ニートの俺と落ちこぼれ勇者

木嶋隆太

第十五話 悩み

「喜びなさい。依頼を持って来たわ」


 そういって、ジーニはテーブルに一枚の紙をおいた。
 放課後の教室で、俺たちは顔を見合わせてしまう。


「どういうことなのだ?」
「あなたは依頼をやっているのでしょう? だから持ってきたわ」


 まったく確信に至らない返答に、ジェンシーは眉間に皺をよせた。


「なぜおまえが持ってきたのかを聞いているのだ」
「あら、私は筆記の成績的な問題で、Eランクから上がれないのよ。なんとも馬鹿な学園よね。実力さえあれば十分だと思わない?」
「それってよっぽどだぞ……」


 ジェンシーの呆れ切った態度にジーニは頬を膨らませる。


「私から言わせてもらえば、知識だけ無駄にあるのもよっぽどだわ」
「なんだとー!」


 噛みつこうとしたジェンシーを押さえながら、俺は依頼書に目を通す。
 依頼相手は騎士のようだ、内容としては、盗まれた魔力土についての情報提供だ。
 知っているか、知らないかの問題のようだ。
 そういえば、今朝のニュースで、国の保管庫から魔力土が盗まれたことをやっていたな。行った犯人は騎士であり、遊ぶ金欲しさにやったそうだ。
 盗み出された魔力土の量は結構なもので、今日の勇者学科は魔法精製ができなかったらしい。
 しばらくはパートナー学科と合同での授業になり、パートナーと連携の練習などをすることになった。ジーニも混ぜて三人で行ったがかなり、怒っていたな。


「それで、何をすればいいんだ? 悪いが、俺は何の情報ももってねぇぞ」
「私もだ」


 ふふんと、ジーニは髪をかきあげてみせる。
 どことなく調子に乗っている。


「そういうと思ったから、それに関する写真もパパに、頼んでもらってきたわ」


 やすやすと言ってのけたジーニに俺は目をしばたかせてしまう。


「おまえの父ちゃんって騎士の人だったのか?」


 犯罪情報を簡単に獲得できるのはそのくらいだろう。
 元婚約者であるが、俺は貴族に興味がないのでまったく彼女のことを知らない。
 俺は五代貴族についてぐらいしか知らない。


「ええ、副団長よ」
「へぇー……」


 五代とまではいかなくても、普通に上級だ。
 差し出された写真は二枚の写真。
 受け取った俺は顔をしかめる。そして、覗き込んできたジェンシーから遠ざける。
 写真には人の死体がうつっていて、ジェンシーに見せないほうが良いと感じたのだ。
 俺は死体を見慣れているほうだが、ジェンシーもそうであるかはわからない。
 ジェンシーの可愛い顔が悲しみに染まったら嫌だ。


「どうしたのだ?」


 ジェンシーは早く見せないと怒るぞ、とばかりに腕を組む。


「いや、人の死体があるけど……大丈夫か?」


 俺の心配に対して、ジェンシーはそんなことかと呆れたようにため息をつく。


「見慣れているから大丈夫だ」
「え?」


 驚きに包まれ、その隙に写真を奪われてしまう。
 写真を見たジェンシーは首を傾げてみせた。


「そういえばなぜ死人が映っている写真を渡したのだ」
「ここで死んでいるのが、企てた首謀者よ。魔力土を売ろうとしたら敵に殺されたらしいわ」
「……まだ捕まってねぇのか?」
「えぇ、今も犯人の足取りさえ掴めていないわ」
「だから、情報提供か」


 殺人犯がこの近くにいないことを祈ろう。


「だか、これだけではわからないぞ?」
「ええ、だから、もう一枚の写真も用意するわ」
「だから、先に出せと言っておるだろ!」
「あら、そのくらい予想してみなさいよアホね」
「それはこちらの台詞だ。鏡をみろ、アホ!」
「鏡をみたら美人がいるわ」
「なーにを寝ぼけたことを。なあ、コール」


