黒鎧の救世主
第九話 薬草
「迷宮、行きたくねぇぇぇぇ……」
起床一番、額に手を当てて空気のすべてを吐き出すように智也はため息を吐く。昨日の恐怖が残っているのと、クリュと迷宮で鉢合わせするかもしれないからだ。
サボろうか、だがそうすれば塔迷宮での稼ぎはない。
昨日は七百リアムの宿屋に泊まったが、やはりクックさんの場所が一番よかった。料理がまずいのとベッドが硬いせいか、思ったよりも疲れはとれていない。
今日からはクックさんの宿に泊まるとして、そうなると今の手持ちでは三日泊まれる程度だ。冒険者としてやっていくのなら、他にも必要なものは山ほどある。
そうなると、今以上に稼ぐ必要がある。ギルドに行き、改めて依頼を確認する。自分が受けられそうで、身近なものを探していく。
回復丸の材料となる薬草摘み。
フィールドにいる魔物、ユグリーマンの討伐。
ギルドから出ている依頼で、今の自分が受けられるのはこのくらいだろう。どれもGランク相当の人間が受けるものだ。
ランクといっても迷宮を元にあてはめたものなので第三者からしっかりと評価を受けているわけではない。1~7階層でしか戦えない智也は、Gランク程度の実力なのだ。
ユグリーマンの討伐は、出来れば避けたい。塔迷宮に比べ、死体や血の残る時間が長い。
迷宮探索の場合はゲームのような感覚でどうにか出来ているが、フィールドの魔物も同じようにできるとは思えない。
他にはパーティーの募集などもある。
魔法系のスキルを持った人間、あるレベル以上の人間、剣の扱いに長けた人間。そういった人を募集している。その中に低レベルを募集するものもあった。人との関わりが苦手な智也はどれも無理だとあきらめ、結局一番無難そうな依頼にした。
「薬草摘みの、依頼を受けたいんですけど」
以前話したギルド員だ。眼鏡をかけたクールな人だ。
「はい、わかりました。薬草は緑草、赤草、青草、黄草の四種類があります。それらすべてをギルドでは扱っておりますので、採取して持ってきてください」
「あの、現物ってありませんか? どういうものか、覚えたいんですけど……」
「わかりました。……はい、これです」
ギルド員がとってきた四種類の草。色がついている以外はただの、雑草にしか見えない。
「だいたいこのくらいの長さのものが取引に利用されます。これより大きい場合は、少し高く売却できますね」
20cmくらいだろう。智也はしっかりと長さを覚える。
(……調査)
緑草
ちゃんと草を見て調査が発動するのを理解する。
「大丈夫です、わかりました」
「緑草、赤草は10リアム。青草は30リアム、黄草は30リアムで売却できますので覚えておくといいでしょう」
「現在は青草が足りないので、少し高くなっていますが」と付け足される。
「青草が、足りなくなっているんですか?」
オウム返しでしか会話ができない智也。これだけではダメだ。人とうまく会話をするためには、相手が投げたボールをキャッチしてしっかり投げ返す必要がある。
ただ相槌を打ってるだけではダメだ。
「どうして足りなくなっているんですか?」
(よし、言えた)
ふうと息を吐き出す。ちゃんと相手の顔を見ていえたのは久しぶりだ。少し成長できたのかも。いやいや、調子には乗らないほうがいいだろう。
昨日痛い目にあったのだからと智也は息をもらす。
「青草は毒の治療、MPの回復と二つの使い道があります。三日ほど前に、新たなダンジョンがこの街の東で見つかり、その一階層の魔物がドクビーでしたから」
(なんか、毒を使いそうな魔物だな)
青草が足りない理由がわかった。
(ダンジョンってランクはどのくらいなんだろう。聞いても怒られたりしないか?)
