魔法転生 転生したら魔法だった

木嶋隆太

第九話 異変

 俺は第二階層でしばらく悩み続ける。
 どうするかな。一点特化……水魔法のエキスパートになるのもいいし、万遍なく獲得するのもいいな。
 ……この迷宮だけを見るなら、ボール系魔法でもどうにかなりそうなんだよな。
 俺がもしも魔法と契約をする場合、一点特化とバランスよく使えるのどちらが良いだろうか。
 オンラインゲームならば、迷わず一点特化だ。ゲームにもよるが、中途半端な能力値では強敵との戦いは厳しい。器用貧乏は避けたい。
 だが、もしも俺が術者としてならば……弱い魔法でも再使用時間の短い魔法がいくつもあるというのはそれだけで価値があるはずだ。


 ……だが、俺の場合は火力を合体魔法に頼ってる部分もあるんだよな。
 契約した場合、合体魔法などの操作もすべて契約者がやるのならば……火力不足の感は否めない。さらに、もしもこれが俺の最後のランクアップであったらと考えると……ファイアボール、アクアボールしか使えないのならば契約者は見つからない。
 むむぅ……どっちのほうがいいんだろう。


 ……そろそろ、将来を見据えてみるか。
 俺はどんな相手に契約してもらいたい? もちろん、若くてぴちぴちな女の子だ。
 若いってことは、大抵の場合冒険者としてはそこまでの実力者はいないだろう。となれば、合体魔法は使えないだろう。
 しかしだ。弱いのならば、強い迷宮に潜ることもないだろう。
 ならば、ボール系の魔法でもいくつかの属性を使えるほうがいいのではないだろうか。


 うん、そうだな。ここでファイアボールを獲得しておけば俺も狩りを行いやすい。
 一応アクアボールを取得して、女の子を水攻めに出来る可能性は見出せたのだ。まだランクアップできると楽観的に考えて俺はファイアボールを取得する。
 ファイアボールを覚えた俺は早速使用してみたくなり、魔物を探す。
 見つけたウルフへファイアボールを叩き込むと、一撃で沈んだ。弱点ということもあり、あっさりだったな。
 この圧倒的な力の差。これならば階層を上にあげても問題ないだろう。


 まだ冒険者に視認されることもない。よく考えてみれば、この迷宮で今もっとも危険な存在って俺じゃないか?
 俺ほどまで魔法が強くなれば、一、二階層の冒険者ならば不意打ちで殺せてしまう。
 処分の対象になるのも頷ける。


 俺は調子よく三階層で狩りを始める。今日は珍しくあまり魔物と遭遇しない。狩りがしたいときに限ってこれなのだから酷いものだ。


 ダブルゴリラでも狩れたかもしれねぇなぁ……。
 なんて俺は鼻歌交じりに第三階層を歩いていると、全身を銀色の鎧で隠した冒険者を見つける。
 フルフェイスで前が見えているのか心配してしまうほどだ。実際歩行速度も遅いが、鎧のサイズがあっていないのではないか?
 鎧を着ているというか、鎧に着られているといったほうがいいかもしれない。


 おまけに一人だ。あの状況じゃあ魔物に囲まれたらひとたまりもないだろう。
 と、冒険者を注視していると、不意に何かに気づいたように俺の方へ視線を投げてきた。
 どうしたのだろうか。俺もそちらに合わせて振り返ってみるが何もない。
 ……魔物ってわけじゃないのか。
 俺が顔を前に戻すと、鎧が眼前に迫っていた。


『いっ……!』


 短く悲鳴をあげ、潰されないように横へずれる。
 鎧の冒険者は舌打ちまじりに腰から剣を抜く。


「……やっぱり、野良魔法」


 思わず聞きほれてしまいそうな可愛い声。


『まさか、あんた見えるのか!?』


 しかし、俺の声に反応する様子はない。
 声は聞こえていない、のか……?
 女性の様子をうかがうが、意図的に無視しているようには感じない。
 だったら、どうしようもねぇじゃねぇか!


