義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第五十八話 追跡





「……なんじゃ再戦してくれるのかえ!?」
「違う! わからないのか!? なんかこう……まがまがしい魔力って奴ないのか!?」
「フォールレイドにかえ? うーむ……むむむ……!? なんじゃ、確かに嫌なのがあるようじゃな。おまえらはわかるか!?」


 ミカーヌフェの安否でも確認しにきたのだろう
 数名の魔兵がこちらにやってきていたが、魔兵たちはびくりと肩をあげて「わかりません」と首をふる。
 腕の立つものでなければ、感知はできないのだろう。


「それにこれは、城のほうじゃな……。ヤユ様が危険じゃ!」


 慌てて立ち上がったミカーヌフェの発言に冬樹は目を見開いた。


「ヤユだって!?」
「……なんじゃ貴様。そうじゃ、いったん戦争は中止じゃ!」


 走り出した彼女は、双子魔石が置かれている場所へと向かう。
 リコとレイドがそこには立っている。
 レイドの様子がどこかおかしい以外は特に注目すべき点はない。
 彼女らの近くで、ようやくミカーヌフェの肩を捕まえる。


「お、おい待てよ! ヤユってどういうことだよ!」
「魔王様のことじゃ! すぐにいかんと、心配なんじゃよ!」
「ヤユってもしかしたら、俺が探している娘かもしれないんだよ!」


 叫ぶと、ミカーヌフェとレイドが顔を見合わせる。


「……オッサンとかいうのがヤユの父なのではないのか?」
「あいつっ! それはヤユが俺のことをそう呼ぶだけだってのっ! ヤユの父親で、異世界から来た男だ!」
「……異世界、確かに見たこともない装備、納得はできるんじゃ。よし、フユキ、ついてこい! わしが用意しておいた飛竜がおるんじゃ! そいつに乗れば、すぐに戻れるんじゃよ!」
「あ、ああ……とりあえず、この場をどうやって治めるんだよ?」
「ああ、もう戦争なんかどうでもいいんじゃよ。もともと、ヤユ様の父親を探すためにやっていただけじゃしなっ! 人間たちにあの国は返してやるんじゃよ」


 ミカーヌフェが叫び、冬樹も近くにいたリコに伝える。


「リコ! 俺はミカーヌフェについていく!」
「……だ、大丈夫なのか!?」
「こいつを信じるしか今は方法がない!」


 冬樹が地図をみると、ヤユが移動していくのがわかる。
 急がなければ、時間がおしい。
 急いでミカーヌフェと向かおうとしたところで、レイドがやってくる。


「お待ちくださいミカーヌフェ様……っ!」
「なんじゃ! そうじゃ、おまえもついてくるんじゃよ!」


 レイドは苦しそうな表情を作り、深く頭を下げる。


「すみません……すべて私がやったことです」
「なんじゃと?」


 ミカーヌフェは厳しい目を作り、冬樹は泣きだしてしまったレイドに気づき、間に入る。


「落ちつけ、落ちつけ。こういうときはまず深呼吸しろって」
「そういうフユキよ。貴様が一番焦っておるじゃろう? 視線があっちこっちいっているんじゃぞ?」


 指摘されて冬樹は呼吸する。
 ああ確かに、今気がついた。
 心臓は全力疾走でもしたかのようにバクバクと音をあげている。
 このまま倒れてもおかしくはないかもしれない。
 しかし、その焦りは背後から聞こえた嗚咽によっておさまる。


「……私が……私がミカーヌフェ様を、ヤユ様を裏切りました……っ」
「……なんじゃ? 何か、理由があるのならば、今すぐ言うんじゃ。なければ、ここで貴様を殺す必要もあるじゃろう」


 ミカーヌフェは自慢の神器を抜き、頭上に構える。
 やりすぎだ、とも思ったが、ミカーヌフェの両目には迷いがある。
 決して、安易な決断ではないだろう。
 レイドはその剣を受けるつもりなのか、目を閉じてゆっくりと口を開いた。


「……家族を、人質にとられました」
「……家族? ああ、あの二人か」


 ミカーヌフェもわかったようで、神器を構えたままこちらに目を向けてくる。


「……ヤユ様の父じゃったな。処分は貴様に任せよう」


 その剣を振りぬいてくれ、などというつもりはなかった。


「もう、いいから、泣くな泣くな。まだヤユが完全に連れ去られたわけじゃないんだ。おまえの家族も助けて、魔本を
持っている奴をぶっ飛ばせば万事解決なんだろ? 軽い軽い!」


 沈んだ空気を吹っ飛ばすように笑ってやると、ミカーヌフェは神器をしまいながら肩を組んでくる。


「はっはっはっ! そうじゃなそうじゃな! 全部でぶちのめしてやればいいんじゃよ。神器の姫、ミカーヌフェにたてつくとはいい度胸なんじゃ! 可愛いからって、舐めたらいかんのじゃよ!」
「……ミカーヌフェ様……と――」
「水野だ」


