黒鎧の救世主

木嶋隆太

第二十九話 お呼ばれ

 アリスはまだいなかったので、智也は適当に依頼を見ながら時間を潰す。犯罪者の張り紙がまた増えていたので、メモに書き足す。
 しばらくすると、走る音が聞こえた。


「あっ、トモヤさん。待たせてしまいましたか?」


 タンスを軽々と持ち上げるような力があるのに、走るだけで息を切らす。この世界の基準はわからない。


「特に待ってないよ。アリスこそ、大丈夫? なんか急かしちゃったみたいだけど」
「だ、大丈夫です! はぁ、はぁ……」


 全然大丈夫そうではない。とりあえず息切れが治まるまで待つ。


「なにかめぼしい依頼はある?」


 智也は見たが、相場のいい依頼はわからない。


「うーん、そうですね。今朝のような労働は私もちょっと疲れますからね」
「いやいや、何が疲れてたの?」
「移動が多いと……疲れます」


 あははっとアリスは頬を掻いて微笑む。


「それじゃあ、受けていきます?」


 アリスが選んで、智也は後ろについていく。


 どんどん依頼を受けていく。
 ギルドから、とある家に荷物を届けたり、道具屋などに回復丸を届けたり。その途中、アリスに訊ねてみた。


「荷物運びのスキルってどんな感じなんだ?」
「うーん、荷物の重さをほとんど感じなくなるんですけど、意識しないと駄目ですね。タンスなどを持つときも、箸とかフォークを持つような感覚になります」
「へえ」


 MPも消費していないので、智也の調査や武具精製と似たようなモノかと思う。午後の仕事は、午前に比べて疲労は少ない。 
 アリスとも自然と会話が増えて、そこそこ慣れてくれたようだ。
 会話しながらも、賞金首を探し、


(あの名前は、確か……)


 表示された名前に見覚えがあった。


「アリス、ちょっとごめん」


 一言告げてから、道の隅に荷物を置く。昨日メモしたおかげで、いくつかの名前は覚えている。
 ポケットに入れた紙を取り出そうとすると、アリスが遅れてやってきた。


「どうしたんですか?」
「ちょっと調べたいことがあるんだ」


 メモには調査で見た名前があった。あの男がこの街に潜伏していると思われる賞金首だ。


(それにしても、運がいいヤツだな)


 似顔絵までは覚えていないが、調査を使えば本名がすぐにばれる。それなのに、今まで見つかっていない。今も騎士の二人組みが通り、賞金首の男は騎士に普通に挨拶している。


(変に避けたりしたほうが怪しまれるっていうしな。堂々としてれば、案外ばれないんだな)


 騎士は調査のスキルを持っているわけでもなかったので、全く気づいていないようだ――似顔絵もあんまりうまくなかったしな。


 賞金首の容姿はどこにでもいる一般人。だが、名前は完全に一致している。人は見かけによらない。
 智也は賞金首について特に喋ることはない。
 男は騎士と別れてから、細い道に消えていく。


「あの道って、どこにつながってるわからない?」


 男が消えていった道を指差す。アリスはうーんと唸りながら、顎に手を当てる。


「確か、北地区、東地区のほうだと思います」


 北地区。いかがわしい店が多いので有名だ。奴隷などもそこで買える。
 男は賞金首なので、北地区に身を隠していると思われる。
 あそこは騎士も深く調べることはあまりない。北地区自体が、犯罪すれすれの地域だからだ。無理やり規制すれば、今まで以上に犯罪が増える可能性もあるかららしい。


「……いたな」
「え、何がですか?」


 うっかり口にしてしまって、智也は慌てて手を振って誤魔化す。


「いや、ちょっと知り合いを見かけただけだ、ごめんごめん」
「そうですか。追わなくていいんですか?」
「今はまだ用事はないからね。この街にいるってわかってよかったよ」
「よかったですね。それじゃあ、行きましょうか?」
「うん、ごめんね、待たせちゃって」
「全然問題ありませんよ」


 智也は荷物を持ち直して、目的地へ向かう。運んだ先で依頼者からお礼を言われる。
 午後いくつかの依頼を終えて、アリスと報酬を分けて千リアム。報酬はそれほど多くないが、人々からの感謝はそれ以上に嬉しかった。
 たまには、街の人たちと交流するのもいいかもしれないと思えた。








