義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第四十五話 ロヂの街5



 時計をみると、時刻は二十二時と表示されていた。
 先ほどから魔力領域にひっかかる敵が少なくなっている。
 そして、ついさっき、最後の見張りと思われていた男が消えた。
 脱出するならば今しかない。
 ミシェリーたちに何て言い訳をしようか考えながら、冬樹は牢屋に近づく。
 結局、敵の首謀者が戻ってくることはない。
 ……また、無駄な時間を過ごしてしまったと冬樹は頭をかいた。


「ミズノさん? どうしたんですか?」
「……敵がいなくなったみたいなんだ。だから今すぐに脱出しようと思ってさ、『震刃』!」


 冬樹が震刃をとりだすと、忍者は驚いた様子で目を見ひらく。


「……ここ、アンチマジックがしかれているんですけど、それなんですか?」
「……いや、これはその……隠し持っていたんだよ!」
「は、はあ……って、そんな強い一撃をうとうとしないでください! 衝撃で崩れたらどうするんですか!」
「でも、こうするしか脱出の方法はないんじゃないのか?」
「……僕が今鍵を開けますから、ちょっと待っててください」


 そういって忍者は懐から二つの小さな針金のようなものを取り出す。
 そうして、鉄格子の歪んだ部分に近づき、どうにか忍者は腕をだす。
 鍵穴にそれをさしこみ、数秒後鍵が開錠された。


「おおっ、おまえすげぇな! 犯罪者みたいだ」
「そういう表現はやめてください! まあ、僕のちょっとした特技ですよ」


 ふふんと忍者はどこか調子よく笑う。
 暗い道をともに駆け、階段をのぼる。
 地下空間から久しぶりに外に出て、解放された感覚を味わう。
 安堵したからか、忍者と冬樹の腹がなり二人で顔を見合わせる。


「それにしても、あいつらどうしたんだろうな」
「まあ、なんでもいいですよっ。それより、ここがアジトだって知らせにいかないといけません!」
「とりあえず、街まで戻るか」


 忍者と顔を合わせ、二人走りだす。
 しばらくの移動の後、きれいな建物が並ぶとおりへと出てこれた。
 冬樹はひとつ伸びをする。
 冬樹はあまりよろしくないことを考えていた。


 このままあの反政府組織に何かをしでかしてもらいたいものだった。
 が、事件が起きる前に止められるのならばそちらのほうがいいだろう。
 怪我人が出るのは、冬樹からすれば嫌な感覚だ。
 忍者の証言を強めるという意味で、冬樹も彼についていく。
 もちろん、宿に戻ることも考えたが、さして時間もかからない。
 忍者の詰め所へと向かう途中、


「か、火事だ!」


 市民の声が響き、忍者と顔を見合わせてそちらへ向かう。
 近くまでいかなくとも、ひときわ明るいためにすぐにわかった。
 火だ。
 燃え盛るように空へと火柱があがり、家を焼いている。


「だ、誰か! 助けて!」


 建物の二階の窓では、母とその子ども二人が抱きしめあうようにしてバルコニーに立っている。
 火がどんどん家を焼いていく。


「忍者、助けるぞ!」
「え、あ、はい!」


 忍者は即座に力を体にまとう。
 一時的な身体強化の魔法。寿命を縮めながらも、その強化は一時超人となる。
 忍者が壁をける。冬樹は線銃を取り出し、ワイヤーをまだ無事な壁へと打ち込む。
 忍者がバルコニーに着地をして、そのまま親を抱える。


 冬樹もバルコニーについたところで、子ども二人を抱える。
 着地ならば、まあどうにかなるだろう。
 先に忍者が飛び降り、冬樹も足場に魔力を固めて着地する。
 無事が確保されると、市民たちの話し声が聞こえてくる。


「さっきも、向こうで火事が起こったらしいけど、どうなってんだよ?」
「また、あれじゃないのか? どうせ反政府組織の連中だよ。ったく、面倒なやつらだよな」


 そんな声を聞きながら、冬樹は子どもたちの頭を撫でて片手をあげる。


「ミズノさん、それじゃあ!」


 火消しにやってきた忍者と合流したために、冬樹はそこで別れた。
 さて、宿に向かうか、と思ったところで、


『……あんたには朗報かもね』
『どうしたんだ?』
『……一番嫌な魔力が、研究所のほうにあるわよ』
『本当か?』


 魔力領域を広げても、ハイムほど正確に測れるわけではない。
 彼女が嘘をつく利点はまるでないので、たぶんそうなのだろう。
 反政府組織が何を考えているのかまるでわからない。