依頼の話をしていたのに、ダンジョンの話をしてんじゃねーよボケっ! とか怒鳴られないか心配だった。だけど、もしかしたら自分も利用できるかもしれない。
「ダンジョンの、ランクは……いくつですか?」
「GよりのFですね。そこまで強くないので、レベルの高い人が入ることは許可されていませんがね」
薬草の依頼を受けていることから、大体のレベルを予想されたようだ。怒られなくてよかった。
ダンジョンにはレベル制限が設けられている場合がある。調査などのスキルを持った人が入り口に立ち、人を止めるのだ。大抵は教会で働く人やギルド員がその番をする。
「そうですか」
「ああと、話が逸れましたね。草はこの地域のあちこちに生えているので、探すのは難しくないと思います。迷宮にもたまにあります」
(そうだったのか。これからはフィールドにも集中しよう)
「ただ、偽物には気をつけてください。根っこに触れると毒がありますので」
(ぶぶぶ、物騒だな)
状態異常があるのは知っているが、毒はかなり怖い。ゲームで毒状態はそこまで恐れたことはないが、現実で毒になったらどれだけ苦しいのか想像したくない。
少しどんなモノか興味もあるが、そこまで冒険できるような勇気は持ち合わせていない。
「だからといって街の中で育てられているものまで抜かないでくださいね」
「……ははは」
ギルド員の冗談に愛想笑いしか浮かべられない。この依頼については契約金などはないようだ。
ギルドを後にして、街の東門へ行く。門の前にいる銀鎧に身を包んだ人がこちらをじろっと見てきたので、一応頭を下げておく。
相手も軽く会釈してくれたので、そのまま門を潜り抜ける。
東に入ってすぐに、赤い草を見つける。
さっそく手を伸ばして――の前に調査を使う。
赤草モドキ
だ、騙された……智也はがっくりと肩を落として隣にある草へ集中する。
赤草
今度は本物だった。それにしても見分けがつかない。
顔を近づけてみる。ある一定の距離までいくと赤草は自然の匂いがした。
赤草モドキは毒があるので、臭いをかぐのはやめよう。他に違いがあるか詳しく見る。
(あっ、葉っぱのギザギザが鋭い)
偽物は葉っぱにあるギザギザが少しだけ鋭いように見える。触ればわかるかもしれないが、根っこに毒があるといわれているので例え葉っぱだとしても触りたくない。
(こんなの調査なしじゃ無理すぎるだろ)
赤草を根っこから引っこ抜き、まとわりついた土を払ってから袋に入れる。隣にもあったがサイズが小さかったのでやめた。
次の場所に行こうとすると、自分の先に武装した四人組がいた。まだひよっ子なのか装備は強くなさそうだ。その四人の中のリーダー――先頭を歩いている人間には見覚えがあった。
(アッソ、か)
前にギルドの前で絡んできた男だ。アッソ以外のレベルは一桁なので、冒険者になりたての人に自分の知識でも教えているのだろうか。四人組の中に一人だけ可愛い子がいるので、下心もあるのかもしれない。まだ、幼い容姿だから犯罪の臭いがぷんぷんするが。
とにかく関わりたくないので、道を変える。この辺りにいるということは、ユグリーマンの討伐にでも来たのだろう。
同じ初心者が頑張っているのだから、自分も頑張らなければと少しやる気が出る。
次に見つけたのは、青草。黄草に並ぶ高級品だ。
(げぇぇ)
人間の顔を潰し、やせ細らせたような生き物がフィールドを歩いている。歩き方もどこか気持ち悪い。あれがユグリーマンのようだ。気づかれないように身を低くする。
基本的にフィールドの魔物でそこまで凶悪に強いヤツはいない。場合にもよるが。
唯一危険視されているドラゴンでさえ、Dランク程度の人間がいれば勝てるらしい。
たぶん、ユグリーマンを倒すこともそこまで大変ではないはずだ。とはいえ、戦いたくはない。
ユグリーマンが離れたのを確認し、ふたたび活動する。草集めは単純で、危険も少ない。経験値は入らないが、結構な速度で集められる。
そんな中昨日の出来事を考えてしまう。クリュに襲われたあの時の力。
(右腕に黒い、鎧)
智也が図書館で勉強していることはこの世界の地名や、スキル、迷宮などについてが主だ。常識についても学びたいが、地球に戻る手段を探すのが先決なので、世界について学ぶことのほうが多い。
昨日は時間がなく図書館に行くことはできなかったが、今まであんなスキルがあるなんて一度も見ていない。
――武具精製の力なのだろうか?
