ニートの俺と落ちこぼれ勇者
第二十話
戦闘でもっとも気をつけなければならないのは魔法だろう。
剣、銃弾ならば何とかなるかもしれないが、魔法だけは俺の知識がない。
だが、マジックストックで使用できる魔法はチャージ済みの一発だ。その一撃に耐えることが出来れば、俺にもチャンスがやってくるはずだ。 
「僕は学園でも上位に位置する風使いだ」
周囲の風がまるで、人型になっていく。それはタケダイ先輩をかたちどっている。
三体の風はタケダイ先輩が手を振り下ろすと、同時に襲いかかってくる。
三方向からの攻撃に俺は反応できない。
顔だけを腕でガードし、俺は薄めでタケダイ先輩の姿を確認する。
いない。
気配を感じたいが、魔法が邪魔でよくわからない。
「後ろだ!」
ジェンシーの言葉を信じて、俺は拳を振りぬく。
感触があった。叩きつけるように殴ると、魔法が消滅する。
俺の体はほぼ傷はない。だが、魔法の威力を表すように服はずたずただ。
またジイに新しいのを用意してもらわないとだな。
そんなことを考えるだけの余裕があった。
先ほど、俺はタケダイ先輩の顎を打ち抜いた感触があった。
「げぇぷっ!?」
タケダイ先輩は悲鳴をもらしながら、ボールでも投げるように弾きとぶ。
もうまともに立ち上がることはできないだろう。
俺は腕に怪我がないことを確認しながら、タケダイ先輩の姿を見て構えをとく。
「凄い……」
感嘆の吐息を漏らしたジェンシーをちらとみると、タケダイ先輩がゾンビのように立ち上がる。
膝に手をつけ、どうにか立ち上がったように見えるがタケダイ先輩の目はどこを向いているのか分からない。
「僕は……ここで終わるわけにはいかないんだ!」
そう叫びタケダイ先輩はポケットから綺麗な石を取り出す。
「……なんだ、ありゃ?」
宝石といわれても納得できる美しいそれに、ジェンシーが反応する。
「魔力石だ! まさか、あんなものを持っているものがいるなんて……」
「で、それはなんなんだ?」
「……魔力土の力を凝縮して作られた石だ。人の体に適応し、一時期は最強の魔法使いになれる、という研究結果であったが、使用者の全員が廃人になってからは研究自体が止められていたのだ」
「さすが、ジェンシーは物知りだね」
タケダイ先輩はニコリと余裕の微笑を取り戻し、魔力石を口に運んだ。
ジェンシーの短い悲鳴。人間の体には適応できなかったそれを体内に入れればどうなるのか……。
だいたいの予想はできる。
「……どうしてそこまでやるんだよ」
タケダイ先輩がジェンシーの権力を狙っているとしても異常だ。
……俺には権力の良し悪しが分からない。だから、この疑問自体がおかしいのかもしれない。
「ジェンシーのパートナーになりたいからだよ」
その理由を話すつもりはないようだ。
タケダイ先輩の右腕に風が集まり、やがてその腕から肌色が消える。
緑に近い色へと変化し、さらに腕としての形がなくなる。
彼の右腕は小さな台風のようなものへと変化していた。
「僕は、魔法になったっ。魔法、タケダイだ!」
言っていて恥ずかしくないのだろうか。
俺はいくらか深呼吸して、外の扉を指差す。
「ジェンシーはすぐに逃げてくれ」
「私だって戦うぞっ、おまえを一人残してなどおけぬ!」
そういって、ジェンシーはマジックストックを前にかざす。
……正直言って、足手まといであるが、外に敵の仲間が潜伏しているかもしれない。
それに、タケダイ先輩はジェンシーを狙っていないのだから、このままここにいてもらったほうがいいかもしれない。
「今の僕は、現役の勇者に並ぶほどの実力を持っている! 貴様になど負けない!」
「……現役の勇者の実力を、俺はしらねぇよ!」
タケダイ先輩の拳が俺の体に当たると、俺が反撃に動く前に弾き飛ばされる。
僅かにかすり傷が生まれ、魔法の威力が上昇していることを理解する。衝撃によって俺は近くの小さなコンテナに体をぶつける。
コンテナにヒビが入り、中に入っていた箱が見れるようになる。俺が頭を振って痛みをごまかしながら、その中の紅く輝く魔力土を目撃した。
俺は改めて周囲を見回す。この倉庫には他にもいくつかのコンテナがある。
