ニートの俺と落ちこぼれ勇者
第四話 入学
部屋で目を覚ました俺だが、いつもと調子が違うことに気づいた。
たぶんゲームをしていないからだ。ゲームが出来ないことが悲しくはあるが、俺は机に用意されていた新品の制服を見て、目を丸くした。
一日も経っていないのに用意されている。耳をすませば、階下でジイが朝食の用意をしているのが分かる。
……あの人寝ていないのか?
俺は両手を合わせて、ジイに感謝しながら制服に袖を通す。
何度見ても派手な制服だ。
普通の黒の制服に、青やら金やらの刺繍が入っているのだ。そして、最後に胸にバッジをつける。
色で学年が分けられているようだ。俺の中学もそうだったなぁ。
俺は一年生だから赤だ。バッジの中央には盾のようなマークがついている。
廊下に出ると、寝惚けた様子のジェンシーがあくびを手で隠していた。
凄い寝癖だ。髪が長いと寝癖を直すのも大変だろう。
階段を踏み外しそうになっていたため、ジェンシーを支えながら共に下りると、すでに朝食の用意が終わっていた。
「制服ありがとうな、ジイ」
「お礼なんて必要ありませんよ。ジェンシー様、顔を洗ってきてください」
「んぬぅー」
ジェンシーはふらふら揺れながら、洗面所に向かう。
俺は席につき、ジェンシーを待つ。やがて、大きなあくびとともにやってきたジェンシーは、一瞬俺の顔を見て驚いた。
「そうか、今日から私にもパートナーがいるのだな」
少し嬉しそうだ。
俺なんかで務まるのかねぇ……って他人事じゃないよな。
彼女は俺に力があると思って雇ってくれたのだ。
俺はここを追い出されれば生活が出来なくなる。出来る限り頑張らなければならないだろう。
朝食をさっさと食べ終えたジェンシーは、もう学校に行くのが楽しみで仕方ないと俺の腕を引っ張ってくる。
「ほら、早く向かうぞ!」
「待て待てっ。まだ食ってるだろ」
ジェンシーは行列に並ぶ子どものように、ダダをこねている。
本当にこいつは俺と同年代なのか?
俺は苦笑しながらも、頼られて悪い気はしない。
休日に外へと連れ出される父親の気分を味わいながら、俺も素早く食事を終える。
「大丈夫ですか?」
「もうおなかいっぱいだよ」
「こちら、弁当になります」
二人分の弁当箱を渡され、俺が受け取る。
ジイが用意してくれた鞄を肩に担ぎ、俺は弁当箱をそこに入れる。
と、鞄の中に教科書があった。
「すでに今日の時間割にあわせております。また、コール様は高校に通ったことがないようでしたので、一年からの入学にすることもできました」
「わかった」
まさかニートしていた期間がこんなところで役に立つなんて。
俺はジェンシーにうつされたあくびを手で隠しながら、急かすジェンシーについていく。
玄関で靴を履いていると、ジイがそっと口を開いた。
「ここ最近は貴族街も物騒になっていますから、お気をつけて」
「昨日体験したのだ」
ぶすっとしたジェンシー。
「そうでしたね……やはり、これからは護衛の騎士をつけましょうか?」
「ふん……私にはもうパートナーがいるんだ。大丈夫だ」
俺にかかる負担は日常生活でもらしい。
だろ? とばかりにジェンシーから頼り切った目を向けられ、引きつった笑みを返しておく。
外に出ると、そのまま歩いていく。俺は少し首を捻った。
貴族たちは、車で通うことが多い。平民でも大抵の人は車を持っているから、意外である。
てっきり、ジェンシーも車だと思っていたのだが……。
「どうしたのだ?」
「いや……車とかかなぁ、と思ってさ」
「なんだ? ショックだったか?」
「歩くのは好きだから、別にな」
それに前世から乗り物に弱いからな、俺。
遊園地とかいっても、すぐに酔ってベンチで休むばかりだ。
「そういえば、学園ってどんな感じなんだ?」
「どんな感じとは?」
「やっぱり人とか多いのか?」
「うむ。勇者、パートナーを志望している人はどちらもかなりのものだ。まあ、パートナーのほうが多いから、余っている人も結構いるのだがな」
となると、ジェンシーのような人はかなり人気があったと思われる。
ジェンシーと学校について話をしていると、俺たちの横に車が止まった。
青い車から降りてきたのは、長髪を揺らした美少女だ。
調子よく髪をかきあげると、美少女は胸をそらせるようにして微笑んだ。
どこかで見たことあるなぁ……。どこだったかな……。
「ふふんっ、あらあら野良犬かと思ったら、ジェンシーじゃないの?」
「……誰だ?」
「馬鹿だ」
ジェンシーは一言で切り伏せた。
……関わらないほうが良さそうだ。
ジェンシーの面倒さな空気を感じ取り、俺は彼女を無視することにした。
女性はジェンシーの態度が気に食わないのか、ジェンシーの前を塞いだ。
「ジェンシー、馬鹿ということはないんじゃないの? 私のほうが成績は上よ?」
「そういうことを言ってはおらん」
俺は目立たないよう、ジェンシーの影になりながら、彼女の容姿を上から下までを見る。
少し生意気そうな顔たちだが、元々目は垂れ目気味でそれほど威圧感はない。
背丈はあるのだが、ジェンシーと変わらない胸のサイズであり、髪さえきれば男装とか似合いそうだ。
……前にもこの考えを持ったことがあるな。
「あっ!」
思い出した!