 放っておけば、二人の会話で終わると思ったのだが。
 ジェンシーとジーニに見られ、俺は視線をそらした。


「……喧嘩してねぇで、さっさと本題に入ろうぜ」
「その前に、私とジェンシー、どちらがより美人か決めておくのよ」


 意味がわからない。
 とりあえず、全力で誤魔化そう。


「おまえらは、そもそも争う舞台が違うだろ」
「どういうことかしら? 私は役者じゃないわ」
「馬鹿、例えだ」
「馬鹿……あなたも随分酷いことを言うのね」
「携帯しまえ、どこに連絡するつもりだ」
「私のパパに」
「やめろっての」


 ジーニの父ちゃんは知らないが、俺からするとかなりまずい。顔を見られればそれだけで元婚約者だとばれる。
 ジェンシーは、いつまで馬鹿な話をしているのかとため息をついた。


「話を戻すぞ。私とジーニ、どちらが、上なのか、聞かせてもらうぞ」


 どこに戻しちゃってるの。全然関係ないんだけど。
 さっさと話して終わらせよう。


「だから、舞台が違うんだよ。ジェンシーは可愛い系、ジーニは美人系だろ?」


 例えるならバスケの選手とサッカーの選手をみて、どちらが優れているのかを判断しているようなものだ。
 それぞれ別の競技なのだから、どちらが凄いのかと比べるのは馬鹿な話だ。
 そう、人の良し悪しは生まれたままではかるべきだ。
 何かを経験した後ではその人間が他よりも優れるのは当然だ。
 なぜ経験、努力をするのか。
 それは、誰かが、評価を始めたからだ。
 つまり、みんな努力もせず、他人に対して嫉妬をしなければ、差があったとしても争いは生まれない。それって住みやすい世界だ。
 競争なんてのはクソみたいなものだ。
 だから、俺は他人に嫉妬しない。疲れるだけのそんな行為に意味などない。
 俺が見事に思考にふけっていると現場の様子がおかしくなる。
 なぜか、二人は困ったようにはにかんでいる。


「か、可愛いか。ふむ、そちらのほ」
「あら、子どもっぽいことを認めるね。まあ、お似合いよ可愛いジェンシーちゃん」
「おまえに言われるとむかつく!」


 二人が再び顔を突き合わせたところで、うまくごまかせたのだろうと俺は先を促す。


「で、写真はどうしたんだよ?」
「あぁ、そうだったわね


 新たな写真は傷ついた騎士だ。
 ジェンシーはそれを見て、何か気になることがあるのか思案顔になる。


「こいつは魔力土を盗んだ犯人の仲間よ。殺されそうで逃げてきたらしいわ」
「それってよっぽどだよな?」
「え、なぜかしら」
「いや、普通犯罪しておいて、騎士の元に戻るか」
「悪いことをしたのだから当然ね」


 どうにも思っていることが伝わらない。
 俺がぽりぽりと頬をかくと、ジェンシーが肩を竦める。


「こいつ馬鹿だろ」
「何よ、うるさいわね」


 二人が喧嘩を始めようとしたので、ジェンシーの頭を軽く叩いて割り込む。


「まあ、どうせ暇なんだし別にいいだろ? ゆっくり考えようぜ」
「む……そうだな」
「一応、ここにまとめた紙があるわ。喋るのも疲れてきちゃったわ」


 ジーニは飽きた様子を見せながら、近くの机に横になった。
 俺は受け取った紙を見て、今ある情報をまとめていく。
 書かれているのは、盗まれた紅魔力土についてと、敵のおよその実力、それに奇妙なトチニノンラという文字。
 あくまでメモだけで詳しい説明がない。
 敵の実力については、鍛えられた騎士七名のうち六名が殺されたことが書かれているが、残りの二つは分からない。