……もしかしたら、この辺り一体に盗まれた紅魔力土が隠されているのかもしれない。
「どうしたんだい?」
タケダイ先輩が再び魔法となった右腕を振りぬく。
俺が風に根性で押し勝ち、殴りつけようとすると横から弾かれる。別の方向からの力に、当然ながら反応できない。
転がりながら、俺はどうするかと思考を練る。
チャージ時間の必要としない魔法がここまで厄介なものだとは思っていなかった。
接近戦しか出来ない俺では、タケダイ先輩をどうにかする前に弾き飛ばされてしまう。
タケダイ先輩の右腕の風は常に周囲に満たされている。
俺の一撃を危険と考え、近づかせないで攻撃しようとしているようだ。
……あの魔法の原動力を知りたい。タケダイ先輩の魔力を消費して使用しているのであれば、時間稼ぎをすればどうにか勝ち目はありそうだが。
タケダイ先輩は肩を上下させながら、こちらへ近づく。対策も思いつかないままに、
「ファイアボール!」
慌てて止めようとした俺だが、少し間に合わない。
ジェンシーがチャージした魔法を放つと、タケダイ先輩は風魔法で逸らした。
逸らされたファイアボールは近くのコンテナにあたり、そのまま爆発した。
大き目の爆発……しかし他の紅魔力土に引火するということはないようだ。
「わ、私の魔法……?」
「いや……ここに紅魔力土が隠れされてるんだよ」
なぜこんなところにあるのだろうか。
ジェンシーをここにつれてきて、タケダイ先輩もここに誘導し……それは確かなはずだ。
もしもジェンシーが切れて魔法を放てば、そのままタケダイ先輩も死んで……。
敵はジェンシーを殺すつもり、だったのか? だとしたら、誘拐したときにやればいい。
……タケダイ先輩もろとも……ってことか?
「……ならば私が魔法を放つのは、危険だな」
俺は思考にさいていた意識をジェンシーに戻す。下手すればこの倉庫が吹き飛ばされるだろう。
しかし、タケダイ先輩がどれだけ戦闘できるか分からない以上、先に俺がダウンする可能性もある。
接近しても弾き飛ばされるのならば、身体能力でどうにかできる問題じゃない。
……ここは少し賭けではあるが、ジェンシーに盛大にやってもらったほうがいいかもしれない。
「いや、ジェンシー! この倉庫を魔力で満たせ!」
「……なんだと? そんなことをしたらっ!」
どうなるかわかっている。不安に揺れるジェンシーの顔を覗きこみ、俺は強気に頷いてみせる。
「安心しろ。俺が絶対に守ってやるっ」
「……わ、わかった」
「うし。時間は稼ぐから、後は任せたぜ」
俺はジェンシーの肩を一度叩き、タケダイ先輩に気づかれないように睨みつける。
余裕ぶった表情。そのまま気づかないでくれればそれでいい。
「お別れの言葉は言い終えたかい?」
「そんなわけねぇだろ。俺はジェンシーのパートナーをやめるつもりはねぇんだよ」
「悪いけど、僕ももう手加減はできないよっ」
タケダイ先輩は、肩の辺りまでに侵食した風をちらと見てから地面を大きく蹴る。
一撃目のフェイントに、わざと反応し俺は敵の攻撃を回避する。
そして、俺も牽制に攻撃の素振りを見せタケダイ先輩の風魔法によって体を弾かれる。
自分からわざと後方に跳び、そうやってじわじわとフェイントをまぜての弱い攻撃の繰り返し。
タケダイ先輩はせめあぐねている。俺は単に攻撃を放っても届かない。
となれば、攻撃する振りしか俺がタケダイ先輩に与えられる攻撃はない。
精神的に追い詰め、タケダイ先輩を俺との戦いに集中する。
この状況を打破できるのは、ジェンシーだけだ。
「それにしても、どうしてキミはあんな子に固執するんだい?」
「あんな子、だと?」
戦いを発展させるためにか、タケダイ先輩は口元を歪める。
「そうだ。あの子は道具としての価値しかない」
……挑発させて俺の攻撃を誘うための言葉であるのは分かっている。
ここで冷静なままでいられるほど、俺は温厚ではない。
自分のことなら、どれだけ言われても、やられてもいい。
だが、ジェンシーは俺のために一生懸命だ。行き場のなかった俺を助けてくれた命の恩人を馬鹿にされて、黙っていたくはない。
今までは自覚していなかった言い返す力。今の俺ならばそれが出来る。
