魔法転生 転生したら魔法だった

木嶋隆太

第三話 人間になりたい



 超痛い。
 もしも涙が出るのならば、ここで一日くらいは喚いていただろう。


『馬鹿、死ね、アホ! 無駄に赤くしてんなボケェ!』


 すでに新しい獲物を探しにいったと思われる赤いウルフに向けて、罵詈雑言をぶつけていると、少しは気も晴れてくる。着々と魔法としての存在が薄れていた俺だが、これで方針が決まった。


 くしくも、レッドウルフのおかげで今後の方針に気づけた。
 俺は他人が弱らせた魔物を横取りして経験値を稼げばいい。両者が争っている間をかっさらう。漁夫の利……死からもしっかりと学ぶのだ俺は。


 横取りする上でいくつかの問題もあるんだよな。俺は近くの木を隠れ家に、思考する。
 まだ魔力が少ないため俺の姿が視認されていないが、成長してくれば優秀ではない魔法使いでも見えてしまう可能性が出てくる。
 それが一体どこからなのか……。結構すぐに見えるようになってしまえば、俺は野良魔法としてたちまちに処分されるだろう。


 ランクをあげるのならば、一気にが望ましい。ちまちまやるのは嫌いだ。メタル系のスライムとかいないのかな。


 とにかく、経験値をがっぽり取るために調べておかなければならないことがある。
 俺はぷかぷかと移動し、魔物と戦っている冒険者を探す。
 現在の俺の移動速度では、魔物に見つかれば逃げることは難しい。


 慎重に低空飛行で木々を利用していくと、やがて戦闘中の二組を発見する。
 ウルフが三体、冒険者三人のパーティーだ。この世界の冒険者はみんな可愛いな。美少女しか冒険者になれないとかそういう法律があるのか? だとしたら俺にとってはラッキーだ。


 俺はじっくりと両者を見る。出来れば、弱ったウルフを狩りたい。人間を狩るなんてそんな人の道から外れたことはしたくない。体は魔法だけど、心は人間なのだ。


 HPゲージとか見えればラクでいいが、そんなのねぇよな。ウルフが弱るのを見逃さないように集中する。


「ファイアロード!」


 冒険者の火魔法が足場を伸びていく。二体のウルフをとらえ焼き殺す。
 残っていたウルフは戦闘の不利を悟り逃走する。しかし、足に深手を負っているようで、動きは緩慢だ。冒険者も無理に追いかけることはせず、その場で武器を下ろしている。


 チャンスだ。俺は即座に魔法の用意をして、ウルフの横側から発動する。こちらにはまったく気づいていない。逃げるのに必死なのだろう。


『エネルギーショット!』


 俺からしてみればタックルな魔法で、ウルフの横腹を殴りつける。
 虫の息だったのだろう。ウルフは僅かに体を傾け、そのまま倒れる。迷宮内の魔物は死亡すると迷宮に還り、再び復活するときを待つのだ。
 素材がいくつか転がり、それを見ていた冒険者たちがやってくる。


「今一瞬光らなかったか?」


 げ、見られたのか?
 心配になった俺は慌てて近くの木に隠れる。


「え、全然見えなかったよ?」
「そうか? 確かに近くに誰もいねぇし、横取りはねぇよな」
「そうそう、ウルフがこけたんだよきっと。とにかく素材ゲットー」


 冒険者たちは、ウルフが落とした素材を回収する。
 そういえば、この子たちも以前みた冒険者と同じ服装だ。
 冒険者ってなんなのだろう。国が力を入れて育成している人々なのだろうか。それとも、誰でも試験を受ければ簡単になれるようなものなのだろうか……。いまいち分からないが、俺には関係ないか。 


 情報を集めたくても、街に出れば大衆の目についてしまう。その中の一人くらい、俺を視認できる奴がいてもおかしくないため、迷宮から出るのはある程度成長してからだ。
冒険者たちの背中を見送っていた俺はどくりと一際強く脈打つのを感じる。


 身体が熱い。だが、その熱は不快さではなく高揚感をくれた。
 熱が引くと、力が沸きあがる。
 ウルフを倒した経験値が今入ったって感じかな?
 一回倒しただけで強くなったのだが、それだけウルフが強いのか……俺がクソ弱かったのか。
 まだランクアップは出来ないが、やっとそれなりにマシなレベルに到達したのだろう。
 とにかく、今後も同じような手段で経験値を溜めるしかないだろう。


