黒鎧の救世主

木嶋隆太

第二十八話 誘い

 朝、洗濯物を取り込んでから部屋に戻ると、すでにクリュが起きていた。
 機嫌がいいらしく、朝から準備体操している。
 終わるのを待ってから、一緒に一階に下り、料理のいい匂いがして腹の虫がなる。
 クリュも腹を押さえているので、さっさと腰掛ける。途端にクリュが態勢を崩して、テーブルに肩肘をつき、その手に顎を乗っけて、


「今日は街の中で受けられる依頼を受けるつもりだが、お前はどうするんだ?」
「戦いがないのなら、苛立ちがたまるだけだわ」
「なら今日はついてこないのか?」
「そう、ね」


 食事が運ばれ、クリュは目を輝かて、肉に噛み付く。もしゃもしゃと口を動かす様が獣のようだ。


「あんた、一人でやんの?」
「そのつもりだ」
「だったらいいわよ。あたしは……」
「人殺しはダメだぞ」


 クリュは椅子におっかかり、自慢の長い金髪に指を絡ませる。


「つまらないわね。迷宮にでも行くわ」
「危険なことはしないでくれよ。あんまり深い階層までは行くなよ」


 戦いに危険はなくても、迷子になって戻れないだろう。


「うっさい、命令するな。もういいわよ。あたしは適当にぶらつく」
「後、外で殺しはダメだ。迷宮内なら、相手が本気で殺そうとしたなら、いいけど」
「ほんと、うっさい。わかったわよ。あんたの約束、今は守ってあげる。あんた、賞金首探してくれるんでしょ?」
「あ、ああ」


 約束を守るといったクリュに驚いて、情けない返事をしてしまう。クリュは見た目だけはそこそこ美人なので、何かもめごとが起こる可能性も十分にある。智也の心労は減らない。
 一緒に行動しないとなった途端不安が募っていく。一緒にいても不安にさせるクリュは迷惑大王だと智也は肩を落とす。


(仲間だし、信用してやらないとだな)


 じゃなければ失礼だ。クリュは心配しないと、心に強く誓った。
 朝食を終えて智也たちは宿を後にする。すぐに智也たちのいた席も他の客に取られていた。


「クリュ。夕方、七時ごろには宿に戻ってくれ。俺も出来ればそれまでに戻るから」
「あんた。ちゃんと戻ってきなさいよ」


 クリュは人の波に消えていき、久しぶりの一人にどこか寂しさを覚えながら、ギルドへ向かう。智也は周囲に意識を向けながらも、これからどうしていくのか考える。


 金銭的に儲けがあるのは迷宮で、それは昨日証明された。だが、街でしか出来ないこともある。
 街の中で依頼を受けながら、賞金首を探す。
 街の依頼は報酬こそ少ないが、賞金首を見つけ出せれば十分すぎる稼ぎになる。


 そして、もう一つ。どちらかといえばこちらがメインかもしれない。
 アリス。なるべくギルドに通い、アリスに出会って仲良くなっておく。どうにか迷宮に入れるようにして、彼女をパーティーに引き込みたい。


 迷宮、ダンジョン攻略において、アリスほど補佐に向いた人間はいない。
 そんな野心がアリスを引き寄せたのか、


「アリス……?」
「あっ、トモヤさん、おはようございます」


 ギルドの階段を上ったところで、アリスが入り口の隅に立って、不安そうに体を小さくしている。相変わらず距離はあるが、しっかりと顔を合わせてくれる。


「おはよう。どうしたの?」
「これから、荷物運びをしようと思ってるんですけど、人数が足りなくて……。誰か手伝ってくれる人を探してるんです。……その、女性の方で」
「それは、難しいんじゃないかな?」


 この世界では体格的に男のほうが勝ることはあっても、男子、女子に力の差はそこまでない。ステータスを信じるのならば。
 男子、女子ともに力があるのならば迷宮に挑むので、街で受けられる依頼はどんどん積もっていく現状だ。そういう場合は騎士が受けて、処理している。


 冒険者は自由だが、安定した給料はない。騎士は国からの命令で自由がないが、安定した給料がある。そもそも迷宮に入って金を稼ぐ人間を冒険者と呼んでいるが、実際無職に近い状態なのだ。
 アリスのように荷物持ちのスキルを持っていれば、どこかのパーティーに入れてもらえることもままある。強いパーティーに誘われれば、そちらのほうが稼ぎはいい。安全度からみれば、街のほうが高いが。


