義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第四十二話 アースドラゴン討伐1



 アースドラゴンがいるとされているロヂの街から西へと向かった。
 ところどころにある高台の影に隠れるようにして一度呼吸を落ち着ける。
 確実にここにアースドラゴンがいるという保証はどこにもない。


 魔獣なのだから、気分であちこちに徘徊するだろうが……それでも、この区画のどこかにいるかもしれないと思うと自然身体が強張る。
 何より、ミシェリーの緊張した顔が冬樹には違和感しかなかった。
 いつもは平然としているのに、この強張った顔だ。


 やはりアースドラゴンは強敵、ということなのだろう。
 冬樹もいつ襲撃されてもいいように、と常にパワードスーツを纏っている。
 一番襲われた際に危険なサンゾウの近くで待機しながら、高台の隙間の道を歩いていく。


 道の左右が高台に囲まれているためにどうにも圧迫感がある。
 この崖を上れば、ぺったりとした高台があるのだが、そこまで登るのはさすがに苦労でもある。
 と、冬樹たちが歩いていると、地響きのようなものが伝わる。


「……地面!」


 ミシェリーが叫ぶと同時、地中が盛りあがる。
 それは音を立てて姿を現した。
 全身に土をつけながら、茶色の体を捻るようにして飛び出す。


 冬樹は咄嗟に三人を突き飛ばし、その体に吹き飛ばされる。
 だが、パワードスーツの装甲を舐めてもらっては困る。
 空中でどうにか姿勢を整えながら、空へと飛び上がったアースドラゴンに線銃を放つ。


 真っ直ぐに伸びたワイヤーが、アースドラゴンの足に巻きつく。
 冬樹はアースドラゴンとともに空中へと上がる。


「だーりん!」
「おまえら、別の道から高台に来てくれ!」


 冬樹は機会をみて、ワイヤーから手を話し、高台へと着地する。
 完全な平地、ではないが比較的開けた空間で戦いやすい。
 元々は巨大な岩だったようだが、なんでも昔の戦争で斬り飛ばされてしまったらしい。


 恐ろしい話だ。
 そんな伝説のような戦いの前では、アースドラゴンなどは幼稚なものに映ってしまうかもしれない。
 冬樹は装備を整える、アースドラゴンの口から土の塊が放たれる。
 魔法と判断し、震刃に魔力をまとわせて一閃する。


 大きな土の塊は小さくなっていく。
 しかし、土の塊の中央には岩のようなものがあった。
 魔法ではないようで、消滅していない。


「っとと」


 震刃で切断する。
 対人戦では残酷な光景となってしまうために普通の剣のようにしか使っていなかったが、本来震刃の用途は振動させて切るのだ。
 冬樹は真っ二つになった岩をちらと見ながら、飛び掛ってくるアースドラゴンの突撃を横に跳んでさける。


 爆風だけで身体が弾かれそうになる。
 回避しながら、まずはアースドラゴンを観察する。
 魔力におかされたせいか、その両目は血に染まったような真っ赤だ。
 はっきり言って直視はさけたいほどの形相だ。


 アースドラゴンの連続攻撃を回避しながら、震刃で切断していく。
 しかし、まるで気にしないように魔力を持って再生していく。
 これではキリがない。相手の魔力が尽きるまで切るほど、愚かではない。
 土の塊を飛ばしながら周囲に魔力の衝撃波をぶつけてくる。
 すべての魔法を無力化する前に衝撃がくるものだから、回避はできない。
 大きく弾かれたところで、足音が耳に届いた。


「……だーりんっ、あんまり無茶をしないで!」


 ミシェリーが叫び、全員の前に立つように盾を構える。
 放たれた多数の土の塊を、冬樹が魔法部分だけは解除し、ミシェリーが盾で弾く。


「悪い悪い」
「……とにかく、遠距離攻撃は私が防ぐ。みんなに攻撃は任せた」


 ミシェリーが前にたち、アースドラゴンの攻撃を引き付けてくれる。
 アースドラゴンはとにかく視界に入る敵を攻撃したいようだ。
 いくつもの攻撃を放ち、それをミシェリーが受け流していく。
 冬樹も魔力領域で敵の攻撃を妨害しながら、攻撃を試みる。


