黒鎧の救世主

木嶋隆太

第十九話 二十四階層

 熊の形をしているが、体は木で出来ているウッドベアーの動きに注意を払う。腕を枝のようにしならせ殴りかかってきた。
 逆方向にはブルーミミズがいる。足場に魔法陣が浮かび、どうやら魔法――液体を吐くつもりだ。ブルーミミズの放つ液体には毒を与える効果があるので、先に妨害する必要がある。


「あははっ」


 クリュが微笑みながらぬめぬめしているミミズの体にナイフを突き入れる。青い血を浴びながらクリュはさらに笑みを濃くしてミミズを蹴り飛ばす。
 さすがにミミズの血は舐めないのか自然に乾くのを待ちながら、クリュはこちらを見る。


「残りの敵の弱点武器は打撃よ」


 クリュの持つ弱点探知により、敵の苦手な武器を見分ける。智也は剣をベアーに投げてから棒を生み出す。ウッドベアーの眉間に剣が刺さり、ウッドベアーは痛みに後退する。
 ウッドベアーとの距離を詰め――突き、流れるように上段から叩きつけて一気に終わらせる。魔物の群れはそれだけではない。


 智也たちは二十四階層にいた。大量の魔物に囲まれ、一人ならば涙交じりに逃げているだろう。今はクリュとプラムのおかげで、あっさりと迎撃できている。
 二十階層はレベル16~19程度あれば突破が可能だ。多くの冒険者がこのランクであるが、智也を除く二人はまだこの階層ですら余裕が残っている。才能の高さからまだ上の階層でも戦えるようだ。


 クリュは敵との戦いに飽き、プラムは智也を見守る。背後から幽霊のような姿をしたリアルゴースト――足のないふわふわとした白い幽霊――が近づき、それを智也は棒でなぎ払う。霧が歪むようにして、リアルゴーストは恨みを含んだ顔のまま攻撃を放ってくる。
 幽霊のわりに実体があるのはプラムの光魔法を受けたからだ。リアルゴーストにたたみかけようとすれば、ブルーミミズが飛びかかってくる。


 視界の端からウッドベアーが、こちらに爪を振り下ろそうとしている。ブルーミミズをウッドベアーの方向へ叩き飛ばす。
 ウッドベアーの攻撃はブルーミミズに当たり、体力が尽きたのかブルーミミズは消えた。
 その隙にリアルゴーストを突きまくり、残ったウッドベアーもいつも通り撃退する。


(な、なんとかなった……)


 額の汗を拭い、ギリギリだったのをばれないように小さく呼吸する。


「クリュはソウルバインドの魔法は使わないのか?」
「あれは嫌いよ。詠唱も時間がかかるし、何よりつまらない」
「そうっすか……」
「それにしても、余裕だったわね」


 クリュが魔石で投球練習しながら漏らす。智也の頬がぴくりと、固まる。


「トモヤもまだまだいけそう?」


 プラムの発言に智也の口が裂けそうなくらい引きつる。


(いやいや、もう腕とか痛いんだけどっ)
「あ、ああ。まあ、な」


 さすがに女、それにプラムのような子どもに負けるのは情けない。


「そろそろ時間も経つし、袋も一杯だ。ギルドにアイテムを売りに行かないか?」


 すでに食料は入手し、今は金を貯めていただけだ。疲労もある程度は回復丸を飲めば治るが、飲みすぎもよろしくない気がする智也はここらで切り上げたい。


「あたしは戻ったら殺しに行くつもりだからそろそろいいわよ」
「私も構わない」


 というわけでプラムのジャンプにより、一階層に戻り東の国の出口から久しぶりのエアストへ。塔迷宮からは、各国に繋がっているので、歩いて国を行き来できる。どこの国も細かい、
 街にゴミや瓦礫は溢れていなく、建物も崩れていない。当たり前の光景にちょっぴり感動する。


「教会に行きたいんだが、ダメか?」


 レベルアップをするのは北の国でも出来るが金を取られる。少しでも節約したい。プラムはジーと智也を見る。逃げ出すんじゃないかと疑われているようだ。
 そんなつもりはない。どこに行ってもエフルバーグからは逃げられない気がする。


