黒鎧の救世主

木嶋隆太

第三十四話 ベッド

 智也は目の前が歪むように感じながら、ミルティアさんの家に戻ってきた。もしも本当に過去の世界ならばクックさんの宿がないのも頷ける。
 認めたくない現実に智也はため息をつく。
 まだ混乱している智也だが、ここまでついてきてくれたミルティアさんに説明をしようと思ったが、


「いいよいいよ。とりあえず今のキミ結構顔色悪いから、休んでてって。ボクはちょっと用事があるから外に出てくるから」
「でも……」
「あ、勝手に人の下着とか漁っちゃダメだからね」
「そんなことしませんよっ」
「え? しないの? 男の子としてダメだなぁ」
「やってやりましょうかっ!」
「それじゃあね、すぐ戻ってくるからちゃんと休んでるんだよ」


 ミルティアさんは快活に手を振り外に出てから、鍵が閉まる音が部屋に届く。


(気を遣ってくれたのかな?)


 少しは気分も軽くなったので、ミルティアさんには感謝してばかりだ。後で何かしらお礼をしたい。
 傷はそれほど問題でもないので、智也はベッドに横にならずに本棚を見る。
 三冊の本が並んでいて、智也はそれを手に取る。


 何かこの世界を決定付ける情報がないか調べてみたが、文字の勉強をする本、魔法についての本、病気についての本の三つしかなく、そのどれも智也の欲しい情報はなかったのですぐに閉じた。


(クリュたちの時代へ戻るにはどうすればいいんだ? そもそも、この時代に来た原因は?)


 考えようとしてふと気づく。 


(一度、来て、戻ってるんだよな。何かがあるはずなんだけどな)


 智也は頭をかきながら、うんうん唸る。


(共通点は強敵と戦ってるときってことか? なら強敵と戦えば現代に戻る……いや、それはないか。むしろさらに過去に行く可能性もあるよな)


 智也ははぁと息を吐き出す。


(前に戻ったときは、特別なことはしてなかった気がするし……考えてもわからないな)


 それからやることもなくベッドでごろごろしている。
 女性らしい匂いがするので、智也は顔を赤くし、なるべく意識しないようにする。
 しばらく現代に戻る方法を考えて時間を潰すと、


「たっだいまー。ちゃんと休んでた?」


 家の鍵が開き、ミルティアさんが帰ってきた。


「はい、もう大丈夫です」


 智也も立ち上がり、出迎える。
 食材を買ってきたようで、それらを家に置いてある箱にしまっていく。
 この時代にはまだ冷蔵庫はないようだ。


「夕食は食べられそう?」


 しまいながらもミルティアさんは自分を気にかけてくれる。


「大丈夫です。何か手伝えることありますか?」
「怪我人は寝てなきゃダメだよ」


 ミルティアさんが腕を交差させてバツマークを作る。
 特に深く聞いてこない。だが、厄介になっている以上事情を説明しておくべきだ。


「あの、俺の話を聞いてくれませんか?」
「え? 別に無理に話さなくてもいいよ? ボクだって話したくないこととか結構あるんだし」
「別に話したくないことではないです。ただ、ちょっと俺も混乱していたんで、聞いてもらえると嬉しいです」
「……そうなんだ。だったら聞こうかな」


 ミルティアさんは食材をしまってから、智也の前まで移動する。
 近くにある椅子を引っ張ってきて、綺麗な姿勢で向き合う。
 何から話そうか。智也は悩んだあげく、未来に関わることから切り出す。


「未来人っていると思いますか?」
「未来人? どういう意味?」
「未来から来た人間ってことですよ。つまりは、未来ってものを信じてますか?」
「うーん、未来って確か今より先の時代のことだよね」
「俺がその未来人なんです。今から二百年先の未来で生きていたんです。だけど、そこである魔物と戦ってるときに気を失って、気づいたらここにいたんです」


 ミルティアさんは腕を組み、首を傾ける。


「ええと、ちょっと待って。キミはここから二百年先の未来から来た。理由はわからないってことだよね?」
「まあ、そうですね」
「だから、ギルドでカレンダー見たときに固まったんだ……なるほどね」


 ミルティアさんはさして驚いた様子はない。
 逆に智也が心配になってくる。


「そんなあっさり受け入れられるんですか?」
「いやいや、ボクってあんまり勉強とか得意じゃないからさ。それがどのくらい凄いことかいまいちわからないんだよね」
「嘘をついてるとか、疑わないんですか?」


 智也が逆の立場なら絶対に疑ってかかる。


「ああ、そういうのもあるかもしれないよね。嘘、かぁ。うん、そういうときボクはね目を見るんだ」
「目、ですか?」


 そのくらいで人の嘘を見破れるものなのだろうか。


「そ、じっとしててね」


 ミルティアさんは目を覗き込んでくる。整った顔、赤い瞳。気恥ずかしくて、智也が横に逸らそうとすると温かい手に頬を挟まれる。
 左手は手袋ではあったが、それも妙に肌触りがいい。