 しかし、アースドラゴンは高台から離れた位置での攻撃ばかりだ。なかなか近づくことができない。
 サンゾウやクロースカが攻撃をし、冬樹も水銃による援護を試みるが……防壁に阻まれてしまう。
 このままではいずれミシェリーがやられる。
 スラスターさえあれば、冬樹が近接攻撃を仕掛けられるのだが……。
 焦りながら冬樹はじっと観察する。
 そのタイミングでクロースカが投げた魔石が砕け風の魔法がアースドラゴンの体にあたる。


「……クロースカ! それで俺の体をとばせるか!?」
「え、えぇ!? で、できるかどうか微妙っすよ!? 少なくとも、着地は保証できないっす!」
「そっちはどうにでもなる! 俺を飛ばしてくれ!」
「わ、わかったっす!」


 冬樹はミシェリーの陰から飛び出し、サンゾウもそのタイミングで動く。
 動いているからか、ちらちらと視線がこちらとサンゾウを行き来する。
 そのタイミングでサンゾウが動きをとめ、冬樹は高台から大きく跳ぶ。


「クロースカ!」
「いくっすよ!」


 クロースカが放り投げた二つの魔石が破裂し、風が冬樹の体を押す。
 レナードのような魔法の扱いはできないようだが、アースドラゴンに迫ることはできた。
 エネルギーを大量に消費し、震刃の刃を伸ばす。青白く伸びた刃を空中で振るう。
 なれない空中だ。まともな剣筋ではない。


 それでも、冬樹の腕は微妙であっても、その刃は一級品以上のものだ。
 回避行動をとったアースドラゴンの体へ、うまくあわせる。
 ギリギリで回避される。それでも、アースドラゴンの翼を一つ切断できた。


 アースドラゴンの身体が傾く。
 ふらついたアースドラゴンは翼を再生させようとするが、その隙に冬樹は両手に線銃を構えて一生懸命動いている片翼へと放つ。
 ワイヤーがいくつもぐるぐるとまとわりつき、アースドラゴンは空での自由を失う。


 再生した翼にもワイヤーを撃っていると、アースドラゴンは諦めたようにこちらへ動いてくる。
 いくら封じたとしても、空中移動はまだアースドラゴンのほうが上のようだ。
 アースドラゴンの尻尾が鞭のようにしなり、慌てて震刃を取り出すが遅れる。
 体を殴り飛ばされるような強い衝撃が襲う。


 この世界に来て、これほどの攻撃を受けたのは初めてだ。
 このままではロヂの街に到着するのではないかという衝撃の中で、冬樹はワイヤーを近くの木々に打ち込む。
 一回ではただ木がもげるだけだ。何度かのあと、ようやく体がとまる。
 引っ張られる衝撃に体が痛む。先ほど受けたダメージが体に残っている。


「……おいおい、トラックに吹っ飛ばされても大丈夫なはずだぞ」


 そのパワードスーツが今は破損部分があった。
 とはいえ、所詮はデータを具現化しているだけだ。
 一度消滅し、もう一度データで作り直せば破損箇所は再生する。
 どうにか両足をつき、視線を周囲にやる。


 さっきいた場所からだいぶ離れた森だ。
 遠くでアースドラゴンが翼のワイヤーに四苦八苦しているのが見える。
 あれでは、当分は飛べないだろう。
 引きちぎられる前に、さっさとトドメを刺さなければならない。
 歩きだしたところで、体に痛みがあるのに気づく。


 ……パワードスーツがなければ、いまごろぺしゃんこになっていたかもしれない。
 確かに、恐ろしい相手、警戒するべき相手だ。
 走り出そうとしたところで、冬樹は森の木々が揺れるのを視界の端でとらえる。
 他の魔獣だろうか。
 追いかけられたら面倒だ。アースドラゴンを討伐する前に、さっさと倒そうとそちらへ駆け出し、