だとしたら、やたらと体が軽くなった理由は説明が出来ない。棒を持って戦っているときは別に体は軽くならない。
(ステータスには出ない、能力)
ステータスがすべてではないと前に読んだ本に書かれていた。例えば、どこかで格闘術を学んだとすれば、スキルとして出現しなくても格闘術がうまい人間がいる。
この考えは、ステータスが絶対とする考えを否定するものであり、今この世界の人間の考えは二つに分かれている。ステータスが絶対か、否か。智也からすればステータスは絶対な気がする。
昨日戦ったクリュもそうだ。あの動きはスキルやステータスがあるだけではできない。
受身、度胸などはステータスとは関係ない。
ただ、昨日の黒い鎧もそうであるのかと聞かれれば答えられない。
あれはどちらかといえばスキルなしではどうにもできないような力だ、と思う。体が軽くなった理由がつけられないが。
(でも、ステータスは一番大事なはずだ)
圧倒的な強敵に対しては、どれだけ小手先の技術を持っていてもどうにもならない。
誤魔化しが効くのは力が拮抗しているような状況くらいなはずだ――だから、これからもステータスを信じていこう。
智也は今持っている袋へ草をたくさん詰め込んだ。
緑草、赤草は合わせて二十、青草十二、黄草五だ。値段が高いだけあって、黄草はあまり見つからなかった。
黄草の効果はなんだったか、図書館で読んだ覚えがある。
(麻痺の解除、だったかな。あとは、他の薬草の効果をあげるとか、だったはず)
記憶力がいい智也は脳内の引き出しから情報を出した。ギルドに戻り、薬草を売り払う。先ほどのギルド員が眼鏡の奥の瞳を、驚きに光らせている。
「凄いですね。早いし、すべて本物ですね」
偽物なんて持ってこれるかと思ったが軽く笑うだけ。
「他に、物を見分ける仕事とかはありませんか?」
「物を、ですか。こういうのを聞かれるのは嫌かもしれませんが、調査のスキルか特殊技を持っているのですか?」
答えてもいいのだろうか。情報はいつの時代だって大事なはずだ。智也はしばらく迷う。
だが、調査は切り札ではないので、いいだろう。もしかしたら、採取依頼のようなものを紹介してもらえるかもしれない。
「はい、持っています」
「そうですか。ちょうどいい仕事があるのですが、聞いていきますか?」
やったと智也は内心ガッツポーズして、ギルド員に頷く。
「一度お話したと思いますが、現在エアスト――この街付近のダンジョンがあるのは知っていますよね?」
薬草摘みの依頼を受けたときのことだ。
「そこは初心者冒険者を育成する場として、高レベルの人に入られないようにしています。それを見極めるには調査のスキルを持っている人がいないといけませんが、今日の午後に担当する予定だった者が先ほど怪我をしてしまったらしいのです。代わりを探していますがすぐにできる人がいなく、現在慌しいんですよ」
確かにギルド員はどこか動きが速い。
「それで……俺がってことですか?」
「そうですね、今すぐ受けると言ってくだされば私が報告しておきます」
午後まで残り一時間ほどだ。
智也は受けるか迷う。午後は図書館に行き、例の力について調べておきたかった。ここは断っておこうか。
「ちなみに午後の五時までで五千リアムです」
「受けます」
具体的な話も聞かずに引き受けてしまった。金につられた。ギルド員はにこりと微笑み、近くにいた他のギルド員に何か話している。
「はい、では十二時三十分までにここに来てください。あなたともう一人行きますので」
「もう、一人……」
一人でフィールドに立っているのは嫌だったが、それなら安心できる。後はどれだけ会話をしなくてすむかによる。
「はい。もしも相手が力に任せてきた場合の用心棒です少々真面目すぎてアホゥなところが目立ちますが、腕は確かです」
「アホ、ですか」
それは嫌だ。
「いえ、アホゥです」
何が違うのかわからないか、早急に受けすぎたかもしれない。
とはいえ、これだけの高額な仕事を断るほど智也の財布は厚くない。