うっかり声を張り上げた俺は、女性――ジーニに睨まれてしまう。
やべ、目立たないようにしていたのに……最悪な奴と出会ってしまったからうっかり叫んじまったよ。
俺が彼女の名前を知っているのは、彼女が俺の元婚約者だったからだ。
俺が家を追い出されたすべての原因であるジーニ・コベルト。俺の家よりも少し有名なコベルト家の四女……だったかな?
あんまり女っぽくない容姿がやけに印象的だったな。
「あなた、そういえば……誰かしら?」
え……? 気づかれていない?
「えと……コールっす」
名前を覚えられたくない思いから、声は小さなものになった。
ジーニが顎に手を当てていると、ジェンシーが苛立ったように腰へ手をあてる。
「貴様、さっさと車に乗り込んだらどうだ? 運転手が迷惑しているだろう?」
「あら、金で雇われているのだからこのくらいどうでもいいじゃない」
「私が迷惑だ去れ!」
「まあ、いいわ。それじゃあね、落ちこぼれのジェンシー」
「黙れ絶壁!」
「あなたにいわれたくないわねっ」
二人は軽くにらみ合った後、ジーニが車に乗り込むことで対決が終わる。
発車したのを見届けて、俺はジェンシーに訊ねてみた。
「あいつの名前って……知っているか?」
「む? なぜそんなことを聞く」
あからさまに態度を悪くするジェンシー。
「いや、前にどこかで見たような気がしてさ」
「……前に助けた女性、とかか?」
「そんなことはなかった気がするが……」
人助けなど、そんなにしたことはない。別にできた人間じゃないし。
ジェンシーは何かを考え込んだあと、こくりと頷いた。
「あやつは、ジーニ・コベルトだ。そこそこ有名な貴族で、本人もかなりの実力を持っている」
「へぇ……」
こりゃあ、確定したな。
だが、ジーニが俺の顔を見てまったく何も感じなかったのはおかしい。
婚約者として顔を合わせたのは幼稚園の頃に一回だけだが、一応中学あたりに一度写真を交換している。
……いっても、あれから俺は変わったから無理はないのかもしれない。
今の俺は髪も長いし、目つきも悪いし、猫背だし、不健康そうな肌色だし……。うん、これで同一人物だと判断できたら逆に凄いな。
直接会ったことはそもそもないのだから、当然といえば当然か。
先ほど俺はちょっぴりショックを受けたのだ。貴族だとばれたくはなかったのだが、いざ、まったく何も感じられなかったことが悲しかった。
貴族とばれると、そのまま俺の自堕落な生活までもジェンシーに知られる可能性がある。
だから、出来ればジェンシーともっと信頼関係を築いてから、話をしたいのだ。
「どうしたのだ?」
「いや、俺って結構自意識過剰だったんだなって思ってさ……」
俺はジーニを一発で見破った。それだけ意識していたのかもしれない。
……ストーカーと思われてもおかしくないね。気持ち悪いぞ、俺。
「どういうことだ?」
なんといえばいいのやら……。
ここまで話してしまったのだから、適当な嘘をついて誤魔化すのは無理そうだ。
ここは、少し俺が恥ずかしい思いをすればそれで解決だろう。
「あの子がこっちを見たときに、もしかして、ほれている? なんて思っちまったんだよ」
「なんだと?」
不満げな声をジェンシーはあげる。とりあえず、これで誤魔化すことは出来ただろう。
ジーニが向かった車の方角によって、学園の位置も大体理解したし、俺はさっさと歩き出す。
「おい、待て! ジーニにほれるなど許さぬからな!」
「当たり前だっての」
一応こっちは振られているのだ。それに、今の俺は平民だ。
貴族と平民が結ばれるってのは、世間的にあまり面白い話ではない。そういうのは物語の世界だけで楽しむものだろう。
元々、恋愛なんて金と時間がかかりそうなことをするつもりなんてない。
ここで、ジェンシーに捨てられないように頑張らねばならないのだ。うつつを抜かしている暇はない。
……捨てられたときのことを考えて、戦いについても良く知らなきゃだしな。
学園に到着すると、車が何台も入っていく。さすが貴族の学園だ。
駐車場まであるようだ。この学園に通う生徒のほとんどは貴族であることが窺える。
「あ、もしかしておまえがコールか?」
スーツ姿の男が俺に声をかける。
教師だろうか、俺が戸惑っているとジェンシーが頭を下げる。
「クラハラ先生、おはようございます」
「うん、おはようさん。で、こいつおまえのパートナーでいいんだな?」
「はい、私のパートナーのコールです」
ジェンシーの強気な発言に、近くを通った生徒たちの目がこちらに向けられる。赤、青、緑と様々なバッジをつけたものたちが俺を見ている。