 そして、俺は女性が呟いた言葉の意味を考える。
 やっぱりって……もしかして噂になっていたのか? それともこの前助けた女性がちくったのか? どちらにせよ、ここで戦うのは避けたい。
 戦闘姿勢になったからか、鎧女からにじみ出る魔力が濃くなっていく。
 これは……ビッグウッドなんて目じゃない。抑えたくても勝手に身体が震える。
 戦ってはいけない。勝ち目なんてない。


 あんたみたいな強い奴が……こんな低い層にいるんじゃねぇよ!
 魔物になかなか遭遇しなかったのは、こいつがいるからじゃねぇのか? 誰だって化け物が歩いている迷宮を徘徊したいなんて思わない。
 魔物たちの野生の勘を羨ましく思いながら俺は距離を開けていく。


「はぁっ!」


 気合の乗った剣が振るわれる。無我夢中でそれらを回避していくが、素早い剣が体を掠めていく。
 そのたびに魔力がなくなっていくような気がした。……あの剣に触れるのは危険だな。
 全身が緊張する。対人戦などこれが初めてだ。
 俺を認識し、積極的に襲い掛かってくる。人間と魔物でこうも威圧感が違うのか。


『頼む……話を聞いてくれ!』


 戦いは避けたい。勝てるわけがないし、たとえ勝てたとしても俺は殺生はしたくない。だって女性を殺すなんてもったいない。
 俺の声はまったく届かず、女性は黒のグローブで覆われた片手をこちらに向ける。


「アイスロック!」


 放たれた氷のつぶてが俺の体へと迫る。チャンスだ。俺はその魔法を分析し、エネルギーショットを放つ。
 真っ直ぐに迎え撃つ俺に、女性は少し気分を良くしたのか笑った気がした。あいつ戦闘狂か!


 俺の体に氷のつぶてが当たり、痛みに目眩がする。しかし、俺は体の向きを変えてアイスロックに混ざる。
 魔法は速い。一気に女性の逆方向へと逃げる。


「……なに?」


 女性は驚きながらもさらに別の言葉を口にする。


「エリアシールド!」


 シールド? 防御系魔法と予想してそちらを見るが、鎧女の周りに魔法はない。
 ……いや、俺は不意に前方に現れた魔力の波に気づき、慌ててアイスロックから分離する。
 分離は簡単だ。真っ直ぐに進んだアイスロックが、魔力の壁にぶつかり霧散する。


 あ、あぶねぇ。防御魔法はいまだ俺の逃走方向を塞いでいる。
 アイスロックの無残な消滅を見る限り、強行突破は避けるべきだろう。
 こうなったら別の道から逃げるしか――。
 右を見るが、そちらにもシールドが伸びていく。左も……同様だ。ご丁寧に頭上もだ。
 残されたのは……鎧女がいる場所。
 くいくいと鎧女が片手を挑発するように動かす。私を突破しろってか。


『は……はは……』


 渇いた笑いがもれる。
 あの馬鹿みたいな強敵を……どうやって倒すんだよ。
 鎧女には一切の隙がない。じわりじわりと俺へ迫り、それが死へのカウントダウンのようだった。
 このまま、無残に殺されるのを待つつもりはない。けれど、作戦が何も思いつかない。


 どうする……どうすれば俺は生き残れる。
 所持している魔法は三つだが、これらで防御は破壊できない。
 鎧女を押し切れる、わけがない。
 逃げるだけならば可能かもしれない。俺はよしと、三つの魔法をいつでも放てるように用意する。
 泣き言はやめよう。後悔はあの世でしよう。
 そして、来世を願おう。
 俺は後ろ向きな勇気とともに、第一の攻撃を放つ。


『……エネルギーショット!』


 放たれた矢のように加速し、俺は女性の脇へと抜ける。


「……無駄」


 落胆の色の多い声。俺から逃亡の意志を感じたからか、俺の先を鎧女が塞ぐ。 
 正面突破は無理だ。それでも、彼女の攻撃を見切り回避することに力を入れる。
 鎧女の横薙ぎに身を屈める。回し蹴りを見切り上へと逃げる。


「遅い」


 宣告とともに拳を襲いかかる。一瞬であの世が見えそうな一撃を受け、意識がなくなりかける。もしもここで死んだらどうなるのだろうか。再び魔法として復活できる、よな?
 俺が意識を手放そうとした瞬間、むんずと体がつかまれる。
 この人魔法を鷲掴みしやがったよ。