(これはいいチャンスじゃないか?)
「俺でよかったら手伝うよ」


 自然とその言葉が出てきた。アリスの頭にあるアホ毛がぴこんと揺れる。


「トモヤさんは女性だったのですか!?」
「違います」


 智也の発言にアリスはしゅんと小さくなり、それから指をつんつんとぶつける。


「でも、いいんですか?」
「なにが?」
「迷宮とか、行く予定だったんじゃないですか?」
「ああ、それなら問題ないよ。今日はギルドで依頼を受けようと思ってたんだ」
「そうですか……」


 アリスはまだ疑っているようだが、同時に強く拳を固めてくれる。


「それなら、一緒に受けてくれませんか?」
「ああ、いいよ。男だけどね」
「なら女装すれば問題ないですねっ」


 冗談に対して、カウンターを喰らってぶっ倒れそうになる。のけぞりかけた智也にアリスはニコッと一言。


「嘘ですよ。ええと、そのどんな依頼がいいですか?」
「どんなって、アリスが受けようとしてたのがあるんじゃないの?」
「それ以外にも複数人で受ける物はありますからっ」


 すべてをアリスに任せると彼女も困るだろう。自分の意見も最低限だけ伝えることにする。


「それじゃあ、街を見て回りたいから、できれば街で受けられる依頼がいいかな」
「はい、わかりました」


 アリスはぎこちなく微笑んだ。まだ物理的な距離はあったが、自然に会話も出来た。自分も問題なく話を出来る。北の国以降、それなりに人との会話にも慣れていたようだ。


 扉を開けると、まだ人はそれほど多くない。朝早くにギルドに来る人間は少ない。
 昨日感じた汗臭さも一晩換気でもしてくれたのか、清涼な匂いに包まれていて、やる気をあげるにはちょうどいい。


 いつものギルド員はまだ出勤していない。それでも、アリスの事情を知るギルド員が智也に気づき、「頑張って」と口を動かしている。
 優しい人たちだと智也は腰に手を当てて頬を緩ませる。


「あの、これ! なんですっ」


 壁に張りつけたあった依頼書を取り、アリスが目を輝かせながら持ってくる。


(子どもみたいだよなほんと……最近、子どもの面倒を見ること多くないか?)


 脳内のクリュがこちらを睨みながらナイフを突きつけてきたので、失礼な思考は中断する。


「ちょっと見せて」
「どうぞです」


 アリスが紙を渡してくれる。こういった事務的なやり取りは大丈夫なようだ。と、アリスが興奮していたのか勢いよく差し出されたときに、手が僅かに当たる。


(なんだ、ちゃんと触れられるじゃん)


 これなら、案外早くにどうにかなるかもと智也は紙を受け取ろうと掴むが離れない。


「づ……ひぃっ」


 顔をあげると、アリスの顔が真っ青になり素早い拳が打ち込まれる。智也は上体をそらすようにして回避する――こっちに来てから動きにキレがある気がする。


 紙を受け取ろうとしていた智也の手が叩き落とされ、アリスは回るように距離をとる。
 歯と歯をかちかちとぶつけながら、身を抱くように震えだし、こちらに申し訳なさそうな目を向ける。


「す、すいませんっ。まだ、男性の方に……まともに触れられないです。やられる前にどうにかしないと、って手が出ちゃうんです、押さえようとしても、押さえられなくて。ごめんなさい、ごめんなさい!」
「あのくらいなら、別に回避できるからいいよ」


 それでも、一瞬ひやっとはしたがわざわざ口にして落ち込ませる必要はない。
 ぽんと肩に手が乗る。誰だ。


「やるね、キミ」


 一人の長い耳の男が話しかけてくる。一番最初に目に付いたのは先の尖った長い耳だ。耳長族だ。年は智也とかわらなそうであるが、耳長族は若い容姿の期間が長い。
 アリスは声に覚えがあったのか、不安な表情のままではあるが、そちらに顔を向けて視線を落とす。


「あ、この前、守っててくれた人です。その、殴ってごめんなさい」
「ああ、いいよ。気にしないで」


 男はさわやかに笑った。
 寿命は人間とほとんど変わらないが、二十歳から約八十歳までほとんど外見に変化がないので、目の前の子が実は八十歳と言われたら……分かっていても驚くと思う。
 死ぬときまで美しい種族と言われている。普通の服に身を包んでいて、冒険者なのかギルド員なのかわからない。


