義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第四十九話 帰還1



 冬樹は無事飛行船に飛び乗ると、ワッパに抱きつかれる。
 彼女の頭を撫でながらワッパを引き剥がすと、ミシェリーに抱きつかれる。
 こちらはさすがに力がありすぎだ。


 体力はまだあるが、これでもあの数を相手にしたのだ。
 まったく疲れていないわけではない。
 冬樹はミシェリーをどうにか離してから、下を見る。


 ロヂの街がすっかり小さい。
 アースドラゴンほどの高度はないが、それでも人々からすれば注目の的となるであろう。


「すげぇな! 本当に空飛んでいるじゃんか!」


 アースドラゴンの背中に乗ったときと同じか、それ以上の興奮があった。
 ワッパはどこか調子よさげに腰に手をあててから、顔を引きつらせた。


「ただ、この飛行船……まだまだ失敗策なのです」
「どこがだよ? 完璧じゃないか」
「それが――」


 ワッパが言いかけたところで、運転席があると思われる小さな部屋から悲鳴があがる。


「ワッパさんワッパさん! なんかメーターみたいなのが振り切ってるっすよ!? たぶん、これ魔力不足っすよね!?」
「こういう……ことです。飛行船……浮かばせるのに、凄い魔力が必要になるの……です。はっきりいって……途中で燃料不足になって……ダメ、です」
「お、おいおい……燃料不足になったら……?」
「そりゃあ……もちろん、墜落です」
「うぉいっ!?」
「う、海まで……いければ……船としても作ってあるのでどうにか航海でき……るはず……です?」
「疑問系じゃねぇかよっ。どうすんだよ!」
「そこで……フユキの出番です」


 突然の指名に首を捻っていると、ワッパに引っ張られる。
 ミシェリーが一生懸命盾で船を浮かばせるように扇いでいるが……はっきりいって無駄であろう。
 連れてこられたのは運転席だ。
 舵を握るクロースカは、頬を引きつらせながらどうにか、と言った様子で運転をしている。


「あ、師匠さすがっす! あの数相手に一方的だったみたいっすね!」
「嬉しいけど、今そんなこと言っている場合じゃないんだろ?」
「そ、そうっす! ワッパさんどうしろっていうっすか!」
「フユキ……周囲の魔力をここにかき集められますか?」


 ワッパが大きな魔石を指差す。
 どうやらそこに燃料を蓄えているようだ。


「……魔力を集めて入れるだけでいいのか?」
「はい……で、できますか?!」
「まあ、集めるだけなら、な」


 冬樹は魔力領域を広げる。
 普段はそれらを使って適当に拡散させたり、一箇所に固めたりしているだけだ。
 周囲の魔力をゆっくりと集めていく。
 冬樹は集まったそれらを無理やりに魔石へとぶつけていく。


「あ、ちょ、ちょっと回復したっすね!」
「これは、風魔法を、書き込んだ魔石……だから、魔力さえあれば……飛行船の底から風が生まれます!」
「わかってるよ……っ! ちっ、こいつかなりの暴れ馬だな!」
「馬といえば……ここ最近はあまりみませんね。竜のほうが成長も早いし、育てるのが簡単……ですからね。ただ、馬のあの力はかなりのもので、野生の馬が魔獣化すると問題……ということがあるそうです」
「……わ、わかったから、頭が混乱するようなことを言うな!」
「混乱……といえば……そういえば、人を洗脳する魔法は禁魔として使用が禁止されています……。本当に、レイドン国の王は……そんなことを……したのでしょうか? 禁魔に手を出せば、他国からの……標的にされてしまいます……そんな危険をすると思いますか……フユキ?」
「おまえ……わざとだろ!」


 叫ぶと、ワッパはぺろりと舌をだす。
 脳が焼ききれそうな痛みに襲われ、仕方なくチップの計算能力を使用する。
 冬樹の脳に小型のパソコンが入っているようなものだ。
 使用しすぎはよくないが、このくらいであれば問題はない。
 それにより、作業を分散することが出来たため、どうにか魔力を集めることが可能になった。


「……やはり……まだまだ……運用は厳しいです」
「やったっすね! ていうか、ワッパさん、いい加減運転変わってくださいっす!」
「すみません……っ。これからフユキに……抱きつくから無理です!」
「なぁー!」


 クロースカが苦しげに声をあげ、疲労で座り込んでいた冬樹の上にワッパが腰掛けてくる。
 楽しげにこちらを見上げるワッパの頭を軽く小突く。


「俺は自分の仕事をしっかりしない子は嫌いだぞ」
「き、嫌い……わ、わかりました。クロースカ……交代するです」
「あ、ありがとうっす師匠……」


 クロースカは疲れた様子で甲板のほうへ移動する。
 この船は試作段階であったため、甲板と操作室であるここ以外何もない。
 外で忙しそうにしていたミシェリーが操作室へとやってくる。
 鼻歌交じりに運転するワッパをちらとみていると、ミシェリーが冬樹の体を触ってきた。