「ジェンシーが道具とかふざけたことを言ってんじゃねぇよっ」
俺は大きく踏み込み、拳を振りぬく。その瞬間、四方から風が押し寄せる。
壁のように俺を潰し、俺の体全身を風の刃で切り刻む。
俺の体はかなり頑丈なほうだ。この程度の攻撃でも倒れることはない。
「……化け物がっ!!」
それでしとめるつもりだったのだろう。タケダイ先輩は一度距離を取り、再び魔法の用意を始める。
「あんたはいいのかよっ!」
「なにがだい?」
「このまま道具としての人生を終えるのかよ?」
「なに?」
「用意が出来たのだっ!」
だが、タケダイ先輩の攻撃前にジェンシーが叫ぶ。
俺はジェンシーの近くへと行き、いつでも逃げられるように準備をする。
「もう、後私が魔力を込めればこの倉庫は吹き飛ばせるっ! タケダイっ、もう終わりだ!」
タケダイ先輩は一瞬ためらうような姿勢を見せるが、
「……どういうことだいっ?」
「この倉庫には紅魔力土があるんだよ。盗む計画をたてていたあんたなら知っているんじゃないか?」
少しカマをかけてみるが、タケダイ先輩はそんなのに気づく様子もない。
「なんだと……? なら、あの人は……僕を騙していた、利用していたのか?」
タケダイ先輩はそのまま腕の痛みに顔を顰める。
もう、戦いは無駄だろう。
「やめようぜ。今ならあんただって死ぬことはねぇだろ」
ここでジェンシーの魔力を込めさせてしまえば、俺だってただではすまないだろう。
だからこそ、ここで戦いをやめられればそれが一番だ。
しかし、タケダイ先輩はぎりっと唇から血を流すように強くかんだ。
「僕は、たとえ死んだとしても、戦うことをやめるつもりはない!」
「……おまえ、利用されているだけだと考えないのか?」
敵だってジェンシーの魔法自体は知っているだろう。
ならば、紅魔力土をジェンシーと一緒の場所になど置かないはずだ。
……となれば、敵は最悪ここを爆発させてジェンシーを殺すつもりであった可能性もあるのだ。
タケダイ先輩もそれに気づいているようだが、魔法の構えは解かない。
「そうだとしても、僕はどのみち戦うしかない」
「……コール、どうする?」
「……タケダイ先輩が近づいてきたら、一気に爆発させてくれ」
「わ、私たちもただではすまないぞ?」
「ぜってぇ、守ってやるから安心しろって」
「これでお仕舞いだっ、キミを倒して僕がパートナーとなるっ!」
タケダイ先輩が近づき、魔法の拳を振りぬく。しかし、すでに先ほどまでの強い吹き飛ばしの力はない。俺はその拳を受け止め、がしりと握る。
反撃に殴ってみようとするが、それは阻まれてしまう。やはり、ジェンシーに任せたほうがラクだ。
「ジェンシー、やれ!」
周囲が爆発していく中、俺はジェンシーを思いっきり外に放り投げる。
タケダイ先輩を庇うようにして、俺は爆発が収まるのを待つ。
いくら俺の体が頑丈でも、さすがに全身を殴りつけられるような痛みが襲う。
閃光に目と耳がやられ、倉庫は粉々に粉砕されていく。
爆発によって色々と破壊されながらも、俺はタケダイ先輩を庇い続ける。
倉庫はすっかりボロボロになっており、すべてが終わっていた。
「いってぇ……マジかよ……」
体はボロボロだ。服もすでにほとんど着ていない状況であり、俺は頭をかきながらジェンシーの元へと向かう。
「なぜ、僕まで……助けたんだ」
タケダイ先輩も重傷ではあるが、生きているようだ。よかった。
「ばっかやろ。犯人いねぇと、俺が捕まるだろうが」
敵の狙いがどこまでか分からない。
タケダイ先輩と誰かが戦い、この状況に持ってこようとしている可能性も考慮して俺は彼を助けた。
でなければ、ここまでやられた彼を生かす理由などない。正直、このまま死んでくれてもかまわないが……まあ、先の事情があるしな。
遠くから騎士たちを連れてきたジーニの姿を見る。俺はそれを見て、さすがに疲れた体で倒れこむ。
「死ぬな!」
ジェンシーの慌てたような叫びだ。死ぬかっての……これからまた楽しい毎日がやってくるのだ。
「……ちょっと寝るだけだ」
涙を浮かべたジェンシーにぐっと親指を立ててそのまま目を閉じる。
寝ればたいていの傷は治る。俺の前世の母親が言っていたのだ。