 名乗ると、レイドは深く頭をさげる。
 ちょうど座っていたこともあり、土下座のような姿勢となる。
 この世界にも土下座に近い謝罪方法はあるのかもしれない。


「……私の家族のことは……今はいいです。あなたの娘様を助けてあげてくださいっ。彼女、こちらに来てからずっと泣いておられたのです……。きっとすぐに父親に会いたいと思います……。こんなこと、私が言うようなことでもないと思いますが……」
「……そうか? だったら、嬉しいもんだけど……」


 あの生意気な娘がそう思っているとは考えられなかった。
 とはいえ、彼女が泣いているのならば笑わせなければいけない。
 それが兄との約束だ。
 冬樹はミカーヌフェについていこうとし、後方からスピードスターに乗ってやってきたルナが視界に入る。
 リコが手に持っている魔石のようなものに声を出している。
 二つの魔石の通信を繋ぐ代物だ。


「……戦争は中止、と私は伝えたのだ」


 後の処理はルナに任せればいいだろう。
 スピードスターに乗ってきた彼女は、まだ遠くにいながら叫ぶ。


「ミズ……フユキさん! 勝手に帰らないでくださいね!? 帰るなら、一言言ってからにしてくださいね!」
「ああ、わかってるよ!」


 返事をして、ミカーヌフェとともに走っていく。
 ミカーヌフェたちの陣地に控えていた竜が、こちらに気づくと巨大な翼を広げた。
 ミカーヌフェは飛び乗りながら、頭を撫でる。
 冬樹も、竜の足を使ってどうにかミカーヌフェの後ろに座る。


「竜に乗ったことはあるのかえ?」
「一回だけだ。けど、そのときは竜の知能が高かったから、乗り方なんてまるで知らないよ」
「ならば、わしに捕まるんじゃ。ほれ、早くせい」


 ミカーヌフェが両腕をあげる。どうせならば、もう少し肌を隠して欲しいものだ。
 戦闘があったせいもあるが、ミカーヌフェは腹を大胆に出した格好だ。
 後で腹を壊しても知らないぞ、という気持ちとともに抱きつく。
 ひんやりとした感触が腕に伝わる。


 ミカーヌフェが一瞬変な声をあげたのは、聞かなかったことにする。
 手綱をつかんだミカーヌフェが、竜の背中をける。
 竜はすぐに翼を動かし、大空へと飛んだ。


「俺がヤユの居場所はわかる! あっちのほうだ!」
「わかったのじゃ! ほれ!」


 竜を器用に操り、指差した方向へととんでいく。
 フォールレイドの街が真下に見える。市民たちからすればいい注目の的であろう。
 やがて街をすぎたところで、冬樹は魔力領域を広げる。


 その探知に、ヤユが引っかかる。
 探知機と併用すれば、ヤユであることは確定だ。
 竜の高度をさげ、竜車が通るような道を飛んでいく。


「どこじゃ!?」
「あっち……あれだ!」


 ようやく見つけたボロイ竜車の窓枠にヤユの姿を見つける。
 窓というか、壊れたドアというほどのサイズだ。
 逃げようとすれば、簡単に逃げられるようなつくりである。
 竜がそちらへ飛んでいく。
 誘拐犯たちが気づいたのか、竜車から顔をだす。


『……嫌な魔力よ!』
『……そうかっ』


 冬樹は震刃に魔力をまとわせ、振動させた魔力を振るう。
 彼ら全員を巻き込むように振るい、ハイムの確認を聞きながら一気に距離をつめる。


「ヤユ!」
「……お、おっさん!?」


 冬樹は飛竜に乗ったまま、荷竜車から顔を出したヤユの腕に手を伸ばす。
 ヤユが伸ばしたその手を掴み、それからヤユはしまったといった顔を作る。
 冬樹は彼女の体を出来る限り優しく掴みあげて、そのままその体を抱きしめる。


「よかった、本当によかった! 怪我はどこにもないよな?!」
「お、おっさん……臭いっ!」
「うるせぇよ! 凄い心配したんだからね……? こんなときくらい抱きしめさせてくれよ……」
「おっさん……竜から転げ落ちてる」
「え? うぉ!?」


 ミカーヌフェから手を離してしまっていたのだ。
 竜に座っていられないのも無理はない。
 浮遊感にすかさずパワードスーツを展開しようとするが、ミカーヌフェが竜を操る。
 竜が大きな手を使い、冬樹の体を優しく受け止めてくれる。


 グォォと注意するように竜が鳴き、冬樹が頭をかく。
 そのままミカーヌフェは逃げようとしている竜車の前に竜を止める。
 竜車が止まり、中から魔族が四名現れる。
 どいつもこいつも目つきが悪い。


 ミカーヌフェが神器を抜き、魔族たちに向ける。
 冬樹はヤユの体を地面に下ろし、パワードスーツをまとう。


「あ、相手が神器持ちだからなんだ!? こっちには契約があるんだよ!」
「あ、兄貴! 契約が切れてるよ!」
「な、なにー!? まあ、いい! あっちの人間二人を人質にしてしまえ!」
「だそうだ、フユキ。わしは二人をやるから、あの生意気な二人は任せたんじゃぞ」
「怪我すんなよ?」
「誰に言っておるんじゃ?」