 俺が調べたかったのは、俺の弱さではない。俺の成長は目に見えないが、魔物を倒して経験値を溜めるというやり方で間違いはないだろう。
 この経験値についてが知りたかったのだ。経験値の分配はどうなっているのか……俺の成長具合から、たぶん討伐した人に多くの経験値が入るのだと思う。
 ゲームによってはダメージを多く与えた人が一番もらえるなどもあるが、この世界は俺にとって住みやすいな。


 さらにしばらく迷宮内を動き、何体かのウルフの横取りを行っていく。調査結果を裏付けるための行動だが……やはり、討伐者に経験値が入るようだ。
 最初の一体以降は爆発的な成長は感じない。移動速度が少しあがったかな、程度だ。


 調査を終えたことで俺は一つ下の階層へと降りる。目標は五階層だ。
 一つ降りても景色は変わらない。しかし、体に伝わる魔力濃度は明らかに強くなっている。
 この迷宮の五階層には、ボス部屋があるという話を冒険者から入手したのだ。そのボスを横取りできれば、俺は一気に成長できるはずだ。
 ウルフをちびちび狩るのなんてだるくて仕方ない。どうせ最後の一撃をぶつけるだけなのなら、強力な敵を狩ったほうがいい。


 二階層に降りると、そこそこ良さそうな装備に身を包んだパーティーを発見する。全員女だが、彼女たちの背後をついていく。
 三、四……と彼女たちは速やかにおりていく。途中、魔物に襲われるがほこりでも払うかのように倒してしまう。
 俺も隙を見て横取りをしようとするが……うん、ない。
 五階層に到着する。ボス部屋へ移動するための魔法陣前で冒険者たちは立ち止まった。


「これからボスに挑むが、みな休憩をとるようにっ!」


 リーダーと思しき人間が叫び、一同はそこで用意していた水筒に口をつける。
 俺もついてきただけだが、彼女らの隣で休憩する。
 ……胸とか膝の上に乗りたいけど、俺に重量ってあるのかな?
 もしもあったら、存在がばれてしまう。
 俺を見えていないというのがどのような原理なのかはっきりしない以上、そのような行為はやめたほうがいいか。残念だ。


 間近で見るだけに留め、ボス部屋へと入っていく。
 移動は魔法陣に乗るだけだ。一瞬光が上がり、次に目を開ければボス部屋だ。
 ボス部屋はさきほどいた場所と同じ景色だが、狭い。木々こそあるが隠れながら戦う、何てのは無理だろう。
 その中央に粒子のようなものが集まっていき一つの形を作る。


「ボォォォ!」


 緑の毛むくじゃらの魔物は自己主張するように吠えた。
 対面しただけで分かる、俺には勝てない相手だ。やっちゃってください冒険者さんたち!


「トロールの動きは遅いから、とにかく回避を中心に! 後方部隊は火魔法の用意をっ! 魔力がつきたらすぐに言ってくれ!」
「私の再使用時間は、一分ですっ」
「私は三十秒です!」
「なら、タイミングよく前衛と入れ替わってくれ。合図は私が出そう!」


 どうやら、このパーティーは日頃から組んでいるというわけではないようだ。
 トロールは右手に持った棍棒を前衛二人へと叩きつける。二人は器用に避け、それぞれ獲物を構える。挑発するようにちょこまかと動くと、トロールの意識は前衛二人に向けられ、後方の魔法部隊を放置して攻撃をしかける。
 トロールやられたな。


 トロールに魔法が放たれるが、火魔法だ。トロールはそれをくらって大げさによろめく。
 冒険者たちからの情報では、この迷宮は全体的に火属性に弱い魔物が多いらしい。トロールもそうなのだろう。


 そんなことを考えていると、冒険者たちはどんどん魔法を当てていく。
 トロールは見かけのわりに体力は少ないのか、動きが分かりやすいほどに鈍っていく。
 ……そんなに火がダメなのだろうか。まあ、火熱いし怖いもんな。


 昔近所で火事があったときは俺泣いちまったもん。火は遊びでも使ったらダメだ。
 やがて、トロールは後退していき、いよいよ一方的になる。
 こうしてはいられない。横取りのために、トロールの背後に回る。