剣、銃弾ならば何とかなるかもしれないが、魔法だけは俺の知識がない。
だが、マジックストックで使用できる魔法はチャージ済みの一発だ。その一撃に耐えることが出来れば、俺にもチャンスがやってくるはずだ。 
「僕は学園でも上位に位置する風使いだ」
周囲の風がまるで、人型になっていく。それはタケダイ先輩をかたちどっている。
三体の風はタケダイ先輩が手を振り下ろすと、同時に襲いかかってくる。
三方向からの攻撃に俺は反応できない。
顔だけを腕でガードし、俺は薄めでタケダイ先輩の姿を確認する。
いない。
気配を感じたいが、魔法が邪魔でよくわからない。
「後ろだ!」
ジェンシーの言葉を信じて、俺は拳を振りぬく。
感触があった。叩きつけるように殴ると、魔法が消滅する。
俺の体はほぼ傷はない。だが、魔法の威力を表すように服はずたずただ。
またジイに新しいのを用意してもらわないとだな。
そんなことを考えるだけの余裕があった。
先ほど、俺はタケダイ先輩の顎を打ち抜いた感触があった。
「げぇぷっ!?」
タケダイ先輩は悲鳴をもらしながら、ボールでも投げるように弾きとぶ。
もうまともに立ち上がることはできないだろう。
俺は腕に怪我がないことを確認しながら、タケダイ先輩の姿を見て構えをとく。
「凄い……」
感嘆の吐息を漏らしたジェンシーをちらとみると、タケダイ先輩がゾンビのように立ち上がる。
膝に手をつけ、どうにか立ち上がったように見えるがタケダイ先輩の目はどこを向いているのか分からない。
「僕は……ここで終わるわけにはいかないんだ!」
そう叫びタケダイ先輩はポケットから綺麗な石を取り出す。
「……なんだ、ありゃ?」
宝石といわれても納得できる美しいそれに、ジェンシーが反応する。
「魔力石だ! まさか、あんなものを持っているものがいるなんて……」
「で、それはなんなんだ?」
「……魔力土の力を凝縮して作られた石だ。人の体に適応し、一時期は最強の魔法使いになれる、という研究結果であったが、使用者の全員が廃人になってからは研究自体が止められていたのだ」
「さすが、ジェンシーは物知りだね」
タケダイ先輩はニコリと余裕の微笑を取り戻し、魔力石を口に運んだ。
ジェンシーの短い悲鳴。人間の体には適応できなかったそれを体内に入れればどうなるのか……。
だいたいの予想はできる。
「……どうしてそこまでやるんだよ」
タケダイ先輩がジェンシーの権力を狙っているとしても異常だ。
……俺には権力の良し悪しが分からない。だから、この疑問自体がおかしいのかもしれない。
「ジェンシーのパートナーになりたいからだよ」
その理由を話すつもりはないようだ。
タケダイ先輩の右腕に風が集まり、やがてその腕から肌色が消える。
緑に近い色へと変化し、さらに腕としての形がなくなる。
彼の右腕は小さな台風のようなものへと変化していた。
「僕は、魔法になったっ。魔法、タケダイだ!」
言っていて恥ずかしくないのだろうか。
俺はいくらか深呼吸して、外の扉を指差す。
「ジェンシーはすぐに逃げてくれ」
「私だって戦うぞっ、おまえを一人残してなどおけぬ!」
そういって、ジェンシーはマジックストックを前にかざす。
……正直言って、足手まといであるが、外に敵の仲間が潜伏しているかもしれない。
それに、タケダイ先輩はジェンシーを狙っていないのだから、このままここにいてもらったほうがいいかもしれない。
「今の僕は、現役の勇者に並ぶほどの実力を持っている! 貴様になど負けない!」
「……現役の勇者の実力を、俺はしらねぇよ!」
タケダイ先輩の拳が俺の体に当たると、俺が反撃に動く前に弾き飛ばされる。
僅かにかすり傷が生まれ、魔法の威力が上昇していることを理解する。衝撃によって俺は近くの小さなコンテナに体をぶつける。
コンテナにヒビが入り、中に入っていた箱が見れるようになる。俺が頭を振って痛みをごまかしながら、その中の紅く輝く魔力土を目撃した。
俺は改めて周囲を見回す。この倉庫には他にもいくつかのコンテナがある。
……もしかしたら、この辺り一体に盗まれた紅魔力土が隠されているのかもしれない。
「どうしたんだい?」