 ミカーヌフェが水で敵を包み、冬樹も水銃で彼らを撃ちぬき、その体を地面に押し倒す。
 数秒で戦いが終わり、ミカーヌフェが剣を首に向ける。


「貴様らの契約者とやらはどこにおるんじゃ? さっさと吐かないと、青紫の肌が赤くなるんじゃよ」
「し、しらねぇよ! 俺たちは次の街で、別のやつに引き渡す予定なんだよ!」
「なんじゃと?」


 ミカーヌフェが苛立ったように剣を傾ける。
 冬樹が待ったをかけようとしたところで、目を閉じていたヤユが口を開く。


「……ミカーヌフェ、そいつらは、知らない」
「……ヤユ様、どういうことじゃ?」
「私は、相手の魔力から記憶が見れる、けど。そいつらは、ただの盗賊。敵の正体……かどうかはわからないけど、レイドの両親がいる場所なら、わかる」
「レイドの記憶を見た、ということじゃな?」
「うん」


 ヤユはそういってからこちらに顔を向ける。


「……おっさん、ごめんなさい。巻き込んじゃって」
「巻き込む? 何がだ」
「……あたしのせいで、異世界に連れてきちゃった。……また、あたしのせいで、あたしのせいでこんな危険な目にあって……。あたしのせいで、レイドの家族は命を狙われて……敵のボスに脅されて……ごめんなさい。本当にごめんなさい」


 ヤユはずっと苦しんでいたのだろう。
 冬樹の兄が命を失ったのは、ヤユを守ったからだ。
 父として慕っていた兄を失ったヤユは、もしかしたら冬樹以上に悲しんでいたのかもしれない。


「大丈夫だ。今から全部解決すればいいんだよ」
「……え?」
「レイドの家族っていうのを助けて、その後ヤユの能力で地球に戻ればいいんだ。そうしたら、全部元通りだ。だろ?」
「……」


 ヤユは沈黙のあとに、ゆっくりと頷く。
 冬樹はそんな彼女の頭を撫でながら、ミカーヌフェに視線を向ける。


「ミカーヌフェ、レイドの敵はわからないか?」
「うーむ、レイドの家族となると……もっと離れた場所になるんじゃが……」
「……あたし、わかるかも」
「……え? どういうことだ?」
「ちょっと待って、レイドの記憶を見てみる」
「……お、おう」


 ヤユは目を閉じて数秒、ぱちりと開く。


「……あった。銀髪の男……場所は、よくわからない古い……寺院、かな?」
「銀髪の男?」
『……アースドラゴンが、なんたら言っていたわね』
『あ、ああ……』


 ちょうどいい。数発殴らせてもらおう。


「寺院、か。この当たりに寺院はないから、さらに行った魔族の国のどこか、じゃろうな。むぅ……もしかしたら、計画が失敗しているのに気づいているかもしれぬし……。まずいんじゃぞ」
「……どうすっかね」


 ここが地球であれば、ヤユの情報に合致するものを片っ端から検索すればすぐに見つかるだろう。
 しかし、今はそれが出来ない。
 歯がゆさを感じながら真剣に思考をめぐらせる。


「……転移魔法、ならいけるかもしれない」
「……ヤユ? 魔法を、使えるのか?」
「あたしの転移魔法は、知っている場所しか移動できないの」
「なのに、異世界に来れたのか?」
「もともと、私の本当のお母さんの記憶から、私はこの異世界を知っていたからここに移動できたの」
「なるほどな……おまえのお母さんって……」


 少しデリケートな話であるために、冬樹は返事に窮する。


「……うん、魔族の……それも魔王だったみたい」
「そうか……転移魔法が使えるって、大丈夫なのか?」
「大丈夫」
「け、けどな……もしも失敗したり、ヤユの体に何か異常が出たら」
「おっさん! あたしは大丈夫だから、子ども扱いしないで!」


 ヤユが腰に手をあてて叫ぶ。
 冬樹は異世界に来てからの二週間を思いだしていた。


「……ヤユ」
「おっさん、あたし大丈夫だから。ううん……お義父さん。あたしも、お義父さんを信じる。だから、お義父さんも、あたしの力を信じ
てっ」


 今まで、ヤユはどこか自分に対して引け目のようなものを感じていたのは知っている。
 深く、関わろうとすればそれを拒絶していた。
 そんなヤユが、信じるといったのだ。
 冬樹は、迷いを捨てるように首を振って頷く。


「……ああ、そうだな。ヤユ、初めての一緒の仕事だな。成功させようぜ」


 冬樹はヤユの頭に手をおき、にっと笑ってやる。
 パシッと手を叩き落とし、ヤユは腕を組む。


「子ども扱いするな」
「いやいや、子どもだよ。だけど、子どもってのも凄いってのは知ってるからさ。失敗したら、俺がカバーする。だから、全力を見せてくれっ」
「……うんっ」


 ヤユの頭を一つ撫でると、ヤユは明るい笑顔を作り、そして白いゲートを作りだす。





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