彼らの両目がぎらぎらと危なく光っている。ここが犯罪者育成学園かと疑ってしまうほどだ。
「入学手続きについてはもうほとんど終了しているからな」
「はやっ」
先生の言葉に思わず返事してしまう。
「……まあ、それだけ私の家の権力が強い、というわけだ」
ジェンシーはつまらなそうに言った。
教師は苦笑しながら、続きを口にする。
「クラスはジェンシーと同じ、一年三組だ。八時半までに一度職員室に来てくれればいいから、それまで校内でも案内したらどうだ?」
「そうだな……。コール、私が学園の案内をしようっ」
「それじゃあ、よろしく頼む。あと、先生もよろしくお願いします」
「ああ、問題だけは起こさないでくれよ? 俺のクラスはただでさえ面倒な奴が多いからな」
ジェンシーに見えないよう、さりげなく指差している。
はは、と俺は引きつった笑いを浮かべて、頷いた。問題を起こすなと言われても……回避できるものならいいんだけどな。
すでに、同じパートナー学科の人たちには目をつけられたように感じる。
担任は軽く目を細めて、片手をあげながら校舎へと入っていく。
くるり、とジェンシーは俺を見る。
「それではどこから案内してほしい?」
「そうだな……」
授業で使う場所などは、ジェンシーについて回れば覚えられるだろう。
「ジェンシーの好きな場所でいいな」
「私の好きな場所か? ならば、屋上だが……屋上はもっと雰囲気があるときに行きたいのだ」
「雰囲気?」
「そうだ。屋上からの景色は良いからな、そういった雰囲気が整っているほうが良いのだ!」
ジェンシーは強く言い放ち、自分の発言に納得するように何度も首を縦に振っている。
彼女の言い分を受け入れながら、俺は圧倒されそうな大きな学園を見上げる。
大きいのは貴族が関わっているからだろう。
それに、勇者育成学園なのだ。勇者は国内でもっとも大事な職業だから、その育成ともなれば力が入るのは当然か。
ジェンシーに体育館や保健室などのよく利用するだろう教室を紹介してもらっていると、ちょうど良い時間になる。
職員室につくと、ジェンシーは先に教室に行かされ、俺は一人職員室で待つ。
「それじゃあ行くか」
クラハラ先生の言葉に頷き、俺は鞄を肩にかけなおす。
と、一年三組にたどりつくと、
「あら、あなたはジェンシーのパートナーの……ゴール? だったわね」
訂正も面倒だ。
どうせこの後教室で自己紹介するのだから、いいか。
「なんでおまえ遅れてるの?」
車で来たのだから、俺たちよりも早くつくはずだ。
ジーニはふんと軽く鼻をならす。
「おまえとは言葉がなっていないわね」
「……あんたが敬語を強要するなら、別にいいけどさ」
「よくよく考えると面倒ね。どちらでもいいわ」
そういってジーニは教室へと入っていった。自由な奴だな。
ちょうど始まりを告げるチャイムがなり、俺も担任の声に呼ばれて中へ入る。
俺はいつも通りに気張らず、教室に入って簡単に挨拶をすませる。
「コールです、これからよろしくお願いします」
俺が軽く頭を下げると、好意的な拍手が送られる。
意外と受け入れられるものなんだな。
俺がのん気な笑みを浮かべていると、クラハラ先生が言い放つ。
「彼はジェンシーさんのパートナーですので、みなさん忘れないように」
途端、クラスメートの拍手がやみ、厳しい視線が向けられる。先ほどまでの受け入れムードはどこかへと消えた。
そこに残るのは、殺意に近い負の感情だ。一人の生徒が片手をあげて立ち上がった。
「と、いうことはかなり優秀な生徒ということですか?」
クラハラ先生は肩を竦めて、椅子に座った。
……勝手に話して俺にふるのか。
俺はポリポリと頭をかいて、ジェンシーを見る。
『正直に話せ』
とその目は語っているように感じた。
どうなっても知らねぇからな。
「俺は勇者についても、パートナーについても、世間が知っている認識程度しか知らねぇっす。ジェンシーに誘われて、それで引き受けただけだから、以前誰かのパートナーをやっていたわけでもねぇっす」
俺の言葉にクラスはシーンと静まりかえり、生徒は顔を見合わせている。
「……そうですか」
どこか疑うように視線を下げる。
数人の生徒は嘲笑を浮かべているが、いくらかの生徒は警戒を示している。
……よくはわからないが、楽観的な生徒と警戒している生徒の二つに分かれたようだ。
面倒なことにならなければいいのだが……。
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