魔法転生 転生したら魔法だった
第十話 生きた証
相手は格上の敵だった。それにも関わらず俺はよく戦ったほうだろう。
これが学校の訓練とかならば、偉く褒められることになっていたはずだ。
なんとか逃げ延びた俺は、確かに勝者であるのかもしれない。
鎧女が放った魔法さえなければ……だ。
さっきの戦闘から二時間ほどが経過した今、俺を処分するために専門の冒険者たちが集まっている。
俺はじっと木の葉に紛れるように身を隠し、自分の体を確かめる。
……経験値を削った攻撃のせいでファイアボールが消えた。
魔力総量も下がり、普段の移動速度さえも低下してしまった。
どうすっかね。周りには冒険者たちが多くいて、逃げるのは難しい。
「……このあたりの調査はしましたか?」
「いえ、これから行います」
『まずっ……!』
冒険者たちが魔石を取り出して、魔力を込めていく。
アレは探知の効果があるのか一定の範囲内の魔法を探し出す効果があるらしい。
一般的に以前助けた女性や、鎧女のような特別な人間しか弱い魔法を見つけることはできない。
だが、この探知に引っかかった野良魔法はその姿をさらしてしまうのだ。
俺が急いで探知魔法の範囲から逃れると、逃げた先にまた冒険者がやってくる。
数に物言わせて調査してんなよっ。俺に構ってる暇があったら、もっとなんかやることねぇのか!
なんて、心中で怒鳴り散らしながら別の方角へと逃げていく。
「第三階層にはいないんですかね?」
「分からないな。隊長は逃げられないように二階層へ繋がる道は塞いだが、魔力が足りなくて四階層へは塞いでいないんだ」
「でも、野良魔法の実力は……あっても十階層程度なんですよね?」
「そうだな。……口を動かすより、魔力を込めろ」
男の冒険者が再び魔力をこめる。魔力をこめる関係上、男女のペアが多いな。
俺はとっさに身を捻って、探知魔法の波動から逃れる。
「うん……?」
「どうした?」
「いえ、たぶん気のせい、ですね。次に行きましょうか」
あ、あぶね……。
一瞬探知に引っかかったのかと思ったが大丈夫だったようだ。
それにしても、冒険者多いな。思うように動けずイライラがつのる。
どうやら賞金首のような扱いを受けているため、賞金目当てで一般の冒険者も俺を狙っているようだ。
こんなに注目されたことなんて今までの人生で一度もねぇぞ。
つーか、どこにも逃げられねぇ。
強行突破するほど強い魔法があるわけでもないし、ランクアップを狙える状況でもない。
一体どうすればいいのか。木の枝を椅子にして作戦を練る。
今の俺は魔法さえ使わなければ、一般の冒険者に見つかることはない。
探知魔法から逃げ続けていれば、いつか終わりは来るのだろうか……? いや、たぶん討伐するまでこの包囲網はなくならない。
それどころか強固なものになっていくだろう。
かくれんぼをいつまでも続けるわけにはいかない。
かくれんぼは好きだったんだけどなぁ……友達いなくて滅多にやれることはなかったけど。
たまに混ぜてもらっても忘れ去られるし。それでも鬼ごっことなると、俺ばっかり狙われるから、かくれんぼのほうが好きなんだよな。
周囲を警戒していると、四方から同時に探知魔法が放たれたのを感じる。
回避しきれない!
それでもどうにか回避しようと体を捻ったが……失敗だ。
「いたぞっ! こっちだ!」
「うぉぉぉ! 金だぁぁ!!」
なんて現金な奴!
慌てて人のいないほうへと逃げる。探知魔法による効果はどれだけ持ってしまうんだ? 早く消えてくれ!