「あなたはそれなりに知能のある魔法のようだから、説明してあげる」
『そりゃあ、ありがたいことで……』


 女の子に握りしめられるなんて、状況さえ違えば羨ましいんだがな。
 死と隣り合わせの現状で喜べるほど俺は煩悩の塊ではない。


「魔法はただ倒しても魔力がゼロになるまでは復活してしまう。このグローブは、それを防ぐ効果がある」
『……はぁ、なるほどね』
「そして……この剣があなたの魔力を吸い取っていく。……ふふ」


 言って女性は剣を俺の体へと近づけていく。兜の奥に見えた目が嗜虐の色を秘めているように見えた。


「悲鳴が聞こえないのが残念でしかたない。これから死ぬあなたは今どんな気持ち?」
『さいっこうに怖いです。見逃してくださいっ』


 いいながら俺は魔法をチャージしていく。
 俺の魔力がもれ出ているのを感じたのか、鎧女はさらにきつく俺の体を締め上げていく。
 ……なんだか、段々気持ちよくなってきたかもしれない。俺はこんな状況でも興奮する変態のようだった。


「無駄な抵抗はしないほうがいい。うっかり握りつぶすかもしれない」
『だったら、離してくれ……っての!』


 俺が用意した魔法はアクアボールだ。
 だが、これだけではどうしようもないだろう。だから俺はさらに魔法の威力を高めるために経験値を犠牲にする。
 どうせ死ぬのなら、派手に行こうではないか。
 膨れ上がる魔力に、女性はさらに握力をこめていく。俺は魔力を膜のように使い、簡易的な防御壁を作る。それでもどんどん体は苦しくなっていく。
 一瞬の防御にしかならなくてもいい。俺はその間に魔法の構成を終わらせ、


『アクアボール!』


 放たれたアクアボールに射出速度などの概念はない。ただその場で膨れ上がるだけの代物だ。威力や速度を削り、サイズと操作性だけを重視したのだ。
 俺の体は鎧女の手から肩へと飲み込んでいく。


「……なにっ!」


 不快感を得たのか、鎧女が逃げ出そうと腕を引くが、俺はそれよりも早く彼女を中に取り込んでいく。


「くっ……!」


 俺の目論見を予想したのか、鎧女は大きく息を吸い込む。それが終わったのを見計らい俺は彼女の全身を水に飲み込んだ。
 彼女は器用に口の周りをシールドで防いでいる。それによって呼吸も確保しているようだ。


 ……まあ溺死を狙ったわけではない。
 俺の真の狙いは……。
 俺はアクアボールをぶるぶると震わせる。それはもうマッサージチェアで彼女の全身を揉み解すように。


「……!!」


 羞恥の声をあげているのが分かる。淡白だった声に色がついたように思えた。
 柔らかな女性の感触が伝わってくる。最高だ!
 はっはっはっ! もうこの夢を果たせただけでも魔法転生した意味があるというものだ。
 俺は悪乗りするように、どんどん彼女の鎧に水魔法を浸入させていく。女性は必死に防御魔法を張るが、俺の攻撃が予想外であったからか上手い対処は出来ていない。


 とはいえ、いつまでも遊んでいるわけにはいかない。
 女性が体を恥ずかしそうに体を震わせている。今ならばすぐに力も入らないだろう。
 俺は即座にエネルギーショットへ体を変化する。鎧女は解放され、体をぺたりと地面につける。
 立ち上がろうとしているが、先ほどの攻撃の影響で上手く動けないようだ。
 俺はさっとエネルギーショットを逃亡のために放つ。
 鎧女も負けじと片手を俺へ向けるが、彼女の魔法に捉えられるほど間抜けではない。


「はぁはぁ……エリアバリア!」


 鎧女の雄たけびのようなものが聞こえた。進行方向は塞がれていないし不発だったのか?
 さてさて、どこに逃げるかね。迷宮内では限られてしまうし……危険を承知で外に出るか?
 外に出れば、より多くの人がいて誰かに視認される危険も高まる。
 とはいえ、迷宮内では俺の移動できる範囲も決まっているしな……。うん、外に行こう。
 俺は上へ行く階段前まで到着して、魔力の壁があることに気づく。


『ま、まさか……』


 最後に鎧女が放った魔法は、俺への攻撃でも自身を守るためのものでもない。
 ……俺を逃がさないために発動した、のか?

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