『エネルギーショット!』


 俺の体がトロールへと弾かれる。完全に死角。俺の一撃はトロールの背中に辺り、情けなく吹き飛ばされる。なんつー頑丈さだよっ。
 トラックにひかれたときのことを思い出しながら、俺は近くの木にぶつかって止まる。
 俺が体を起こしたとき、すでにトロールは消滅していた。


「やった!」
「よし、素材の回収を行うぞ」
「リーダーももっと笑ってくださいよー、ほら笑顔ー」
「む、頬を引っ張るな!」


 きゃっきゃうふふ。仲良さそう。
 冒険者たちの喜びの声を聞きながら、俺は短く息をもらす。
 本当にトロール狩れんのか?


 やはり、一気にレベルアップは難しいのだろうか。
 もう少し、雑魚狩りをしてから挑むべきだったかもしれないが、ここまで来たからには一度くらい倒したい。


 無限に近い時間があるのだから、何度も挑戦してトロールを狩れればいいだろう。時間がたくさんあるからこそ、雑魚をコツコツ狩るってのもあるんだけどな。
 だが、一階層の敵でも普通に死ぬからな、俺。
 倒して、殺されてを繰り返していてはなかなか成長できない。
 強敵に一度殺されようが、雑魚に一度殺されるのと同格なのだから、一発狙ってみたほうがいいはずだ。あんまりにも死ぬようだった、もう今世は諦めよう。たいした執着もない。


 また別の冒険者が来るのを待つ。
 ボス部屋の魔物は冒険者の登場に合わせ出現する。この時間は、異世界転生してから初めての一人の時間だ。
 しかし、楽しむこともなく、ボス部屋中央に粒子が集まっていく。結構頻繁的に来るんだな。
 トロールが出現し、冒険者も同じようにやってくる。珍しく男のまざったパーティーである。


「こいつは俺が注意を引く、三人は後方から援護してくれ! 魔力がなくなったら、俺が供給する!」


 供給……?
 そういえば、男は魔力だけを所持していたはずだ。三人の女性は頬を染めて笑顔を浮かべる。なんだその意味深な態度は。
 とにかく、迷宮で男を見るというのは珍しいことだ。トドメをさすタイミングを狙いながらも、俺は彼らの動きに集中する。
 男は良い動きでトロールをひきつけ、女性たちが次々に火魔法をぶつけていく。
 身体能力で明らかな欠点がない。……いや、女性と同格だよな? なら、ますます男がいる理由がわからない。足手まといでしかないんじゃないか?


「わたくしの魔力がつきましたわ!」
「そうか! 誰か、前衛変わってくれ!」


 そういって、男と女性の一人が場所を交代する。別の女性たちは少し不満そうだ。
 男と女性姿を眺めていると、男は先ほど叫んだ女と突然キスした。
 うぉ!? 突然発情しちゃったの? トロールがそんな攻撃でもしかけてきたの?


 リア充に嫉妬していた俺は、不意に女性の体から魔力が湧き上がるのを感じる。 それですべてを察して、男をパーティーに入れる利点を学ぶ。
 恐らくは、男性の体から魔力が流れ込んでいるのだろう。
 魔力の供給か……。キスされた女性は嬉しそうに、他の女性たちはつまらなそうに顔を歪めている。
 あのハーレムを形成している男は死ねばいいのに。


 魔法を放つまでにかかる時間は、魔力がたまる時間である。
 魔法は自動で勝手にたまるが、女性の力がないと解放することはできない。俺はたぶん例外なのだろう。


 人と魔法によってこの時間は大きく違う。
 俺はだいたい十秒程度の待機時間で発動できるが、場合によっては一時間使えないということもある。スキルの再使用時間みたいなものだな。


 魔力の供給により、この時間をなくしているのだろう。男がまったく使えないというわけではないのか。


 男として生まれたかったよ! 魔力持ってたらキスし放題ってことだろ!?
 ただしイケメンに限る、と言われそうな気もするんだがな。男性がパーティーに混じっていたのはこれが初めてだし。
 女性が再び魔法を放ち、俺は遅れてエネルギーショットを撃つ。しかし、思考にふけていたせいで完全に出遅れて冒険者の魔法で倒れてしまう。
 結局トロールの横取りはいまだ出来ていない。

コメント

コメントを書く

「その他」の人気作品

書籍化作品