逃げた先にも冒険者がいる。どこにいっても逃げ切るのは難しい。
冒険者はすぐさま片手を俺へと向ける。
「シールド!」
誰かが俺の道を塞ぐように魔法を放つ。その魔法が構築し終えるよりも先に、俺は速度重視のエネルギーショットで潜り抜ける。
「あぁ! お金が逃げたわよ!」
「こっちのほうにいったぞ! 探知魔法はどうした!?」
俺はなんとか木に隠れて彼らをやり過ごす。
『……くそっ』
どうやって逃げればいいんだよ。
今ので敵たちは第三階層に絞ってさらに人員を増やしてくる。
今から階段に向かっても恐らく封じられてしまっているし……逃げる場所がない。
第一、三階層に俺がいることがばれれば、相手の実力者たちが出てくるだろう。
……例えば、この前の鎧女。
あいつが仲間をつれてやってきたら、もう死ぬしかない。
近くの木から第四階層へ繋がる階段を見やる。そこには二人の冒険者が道を塞いでいる。
だが、そこの結界魔法はそれほど強固ではない。今の俺が全力を出せば突破できるかもしれない。
本当に生きたいのなら、あそこを抜けるしかない。
三階層から二階層への道は、未だ鎧女の結界魔法があって突破が難しい。
結界を破る魔法を使うよりかは、術者である二人の冒険者を殺すほうが簡単だろう。
……殺す、か。
別に他人を殺してまで生きたいほど、生に執着はいない。
俺が生きようと思ったのは主に二つの目標があったからだ。
美少女を水で丸呑みにして、エッチな悪戯をすること。
もう一つは、美少女と契約をすることだ。
前者は達成したし、後者を達成するためには他人を殺して生き残るという手段はダメだろう。
罪を犯した魔法と思われたら、俺はもう誰とも契約なんて掴み取れない。
……うん、ここで終わりにするかな。
俺は三階層に現れた強大な魔力を感知し、そちらへと向かう。
命に絶対という約束はない。今あるこの人生は、俺にしてみればボーナスステージみたいなものだ。
できれば人間としてこの世界に転移して楽しみたかったが、今思えば即刻死んでいたよな。魔法でよかったぜ。
楽観的に考えても……ああ、死は怖いな。けど、どうせ死ぬのなら、今ある全力を誰かに見せたい。
それが、かっこいい死に様だと俺は思う。
「……まさか、そちらから来るなんて意外」
俺が向かったのは、俺が最強と考えている鎧女のもとだ。
驚いたように鎧女は声を出す。今日も変わらず全身を覆う鎧姿である。
どうせ戦うのならトロールが良かったのだが……現状が許してはくれない。
「隊長! どうしますか!?」
「野良魔法は私との一騎打ちをしたいみたい。だから、みんなは見ていて」
「し、しかし……もしも取り逃したら」
「私が信用できない?」
その言葉に、脇にいた女性は首をぶんぶん振る。
鎧女が剣を抜き、俺に片手を向ける。
「隊長! 気をつけてくださいね!」
「そんな野良魔法すぐに処分してください!」
周りにはいつの間にか、鎧女の部下と思われる者たちが集まっている。
完全にアウェーだな……。
野球でホームやアウェーがあるけど、そんなに大差ないだろと思っていたが……これだけ応援に差があると気が萎えるな。
一応この戦場は俺にとって慣れた場所ではあるが、それは鎧女にとっても同じだ。
俺の長所である姿が見えないというのも意味なし。
さて、どうやって攻めるかな。
「先はあなたに譲る」
こんな挑発を受けると、俺の中の小さな意地が顔を覗かせる。
アクアボールを構え、体を小さくして最速の一撃を放つ。
「速いっ!」
冒険者から驚嘆の声があがる。……恐らく、俺のように魔法を自由に操れるものがこの中にはいないのだろう。
鎧女を心配する声が増える。だが、鎧女は兜の奥の双眸を細め、的確に剣を構える。
俺は衝突の寸前で、体を上にねじる。鎧女の顎を捉えるような動きであったが、顔をずらして回避される。
「はぁ……っ!」
鎧女が剣を振り下ろす。慌てて回避するが、体を僅かに掠める。
ああ、それだけで魔力のいくらかが削がれる。倦怠感を振り払うように、エネルギーショットで後方へ下がる。
鎧女は大地を蹴り、一気に距離をつめてくる。現在使える魔法はない。
横薙ぎの一撃を回るように回避するが、それはフェイントだった。
二撃目の振り下ろしをモロにくらい、地面に叩きつけられる。文句を考える余裕がないほどの痛みが、全身を襲う。