「なんだこの紅魔力土ってのは」
「さぁ、わからないわ。魔力土なんて全部一緒よ」


 飲み物をこちらに傾けるジーニ。間接キスなど気にしないようだ。


「なにを言っておるか! 魔力土は属性ごとに親和性などの違いがあるのだ! 紅魔力土はより強力な火魔法を精製できるが、魔力の微調整が凄く難しい魔力土だ! 魔力を込めすぎると、そのまま爆発する危険性があるから、扱いには十分な注意を払う必要があるのだ!」
「……こわっ」
「……そうなのだ。前に一度やって倉庫を破壊してこっぴどく怒られたのだ……」


 がたがたと震えだしたジェンシーは身を抱くようにしている。
 変なトラウマを刺激してしまったらしい。ジェンシーの背中を撫でながら、彼女が復活するのを待つ。
 そうしながらも、俺は気になったことを口にしてみる。


「……ちょっと気になったんだが、紅魔力土って普通の火とかに接触するのも危ねぇのか?」
「ふむ、もちろんだ。……ああ! となると、紅魔力土は水の近くで管理されている可能性が高いな」
「一応、ここから五キロくらいいくと海があるよな?」


 俺はあまり頼りない知識でそう言うと、ジェンシーが頷く。
 ジーニも割り込みたいのか、思案顔で言い放つ。


「あら、泳ぎに行きたいわね。夏休みになったら行こうかしら」
「……その近くには港もあるな」
「港……魚ね。魚も食べたいわ。今日の夕食は魚料理を頼もうかしら」
「となると、だ。そのあたりの倉庫のどっかに管理している可能性があるよな?」
「確かにあの近くにはいくつも建物があるからな。後は……川沿いだな」


 俺とジェンシーは紅魔力土が隠してあるだろう地域に予想をつけていく。
 この辺りを適当に歩いていれば、目撃できるかもしれないが、さすがに危険だろう。
 ……むしろ俺達がここに近づかなくていいとわかっただけ、いいかもしれない。


「川、ね……あの流れに身を任せていたいわね。流れるプールにも最近行っていなかったわ」
「おまえは考える気があるのか!?」


 ジェンシーがとうとうキレた。
 ジーニは今も自分の世界に入り込んでしまっている。……ここまで問題のある奴だとはおもわなかった。
 ジェンシーを落ち着かせながら、俺はとんとんとジーニの肩をつつく。


「何かしら?」


 すました顔つきからは頭の良さを感じ取れる。
 饒舌な口調からは、賢そうな雰囲気がある。
 だが彼女はアホだ。


「今考えていたことはなんだ?」
「事件についてよ」
「嘘付け。よだれたれてんぞ」
「……心外ね。腹はすいていないわ」


 ここまで強情に否定するのだから、追及はやめよう。


「この騎士七名ってのは、敵一人にやられたのか?」
「ええ、そうみたいよ」
「なのに、一人だけ残っている、のか?」
「牢獄には入れているけれどね」


 おかしな話だ。
 七名を一人で殺してしまうような敵が、どうして一人だけを生かしたのだろうか。
 ……何かその一人に役目を与えている可能性がある。


「ふむ、まあそれは良いだろう。私たちが戦うわけでもないんだ」
「……面倒なことにならなければいいんだがな。で、トチニノンラってのは何だ?」
「最近少し問題になっているテロ集団の名前みたいね。はっきりした意味は分からないけど……」
「私も分からないな。特に古典の読み方とかとも関係していなかったはずだ」


 テロ集団が名前を名乗るのは、自分たちの存在を知ってもらいたいからだろう。
 他にも仲間が増えるかもしれないし、その名前を聞くだけで相手に怯えを与えることが出来る。
 おびえというのは戦闘の際に重要な攻撃手段と利用できる。一瞬の硬直によって戦いが決するなんて良くある話だ。
 俺の前世でさえそうなのだから、チャージした魔法ならば一瞬で使用できるこの世界だったら、より大事になるはずだ。
 ……トチニノンラか。聞いたらすぐに逃げられるようにしねぇと。
 ジェンシーは一枚目の写真を見ながら、ふむ、と声をあげる。