「ギルド員、ですか?」
「違うけど似たようなものかな。僕はムロリエ。初日に、アリスちゃんに近づこうとする下品な男から守っていたんだけどね……顔面に一発もらっちゃったんだよ、アリスちゃんから」


 ムロリエと名乗る男は、ははっと軽快に笑う。


「それは、災難でしたね」
「でも、気づいたんだ」


 智也の発言に首を振るように答えたムロリエ。強い眼差しで智也の目を覗き込んでくる。
 一瞬女なのかと思わされるような中性的な顔たち。さっきアリスが女装うんたら言っていたが、目の前のムロリエが女装すればさぞ似合うだろうと智也は思った。


「それが気持ちよかった、と」
「変態ですね……」
(殴って正解だな)


 変態的な言葉を残して、ムロリエは嬉しそうに去っていった。アリスはようやく顔をあげ、ムロリエの背中を注視していた。


「殴っても怒らない、いい人ですよね」
「アリス、あれは世間から見たら悪い人なんだ。絶対に尊敬したらダメだからね」


 智也とムロリエの会話が聞こえていなかったようで、アリスの瞳には尊敬の念が映っている。


「え? でも、あの人……」
「アリス。あいつは結構危ないんだぞ」
「トモヤさん、人を疑うことはよくないことです」


 ぴんとアリスは人差し指を立てて、


「いいですか。人というのは――」


 そこから、数分に渡り人を信じることの大切さを教えられる。智也ははいはいと適当に相槌を打って、カレンダーを見たり、依頼書を遠くから眺めていた。


「――だから、パンに醤油をつけて食べるとおいしいんです。わかりました?」


 ようやくアリスの長い会話に区切りがつく。途中からわけのわからない会話になっていたが、下手につついても時間の無駄だと智也は特にツッコムことはしない。
 全部真面目に聞いていたという体で、


「うん、わかったから依頼受けようよ」


 さっさと話を進めると、アリスは少しだけ頬を膨らます。


「ところで、トモヤさんって文字読めるんですか?」


 最近では慣れてきたが、改めて考えると、どんな文字でも読めるのは不気味なことだ。


「まあ、ある程度はね」
「これって、クラナさんの依頼であってますよね?」


 紙を見てみると、依頼主の名前はクラナと書かれている。


「うん、合ってるよ」
「よかったです……」


 小さな胸の前で手を重ねて、ほぅと安心したように息を漏らした。


「アリスは文字を読むのは苦手?」
「あんまり得意じゃないです。トモヤさんは学校に通っていたんですか?」


 学校に通う人間は騎士の家系が多い。学校に通っていたといえば、騎士の家系の人間と思われる可能性もある。
 嘘をついて後で発覚しても信用を失うので、智也は苦笑交じりに首を振る。


「うーん、知り合いに文字を読める人がいて教えてもらったんだよ」
「そうなんですか。うらやましいです」


 アリスから羨望の眼差しを受けて少し気分がよくなる。智也は先ほど持っていた紙をカウンターに持っていき、前金をいくらか払うと紙に印が入って返される。
 疑問の色が浮かんだ自分の表情を見てか、アリスが小首をかしげながらこちらの目を覗き込む。


「依頼は初めてですか?」
「まあね」
「これを依頼者さんにもっていって、正式に依頼を受けるんです」
「へぇ……」


 智也とアリスはギルドを離れ依頼者の元に向かう。やることは引越しの手伝い。
 依頼者の家までやってきて、扉を数回ノックすると中からどたどたと駆ける音が届く。


「あの、依頼書を見てきたんですけど」
「ああ、そうなんだ。ちょっと待って……」


 出てきた女性は元気そうな人で、靴を履いて外に出てくる。胸が大きく、智也は思わず見とれてしまった。いかんいかんと首を振る。
 すぐに靴を履いた女性が、庭に生えている雑草を踏みつけながら、物置の前まで案内してくれる。
 途中軽く自己紹介をしてから、物置の鍵が開けられる。


「ここにある荷物をあそこの建物まで運んでくれないかな?」
「分かりました」
「任せてくださいっ」


 アリスが元気一杯に拳を固めると、依頼者は不安そうに目を瞬かせる。


「ええと、アリスちゃんだっけ? ほんとにだいじょうぶ?」


 女性がアリスに目を向ける。アリスの体は子どものように小さい。不安になるのも無理はない。


「大丈夫です。見ててくださいね」


 アリスがタンスを両手で持ち上げる。たいして力んだ様子もない。


(すげぇな、おい)