「顔赤いよ? もしかして、女の子とこんなに顔近いのって初めて?」
「ええと、まあ」
「えへへ、実はボクもここまで近いのは初めてなのです」
「うっ」


 少々頬の赤みが増したミルティアさんに智也はうめき声をあげる。
 しばらく見詰め合っているとミルティアさんはにこりと微笑んで手を離す。


「うんうん、嘘ついてないみたいだね。ていうか、うってなんなのさ」


 ミルティアさんがジト目になったので智也は誤魔化すように視線を右上に向ける。


「本当にわかるんですか?」
「なんとなくね。それとも、もっと見つめあいたかった?」
「いえ、そんなことありませんけど?」
「むぅ、はっきり言われると悲しいなぁ」


 ミルティアさんはあっけらかんと言い、首の後ろで手を組む。


「ところで、戻る方法とかってあるの?」
「……わかりません」
「そう、なんだ。じゃあ、しばらくここにいていいよ? 色々わからないこともあるでしょ」


 智也にとって嬉しい申し出だったが、何もしないで家にじっとしていられるほど大きな器を持った人間でもない。


「だったら、何か出来ることはありませんか?」


 手伝えることがあるのなら、何かしたい。


「ええ? 特にないかなぁ」
「俺は、一応ステータスは高いほうですよ? 戦いなら、結構できるほうです」


 ステータスはこういうときに実力の証明になる。とはいえ、智也は最近ではステータスなんて関係ないと思っているので教会にもロクに行っていない。
 ミルティアさんは興味深そうに顎へ手をやる。


「へえ、そうなんだ。だったら、ちょっと見ていいかな?」
「調査のスキルを持ってるんですか? なら、俺も見ていいですか?」


 いつもは許可なんてとらずに好き勝手見ている。


「キミも持ってるんだ? せーので見ようよ」
「なんですか、それは」
「なんか楽しそうじゃない?」
「そういうもんですか?」
「そういうものなのです。それじゃ、行くよ。せーの!」


 ミルティアさんの掛け声と同時に調査を発動する。


 Lv18 ミルティア MP312 特殊技 調査
 腕力49 体力47 魔力62 速さ60 才能10
 スキル 詠唱短縮Lv3 ジャンプLv2 ワープLv2 フレイムブレスLv2  アイスアッパーLv3 サンダーアックスLv2 ヒーリングフラッシュLv2 サーヴァントLv4
 儀式スキル 刀Lv2


 規格外のステータスだった。


「才能10……」


 リートさんやクリュといった天才級の強さを持った人は今までも見ていたが、才能10を持った人間は初めてだ。
 それに魔法の数も半端ない。ミルティアさんを怒らせないようにしよう。


「それはキミもだよ。ボク以外に初めてみたよ……」
「才能10って、やっぱり少ないんですかね?」
「過去の英雄がどうたらって聞いたことあるくらいかなぁ?」


 智也が図書館で手に入れた情報とほとんど同じだ。


「怪我はもう大丈夫なの?」
「ええ、まあ。回復丸をいくつか食べましたし」
「やっぱり回復丸って凄いんだね」


 ミルティアさんはニヤッと笑い、腰についている刀へ手を動かす。
 そこから最速の動きで、刀を抜き智也へと刃が迫る。
 智也も左手を向け、剣を生み出す。


「速いし、強いんだね」


 ぎりぎりと剣と刀がぶつかりあう――この世界の人間はとりあえず攻撃でもするのか?
 智也は手に力を込めながら、歯ぎしりしながら言い放つ。


「似たようなことをする人がいたんですよ」
「いい友達だね。それが武具精製のスキルかな? 珍しいスキルだね」
「ほんと、いきなりなんなんですか……」


 刀を剣で受け止めて、力で押し返す。
 ミルティアさんは刀をくるりと回してから鞘に戻し、両手を合わせて片目を閉じる。
 彼女から感じるプレッシャーもなくなったので、智也も武器を消す。


「いや、キミが何か出来ないか聞いてくれたでしょ? だから、実力を確かめようと思ったんだ。今ボク、凄く強いボスに挑もうと思ってる最中なんだ」
「つまり、実力を知りたかったんですか?」
「そういうこと。今までボクの一撃を受けられたのはキミくらいだよ。だから、一緒に第三十階層のボスを倒しに行こうよ」
「三十階層のボス……それって、階層ボスのことですか?」
「うん、そだよ」


 ここは過去だから、まだいるのだろう。現代ではいないので分からないが、本では恐ろしく強かったと書かれていた。
 十ごとに強力なボスがいるのは本で読んだことがある。


「前にボク、十階層のボスを倒したときにね、大きな魔石を手に入れたんだ。だけど、ぎりぎりの戦いだったからこれ以上一人で戦うのはきつそうだなって」


 大きな魔石は凄いお金になったんだよとミルティアさんが楽しそうに語る。


「そう、だね。俺もそのくらいならできるな。でも、俺以外にもステータスの高い人なら結構いるんじゃない?」


 ミルティアさんは困ったように頬を掻く。表情はあまりよくない。


「いる、けどね。ボクとパーティー組んでくれる人はいないし。それに才能10持ってる人じゃないとボクに会わせるのは難しいのです」
「強いのにパーティー組んでもらえないんですか?」


