ですけど」
「そうでしたか……。プラムお嬢様が笑うのは珍しかったので、おじさん少し驚いてます」


 オジムーンさんが驚愕! とばかりに目を開いている。わざとらしい。


「プラムお嬢様ー!」


 大声と大地を踏みつける激しい音が響き、突然校舎から現れた人間に、智也は反応することもできずに突き飛ばされる。


(いって、なんなんだ?)


 吹き飛ばされた智也は砂埃を巻き上げながら転がる。動きが止まったところで、校庭に座り込み、頭を振りながら突き飛ばしやがった原因へ鋭い視線を向ける。


「もう! 相変わらずぷにっぷにだよー! ああ、この柔らかい肌いいなぁ! プラムお嬢様が無事でよかったよー!」


 以前アリスが誘拐されたときにいた、問題児パニアさんだ。天破騎士が二人もいることに、智也は予定外だったので、動揺してしまう。


(力を使いすぎたか?)


 普段に比べれば目立ちすぎただろう。だが、目の前で誰かが死ぬのを黙ってみていられるわけもない。


(まあ、いいか)


 目に見える、武具精製のスキルは使用していない。
 自分の持つスキルが敵との相性がよかったとでも言っておけば、十分誤魔化せる。疲れた体を落ち着かせるように座ったままでいると、


「大丈夫ですか?」


 オジムーンさんが手を貸してくれる。智也は一瞬迷いを見せてから、その手を掴む。


「こ、腰がっ!」


 掴んだ瞬間オジムーンさんが崩れるように地面へ膝立ちになる。顔が険しくなっているオジムーンさんに智也は声を荒げる。


「だ、大丈夫ですか!?」
「冗談です」


 けろっとしている。智也は、ホッとしながらムカついたので目に力がこもる。


「……」
「受けました?」
「ひやっとしましたよ」


 殴りたくなりました。智也はぐっと言葉を飲み込んだ。
 智也はひくひくしているこめかみを隠すように、笑顔を浮かべた。


「それは何よりですよ。それより、あなたの戦いを見ていましたよ。お強いのですね」
「見てたのなら、助けてくれてもよかったんですけど。結構ぎりぎりだったんですよ?」
「私も自分の方で手一杯だったので、おじさんにはあのような敵の相手は大変なんですよ」


 腰を押さえるようにして、オジムーンさんは笑う。特に疑われてはいないようで、智也はホッとする。
 オジムーンさんは背中で手を組み、ふわりと笑う。


「そうですね。おじさんもそろそろ引退ですし、天破騎士の開いた席にはあなたを推薦しておきましょうか?」
「いえ……遠慮しておきます」
「冗談です」
(……ひやっとしたよ) 


 オジムーンさんは心臓に悪いことばかりを言うと肩を落とす。
 プラムともう少し話をしたかったが、ひとまずは傷を受けた人たちの治療が必要だろう。智也は学園の指示に従い、傷のある生徒たちの治療を手伝った。

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