 智也は後ろにのけぞり、女性も目を丸くしている。


「す、すごいね。それじゃあ、よろしく頼むね」


 女性も荷物を運ぶようだ。ステータスを見ると、レベルはそれなり。魔物と対峙したことも結構あるのだろう。


 そこからひたすら荷物運びを始める。何度か往復して半分ほどを運び終えたところで、一度休憩する。
 地面に座り込み、智也は呼吸を乱しながら水分を補給する。それほど太陽の光がつらいわけではないが、重労働のせいで汗だくだくだ。


「トモヤさん大丈夫ですか?」


 アリスが膝に手をあてて、僅かに体をしゃがませてこちらを覗き込んでくる。
 アリスは相変わらずの幼い声、疲労の色はない。


「やっぱり、スキルって大事なんだな」


 智也も負けじと息を切らせないように声を絞り出す。何度も水筒に口をつけて、体力を回復していると。


「そろそろ再開しましょうか!」


 アリスが元気よく叫んだ。智也と依頼者は顔を見合わせて苦笑する。ステータス的に筋力の値は智也のほうがアリスの倍近く高い。
 にもかかわらず、重い荷物を智也は持てずアリスはあっさりと持ってしまう。
 昼を過ぎる頃には、引越しも終わった。


「二人ともありがとね」


 報酬である三千リアムを手に入れ、アリスと山分けした。依頼者が小さく手を振るので、智也も軽く会釈する。


「いえ、依頼なので当然ですよ」
「そんな堅苦しいこと言わないの。あ、今度見かけたらよろしくねー。私これでも冒険者だからねっ、あんまり強くないけど」
(感謝の言葉、か。なんだか、嬉しいよな)


 太陽もすっかり高くなったお昼の時間を知らせるように鐘が鳴り響く。


「そういえば、鐘が鳴る時間はお昼の時間でいいんだよな?」
「はい。初めは騎士学園の授業の終わりを知らせるために作ったらしいんですけど、今では街全体に届くようになったらしいです」
「へえ」


 ギルド前の階段を上り終えた踊り場で、前を行くアリスがくるりと回る。


「トモヤさん、ありがとうございました!」
「いや、俺もね。だけど、いいのかな? アリスのほうがどう考えても頑張ってたんだけど……」


 報酬は山分けして千五百リアム。だが、働き具合を見ればアリスが二千五百リアムくらいもらってもおかしくない。
 アリスがスキルを持っているから二人で出来たが、人数がもっと増えれば報酬はかなり少なくなっていた。


「そういうの、喧嘩の元になるんです。だから、言っちゃダメなんです」


 アリスは腕を組んで、少し怒ったように頬を膨らます。冒険者の決まりみたいなものを智也は知らないので、何も言えない。


「他に依頼ってないかな?」


 一応荷物を運びながらも調査を使ったが、賞金首は見つからなかった。街で金を稼ぎながら、探すのはさすがに欲張りだったかもしれない。


「まだまだ、複数人で受けるのはありますけど……」
「俺は午後も大丈夫だけど?」
「そうなんですか? なら、えっと、お願いしてもいいですか?」


 アリスは上目遣い気味に、こちらの顔を窺っている。どこか、怯えるようでもあったのでできる限り優しい笑顔を浮かべる。


「うん、いいよ。じゃあ、ご飯食べたらまたここに集合でいい?」
「はい、大丈夫です」


 アリスと一度別れて、どこで食事をしようか悩む。クックさんの食堂はおいしいのだが、料理は普通の店に比べて高い。
 朝と夜も食べられるので、食事はしなくていいかとも思ったが、クリュが戻っているかもと思い、宿に向かう。


「昼に来るのは珍しいな」


 クックさんが出迎えてくれたので、すかさず訊いてみる。


「はい、クリュは戻ってませんか?」
「いや、来てないな……なんか頼んでいくか?」
「ええ、お願いします」


 ウルフの肉を使った揚げ物にキャベツとご飯。揚げ物に一口噛み付くと、衣がサクッと音をあげ肉汁があふれ出す。肉汁とキャベツを混ぜるように口に含む。


(カツに似てるよな)


 さっさと食事を終えてからギルドへ向かった。

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