 しかし、冬樹はどうにも良くないことが起こりそうな気配を感じ取っていた。
 幸い、ここからならば宿に向かうよりか研究所のほうが近い。


『ちょっと、様子を見に行ってみるか』
『……ま、あんたの好きでどうぞ』


 ハイムの投げやりな言葉を受け、冬樹は研究所へと向かった。


 ○


 研究所へと近づくと、冬樹はその異常さに気づいた。
 研究所入り口にいた忍者二人が、倒れているのだ。
 あわてて駆け寄り、その体を起こす。


「おい、あんた大丈夫か!?」
「……う、あんたはどこかで見たことがあるな。頼む、中に賊が入っていったんだ。誰かに、報告してくれ……」
「賊……? わかった、止めにいく!」
「ま、待て! 相手はかなりの強敵なんだ……く」


 忍者の言葉は聞かないでおいた。
 冬樹にとってはまたとないチャンスだ。忍者を無視するようにして、研究所へと入っていく。
 敷地を走り、建物へと入る。


 大きな建物内はどこか空気が張り詰めている。
 冬樹は慎重に中を進んでいくと、倒れている科学者の姿を発見した。


「……おい、あんた大丈夫……じゃねぇな」


 近づくと、科学者の胸には何かで一突きしたような傷跡が残っている。
 すでに脈はない。
 冬樹はあちこちに転がっている科学者の体を見て、あごに手をやる。


『血がないな』
『……たぶん、相手の血を吸収して魔力にしてんのよ。……敵はたぶん、地下のほうに向かってるわよ。気をつけなさい』
『心配してくれてありがとな』
『……ふん』


 ハイムが苛立ったように声を返してきて、冬樹は笑ってしまいそうになる。
 冬樹は魔力領域を研究所全体へ広げる。
 いくつかの魔力を探知することができた。一箇所に科学者と思われる人々が固まっていて、扉とおもわれる場所に一人が立っている。
 たぶん、見張りだろう。


 下手に助けると、科学者たちの騒ぎが別の人間に聞かれるかもしれない。
 まずは、敵のボスであるボーゾを倒すほうがいいだろう。
 ボーゾだけは、地下に向かって歩いているのがよくわかる。
 それほどまでの不気味な魔力にさすがに緊張してしまう。


 研究所のおおまかな地図を作りながら、ようやく見つけた地下への階段の前に立つ。
 壁に魔石が埋め込まれ明かりによって足場が照らされている。
 とはいえ、あまり明るくはない。
 地下に入り、冬樹はすぐさま二つの魔力反応がある場所へと向かう。


 一つは清らかな魔力、もう一つは凶悪な魔力だ。
 扉は半分ほどがあいている。そこで中の様子をうかがう。
 薄暗い部屋には、金髪の子どもとボーゾがいた。


 金髪の子の頭には垂れた耳がついている。
 ドワーフだろうか。冬樹は冷静に分析しながらボーゾの隙を探す。


「おい! いい加減おれのめいれいに従え!」
「い、いや……です! 研究……しているんです!」
「てめぇ……この状況わかってんのか!? いつでも研究所に火を付ける準備はできてんだぞ!」
「研究……出来ないなら、死んだほうがましです!」
「て、てめぇ!」


 ボーゾが苛立ったようで、腕の文証を光らせる。
 それが合図になったのか、研究室から悲鳴があがる。
 どうにも熱を感じる。


『……火だわ』
『そんなのわかるよ! あいつ、まだ動かねぇぞ!』
『……知らないわよ。ま、焼死はやめてよ、体使えなくなるから』
『死んだ後のこと考えるのはやめてくれ。とにかく、さっさとあいつ黙らせてあの金髪の子も連れだすしかねぇか』
『……また増やすの?』
『悪意ある言い方すんな!』