「この建物の場所は、貧民街か?」
「あら、そうなの?」
「なんだ、知らぬのか?」
「聞かされなかったのよ」


 たぶん、教えなかったのだろう。建物の老朽ぶりから、平民街である可能性も低い。ましてや、貴族街では絶対にない。となれば、これは貧民街だろう。興味を持って行かれたら困るのだろう。


「……この建物のこの部分の崩壊具合は前に見覚えがあるのだ」
「へえ、どこでだ?」
「貧民街の……1-5地区だったかな」
「ああ、と……まあだいたいの場所はわかるな。でもなんでそんなところに行ったんだよ?」
「少し用事があってな。まあ、その時は父についていったから、比較的安全に行動できたが、今は好んで行きたくはないな」


 頭の中に地図を浮かべて、一応理解できたが、それほど重要な情報ではない。


「場所が分かったなら、行ってみた方が早いんじゃない?」
「危険なのだ。あそこは犯罪者や、悪党がゴロゴロおるからな」
「そうだぜ。第一、まだ敵が近くにいるかもしれねぇだろ? もしも敵がおまえのことを知っていたら、狙われるぜ?」
「あら、心配してくれるのね、ありがとう」
「ジーニの心配など無駄なものだからせずとも良いぞ」


 ジーニのはにかみ顔が気に食わないようだ。
 別にいいじゃねぇか、そのくらい。
 情報提供として、ジェンシーが一からメモをしていく。
 敵の紅魔力土の管理している場所、敵が一名だけを生かして何かをさせようとしている可能性があること。
 その二つくらいしかはっきりしたことは分かっていないが、ジェンシーがそれっぽい考察を加えて、紙一枚にみっしりと書きあげてみせる。


「これで、ボランティア扱いになるのか?」
「……実際何もしていないようなものじゃねぇか、大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫よ。パパにサインをもらってくればいいのよね? 少し甘えた声を出せば問題ないわ」
「それは問題あるのだ! イカサマ行為をすれば、退学させられる!」
「冗談よ。普通に頑張った努力くらいは認めてくれるはずよ」


 ジーニは鞄を掴み、取り出したファイルに紙をしまう。


「この街、かなり危険な状況じゃねぇか?」
「そうだな。私も少し心配だが……そのときは、守ってくれるだろう?」


 ジェンシーの期待するような眼差しに、俺は頬をかいてしまう。
 あのとき助けたことがたぶん、かなり大きくなっている。
 ……本当に、早めの話したほうがいいのではないだろうか。
 だが、今のこの居心地のよい空間を失うと思うとどうにも話せない。


「それにしても、今日はなんだか頭を使ったわね」


 え?
 ジーニが背中のこりをほぐすように伸びをする。最初の説明くらいしか彼女はまともなことを言っていない。その説明だって、書かれているものを読み上げただけに過ぎないのだ。


「いやいや、俺たちしか考えてなくね?」
「これなら、今日は勉強する必要ないわね」


 ダメだこの子。
 ジーニは満足した様子で、教室を出て行く。
 残された俺とジェンシーは、ジーニがどうして成績が悪いのかの理由を知ってため息をついた。 
 ……俺はこのままでいいのだろうか。
 せっかく、ジェンシーとジーニは良い関係になりつつある。
 だが、ジェンシーには決定的な隠し事をしてしまっている。ジーニとジェンシーが今後も仲良くやるには、ここは避けて通れないだろう。
 ……ジーニにパートナーを解除してもらうのが一番いいのだろうけど、パートナーがいないといったときのジーニは少しだけ寂しそうに感じたのだ。
 あれを見てしまったから、どうにも強く言えない。あと、俺の精神的な弱さもあった。
 ジェンシーに捨てられても、ジーニとの関係があれば……なんていう腐った考えだ。
 早めに……話をしよう。
 とは思うのだが、どうにも切り出せないんだよなぁ……。

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