 智也ならばぜひとも自分のパーティーに入れ、攻略の手伝いをしてもらいたい。
 ミルティアさんは……はかなく崩れてしまいそうな笑みとともに頭をかく。


「まあ、そういうこともあるんですよ。それで、やってくれるかな?」
「もちろんだよ。ただ、今日はちょっとまだ無理かな」
「……もしかしてさっきのボクのせいで、悪化させちゃった?」


 ミルティアさんが申し訳なさそうな顔になったので、慌てて首を振る。


「まだ色々と調べたいこともあるんだ。図書館ってこの時代にある?」
「あるけど、トモヤくんって文字読めるの?」
「まあ、それなりには」
「ほんと!? じゃあ、ボクにも少し教えてくれないかな?」
「いいけど、俺は読めるだけだからね。人に教えるのは上手じゃないよ?」
「うん、読めない文字を教えてくれるだけでいいよ」


 図書館に移動する。
 基本的な造りは変わらないが、智也の時代にあった本でもこの時代にはない本もある。
 やはり、過去の世界なのだろうと改めて認識して、適当に本を漁る。


 久しぶりの図書館に興奮を抑えきれず、智也はむさぼるように本を読んでいた。一冊を読み終えると、隣でミルティアさんがニコニコとこちらを見ていて、自分が教えるのを引き受けたのを思い出した。


「本好きなんだね」
「それほど好きじゃないですよ。読んでると落ち着くっていうほうが正しいね」


 ミルティアさんも読みたい本を持ってきて、智也はそれを読む手伝いをしている。
 細かいことは教えられないが、中々物覚えがよく、同じ文字ならば何度か読めばわかるようだ。


 日が暮れるまで、読書をして家に戻る。
 夕飯をミルティアさんが作り、智也も配膳などの手伝いをした。


「明日、塔迷宮のボス部屋に一度行ってみる?」
「入っても逃げられるんですか?」
「ちょっと強引にだけどね。ボク一度逃げてきてるし」
「ああ、ワープかジャンプですか?」
「正解だよっ。ワープ、ジャンプのどちらかを使えば逃げることは可能。チームで逃げるには使用者に触れなきゃだけどね」


 ミルティアさんのステータスで逃げなければいけない敵。
 つまりは強敵なのだろうが、智也は以前とは心境が違った。


(強い敵、か)


 最近では自分より強い相手とばかり戦っているので、感覚が麻痺している。
 そこまで恐怖を感じない。


「ベッドで寝ていいよ。ボクは床でも全然大丈夫だからね」


 ミルティアさんはそそくさと布団を取り出す。
 とはいえ下には何も敷いていない。女の子にそんなことをさせるわけにはいかない。


「もう大丈夫ですよ。俺が床で寝ますよ。居候みたいなものなんですから」


 智也は半ば睨むようにしてミルティアさんの手を止める。


「それはダメだよ。まだ傷は完治してないんだから」
「こんなの気持ちの持ちようです」


 二人の間で火花がぶつかりあう。
 ミルティアさんは何かを思いついたのか一瞬目を開き、それから顎に人差し指を当てる。


「一緒に寝ればいいんだね」
「俺の理性を破壊する気ですか!」
「でもボク胸ないから大丈夫だよね?」
「俺は大きかろうが小さかろうが興奮するんですっ」
「そうなんだ。ていうか、小さいのは否定してくれないんだね」


 むっと頬を膨らましたミルティアさん。
 智也は気づかれない程度に視線を向ける。大きくはないが、形はよさそうだ。
 智也はぐっと親指を立てる。


「いいサイズだと思いますよ?」
「ありがとね」


 ジト目で睨まれた。
 智也はベッドから立ち上がり、


「これでも、野宿とかよくするんで、どうぞベッドで寝ててください」
「それはボクの台詞だよっ、まだ完治してないんだからベッドで寝ないとダメなんだよ。風邪は治りかけが一番危険なんだから!」
「風邪じゃねーよ! もう治ったんだから大丈夫だって」


 お互いに一歩も譲らない。


「うーん、こうなったらあれだね。じゃんけんだよっ」


 大げさにミルティアさんは拳を突き出す。


「いいよ。さっさとやろうよ」


 それぞれ構える。


「最初はグー、じゃんけんぽん!」


 ミルティアさんの掛け声に合わせて智也はグーを出す。


「はい、俺が勝ちました」


 ミルティアさんはチョキだ。
 ミルティアさんが顔を下に向けてうな垂れる。
 と思ったらすぐに笑顔になって智也の背中を押す。


「勝った人がベッドで寝れるんだよ。やったね!」
「なんだよそれは!」


 そこから話し合った結果。
 なんとかミルティアさんをベッドで寝かせることに成功した。



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