「安心してください、無視しておけば問題ありませんから」
「はぁ……」
「それでは時間にだけは遅れませんように気をつけてください」
依頼を終えて、新たな依頼を受けた。
風がいい方向に吹き始めている。
(いやいや)
調子にのってもロクなことはない。
嬉しくても表面には出さないでおこう。硬派なイメージを忘れてはいけない。
起床一番、額に手を当てて空気のすべてを吐き出すように智也はため息を吐く。昨日の恐怖が残っているのと、クリュと迷宮で鉢合わせするかもしれないからだ。
サボろうか、だがそうすれば塔迷宮での稼ぎはない。
昨日は七百リアムの宿屋に泊まったが、やはりクックさんの場所が一番よかった。料理がまずいのとベッドが硬いせいか、思ったよりも疲れはとれていない。
今日からはクックさんの宿に泊まるとして、そうなると今の手持ちでは三日泊まれる程度だ。冒険者としてやっていくのなら、他にも必要なものは山ほどある。
そうなると、今以上に稼ぐ必要がある。ギルドに行き、改めて依頼を確認する。自分が受けられそうで、身近なものを探していく。
回復丸の材料となる薬草摘み。
フィールドにいる魔物、ユグリーマンの討伐。
ギルドから出ている依頼で、今の自分が受けられるのはこのくらいだろう。どれもGランク相当の人間が受けるものだ。
ランクといっても迷宮を元にあてはめたものなので第三者からしっかりと評価を受けているわけではない。1~7階層でしか戦えない智也は、Gランク程度の実力なのだ。
ユグリーマンの討伐は、出来れば避けたい。塔迷宮に比べ、死体や血の残る時間が長い。
迷宮探索の場合はゲームのような感覚でどうにか出来ているが、フィールドの魔物も同じようにできるとは思えない。
他にはパーティーの募集などもある。
魔法系のスキルを持った人間、あるレベル以上の人間、剣の扱いに長けた人間。そういった人を募集している。その中に低レベルを募集するものもあった。人との関わりが苦手な智也はどれも無理だとあきらめ、結局一番無難そうな依頼にした。
「薬草摘みの、依頼を受けたいんですけど」
以前話したギルド員だ。眼鏡をかけたクールな人だ。
「はい、わかりました。薬草は緑草、赤草、青草、黄草の四種類があります。それらすべてをギルドでは扱っておりますので、採取して持ってきてください」
「あの、現物ってありませんか? どういうものか、覚えたいんですけど……」
「わかりました。……はい、これです」
ギルド員がとってきた四種類の草。色がついている以外はただの、雑草にしか見えない。
「だいたいこのくらいの長さのものが取引に利用されます。これより大きい場合は、少し高く売却できますね」
20cmくらいだろう。智也はしっかりと長さを覚える。
(……調査)
緑草
ちゃんと草を見て調査が発動するのを理解する。
「大丈夫です、わかりました」
「緑草、赤草は10リアム。青草は30リアム、黄草は30リアムで売却できますので覚えておくといいでしょう」
「現在は青草が足りないので、少し高くなっていますが」と付け足される。
「青草が、足りなくなっているんですか?」
オウム返しでしか会話ができない智也。これだけではダメだ。人とうまく会話をするためには、相手が投げたボールをキャッチしてしっかり投げ返す必要がある。
ただ相槌を打ってるだけではダメだ。
「どうして足りなくなっているんですか?」
(よし、言えた)
ふうと息を吐き出す。ちゃんと相手の顔を見ていえたのは久しぶりだ。少し成長できたのかも。いやいや、調子には乗らないほうがいいだろう。
昨日痛い目にあったのだからと智也は息をもらす。
「青草は毒の治療、MPの回復と二つの使い道があります。三日ほど前に、新たなダンジョンがこの街の東で見つかり、その一階層の魔物がドクビーでしたから」
(なんか、毒を使いそうな魔物だな)
青草が足りない理由がわかった。
(ダンジョンってランクはどのくらいなんだろう。聞いても怒られたりしないか?)