 まだ宿はとっていないので、急いで金を払う必要がある。とりあえず二日分を支払っておく。
 本当は一日ごとのほうがいいが、毎日払うのは面倒だ。


「クリュなら部屋に戻ったぞ」


 クックさんから話を聞いて、智也はお礼を伝えて部屋に戻る。時間はちょうど六時だ。


「遅かったわね」


 部屋に入ると、クリュの髪が短くなっていた。


「まだ七時じゃないか?」


 クリュはぴくりと眉をあげ、時計にくいっと親指を向ける。


「一分遅れた」
「いやいや、そのぐらい大目に見てくれよ。それより、髪はどうしたんだ?」


 クリュの金色の長髪は、セミロングのような長さになっていた。


「あたしはある程度経つと髪を切るのよ。髪を洗うときにも邪魔だし、何より戦闘中に邪魔よ」
「長い髪をぶん回せば攻撃できないか?」
「前が見えなくなるわよ、馬鹿じゃないの」
(前のほうが見慣れてるからか、似合ってる気がするな)


 とはいえ、今も可愛らしいので智也は特に言わない。


「で? あんたは今日、何してたのよ」
「荷物運びだ」
「小さな女の子と楽しそうに、ねぇ」


 ドキッとした。


「……なんのことだ?」


 隠す必要はないのかもしれないが、智也は反射的にそう答える。
 クリュが肘をついて苛立ったように机を指で叩く。


「あんた、あたしに隠してたんでしょ」


 クリュは木の床を思い切り踏みつけて立ち上がる。壊れていないか心配して、床に視線を向けるが大丈夫のようだ。


「あんまり、乱暴なことするなよ」


 智也が注意すると、


「やっぱり、あんたも信用できなかったっ。どいつもこいつもあたしに隠し事をして、あたしには何も話さない!」


 クリュが胸倉を掴んでくる。その目に智也は映っていない。智也を通して、誰かを見ているようだった。


「何!? あたしに話せば都合が悪いって言いたいの? ほんと、ムカッつく!」
(何にキレてるんだこいつは?)


 確かに隠し事は嫌いだと言っていた。 だが、今回は智也も本当に隠したつもりはなかった。
 とりあえず、正直に話して、それでダメだったら。
 クリュとはここで縁を切るのも一つの手かもしれない――……できれば、それは最後の手段にしたい。
 クリュはなんだかんだいっても、クリュの力は頼りになる。ここで別れるのは、惜しい。


「俺は隠したつもりはない。信用してくれるかどうかはわからないけど、アリスとは本当に偶然出会ったんだ」
(アリスに会いたいとは思ったけど、それは今関係ないよな)


 胸倉を掴む力が弱まる。智也はたたみかけるために、さらに続けた。


「どうして、そんなに隠し事を嫌うんだ?」
「別に、いいでしょ」


 智也はむっと顔を険しくする。


「お前は人に強制させるクセに、自分のことは何も話さないのか?」


 目を鋭くし、クリュを射抜く。
 クリュと話すとき、アリスやその他大勢の人間と話すとき。最近ではどっちが本当の自分かわからなくなっている。
 好き勝手に話せるクリュと、相手の顔色を窺いながら話す必要のあるアリス。クリュと話すほうがラクに感じるので、そちらが本当の自分なのかもしれない。
 しばらくクリュはうつむいて何も話さない。


(クリュが、話してくれるほどに俺は親しくなっているのか?)


 わからないが、彼女の答えを待つ。
 胸倉を掴む力がなくなり、クリュは数歩後ろに下がる。


「エフルバーグ……。あいつはあたしに何も話さないで、いつもいつも勝手に、一方的に物事を押し付けてきた。昔は、ちゃんと説明してくれたのに」


 クリュにしては珍しく弱々しい声の調子。


(エフルバーグ、か。確かにそんな勝手な男だったな)


 あまり思い出したくないが、クリュが話してくれているのだから、無視するわけにもいかない。


「それが、ムカつくのよ。ムカついて、ムカついて、隠し事をされるたびにあの男が思い出されて殺したくなる」


 クリュが先ほど同様殺気を放ち、睨んでくる。相変わらず肌がぴりぴりする。


(エフルバーグ……クリュにとっては一応信頼できた男。過去に一体何があったんだろう)


