ニートの俺と落ちこぼれ勇者

木嶋隆太

第五話 タケダイ先輩



 授業終了のチャイムが鳴り響き、ようやく俺は解放された。
 久しぶりの授業であるが、内容自体はついていけるものもそれなりにあった。計算問題などは、前世の知識でわかる部分もあったが、こちらの世界の言語の勉強は相変わらず難しい。
 この世界のものたちからすれば国語なのだろうけど、俺には外国語なんだよな……。
 歴史とかはもう本当に勘弁してほしい。
 それに、前世の世界の歴史をすぱっと忘れられるほど切り替えがうまいわけでもない。前世だって一生懸命に覚えたのだから、ときどき勘違いしてしまうのだ。
 俺は席につき呼吸に合わせるように、体を脱力させる。
 ……しかし、午後の方が大変だろう。俺はパートナー学科に所属しているため、ジェンシーとは受ける授業が違う。
 となれば、ここからが本当の正念場だろう。さてさて、何を言われるのやら。
 学園生徒の中には、俺へ嫉妬の目を向けてくるものもいる。それだけ、ジェンシーのパートナーという存在が価値あるものなのだ。
 貴族同士の争いに巻き込まないでほしい。俺は別にジェンシーのパートナーという立場を使って何かをするつもりはない。
 俺は教科書をしまい、今朝受け取った弁当箱を取り出す。
 ジイの料理は今までハズレがない。早く食事をしたいものだ。


「コール、食事に行くぞ!」
「ああ、わかってるって。飯はどこで食べるんだ?」
「屋上か、人の少ない場所……どちらが良い?」
「……人が少ない方がいいな」


 こそこそとジェンシーと話をすると、ジェンシーも満足げに頷く。
 ジェンシーと仲が良いところを見せると、クラスメートににらまれるんだよな。
 まあ、こういう嫉妬ってのは一定レベルなら楽しいものだ。俺に迷惑がかからない範囲なら許容できる。お願いだから、これ以上悪化しないでくれ。


「では、いこうか」


 ジェンシーと廊下へ出ると、俺たちに視線が集まる。ひそひそと口々に好きなことを言い合っている。耳は良いほうなので、聞こうとすればわかってしまう。聞きたい内容でもないので、俺は耳を閉ざす。
 現在校内にはいくつかの盛り上がる話があるが、その中でも上位に入るのが俺とジェンシーの関係だ。
 午前だけでも、ジェンシーのパートナーを狙っているものが多くいることがわかったため、俺はなるべく視界に映らないように存在を薄くしていく。
 ……とはいえ、いまさらな気がしないではない。
 ここまでジェンシーが目立つ存在だとは思っていなかった。そりゃあ、確かに目立つとは思っていたが、これほどまでとは考えていなかった。
 だが、考えてみれば当たり前なのかもしれない。ジェンシーのパートナーになれば、今後キャリアとして利用できる。
 自分は、ジェンシー・フェルマのパートナーになったことがありますといい、それを証明できるものがあれば、かなりの説得力を持つことになる。
 フェルマ家というのはそういうものだ。……結構やばいことしてるよな、俺。


「あまり、周りは見ないほうがいい」
「だな」


 こういうのは気にするほうが馬鹿だ。好奇の視線には慣れっこなので、俺はさっさと歩いていく。
 廊下にいた生徒はこちらを気にかけるが話しかけるものはいない。
 見られるだけならばいいや、と思ったところで、


「少しいいかい?」


 一人の男に道を塞がれる。
 銀の髪を目元にかけた男は、一目で好青年であることが窺えた。バッジの色は青で盾のマークが入っている……二年生、先輩か。
 俺はささっと近くの壁によって、無関係を装った。


「なんだ?」
「ジェンシー、久しぶりだね」


 爽やかなイケメンが片手を上げると、ジェンシーは困ったように頬をかいた。


「何度も断られておきながら、しつこい奴だな」
「頼まなければ、引き受ける話さえ出ないからね。ただ、僕はあなたには選ばれなかったようで」


 ちらと、男が俺を見た。あんまり関わりたくなかったので小さくなっていたのだが、仕方ない。


「えーと、誰っすか?」
「僕はタケダイ・デレッサだよ。よろしく」
「……俺はコールっす。よろしくお願いします」


 手を差し出されたときに、ふわりと花のような香りがした。香水だろうか。
 握手をすると力強く、握られた。
 それ以上に、彼の手の平の硬さや対面したプレッシャーから、彼がかなりの実力者であるのが伺える。……威圧されたようにも感じるのは気のせいじゃないな。