タケダイ先輩が再び魔法となった右腕を振りぬく。
俺が風に根性で押し勝ち、殴りつけようとすると横から弾かれる。別の方向からの力に、当然ながら反応できない。
転がりながら、俺はどうするかと思考を練る。
チャージ時間の必要としない魔法がここまで厄介なものだとは思っていなかった。
接近戦しか出来ない俺では、タケダイ先輩をどうにかする前に弾き飛ばされてしまう。
タケダイ先輩の右腕の風は常に周囲に満たされている。
俺の一撃を危険と考え、近づかせないで攻撃しようとしているようだ。
……あの魔法の原動力を知りたい。タケダイ先輩の魔力を消費して使用しているのであれば、時間稼ぎをすればどうにか勝ち目はありそうだが。
タケダイ先輩は肩を上下させながら、こちらへ近づく。対策も思いつかないままに、
「ファイアボール!」
慌てて止めようとした俺だが、少し間に合わない。
ジェンシーがチャージした魔法を放つと、タケダイ先輩は風魔法で逸らした。
逸らされたファイアボールは近くのコンテナにあたり、そのまま爆発した。
大き目の爆発……しかし他の紅魔力土に引火するということはないようだ。
「わ、私の魔法……?」
「いや……ここに紅魔力土が隠れされてるんだよ」
なぜこんなところにあるのだろうか。
ジェンシーをここにつれてきて、タケダイ先輩もここに誘導し……それは確かなはずだ。
もしもジェンシーが切れて魔法を放てば、そのままタケダイ先輩も死んで……。
敵はジェンシーを殺すつもり、だったのか? だとしたら、誘拐したときにやればいい。
……タケダイ先輩もろとも……ってことか?
「……ならば私が魔法を放つのは、危険だな」
俺は思考にさいていた意識をジェンシーに戻す。下手すればこの倉庫が吹き飛ばされるだろう。
しかし、タケダイ先輩がどれだけ戦闘できるか分からない以上、先に俺がダウンする可能性もある。
接近しても弾き飛ばされるのならば、身体能力でどうにかできる問題じゃない。
……ここは少し賭けではあるが、ジェンシーに盛大にやってもらったほうがいいかもしれない。
「いや、ジェンシー! この倉庫を魔力で満たせ!」
「……なんだと? そんなことをしたらっ!」
どうなるかわかっている。不安に揺れるジェンシーの顔を覗きこみ、俺は強気に頷いてみせる。
「安心しろ。俺が絶対に守ってやるっ」
「……わ、わかった」
「うし。時間は稼ぐから、後は任せたぜ」
俺はジェンシーの肩を一度叩き、タケダイ先輩に気づかれないように睨みつける。
余裕ぶった表情。そのまま気づかないでくれればそれでいい。
「お別れの言葉は言い終えたかい?」
「そんなわけねぇだろ。俺はジェンシーのパートナーをやめるつもりはねぇんだよ」
「悪いけど、僕ももう手加減はできないよっ」
タケダイ先輩は、肩の辺りまでに侵食した風をちらと見てから地面を大きく蹴る。
一撃目のフェイントに、わざと反応し俺は敵の攻撃を回避する。
そして、俺も牽制に攻撃の素振りを見せタケダイ先輩の風魔法によって体を弾かれる。
自分からわざと後方に跳び、そうやってじわじわとフェイントをまぜての弱い攻撃の繰り返し。
タケダイ先輩はせめあぐねている。俺は単に攻撃を放っても届かない。
となれば、攻撃する振りしか俺がタケダイ先輩に与えられる攻撃はない。
精神的に追い詰め、タケダイ先輩を俺との戦いに集中する。
この状況を打破できるのは、ジェンシーだけだ。
「それにしても、どうしてキミはあんな子に固執するんだい?」
「あんな子、だと?」
戦いを発展させるためにか、タケダイ先輩は口元を歪める。
「そうだ。あの子は道具としての価値しかない」
……挑発させて俺の攻撃を誘うための言葉であるのは分かっている。
ここで冷静なままでいられるほど、俺は温厚ではない。
自分のことなら、どれだけ言われても、やられてもいい。
だが、ジェンシーは俺のために一生懸命だ。行き場のなかった俺を助けてくれた命の恩人を馬鹿にされて、黙っていたくはない。
今までは自覚していなかった言い返す力。今の俺ならばそれが出来る。
「ジェンシーが道具とかふざけたことを言ってんじゃねぇよっ」
俺は大きく踏み込み、拳を振りぬく。その瞬間、四方から風が押し寄せる。