「怪我……していない?」
「無傷だ」
「……あの数相手で? だーりん、私と戦ったとき……かなり加減した?」
「いや、そういうわけじゃない。相手の作戦が悪かったってのもある」


 あれだけ同時攻撃されれば、確かに対処は大変だった。
 あの忍者たちは数が少ないときの連携がうまかった。そのために、少しの乱れから簡単に崩れた。
 何人かに魔力領域で動きを阻害してやれば、後は勝手に崩壊していったのだ。
 生き残った相手を順々に攻撃していったのだから、脳の処理さえおいつけばいくらでも対処できる。


「……だーりん、無茶ばっかりはよくない」
「……あれはみんなを信用していたからだよ。あの場面では、下手に戦闘に人数を割いていたら脱出ができなかったかもしれないだろ? 俺一人じゃあ……どうにもできなかった」
「わかって、いるけど」


 ミシェリーが言いたいのは、一人で残って戦闘をするという危険についてだろう。
 わかっているからこそ、少し論点をずらさせてもらったのだ。
 あながち、間違いでもないからか、ミシェリーは答えにくそうにしていた。


「海に……おります。みなさん……気をつけてください」


 ワッパが声を反響させる。
 ゆっくりと飛行船がおりていく。
 やがて……衝撃が船を襲い、何度か身体が傾く。


 倒れそうになったところで、冬樹のほうへミシェリーが抱きついてくる。
 あからさまであったが、衝撃にふらつきそれどころではない。
 着水に成功したところで、ワッパがこちらを見てくる。


「フユキ……上手にできました……! ほめてくだ――」
「ミシェリー……どいてくれ」
「……」


 ミシェリーは気を失ったふりをして、冬樹を押し倒したままだ。
 どかそうとするとぎゅっとしがみついてくるのだ。
 隠す気などまるでないようだ。


「ふ、フユキ……っ。早くそいつを……どかして、ください」


 ワッパがあまり力のない体でミシェリーの体をける。
 しかし、ミシェリーはその程度の攻撃などなれた様子だった。
 こんな状況ではあるが、ふと冬樹はワッパの力について気になった。
 ミシェリーをどうにか押し返し、体を起こしながら質問する。


「そういえば、ワッパってオーガ族でもあるよな?」
「はい……オーガとドワーフ……あと少し、人間の血がまじって、います」
「にしては、力がないんだな」


 質問すると、ワッパは表情を暗くした。


「……うぅ……」


 ワッパは途端目元に涙を溜めて、甲板のほうへとかけて行ってしまった。
 空中よりかは被害は少ないかもしれないが、海の上だからといって誰も船を操作しないのはまずい。
 冬樹は知識でしかない船の運転方法を思い出しながら、仕方なく舵を握る。


 とはいえ、変な方向にいかない程度しか冬樹には操作できない。
 舵に両手をあわせながら、ざっと観察する。
 どうにも、魔法によって風を操り、進む方向を決められるようだが、そこまでの知識はない。


「ミシェリー、クロースカを呼んできてくれ!」
「わかった」


 ミシェリーは先ほど散々抱きついたせいかどこか元気な様子で甲板へと向かう。


『ハイム! 無知な俺にご教授してくれ!』
『……さっきのワッパの反応について?』
『ああ』
『……わかったわ。あんたのいる世界では、才能のある親から生まれたら子どもも才能を確実に持っているってことある?』
『……うーんどうだろうな。確かに、ある程度身長とかは伸びるかもしれないけど、確実に全部の才能が引き継がれるってことはないな』
『……それと同じよ。特にオーガやドワーフってハーフになると、覚醒するか弱体化するかのどっちかが多いわね。たぶん、ワッパのオーガの力はあの角くらいしか持っていないのでしょうね。……けど、ドワーフとしてはかなり優秀みたいね』
『……なるほどな』


 種族については無知な部分が多い。
 発言には気をつけたほうがよさそうだ。
 冬樹はルーウィン周辺だけ作ってある地図を使い、だいたいの方角をあわせて船の向きを修正しておく。
 やがてミシェリーがクロースカを連れてくる。


「悪いな任せて」
「飛行船なんて操ったことはなかったっすけど、船なら全然いいっすよ。さて……と」


 クロースカは慣れた様子でいくつかの装置を操る。
 すると、風を受けて一気に船が動きだす。
 さすがに慣れているようで、クロースカがてきぱきと操っていく。


 彼女に任せておいて大丈夫そうだ。
 ミシェリーとサンゾウに海の魔獣の警戒をしてもらいながら、ワッパのほうへ向かう。
 ワッパは操作室の裏に隠れるように座っていた。
 僅かに涙を浮かべている彼女の隣に腰掛けると、つーんとそっぽを向かれてしまう。


「ご、ごめん……俺あんまり種族とか知らなくてさ」
「……」
「ワッパがオーガとして気にしてたのも知らなかった。だから、ごめんな」
「……頭撫でて……ください」
「わかったわかった」