 結局詳しい事情はわからない。


(今のクリュを作ったのは、エフルバーグってことか)


 いつから一緒にいたのかわからないが、これだけぶっ飛んだ性格になったのはエフルバーグが関わっているはずだ。
 今はクリュの言葉を正面から受け止める。


「……隠し事をするつもりはない。だけど、今日みたいに予定が変わるってこともあるんだ」
「……だから何よ」
「予定が変わったら、帰ってきてから話す。だから、とりあえず手を出すのはやめてくれ。いや、やめろ」
「あたしに、命令するな」
「これだけは譲れないね」


 クリュは腰に手を当て、目を合わせてくる。取り込まれてしまいそうな可愛い顔。
 智也は気恥ずかしかったが、真剣な眼差しを崩さない。


「……勝手にすればいいじゃない」


 やがてクリュの視線が外れて、智也は内心安堵の息を漏らす。


(クリュはパーティーに必要だ。できれば、手放したくない)
「ご飯食べようぜ」


 空気が変わったのを理解してから、智也は扉に目を向ける。


「あんたは……」
「なんだ?」
「いや、よくわからないわね。ご飯にするわよ」


 クリュと夕食をとる。


「これからクリュはどうする? 俺は賞金首を探しに北地区に行ってくる」


 午後に見つけた男。またはその仲間がどこを寝床にしているのか確かめる。


「なら、私も行くわよ。あんたが勝手に殺さないように見張る」
「お前じゃねえんだから殺さねえよ」


 クリュが来てくれるのなら心強い。






 食事を終えてから、宿を出る。すっかり闇が空を覆い、明かりが街を照らす。とはいえ、街はオレンジの明かりに包まれているので、暗さに怯えることはない。
 ある程度この街の地図は頭に入っている。迷いなく北地区へ向かう。
 北地区に入ったところで、智也は明るさに疲れを感じて眉間を揉む。


 北地区を見ての感想は明るい場所だ。ピンク色の明かりがつき、いかがわしい店が並んでいる。
 肌の露出が多い女性が店の近くにいたり、顔のいい男が店の前にいて客寄せをしていた。明かりがない路地に行くと、奴隷商などもある。
 この区画は心臓に悪い。さっさと戻りたいが、賞金首の姿もない。


「いないな。クリュならどんな場所に姿を隠す?」
「見えないところ」
「いや、具体的に教えてくれよ」
「そうね。建物の中ね」


 クリュの野生的な勘を頼りに右に左に道を歩いていると、迷子になってしまった。


「……お前が方向音痴なのは分かった。よく、宿に戻ってこれたな」
「行ったことのない道に行けば誰だって迷うわよ。あたしに任せたあんたのミスね」
「ああ、俺もそう思うね」


 裏路地のような場所で頭をかきながら、どっちに向かうか悩む。長居はしたくない。人目につかない場所は北の国だろうが、ここだろうが危険に変わりはない。
 背後から足音が聞こえる。振り返ると、ガラの悪い男たちがこちらに近づいているのがわかる。智也は腰に手を当てて深いため息をついた。


「なあなあ、姉ちゃん、これから一発いかねえかい?」


 男二人組みだ。智也には目もくれていない。


「あぁ? だったら、戦いなさいよ。あたしに勝てば、自由にさせてあげるわよ。この手も足も、口も。あんたたちの自由にさせてあげる」


 クリュがふふっと笑うと、男が鼻の下を伸ばしながら興奮した笑い声をあげる。


「いいねえ。強気な態度、最高だぜぇい」


 男の一人が手を鳴らしながら汚いよだれをたらす。
 調査を使うが、名前から賞金首ではないのがわかる。クリュには注意しておく。


「クリュ、殺すなよ。こいつらは一応まだ犯罪者じゃない」
「はあ? 別にいいじゃない。将来的にこいつらは犯罪者よ」
「犯罪者になってから、殺したほうが金になるだろ」
「それもそうね」