「僕も共に昼を食べてもいいかい?」
「俺は別に構わねぇっすよ」


 ちょうど聞きたいこともあったし。
 簡単に了承したことが気に食わなかったのか、ジェンシーは顔をそっぽに向けている。
 まあ、ジェンシーの目はどうみても断れ、と語っていた。
 とはいえ、だ。
 俺はライバルだろうと、今はパートナー学科の人間と話をしたかった。
 クラスメートはどこか俺から距離を開けていて、なかなか話せるチャンスがないんだよな。


「ジェンシーはどうだい?」
「……別に、コールが良いというのだから、否定する理由はない」


 ジェンシーはガルルと小さく俺へ唸る。嫌だったら直接断ってくれっての。
 苦笑いで俺は彼女をやり過ごし、二人についていく。
 二人は随分と仲よさそうに話をしている。時々ジェンシーを子ども扱いするような仕草を見せるが、それ以外はジェンシーも
普通に話をしている。
 ジェンシーはクラスでどこか浮いていたので、話せる友人がいてよかったと胸を撫で下ろした。
 俺のせいで仲間はずれにされているのではないかと、少しヒヤヒヤしていたのだ。


「とりあえず、この辺りで食べるとしようか」


 ジェンシー……場所を変えたな。
 中庭というカップルが多いエリアのベンチを陣取り、ジェンシーが座る。ここがジェンシーのお気に入りの場所ではないと、彼女の顔を見ていてわかった。


「ああと、俺はトイレに行ってきたいんだが……」


 授業の合間の休み時間は、ジェンシーが俺に色々と教えてくれたため、機会がなかった。
 楽しそうに話すジェンシーの姿を見て、水を差すような真似はしたくなかったのだ。


「ああ、だったらあそこのトイレが近いよ」


 ニコッと、人に好かれそうな笑みとともにタケダイ先輩は言った。
 ちょうど良い位置にあるんだな。俺はお礼を伝えて、トイレに向かう。
 タケダイとジェンシーを遠めで見ていると、やはり仲が良い。さっさとトイレをすませてしまおう。
 俺は素早く終わらせ、ベンチへと戻ってくる。
 二人の話に割って入ることはせず、娘を眺める父親のような気分でジェンシーを眺める。


「そういえば、二人はどこで出会ったんだい? この学園というわけではないんだよね?」
「昨日、強盗に襲われたところを助けてもらったのだ」


 ジェンシーは強気に言い放つが、別に自慢話に出来るようなものじゃない。
 俺だって……元々はジェンシーを傷つける側になりそうだった者だ。
 助けたのだって偶然……偶然が重なって、今の状況になっただけだ。
 だから、出来る限り迷惑をかけないようにしなければならない。


「ああ、最近物騒だしね。……それにしても、強盗に挑むなんて随分と勇気があるんだね。僕なんか足が竦んじゃうよ」
「何を言うか。タケダイは二年でトップの成績ではないか。おまけに、この前は犯罪者を捕らえたそうだな」
「はは、知っていてくれたんだね。ありがとう」
「うっ……」


 ジェンシーは頬を染めて困った様子でこちらを見た。
 俺は気にしないでいいからな。ジェンシーの楽しそうな姿を見れただけで満足だ。
 ジェンシーがあまりにもこちらを見ていたので、仕方なく俺も口を開いた。


「二人共仲いいな」
「……学園に入る前からそれなりに話す機会があったのだ」
「そうだね。よく課題の手伝いをやらされたよ」


 タケダイ先輩はからかうように舌を見せると、ジェンシーはかっと顔を赤くして恥ずかしがる。


「そんなことは言わなくていい! 私は、優等生だっ」
「実技の方は、ダメダメみたいだけどね」
「そうだが……」


 背伸びしたがる子どものようだ。
 俺はタケダイ先輩の言葉を軽く流しながら、弁当箱をかきこむ。
 この食事にありつけるだけで、俺は幸せだ。
 この幸せを少しでも長く享受するために、これからパートナーとして頑張らないとだ。まだ具体的に何をするのかもわかっていないけど。


「あっと……!」


 タケダイ先輩は水筒から水をこぼしてしまう。
 俺はすぐにポケットからハンカチを取り出す。


「大丈夫っすか?」


 わずかに顔にかかったようだ。タケダイ先輩は俺からハンカチをとり、顔を拭く。


「……あ、ごめん。いつも使用人が貸してくれるからつい」
「いや、別にいいっすよ」


 俺だってジイが入れてくれなかったら使っていないし。


「洗って返すよ」
「そんなの別にいいっすけど」


 俺が断ろうとしても、タケダイ先輩はそのあたり細かいようだ。
 ハンカチを綺麗にたたんで、彼はポケットにしまって柔らかく微笑む。
 と、ジェンシーがむずむずと体を動かしてから席を立った。


「私は少し席を離れる」
「どうしたんだ?」


 さすがにタケダイ先輩と二人というのは気まずい。
 俺が問いを放つと、ジェンシーは頬を朱に染める。
 熱でもあるのだろうか?


