黒鎧の救世主

木嶋隆太

第二十六話 吐き気

 もうすぐ七時くらいになるが、ギルドに人は多い。ギルドは綺麗なのだが、迷宮やらダンジョンで汗だくになった冒険者が多いので中々臭い。


 これでも結構換気されているほうだが。
 ちらとクリュを見るが、臭さは大丈夫なようで、いつも通り口を一の字に結んでいる。クリュは近くで待たせて、アイテム売却の列に向かう。
 智也と同じように大きな鞄を持った人間が、ずらっと並んでいた。


「Gランクダンジョンが攻略されたらしいぜ」
「へぇ、そうなのか。冒険者も順調に育ってるみたいだな」


 前を並ぶ人たちの会話に耳を傾けると、気になることを話していた。
 調査で調べてみたところ、大きな荷物を持つ人間の多くが、スキルに荷物持ちを持っている。こうなるとアリスをパーティーに欲しい気持ちが強くなる。


 だけど、彼女のことも考えると簡単なことではないだろう。智也も、クリュという問題児がいるので今すぐに新たな問題を抱え込むのも……。
 色々と悩んでいると、売却の順番が回ってくる。


「アイテムを売りたいんだが、リュックサックを渡せばいいのか?」


 他の人はリュックサックごと渡して、後ろに控えている男や女が素材を取りだし金額を出している。国が管理しているだけあって、不正はなさそうだ。
 ギルド員が返事をしたので、リュックサックを何とか渡す。相手の男が二人がかりで受け取り、せっせとアイテムを数える。
 しばらく待つと、ギルド員が金額を用意し内訳の紙も渡された。
 今日の稼ぎは約八千リアムだ。紙で金額をざっと計算したが、間違いもなさそうだ。


 朝から入っていれば、一日一万リアムは稼げるだろう。リュックサックを背負ったまま、相談カウンターに向かうと、いつものギルド員がいた。


「今日は調子がよかったようですね」
「一人仲間が増えたんで、俺が荷物持ちで迷宮に潜りましたからね」
「最近見かけなかったので、心配していましたが、順調なようですね。それで、どんな用事でしょうか?」


 この人はわりとお節介な人なのかもしれない。または全員に同じようなことを言っているのか。


「賞金首の一覧って、あそこにあるモノですよね?」


 クエストの紙と賞金首の似顔絵がついたものが張られている場所がある。


「はい、そうですよ」
「名前などはメモしてもいいんですか?」
「特に問題はありません。賞金首を狩るつもりですか?」
「新しく仲間になった人が、賞金稼ぎみたいなものなんです。俺が調査のスキルで賞金首を探すという条件で手を組んでもらえたんです」
「そうだったのですか」
「賞金首ってこの街にもいるものですか?」


 すると、周囲を見回しながら顔を近づけてくる。ギルド員はそれなりに美人だ。
 内緒話のように顔が近づいてきて、くすぐられるように息がかかる。智也は気恥ずかしくて、顔が赤くなる。


「それが、何人かこの街に侵入したらしく、今捜索されているんですよ。以前Aランク級の騎士の子どもを誘拐しようとしてるグループもいましたので、かなり警戒されていますね」
「そうなんですか。夜は外に出歩かないほうがいいかもしれませんね」
「はい。私たちも帰りは気をつけているんですよ。集団で帰ることもしばしば」


 智也はそれから、先ほど盗み聞きしたのを訊ねてみる。


「ああ、そういえば、Gランクダンジョンが攻略されたみたいですね」
「そうですね。トモヤさんも利用していましたか?」
「ええ、一回だけですけど」
「ダンジョンは攻略されてからも油断できないんですよ。フィールドに出るときは気をつけてくださいね?」
「え?」
「知らないんですか? ダンジョンが攻略されると、ダンジョンが持っている魔力が解き放たれて周囲の魔物を凶暴化させるときがあるんですよ。まあ、国が魔石に魔力を溜めたのでそんな危険はないと思いますけどね」
「そうだったんですか。ダンジョンって迷惑かけまくるんですね」
「そうですね」


 ギルド員と世間話をして空気が和んだところで、智也はちょっと自慢するような表情を作る。


「ところで、今俺、どのくらいのレベルだと思いますか?」


 この前まで初心者だった人は一体どのくらいのレベルになるのだろうか。真意は別にあるが、相手からは自慢したい子と思わせるようにする。


「そうですね……この前はいくつだったのですか?」
「レベル……5です」


 正確なレベルは覚えていないが、だいたい合っているだろう。


「だとしたら、9レベルくらいでしょうか?」


 智也は目を見開いてしまう。たぶん、一般の冒険者ならギルド員のでおおよそ合っているのだろう。
 だが、智也は黒の鎧の力でステータスに比べて実力がある。だとしても、ちょっと異常に強くなりすぎている。
 知り合いにレベルはばれないようにしたほうがいいかもしれない。