 ワッパの頭をかくようにがむしゃらに撫でると、ワッパはようやく涙を引っ込めた。


「……そういえば、死体を作っておく必要がありました。今からやっておきます」
「出来るのか?」
「難しくはない……です。もともと、いくつかの人間の死体の氷付けが船にあり……ます。それに……嘘の魔法無力化の能力を入れておけばいいのです」
「魔法無力化ねぇ……」
「魔法無力化……とは、簡単にいえば相手の魔力をごっそり奪う体の状態を作る、というものです」


 またワッパの解説が始まりそうだ。
 あまり長い話は聞きたくなかったが、冬樹はさっきのご機嫌とりもかねて興味があるような素振りをみせる。


「……ある魔獣の体には魔法を吸収する臓器があり……それを人間の体に移植することで……可能になります。ただし、まず普通の手段では……失敗します」
「まあ、そうだよな。人間の体に本来ないもんだもんな」
「いえ……ダメなのは、魔力なのです。魔獣と人間では……大きく魔力が異なります」
「はぁ……」
「だから……小さいうちから、その魔獣からとったダシといいますか……魔力液に子どもを浸しておきます。子どものうちは……環境に合わせて身体の魔力が変化していきます。そして、魔獣に近い魔力になった子どもに……いよいよ移植、です。まず、魔力液に入った時点で多くの子どもの自我が崩壊……します。無気力になったり……ずっと笑っていたり……感情のコントロールが難しく、なります」
「……そうなのか」


 そういえば、イチはどんなときでも笑っているような気がした。


「これに……耐えたとしても、移植で失敗することばかり……です。……それに耐えて、ようやく一人だけ、国では完成作ることができた、とか。まあ、私は……実験の方法について聞かれて、それに答えただけで……詳しいことは知りませんけど」
「……おまえなぁ。おまえの一言二言で結構、大事件になるんじゃないか?」
「そう……かもしれません。研究ばっかりで……そんなの、考えたことなかったです」


 ワッパはポカンとした様子だ。
 まだまだ、彼女は子どもなのだ。
 研究というおもちゃで遊んでいるだけで、それを利用しようと回りの大人があれこれと悪巧みの方法を尋ねているのだ。


 ……あまり、ワッパを一人にしてはいけない気がする。
 少なくとも、自分で善悪の判断がつくまでは。
 ワッパが立ち上がる。


「偽装は、どのくらいのもの……ですか?」
「……失敗作って言ってたな」
「わかり……ました。顔とかは、よくわからないのですが……」
「ああ、それなら写真があるから」


 冬樹は少し躊躇ったが、ワッパに写真を提示する。
 腕からホログラムのように笑ったイチが映し出されると、ワッパは食い入るように見た。


「また……女っ!」
「そういうのはミシェリーだけでいいっての! この子が、実験体にされて……今も国に狙われている子だ」
「わかり……ました。ならば……少し顔を変えて作ります」
「え、大丈夫なのか?」
「この子が……成長して、どのくらいになっているのかを……国の人間は予想している……はずです。けど、それは所詮予想……です。そこまで正確なのは……はっきりいってあの無能どもには無理……です」
「はっきり言うな」
「だから……多少偽物の顔を変えて、相手にそういう刷り込みを作ります。もし……またこの子が見つかったとしても……どこかで見たことがある……? くらいの反応で終わるように……です」
「なるほど……」


 偶然イチがレイドン国の誰かと遭遇してしまう場面はあるだろう。
 それでは、また命を狙われることになってしまう。
 イチに似せながらも、イチとは別の人間を敵の頭に作る、ということだろう。
 考えていた冬樹は段々と頭が痛くなってきた。


「それにしても……これは、なんですか?」


 ワッパが興味津々と言った様子で冬樹の腕を見てくる。
 写真などについて簡単に説明をすると、ワッパは意味としては理解してくれたようだ。


「これは……この世界の技術じゃないです……フユキはもしかして、伝説の異世界の人、ですか?」
「伝説?」
「まあ……古い古いもの……です。昔、一度人間の文明が滅んだときの……世界の話です」
「そうなのか?」
「はい……一度凄い文明があったそうですが、ほとんど崩壊したそうです。そのときに……少しだけ残っていた人間たちによって……いまこうして発展してきているの、です。……まあ、それを調べているときに……昔はいくつかの世界があった、という話を読んだことがあるの……です」
「……まあ、異世界から来たってのは当たりだよ」


 一度ワッパは目を見開いたが、すぐに合点がいったといった感じで頷く。


「そう……ですか。フユキの世界に……興味が出てきました」
「聞きたかったらいくらでも話すぞ?」
「本当……ですか!? わかりました……っ! 頑張って偽装……してきますっ」


 そういって、ワッパは足元の木を開き下へと降りていく。
 軽く覗き込むと……ワッパの実験道具ばかりであまり空間自体はなかった。
 顔を戻し、操縦室へと戻る。


『……異世界からきたって簡単に話すのね』
『なんだよ、ダメなのか? というか、あそこまで分析されたら隠すほうがおかしいだろ』
『……あたしとあのルナって子しか知らなかったでしょ? せっかくの秘密なのに』
『そのくらいいいだろうが。……機会があって、みんなが受け入れてくれるなら、他の奴らにだって話したいしな』


 ただ、話した後が少し心配というのもあった。



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