 智也の発言にクリュも頷く。


「あぁ? なにをいっ――」


 約三秒ほどで二人を地面に叩きつぶした。クリュは狂喜の笑みを浮かべながら、倒れている男の顔面を踏みつける。


「あははっ、この顔ぶちゃぶちゃ潰れて弱すぎっ」
「そのくらいにしておけって」


 まだ息はしているようだが、血を流して気絶している。どう考えても過剰防衛だ。クリュは長い髪を大きくかき上げ、智也と入れ替わる。


「弱すぎてつまらなかった。もっと強いヤツはいないの?」
「それを今から聞きだすんだよ」


 智也はまだ気絶していない男に近寄る。がたがたと震えだして、男の目は化け物を見るように変化していく。


「おい、死にたくなかったら答えろ」
「ゆ、許してくれ!」
「聞いているのか? この辺りに賞金首はいないか?」
「し、しらねえよ!」
「本当だな?」


 智也は鋭く切れるナイフのように目を尖らせ、男の髪を掴んでその目を射抜く。


「ああ! 当たり前だっ。俺たちは犯罪に手を出せるような、でかい心はもってねぇ!」
「だったら、大人しくその辺の店にでも入ってればよかったな」


 智也が顔の表情を消すと、男は震えあがる。足場に水溜りが出来ていて、少し臭う。


「漏らしてるわね」


 クリュが馬鹿にするように呟くが、智也は指摘しない。


「た、頼む! 金ならいくらでも払うからっ、命だけは!」
「なら、ここから東地区に戻るにはどうすればいい?」
「え、えっと。ここを出て、大通りをずっと歩いていけば……」
「本当だな?」
「あ、当たり前だっ」
「あと、今日のことを誰かに話してみろ。すぐに殺しに行くからな」


 いい残して、男の指示どおり、路地裏から出た。


「クリュ、今日はダメだったみたいだ」
「ほんと、あんたを信じたあたしがバカだったわ。いつまでお預けにするつもりよ」
「犬かよ。まあ、見つかり次第って感じだな。それまでは、我慢してくれ」
「ほんとに飽きたら北の国に戻るわよ」
「それは……善処する」


 北地区からようやく普通の街に戻ってこれた。時間も遅いので、さっさと宿に戻って風呂に入りたい。
 宿の近くまで戻ってくると不意にクリュが止まる。


「あんた、あたしと一向に戦おうとしないのはなんでよ?」
「はっきり言って、勝てる自信はないからな。お前とやるなら殺し合い。それでようやく五分って感じだ」
(スピードを使えば、それも可能なのかもしれないけど……)


 それでも、反応できる人間もいることを知っている。
 クリュにもエフルバーグに近い強さを感じる。何度かクリュには使っているので、スピードへの対策もたてられているかもしれない。


「なら殺し合いをすればいいじゃない」
「お前は加減してくれないだろ? どっちかが死ぬまで戦うのは馬鹿げてる」
(いつかは、クリュとも戦うときが来るかもしれないんだよな)


 智也は絶対に勝てると確信するまでは戦うつもりはない。そのためにもクリュの殺したいゲージを調節する必要がある。
 早めに賞金首を見つけなければ、と改めて思った。


「ふぅん、あっそ」


 最近はクリュの扱いもだいたいわかってきたが、たまに何を考えているのかわからない。今も強く言ってくると思っていたが、予想に反して黙った。
 宿に戻ると、ちょうど扉が開く。


「あっ」
「トモヤか、久しぶりだな」


 リートさんが外に出てきたのだ。


「リートさん、この宿に泊まってるんですか?」
「いや、オレは家を持ってるからな。お前はここに泊まっているのか?」
「えと、そうですね」
「……少し、時間あるか?」
「ええと――」


 クリュのほうを見ると、彼女はにやっと笑ったので、智也は遮るように腕を伸ばす。たぶん、リートさんの実力を見破ったのだろう。


「……仲良くやれよ」
「何を勘違いしてるんですか」


 リートさんが去ろうとしたので、智也はがしっと肩を掴む。


「それより、何か用事があったんじゃないですか?」
「……いやそうなんだが。さすがに邪魔するのはな」


 リートさんが困ったように頬をかき、何かを言いたそうにもごもごしている。


「リート、トモヤでいいんじゃないか?」
「クック、いや確かにそうかもしれないが……」


 クックさんは料理をするときの格好のまま、宿から出てくる。


「クックさん、どうしたんですか?」


 リートさんが中々言わないので、智也はクックさんに訊ねた。クックさんはリートさんの肩に腕を回し、笑いながらリートさんの顔を指差す。むすっとしたリートさんが珍しい。


「いや、こいつ妹がいるんだが、『何でも兄さんは友達ほとんどいませんよね?』って言われて、今度友達連れてくるって強がったらしいんだよ」


 クックさんが妹とリートさんの声真似をする。リートさんについては意外と似ていた。


「でも、風呂や食事もあるので……。ていうか、クックさんが行けばいいんじゃないですか?」
「オレはもう、妹にはあったことあるからな。料理は残しておくさ。俺の友人が世話になるんだからな」
「風呂はオレの家のを使ってくれて構わない。頼む、少しでいいから来てくれないか?」