 ボーゾが見せた隙、そこへ突っ込むようにして震刃を振るう。
 魔力の刃によってボーゾの体の魔力をたちきる。


「なんだ!」


 叫ぶボーゾと目が合う。言葉を交わす間柄ではない。
 震刃を身体に突き刺し、怯んだボーゾの身体を押し倒す。
 倒れたボーゾに拳を数回叩き込むと、ボーゾは動かなくなった。
 荒っぽいが死んではいない。冬樹は立ち上がり、研究を再開した少女に目を向ける。


「お、おい?」
「……やっぱり、魔力の流れが良くない。なにか、別の手段で……循環を良くしないと、長い時間の運用は厳しい……」
「おーい!」


 金髪の子の耳元で叫ぶと、びくっと顔を一度見てそらされた。


「早く避難するぞ。死んじゃうぞ?」
「研究……しています。この研究結果……なくなるなら、死んだほうがいいです」


 なかなか目を合わせずぶつぶつと呟くようにしながら、視線を下げる。
 このままではまともなコミュニケーションもとれない。
 この子を放っておくわけにはいかない。


「……なあ、女の子。」
「……な、んで、すか……! しつこい……ですよっ」
「どうしてそんなに研究をしたいんだ?」
「楽しい……からです」


 こちらをあまり見なかったが、少女の両目は鋭かった。
 やけでもなんでもない。本当に研究を楽しんでいる様子であった。
 だから、冬樹はそこまで打ち込んでいる彼女に笑みを向けた。


「おまえ、すごいな」
「……え?」
「いやいや、そんなに一つのことに打ち込めるなんてすごいよ。俺はそんなに熱心に何かをやったことはないからな」
「だったら……研究の邪魔しないでください」


 冬樹はふと、あることに気付いた。
 研究熱心で、たとえ殺されるかもしれないような状況でもやめなかった研究者。
 ワッパという人間についてはまるで知らないが、もしかして、この子が。


「なあ、あんた名前は?」
「ワッパ……です」


 やはりそうだ。
 思いがけない出会いに冬樹は死んだ兄に感謝を告げる。
 この世界の人間が神に感謝するのならば、冬樹にとってはそれは兄だ。
 感謝を終えたところで、冬樹はワッパに近づき、震刃をみせる。


「……え?」
「これ、すごいだろ?」
「なんで……すかそれ」
「あとは……ホレ」


 冬樹はパワードスーツを展開してみせると、ワッパの目がさらに見開かれる。
 想像していたとおりの食いつきだ。
 冬樹は満足して笑みを浮かべると、ワッパが近づいてきて体を触ってくる。


「魔力による物体化……? けどこれはちょっと……違いますね。魔法、ではない……もっと違う何か……けど、このエネルギーのようなものは魔力……なんですかこれは?」
「これは俺の世界の技術だ。昨日、おまえに会うために色々と考えていたんだけど、おまえ全部無視しただろ?」


 苦笑交じりにいうと、ワッパは不思議そうに首をひねる。
 それから目が合うと、彼女は耳まで真っ赤にして離れて目線をさげた。
 どうにも、人と話すのに慣れていないようだ。
 できる限りの余裕を見せて話すしかないだろう。


「私に……何か、用……ですか?」


 話を聞いてもらえる程度には興味を持ってもらえた。
 冬樹はこくりとうなずき、それから彼女の目線にあわせ、真剣に言葉をつむぐ。


「……おまえが必要なんだ。だから頼む、ここで死ぬだなんて言わないでくれ。さっき見た技術とか、まだまだ知らないことはたくさんあるだろ? ここでの技術も確かに大事かもしれない。けど、生きていればもっと楽しい未知に会えるかもしれないぞ?」
「私が……必要……ですか?」


 彼女の頬の紅潮が強くなる。
 冬樹はこくりと首を縦に振る。


「ああ、おまえが必要なんだ。だから一緒に来てくれ。頼む、力を貸してくれ」
「……あなたの、その変な鎧について、研究……させてくれる、のなら」
「……ああ、壊さないならいくらでも」


 いうと、彼女は背中に飛び乗ってくる。


「……な、なんだ?」
「私……運動は苦手です。自慢……じゃないけど、階段をのぼるだけで……倒れます」
「……うん、もっと運動しような」


 白目をむいているボーゾを肩に担ぎ、冬樹は研究所全体に魔力領域を広げる。
 すでに研究所からは全員脱出しているようだ。
 冬樹は一気に研究室の外へと駆けていった。途中、彼女と簡単に自己紹介をしながら。

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