「エフルバーグさんからも見張りがいるなら許可はされている」


 プラムの表情は険しいが、返事はそこそこマシなものだ。


「なら、クリュを連れて行く。それでいいか?」
「……わかった」
「どうしてあたしも行かなくちゃならないのよ、めんどう」


 巻き込まれたクリュが歯ぎしりしながら、睨んできた。


「いいだろ、別に。それとも教会に行くほど体力は残っていないのか?」
「はぁ? バリバリ体力余ってるわよ」
「なら着いてこれるだろ? まあ、強がりかもしれないけどな」
「わかったわよ。あんたこそ途中でぶっ倒れたらあたしはお構いなしに踏み潰すから」


 二ィとクリュは笑い、智也はプラムと別れる。プラムはどこか信頼できない様子でクリュを見るが、さっさと売却を済ませるためにギルドに入っていく。
 一番いいのはプラムと教会に行くのだろうけど――クリュが売却を出来るとは思えん。
 むかつけば、ギルド員の首を絞めかねない。
 智也はクリュとともにエアストにある教会に入り、


「リリムさん、久しぶりです」


 リリムさんに遭遇して頭を下げる。初めてあったときに金を貸してくれた人だ。今日も変わらず綺麗だ。


「ああ、トモヤさん、久しぶりですね。こんな時間まで迷宮ですか?」
「まあ、そんなところです」
「頑張ってますね。今日はレベルアップでしょうか? 私は少し用事があるので、出来ませんが、あちらに並んでくださいね」
「あ、待ってくださいっ。お金、返します。余裕ができたので」


 リリムさんはきょとんと目をぱちくりさせてから、


「まあ、別にいいですよ。あれはあげたものですから」
「それは、俺が困ります。俺、金の貸し借りとかはしっかりしたいんです。俺を助けると思って受け取ってもらってください、神官さん」
「神官だなんて、神様を出さないでくださいよ。……わかりました、受け取りましょう」


 金にも余裕があるので、いまのうちに返しておこうと呼び止める。人を殺して手に入れた金を渡すのは気が引けたが、次いつ会えるかわからない。
 聞いた話によるとそれなりに有名な人なので、一つの街に留まるとは限らない。財布を用意しようとすると、リリムさんが口元に手をあてて目を細める。


「トモヤさんはこれからのほうが忙しそうですね」
「なにが……?」


 リリムさんの目は、つまらなそうに腕を組み、教会を眺めているクリュに注がれている。


(あ、ああ。彼女か何かと勘違いされてるのか。って、これからって!)
「何を言ってるんですかっ、クリュは冒険の仲間みたいな者ですから、全然そんなのじゃありません」
「そんなのってなんですか?」
「だから彼女とかじゃ――ハッ!」
「彼女だったのですか。へー、ほー、へー」


 クリュはどうでもよさそうにしていたが、自分のことで話題になってると思ったのかこちらを見る。その顔は険しい。


(こ、こいつなんか彼女とか勘違いされたら怒りそうだよな)


 神に仕える人間の前で『殺す』とか言わないでくれと智也は強く願う。


「彼女、なにそれ?」


 ずっこけそうになった。


「そ、そうだな。俺とお前が親しい仲って感じだな」
「ああ、エッチとかする仲ってこと?」


 変な知識は持っていた。


「合ってるかもしれないけど極端すぎるぞっ」
「クリュさんどうなんですか?」


 リリムさんが好奇心旺盛にクリュに近づこうとするが、クリュは距離を取る。


「違うわよ」


 ぶっきらぼうにそう答え、クリュは一定距離以上彼女を近づけない。どうにも警戒しているように見えた。


(クリュってあんまり人と関わらないだろうし、こういうタイプの人は苦手なのか?)
「もしかして、嫌われました? 私の彼氏に近づくなーみたいな」
「だから、付き合ってませんって。これ、五千リアムです」
「はい、しっかりもらいましたよ。それでは、私はこれから用事があるので行きますね」


 リリムさんは天使のような笑顔を浮かべて去っていった。


(ああ、見ているだけで心が癒されるな)


 智也は表情を和やかなものへと緩める。ここ最近、心労が増えていくばかりだったので、普通の女性と会話をしているだけで疲れが取れた気がする。


「なに、あいつ。不気味」


 クリュの不機嫌そうな呟きで現実に戻される。


「はぁ? どういうことだ」
「あたしは人を見ると、ある程度実力がわかるのよ」
(ああ、そういえば、危険察知って特殊技を持ってたな)