依頼の話をしていたのに、ダンジョンの話をしてんじゃねーよボケっ! とか怒鳴られないか心配だった。だけど、もしかしたら自分も利用できるかもしれない。
「ダンジョンの、ランクは……いくつですか?」
「GよりのFですね。そこまで強くないので、レベルの高い人が入ることは許可されていませんがね」
薬草の依頼を受けていることから、大体のレベルを予想されたようだ。怒られなくてよかった。
ダンジョンにはレベル制限が設けられている場合がある。調査などのスキルを持った人が入り口に立ち、人を止めるのだ。大抵は教会で働く人やギルド員がその番をする。
「そうですか」
「ああと、話が逸れましたね。草はこの地域のあちこちに生えているので、探すのは難しくないと思います。迷宮にもたまにあります」
(そうだったのか。これからはフィールドにも集中しよう)
「ただ、偽物には気をつけてください。根っこに触れると毒がありますので」
(ぶぶぶ、物騒だな)
状態異常があるのは知っているが、毒はかなり怖い。ゲームで毒状態はそこまで恐れたことはないが、現実で毒になったらどれだけ苦しいのか想像したくない。
少しどんなモノか興味もあるが、そこまで冒険できるような勇気は持ち合わせていない。
「だからといって街の中で育てられているものまで抜かないでくださいね」
「……ははは」
ギルド員の冗談に愛想笑いしか浮かべられない。この依頼については契約金などはないようだ。
ギルドを後にして、街の東門へ行く。門の前にいる銀鎧に身を包んだ人がこちらをじろっと見てきたので、一応頭を下げておく。
相手も軽く会釈してくれたので、そのまま門を潜り抜ける。
東に入ってすぐに、赤い草を見つける。
さっそく手を伸ばして――の前に調査を使う。
赤草モドキ
だ、騙された……智也はがっくりと肩を落として隣にある草へ集中する。
赤草
今度は本物だった。それにしても見分けがつかない。
顔を近づけてみる。ある一定の距離までいくと赤草は自然の匂いがした。
赤草モドキは毒があるので、臭いをかぐのはやめよう。他に違いがあるか詳しく見る。
(あっ、葉っぱのギザギザが鋭い)
偽物は葉っぱにあるギザギザが少しだけ鋭いように見える。触ればわかるかもしれないが、根っこに毒があるといわれているので例え葉っぱだとしても触りたくない。
(こんなの調査なしじゃ無理すぎるだろ)
赤草を根っこから引っこ抜き、まとわりついた土を払ってから袋に入れる。隣にもあったがサイズが小さかったのでやめた。
次の場所に行こうとすると、自分の先に武装した四人組がいた。まだひよっ子なのか装備は強くなさそうだ。その四人の中のリーダー――先頭を歩いている人間には見覚えがあった。
(アッソ、か)
前にギルドの前で絡んできた男だ。アッソ以外のレベルは一桁なので、冒険者になりたての人に自分の知識でも教えているのだろうか。四人組の中に一人だけ可愛い子がいるので、下心もあるのかもしれない。まだ、幼い容姿だから犯罪の臭いがぷんぷんするが。
とにかく関わりたくないので、道を変える。この辺りにいるということは、ユグリーマンの討伐にでも来たのだろう。
同じ初心者が頑張っているのだから、自分も頑張らなければと少しやる気が出る。
次に見つけたのは、青草。黄草に並ぶ高級品だ。
(げぇぇ)
人間の顔を潰し、やせ細らせたような生き物がフィールドを歩いている。歩き方もどこか気持ち悪い。あれがユグリーマンのようだ。気づかれないように身を低くする。
基本的にフィールドの魔物でそこまで凶悪に強いヤツはいない。場合にもよるが。
唯一危険視されているドラゴンでさえ、Dランク程度の人間がいれば勝てるらしい。
たぶん、ユグリーマンを倒すこともそこまで大変ではないはずだ。とはいえ、戦いたくはない。
ユグリーマンが離れたのを確認し、ふたたび活動する。草集めは単純で、危険も少ない。経験値は入らないが、結構な速度で集められる。
そんな中昨日の出来事を考えてしまう。クリュに襲われたあの時の力。
(右腕に黒い、鎧)
智也が図書館で勉強していることはこの世界の地名や、スキル、迷宮などについてが主だ。常識についても学びたいが、地球に戻る手段を探すのが先決なので、世界について学ぶことのほうが多い。
昨日は時間がなく図書館に行くことはできなかったが、今まであんなスキルがあるなんて一度も見ていない。
――武具精製の力なのだろうか?