「その様子ですと、当たったみたいですね。これでも、結構冒険者を見てきていますからね」


 訂正する理由もないので、智也は微笑みだけに留めて、アリスの話題を振る。


「この前の女の子……アリスとさっきあったんですけど、依頼でも受けているのですか?」
「はい。迷宮やダンジョンに入れなくなってしまい、依頼の荷物運びをしてもらっています。調査のスキルを持った人にスキルを見てもらいましたら、彼女はそのスキルだけ持っていたので」
「他にはなかったんですか?」


 ギルド員が小首を傾げる。


「トモヤさんは調査を使っていないんですか? 私が頼んだときはそれしか持っていませんでしたが、後天的にスキルを手に入れる人もいますから、また見てもらったほうがいいかもしれませんね」
「……そう、ですね」


 後天的に取得したスキル。それはありえない。以前助けたときにもスキルを見たが、そのときから一つも変わっていない。


(特殊技の調査と、スキルの調査は少し違うのか?)


 考えられるとしたらそれぐらいだ。こうなってくると調査を使って、相手が知らないスキルまで教えてしまうと変に目立ってしまう。
 指摘するのは、仲のいい人物、信用の置ける人間だけにするべきだ。


「ただ、いつまでも荷物運びだけをするわけにもいかないんですよね」


 そりゃそうだ。
 迷宮に入れないまま、生き抜くのは難しい。アリスの家庭事情は知らないが、あの幼さで冒険者になっている。もうすでに両親はいない可能性もある。


「そうですね、どうにか出来ればいいんですけどね」
「だから、できれば、アリスさんと会話してあげてくれませんか?」
「俺が、ですか?」


 自分が振られるとは思ってもいなかった。多少慣れてきたが、人と話すのはそこまで得意ではない。必要がない限り無駄に話をするのは嫌いだ。
 だが、アリスを迷宮に入れられるようにはしたい。恩を売って、一緒にパーティーを組めないかと下種なことも考えている。


「アリスさんがまともに話せる男の人はあなたとリートさんくらいだと思いますし」
「俺も距離をとられてましたよ」
「それならまだマシですよ。アリスさん、ここに来てすぐに男性職員に怯えて、暴れまわってしまったんです。今でこそ人と会話は出来ますが、男性相手だとずっと下を向きっぱなしで、あなたのときはどうでしたか?」
「一応、顔は合わせてもらいました」


 ちょっと引きつっていたかもしれないが。


「なら全然マシですよ」


 ギルド員は親が子どもに向けるように柔らかく微笑む。


「あなたならどうにか話せるんじゃないかと思います。あなたってなんだか、相手にあわせるのも得意そうですし」


 合わせるかどうかはともかく、空気を読むのはそこそこ得意、だと思う。


「見かけたらあいさつだけでもいいので声をかけてあげてほしいんです」
(そ、それは中々ハードな申し出だな)


 アリスと親しいわけでもない。共通の話題なんて、この前の事件しかない。だが、アリスをパーティーに引き込むために多少は努力してみてもいいかもしれない。


「ああ、助けたというのならリートさんはどうですか?」


 智也が名案とばかりにぽんと手を打つと、ギルド員の表情が強張る。


「リートさんは基本、無愛想ですから。優しくしろと言っても簡単には出来ませんよ」
「そ、そうですか……それでも、あの人って根はいい人ですよね」


 アリスを助けに向かったときも迷う素振りも見せなかった。


「そうですね。でも、今は分かりやすい優しさのほうが大事なんですよ」


 ギルド員の言い方に納得しながら、ちらとクリュを視界に認める。壁におっかかって、腕を組んでいる。
 いらいらしているようなので、そろそろ切り上げたほうがいい。


「それじゃあ、仲間を待たせてるんで失礼します。色々と教えてくれてありがとうございます」
「仕事ですから。それと、アリスさんのこともお願いします」
「はい。会話程度だと思いますけど」