これで死ねればラクなのに……剣から魔力を吸われていくだけだ。再使用可能になったアクアボールを地面へと打ち込む。
「面白いっ」
鎧女が感情のこもった叫びをあげる。俺は地面から女性の足を狙うように撃ちあがる。
……初めて試したが、地面に潜っている間は呼吸ができないのな。
この体で人間のような特徴はいらなかったな。
一度二人の間に沈黙の時間が訪れる。鎧女は右手を俺へと構える。
何を企んでいる――? 鎧女は先ほどまでの攻撃態勢から一転。その場で立ち止まり、ゆっくりと声を出す。
「アイン――」
「た、隊長!? ここでそんな大魔法唱えるつもりですか!?」
「野良魔法は私に全力を見せた。だったら、私も全力を見せる」
「そんな張り合わなくても! ていうか、私たちまで巻き込まれますよ!」
「私の最高の魔法を見せる。けれど、威力は抑える」
「それでも魔力がびんびんにもれ出ていて近くにいるだけで魔力酔いしちゃいますよ!」
「大丈夫。迷宮は血生臭い。今さらゲロで臭っても気にしない」
「ゲロを吐きたくないんです! 汚いじゃないですか!」
「洗えばいい」
「服じゃなくて乙女として吐きたくないんです!」
しかし、鎧女は魔法の集中に入ってしまい、女性の声など無視する。
女性は呆れ気味にため息をつき、すぐに冒険者たちに避難を命じる。言われなくても異常を察してすでに半分近くが逃げている。
大魔法……ふざけんなよっ!
以前対戦した魔法でさえ、俺はギリギリだったのだ。こんな鎧女の集中があるような魔法、耐えられるはずがないっ。
「アインソフアウル……っ!」
小さな光の球がいくつも出現する。称するなら、ライトボールとかだろうな。
だが……その一つが持つ魔力は近くにいるだけで弾かれそうなほどだった。
「お、おえぇぇ……!」
魔力にあてられた女性がさっそく吐いた。それにつられるように冒険者たちが顔色悪くしゃがむ。
人間でなくてよかった。俺も無様に嘔吐していただろう。
『……どうすりゃいいんだよ』
今の俺に、対処できる魔法なんてない。
俺は死なない程度に経験値を削り、アクアボールを作り上げる。
……やれるとしたら合体してそのまま逃げることだ。
構成されていく入り組んだ鎧女の魔法を分析していく。
複雑すぎるが、俺はこういうのは好きなほうだ。絡まっている紐を解くのが趣味だった時代もある。
俺は必死に解読し、放たれた光の球にアクアボールをあわせる。
迫り、身体が接触する。
途端、視界がぐるりと回ったような気がした。マジかよ……。
その片鱗に触れただけで……脳内が揺さぶられるような錯覚。
数秒でさえ、合体できないほどの差。一瞬で俺の体は光の球の的となる。
俺の体を無残に光の球が貫いていく。光の球は地面さえも破壊していく。
……迷宮の構造は分からないが、これって結構まずい自体だよな。
他人事気味に俺は何度も叩きつけられる。
やがて、魔法が消滅した。
……生きて、いたのか。
恐らく消滅する寸前に魔法を解除したのだろう。鎧女も膝をつき、疲労の具合が酷いのを察した。
自身の魔力を調べてみるが、アクアボールさえないようだ。
……これで初めに元通りか。
下手に魔力を残して死ぬなんて後悔してしまいそうだ。俺はRPGですべてのアイテムを使い切って攻略するタイプだ。宵越しの経験値は持たないんだ。
俺は天井を見上げ、魔石の明かりを見る。
もう一度太陽の昇る空を見てみたかったな。
これからあの世か。こんな珍しい体験をしたのだから、あの世での話のネタに困らないな。
もし意識があったのなら、同じ死人たちに話してやろう。
オーバータイムはここで終了だ。
「楽しかった」
鎧女は優しい声とともに剣を持ち上げる。
ああ、俺も楽しかったよ。
全力で何かをするのって……清々しい気分になるんだな。
もっと早くに知っていれば、何かもっと違う生き方をしていたのかもしれない。
鎧女は俺の体を貫けるように両手で剣を持つ。
その切っ先をしばらく眺める。真っ黒な剣がこれから体に刺さるのか。
……あんまり痛いのは好きじゃないんだが。出来れば鎧女に踏まれて死にたいな。そっちのほうが俺は好きだ。
「じゃあね」
鎧女の短い声を聞き、目を閉じた。
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