だとしたら、やたらと体が軽くなった理由は説明が出来ない。棒を持って戦っているときは別に体は軽くならない。
(ステータスには出ない、能力)
ステータスがすべてではないと前に読んだ本に書かれていた。例えば、どこかで格闘術を学んだとすれば、スキルとして出現しなくても格闘術がうまい人間がいる。
この考えは、ステータスが絶対とする考えを否定するものであり、今この世界の人間の考えは二つに分かれている。ステータスが絶対か、否か。智也からすればステータスは絶対な気がする。
昨日戦ったクリュもそうだ。あの動きはスキルやステータスがあるだけではできない。
受身、度胸などはステータスとは関係ない。
ただ、昨日の黒い鎧もそうであるのかと聞かれれば答えられない。
あれはどちらかといえばスキルなしではどうにもできないような力だ、と思う。体が軽くなった理由がつけられないが。
(でも、ステータスは一番大事なはずだ)
圧倒的な強敵に対しては、どれだけ小手先の技術を持っていてもどうにもならない。
誤魔化しが効くのは力が拮抗しているような状況くらいなはずだ――だから、これからもステータスを信じていこう。
智也は今持っている袋へ草をたくさん詰め込んだ。
緑草、赤草は合わせて二十、青草十二、黄草五だ。値段が高いだけあって、黄草はあまり見つからなかった。
黄草の効果はなんだったか、図書館で読んだ覚えがある。
(麻痺の解除、だったかな。あとは、他の薬草の効果をあげるとか、だったはず)
記憶力がいい智也は脳内の引き出しから情報を出した。ギルドに戻り、薬草を売り払う。先ほどのギルド員が眼鏡の奥の瞳を、驚きに光らせている。
「凄いですね。早いし、すべて本物ですね」
偽物なんて持ってこれるかと思ったが軽く笑うだけ。
「他に、物を見分ける仕事とかはありませんか?」
「物を、ですか。こういうのを聞かれるのは嫌かもしれませんが、調査のスキルか特殊技を持っているのですか?」
答えてもいいのだろうか。情報はいつの時代だって大事なはずだ。智也はしばらく迷う。
だが、調査は切り札ではないので、いいだろう。もしかしたら、採取依頼のようなものを紹介してもらえるかもしれない。
「はい、持っています」
「そうですか。ちょうどいい仕事があるのですが、聞いていきますか?」
やったと智也は内心ガッツポーズして、ギルド員に頷く。
「一度お話したと思いますが、現在エアスト――この街付近のダンジョンがあるのは知っていますよね?」
薬草摘みの依頼を受けたときのことだ。
「そこは初心者冒険者を育成する場として、高レベルの人に入られないようにしています。それを見極めるには調査のスキルを持っている人がいないといけませんが、今日の午後に担当する予定だった者が先ほど怪我をしてしまったらしいのです。代わりを探していますがすぐにできる人がいなく、現在慌しいんですよ」
確かにギルド員はどこか動きが速い。
「それで……俺がってことですか?」
「そうですね、今すぐ受けると言ってくだされば私が報告しておきます」
午後まで残り一時間ほどだ。
智也は受けるか迷う。午後は図書館に行き、例の力について調べておきたかった。ここは断っておこうか。
「ちなみに午後の五時までで五千リアムです」
「受けます」
具体的な話も聞かずに引き受けてしまった。金につられた。ギルド員はにこりと微笑み、近くにいた他のギルド員に何か話している。
「はい、では十二時三十分までにここに来てください。あなたともう一人行きますので」
「もう、一人……」
一人でフィールドに立っているのは嫌だったが、それなら安心できる。後はどれだけ会話をしなくてすむかによる。
「はい。もしも相手が力に任せてきた場合の用心棒です少々真面目すぎてアホゥなところが目立ちますが、腕は確かです」
「アホ、ですか」
それは嫌だ。
「いえ、アホゥです」
何が違うのかわからないか、早急に受けすぎたかもしれない。
とはいえ、これだけの高額な仕事を断るほど智也の財布は厚くない。
「安心してください、無視しておけば問題ありませんから」
「はぁ……」
「それでは時間にだけは遅れませんように気をつけてください」
依頼を終えて、新たな依頼を受けた。
風がいい方向に吹き始めている。
(いやいや)
調子にのってもロクなことはない。
嬉しくても表面には出さないでおこう。硬派なイメージを忘れてはいけない。
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