壁のように俺を潰し、俺の体全身を風の刃で切り刻む。
俺の体はかなり頑丈なほうだ。この程度の攻撃でも倒れることはない。
「……化け物がっ!!」
それでしとめるつもりだったのだろう。タケダイ先輩は一度距離を取り、再び魔法の用意を始める。
「あんたはいいのかよっ!」
「なにがだい?」
「このまま道具としての人生を終えるのかよ?」
「なに?」
「用意が出来たのだっ!」
だが、タケダイ先輩の攻撃前にジェンシーが叫ぶ。
俺はジェンシーの近くへと行き、いつでも逃げられるように準備をする。
「もう、後私が魔力を込めればこの倉庫は吹き飛ばせるっ! タケダイっ、もう終わりだ!」
タケダイ先輩は一瞬ためらうような姿勢を見せるが、
「……どういうことだいっ?」
「この倉庫には紅魔力土があるんだよ。盗む計画をたてていたあんたなら知っているんじゃないか?」
少しカマをかけてみるが、タケダイ先輩はそんなのに気づく様子もない。
「なんだと……? なら、あの人は……僕を騙していた、利用していたのか?」
タケダイ先輩はそのまま腕の痛みに顔を顰める。
もう、戦いは無駄だろう。
「やめようぜ。今ならあんただって死ぬことはねぇだろ」
ここでジェンシーの魔力を込めさせてしまえば、俺だってただではすまないだろう。
だからこそ、ここで戦いをやめられればそれが一番だ。
しかし、タケダイ先輩はぎりっと唇から血を流すように強くかんだ。
「僕は、たとえ死んだとしても、戦うことをやめるつもりはない!」
「……おまえ、利用されているだけだと考えないのか?」
敵だってジェンシーの魔法自体は知っているだろう。
ならば、紅魔力土をジェンシーと一緒の場所になど置かないはずだ。
……となれば、敵は最悪ここを爆発させてジェンシーを殺すつもりであった可能性もあるのだ。
タケダイ先輩もそれに気づいているようだが、魔法の構えは解かない。
「そうだとしても、僕はどのみち戦うしかない」
「……コール、どうする?」
「……タケダイ先輩が近づいてきたら、一気に爆発させてくれ」
「わ、私たちもただではすまないぞ?」
「ぜってぇ、守ってやるから安心しろって」
「これでお仕舞いだっ、キミを倒して僕がパートナーとなるっ!」
タケダイ先輩が近づき、魔法の拳を振りぬく。しかし、すでに先ほどまでの強い吹き飛ばしの力はない。俺はその拳を受け止め、がしりと握る。
反撃に殴ってみようとするが、それは阻まれてしまう。やはり、ジェンシーに任せたほうがラクだ。
「ジェンシー、やれ!」
周囲が爆発していく中、俺はジェンシーを思いっきり外に放り投げる。
タケダイ先輩を庇うようにして、俺は爆発が収まるのを待つ。
いくら俺の体が頑丈でも、さすがに全身を殴りつけられるような痛みが襲う。
閃光に目と耳がやられ、倉庫は粉々に粉砕されていく。
爆発によって色々と破壊されながらも、俺はタケダイ先輩を庇い続ける。
倉庫はすっかりボロボロになっており、すべてが終わっていた。
「いってぇ……マジかよ……」
体はボロボロだ。服もすでにほとんど着ていない状況であり、俺は頭をかきながらジェンシーの元へと向かう。
「なぜ、僕まで……助けたんだ」
タケダイ先輩も重傷ではあるが、生きているようだ。よかった。
「ばっかやろ。犯人いねぇと、俺が捕まるだろうが」
敵の狙いがどこまでか分からない。
タケダイ先輩と誰かが戦い、この状況に持ってこようとしている可能性も考慮して俺は彼を助けた。
でなければ、ここまでやられた彼を生かす理由などない。正直、このまま死んでくれてもかまわないが……まあ、先の事情があるしな。
遠くから騎士たちを連れてきたジーニの姿を見る。俺はそれを見て、さすがに疲れた体で倒れこむ。
「死ぬな!」
ジェンシーの慌てたような叫びだ。死ぬかっての……これからまた楽しい毎日がやってくるのだ。
「……ちょっと寝るだけだ」
涙を浮かべたジェンシーにぐっと親指を立ててそのまま目を閉じる。
寝ればたいていの傷は治る。俺の前世の母親が言っていたのだ。
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