 もしかしたらそれで、相手が危険か安全かがわかるのかもしれない。
 つまり危険な敵なら自分よりも強い、安全なら自分よりも弱いとおおよそわかるのだろう。


「あの女は底の見えない強さを感じたわね。面白いわね」
「神官の一官ファーストらしいから、強いんじゃないか?」


 神官には一官、二官セカンド三官サードのランクがある。特に興味はないので、詳しいことは知らない。
 レベルアップの最後尾に並び、暇つぶしにクリュと会話する。


「ふぅん、それで、あの女ってあんたと何か関わってたの。殺し仲間?」
「そんなんじゃねえよ。あの人は……命の恩人かな」


 誘拐されそうな場面を偶然ではあるが助けられ、その後金を貸してもらった。リリムさんがいなければ、もっと大変な状態で異世界の生活が始まっていただろう。まず屋根のある家には泊まれなかった。


「ふぅん……」


 レベルアップの順番が回ってきた。レベルは2あがった。今の自分のレベルよりも格上の階層で戦っているからこのくらい早いのかもしれない。
 クリュもレベルアップをしてもらったようで、1レベルあがっている。
 おかしいことは、クリュは始めてあったときから1レベル――つまり、今あがったのが初めてだ。やはりレベルがあがると、レベルは上がりにくくなるようだ。


 他にも低階層の敵では経験値が少ないなど様々な理由があるだろうが、色々考えても仕方ない。今は自分が上がりやすいのだと覚えておけばいい。クリュ、プラムを利用して、経験値を稼いでいけばいい。
 人の波を抜けて教会を出ると、ちょうどプラムがやってきた。


「お金。一人三千リアム。トモヤは回復丸十個」
「ありがとな」


 プラムから受け取り、迷宮に入る。隠し通路を使って北の国に戻る。


(本当は、戻りたくないんだけどな)


 プラム、クリュを振り切れるほど強くない。第一、プラムとクリュと一緒にエアストの街で塔迷宮の探索をしたい。二人の能力は非常に使い勝手がいいし、クリュは単純に強い。


(北の国は危ない。野蛮な国っていうのは間違っていない)


 この国は力が物を言う世界。他の国のように法律があるわけではない。そこに若い女、いくら強いといっても危険は多いだろう。


(一緒にこの国を出る……それは、無理だな)


 それは無責任な話だ。自分はいつかこの世界から地球に帰る予定だ。
 ロクな保障もなしに、危ないからという理由だけで、住み慣れない国に連れて行っても、そっちのほうが危険だ。二人なら例え智也がいなくても生活に困ることはないと思うが、それでも連れ出すのは無責任だ。


 それに現状二人はこの生活に満足している。
 プラムはまだ常識を持っているが、クリュは外に連れて行き、常識を教えるだけでも苦労しそうだ。


(関係ない、か)


 結局はそうなのだろう。他の人間を助け出し、養う力はない。


(やっぱり、一人で迷宮に挑むのがいいんだろうな)


 余計な関係を作り、帰るときに相手を悲しませるのだけはごめんだ。北の国に戻ってきて、相変わらずの寂れた町並みを横目に家に帰る。
 部屋に戻るが、エフルバーグの姿はなく気分もよくなる。


 クリュは「散歩」と一言残してから、夜の街に繰り出す。この当たりでクリュを襲うようなやつはいないので、特に心配はしない。
 プラムはエフルバーグが座る場所にあったいくつかの紙が残っている。


(賞金首か……)


 ときどきクリュがそれを見て、人を殺しに向かってるのは知っている。
 智也には縁のないものだ。
 プラムがそれらを見てから、一枚の紙を取り出して部屋の隅に隠す。ちらとプラムの両目がこちらにむいて、


「私も外に出る。あなたは?」
「そろそろ休むよ」


 まだすぐには寝れないかもしれないが考えることは色々ある。
 散歩でもしながらのほうがいいかもしれないが、一人で夜の街を歩くほどの自信はない。


「わかった。なるべく早めに戻ってくる」


 プラム、クリュ、エフルバーグが何をやっているのかはわからない。クリュとエフルバーグはある程度予想できるが、プラムは本当に何をしているのかわからない。


 少しつけてみたい気分もあるが、プラムは勘が鋭い。すぐにばれてしまう。
 逃げ出してみようかとも考えたが、どこからエフルバーグが見ているか分からない。結局やることもないのでごろごろとしていたら、疲労のせいで眠くなってきて、ゆっくりとまぶたを下ろした。



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