 リートさんも吹っ切れたようで頼み込んできた。
 智也としても、アリスのことについていくつか話をしたい。迷宮に入れるように、何かアドバイスをもらえるかもしれない。


「そう、ですね。俺も話したいことがあったので、クックさん。ちょっと行ってきます」
「分かった。あまり遅くならないようにな」


 クックさんは片手をあげて、宿の中に戻っていった。
 智也もクックさんの後を追うように、宿に戻ろうとするが、クリュに服の裾を引っ張られる。


「あたしは置いてくつもり?」
「ついてくるのかよ。今日はさっさと風呂に入って、部屋で休めばいいんじゃないか?」


 冷たくあしらうと、クリュの頬がぴくりと動きむっとした表情になる。


「あたしも行くわよ。あんたどうせまた隠し事するんだから」
「暇だと思うぞ、待ってたほうがいいって」


 話の内容にクリュは全く関係ない。むしろいても迷惑なだけだが、仕方ないと智也はため息をつく。


「行くわよ、これ以上文句言うなら――」
「……わかった。だけど、武器は置いてってくれ」
「なんでよ。いつ誰に襲われるかわからないじゃない」
「嬉しそうに言うなよ。武器を置いていかなかったら連れて行かないからな」


 クリュの場合四肢をおいていってもらわないと危険は拭いきれない。それでも、リートさんへの被害を少しでも減らしたい。
 武器さえなければステータス的にリートさんが死の危険にさらされることもない、はずだ。
 リートさんたちに軽く頭を下げてから部屋に戻る。


「あいつ、戦いがいがあるわね」


 ぺろりと唇を舐める。


「はっきりいって、結構強いぞ」


 ステータスだけを見れば、クリュがどうこうできる相手ではない。


「ムカつく。決め付けられると逆らいたくなる」
「わかった、わかった。だから、抑えような」


 殺気に近い感情がもれ出ているので智也は、クリュの背中を上から下へとさする。相変わらず細く、ほのかに温かい。


「からかってるの? 吐かないわよ、別に」
「少し、落ち着いてくれ。もっとこう、笑顔を浮かべて――」
「殺させてって頼めばいいの?」
「なんでそう物騒なほうに物事を運ぶんだよ……。もっと笑ったほうが似合ってるって言いたいんだよ」
(物騒な発言されるたびに胃がきりきり痛むんだよ……)
「……ふぅん。あっそ、どうでもいい」


 クリュはぷいと服とタオルを掴んで外に出てしまう。
 慌てて後を追うと、部屋を出たところで足を引っ掛けられる。転ばなかったがイラッとした。


「こういうこと?」


 にやりと笑顔を浮かばせる。


「ムカッつくな」
「あっそ、あたしの気分は最高よ」


 クリュはニヤリと笑い、智也も軽く笑い返す。クリュが冗談やからかいをしてくれるのは純粋に嬉しい。
 殺す、殺す叫ぶよりかはこっちのほうが全然健全だ。


「それじゃあ、トモヤ気をつけろよ」


 宿を出るときにクックさんが見送ってくれたので、頭を下げる。外に出ると、宿におっかかるようにしてリートさんが立っていた。


「……今日は酒でも飲むか?」
「飲みませんよ?」
「……えっ?」


 リートさんは僅かに肩を落としたように見えたが、智也は気のせいだろうとすぐに忘れた。
 リートさんの道案内に従い、家まで向かう。どうやら家は東地区にあるようで結構な距離を歩いた。
 冒険者の多くが、塔迷宮に近い西地区で家を借りるのに珍しい。騎士は、その辺りが少し違うのかもしれない。


「……ここだ」


 指差した場所には二階建てのそれなりの家があった。
 この世界で他人の家にあがるのは、これが初めてだ。失礼がないようにと、智也は僅かに汗を握り、ごくりと唾液を飲んだ。

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