「コールくん、女性に対してあまり失礼な質問はしないように」
「あぁ? 先輩は分かるんですか?」


 ジェンシーは威圧するように地面を踏みつけて、足早に去っていった。
 よくは分からないが、まずい料理でもあったのかもしれない。
 嫌いな食べ物を口に入れて、こっそりトイレにいって吐き出すのは俺も小学校のころ良くやっていた。
 同時に、パンとかも隠して昼休みに食べていたな。
 懐かしさにちょっぴりセンチメンタルになりながら、俺は弁当箱に手を伸ばす。
 ……野菜が多く、健康的な弁当箱だ。俺がよく吐き出していた食べ物は緑色全般の野菜だ。
 狙ったかのように野菜がしきつめられていて、俺は眉間に皺を寄せながら消費していく。


「ジェンシーもいなくなったし、僕はキミに本命の話をしようかな」


 タケダイ先輩はタブレットに入ったお菓子を一つ取り出して、口に運ぶ。


「本命の話……すか? 告白とかしないでくださいよ」
「ふざけないでほしいね」


 タケダイ先輩は目つきを鋭くし、膝に肘をのせて手を組む。


「僕はね……ある目的があって、ジェンシーのパートナーになりたいんだ」
「ある目的?」
「ジェンシーの家は有名な貴族だ。だいたいの理由は察せられるだろう?」
「……ええ、まあ」


 これまで何度も考えてきたことだ。
 成り上がるため、などというのが分かりやすいだろう。
 具体的にどんな目的かは知らないが、タケダイ先輩は裏があって近づいているのだと知った。


「だけど、それってジェンシーが悲しむことっすか……?」


 だったら黙ってはいられない。
 ジェンシーが悲しんでいるのは、俺がパートナーとか関係なしに嫌だ。
 だって女の子が泣いている姿って見ていて楽しくないし。


「……とにかく、まず僕はキミを蹴落したいと思っているよ」


 本当にやるのなら、正面から言わなければいいのに。
 相手が警戒していれば、奇襲は仕掛けにくいだろう。タケダイ先輩がある意味で真っ直ぐな人間であるのかもしれないが、逆のパターンもある。
 相手が警戒し、集中力がきれたところを狙う。どちらにせよ、この世界の人間相手に俺が何かを出来るとは思えない。
 魔法とかなんだよ、それ。チートすぎるよ。
 というわけで、俺はいつも通りの平常心で持って彼の宣言に深くふれることはしないでおいた。聞いたら怖くて夜眠れないかもだ。


「へえ……温厚そうな人だと思ってたっすけど……結構野蛮なんすね」
「敬語はいらないよ。それとも、僕よりも下だという自覚があるなら、今のままでもいいけどね」


 タケダイ先輩は強きな目つきで見据えてくる。
 気迫の鋭さから、彼が本気でジェンシーのパートナーになりたいのだと感じた。
 だが、俺だってあそこを追い出されたらまずい。
 生活出来なくなるしな。ダンジョンの下層程度ならば、一人で魔物狩りも出来るが、それではとても生活できるほどでもないし。


「俺も……負けるつもりはねぇっすよ」


 せめて、一丁前に睨みつけるだけはしてみた。あまり人を睨んだことはないので、たぶんそれほどの威圧はないだろう。


「そうか……」


 とはいえ、ここでいきなり戦いを挑まれたり、何かの約束をさせられたりしたら面倒だ。
 俺は片手を向けて、制止をかける。


「だけど、無駄に戦うつもりもねぇっすよ?」
「……どういうことだい?」


 実力行使とか絶対に嫌だ。怖いし、痛いし。そういうのは前世で飽き飽きだ。


「俺たちは一応学園というくくりでみれば、仲間ですよね?」
「まあ、そうなるね」
「その仲間同士で、奇襲したり、戦い挑んだりって……馬鹿じゃねぇっすか?」
「……なるほどね」


 こうしておけば、戦いを挑んできたりしないよね? まじ痛いのとか勘弁だからな……。
 やがてタケダイ先輩は笑みを作り、顔をあげる。先ほどとは打って変わった落ち着き払ったものだ。
 役者とかになればいいのに。


「ジェンシー、早かったね」
「それより、何を二人は話していたのだ?」
「ジェンシーを思う気持ちについて、かな?」


 全然違うのだが。
 隠しておきたいのだろう。俺だって、ジェンシーに余計な心配をかけさせたくはない。何も言わずに放置でいいや。


「なっ!? なにを言っておる!」


 慌てた様子のジェンシーが俺とタケダイ先輩を交互に見ている。
 ……まあ、ジェンシーは賢い奴だし冗談だと気づくだろうな。俺は弁当を食べることに専念させてもらう。
 そろそろ昼休みも終わっちまう。

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