 ギルド員と別れる。
 クリュはすぐに気づいて壁から離れると、ムッとした顔を隠さずに口を開く。


「会話長すぎ。あんたの知り合い?」
「ギルドでよく話すんだよ。それと、賞金首についても話を聞いてきた。ちょっとメモするから待っててくれ」


 智也はメモを始めると、クリュがつまらなそうにうなじで手を組む。


「ふぅん。で、これからどうするのよ」
「適当に着替えでも買ってから、宿に戻ろうぜ」
「着替え? あんた、もう一枚持ってるじゃない」


 今日はこの世界で買った服を着ている。日本で着ていた服は洗濯して、宿に干してある。


「お前のだよ。お前、ロクに着替えてないだろ」


 クリュは北の国にいるときもずっと同じ服だ。臭っていないのがおかしい。


「はぁ? あたし、北の国では同じ服三枚持ってたのよ。これ、可愛いし動きやすかったから」
(か、可愛い?)
「……そうっすか。服は持ってきてないのかよ」
「全部北の国よ。取りに戻る? ま、あの寝床はもう他の連中に取られたと思うから。向かうなら覚悟することね」


 ぺろりと唇を舐めるクリュ。そんな危険を冒す必要はない。
 とりあえず、名前だけをざっとメモしたが、かなり多い。
 似顔絵もあったが、名前がわかれば調査でどうにかなる。偽名で指名手配されている可能性も考えたが、そのときはあきらめよう。


「まだ店は開いてたな。適当に寄ろうぜ」
「ほんと、あんたつまらないわね。もっと乗り気になりなさいよ」


 クリュは予想していたようで台詞のわりに、表情は険しくない。


「女の子なんだから、もうちょびっとでいいから服装に気を遣おうぜ」


 可愛いとかではなく、一日着替えないで不快感を示さないところがおかしい。
 智也は親指と人差し指で小ささを表現すると、クリュが僅かに口角をつりあげる。


「なにあんたあたしの裸に興奮するの?」
(しないと言えば嘘になるな)


 いくらクリュでも、胸はわずかにあるし、ほどよく筋肉がついた細い体は魅力的だ。
 変に隠し事をしても、見破られるので、素直に言っておく。


「まあ、多少はな」
「ふぅん、なら戦いなさいよ」
「それはムリだ」


 「ノリが悪い」とクリュがまた吼えたので、智也は気にしないで歩き出す。すると、前方から二人の冒険者が向かってくる。
 年は二十前半といったところか。ムキムキな男と矢を背負った男だ。


「なあ、これから飲みにでもいかないか?」


 矢を背負った男が、クリュに顔を向けている。どうも一目ぼれでもしたのか、顔を赤くして頭をかいている。


(ナンパか?)


 クリュを誘うなんてと智也は相手に同情する。見た目に騙される分かりやすいパターンだ。
 クリュが眉間に皺をよせ、矢を持った男は焦ったように智也へ顔を向ける。


「レベル9の初心者だろ? お前も一緒に来いよ。アドバイスくらいはしてやるぜ?」
(さっき、聞かれてたのか?)


 ならちょうどいい。もしも武力介入があっても敵はこちらを舐めきっているはずだ。隙をついて一撃を当てられる――いやいや、俺もクリュに毒されてるな。
 ここではそんな急な戦いに陥ることは少ないだろう。


 相手のステータスを確認すると、二人のレベルは21。ステータスがすべてではないのはわかっているので、あくまでも参考にするだけだ。
 ステータスを見ていると、ムキムキの男が馴れ馴れしく肩を組んでくる。すでに少し酒が入っているのか、臭いし赤い。
 智也は嫌だったが、表情に出ないよう意識する。ムキムキ男は、へへっと笑い、


「いいだろ、二人組みで。俺は男のほうが好きだからよ」
(ひぃえっ!?)


 どうやら顔が赤いのは、男好きだかららしい。
 肩を組んできた男がわりとマジな目つきで顔を覗き込んでくる。ひくひくと智也の頬が動く。
 智也は身の危険を感じて、ムキムキ男から離れクリュの手を引く。


「引っ張るな。あたしもこいつらに用事があるの」
(嫌な予感……)
「あたしと一緒に飲みに行きたいんでしょ?」


 クリュが笑みを浮かべる。あ、これまずい。


「お、おう!」


 智也はすぐにそう思い、スキルの準備を始める。


「なら、力を見せなさいよ」


 口が引き裂けそうなほどに笑い、クリュはナイフを取り出す。男二人は間抜けに口をあけて、対応に遅れる。こんな場所でクリュを犯罪者にするのは困る。
 智也はスピードを発動させて、クリュの手首を掴む。


「へ?」


 男たちがこちらを見てくる。智也は手首を捻ってナイフを取り上げる。


「すいません。こいつ、強い相手を見ると戦いを挑みたくなるんですよ。あなたたち二人の実力があるのを見切って……本当にすいません」
「い、いや……へへ、どうだい兄ちゃんだけでも一緒に来ないかい?」


 ムキムキ男が流し目になったので、智也は吐き気を抑え必死に笑顔を作る。


「今日は忙しいので、またいつか」


 変につっかかれる前に逃げよう。



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