「わ、に、人間!」
「ど、どうしよう! お兄ちゃん!」
「お、落ち着け! え、えーと人間さんっ! 僕たち悪いことしませんから!」


 そんな言語とともに現れたのは、二匹の小さな土色の竜だった。
 二足歩行のような状態で登場するものだから、冬樹はその場で飛び上がりそうなほどに驚いてしまった。


「あ、アースドラゴンの……子ども、か?」
「あ、はい。僕はお母さんの子どもです」


 そういって、兄と思われる子ドラゴンが前に出る。
 その後ろに隠れるように妹、と思われるドラゴンがいた。


「……どういうことだ?」
「な、なんでもいいです! お母さん、この前変な研究者のせいで、魔力を浴びせられて魔獣になってしまったんです! だから、……お、お母さんを殺してください!」
「……お母さん……あいつのことか」


 遠くを見る。
 降りてきたミシェリーたちが、アースドラゴンとの戦闘を始めている。
 それによって、アースドラゴンは空中ではない地上戦を始める。
 だが、地上戦はあまり得意ではないようで、冬樹がいない三人でもそれなりに善戦している。


「あれが……お母さんなのか?」
「……うん。けど、お母さんは暴走してから言っていたんだ! 人間を傷つけたくないから、殺してくれって! 僕は出来なかったから、お願い! 人間さん、お母さんを止めて!」
「……」


 冬樹は二体のアースドラゴンを見て、口を開くことができなかった。
 ……さっきまでは、アースドラゴンを討伐することを考えていた。
 もちろん今だってそうであるが、どうにかしてやりたいという気持ちも生まれてしまった。


 それは単純に、子どもにとって親がいなくなるというのがどういうことなのかをわかっているからだ。
 冬樹はそれから思考をめぐらせる。
 魔獣になったものが治る手段……もしかしたら、まだ遅くはないかもしれない。


「魔獣になった奴が戻る手段だってある。……もしも、お母さんがまだお母さんの心があったら、もしかしたら、助かるもしれないぞ?」
「……え?」


 妹ドラゴンが涙を浮かべた目をこちらに向けてくる。
 冬樹はそんな二人の頭を撫でる。
 手にざらざらとしたうろこの感触が伝わってくる。


「魔獣ってのは水で魔力を浄化できれば、治るんだよ。だから、もしかしたら……大量に水をぶつけて、それに耐えられれば、どうにかなるかもしれないんだ」
「……」
「前に、戻ってきたのはいつなんだ?」
「……三日くらい前」
「なら、まだ可能性はあるな」
「で、でも……」
「諦めんなっ。おまえたちだって、ママが死ぬのは嫌なんだろ!? だったら、そう素直に言ってくれ。助けてやれる! 手を貸してやれるから!」


 妹ドラゴンが、涙を目尻に溜めながら、伏し目がちに口を開く。


「……お、お願い……してもいいですか?」
「ああ、もちろんだ」


 冬樹は彼らの頭を一つ撫でてから、ミシェリーたちの方へと駆けていく。
 しばらくして、背後の魔力が二つ動く。
 振り返ればアースドラゴン二人がこちらへと駆けてきていた。


 協力者をえて、冬樹はアースドラゴンの体へと震刃を振りぬく。
 多少の攻撃ならば、再生されるのだ。
 ひとまずは、会話の時間を得るための一撃。
 着地と同時に、冬樹は三人のほうへ走る。


「あのアースドラゴンを正気に戻すぞ!」
「……どうやって?」


 ミシェリーが疲れた様子で眉根を寄せる。


「大量の水を浴びせるんだよ! そうすりゃ、もしかしたら治るかもしれないだろ?」
「……確かに、アースドラゴンの意識さえ戻ればそれも可能かもしれないっすけど……トドメの一撃になる可能性もあるっすよ?」
「それは覚悟しています!」
「ぎゃぁ?! ちっこいアースドラゴンっす!?」


 現れた兄ドラゴンにクロースカが両手をあげて驚く。


「あのアースドラゴンの家族らしいんだよ。子どもがいるんだ、助けてやりたいんだよ。それに、あのアースドラゴン、研究者にやられたみたいなんだよ」
「……」


 冬樹の言葉に三人は顔を見合わせてため息をついた。


「とりあえず、リーダーがそこまで言うのなら、やれるだけはやってみるしかないね」
「……うん。たぶん、だーりんが本気で切れば、アースドラゴンはもう再生もできないし」
「そうっすね。どうせなら、後腐れなく終わりたいっすね」


 子どものアースドラゴンたちをみて、クロースカが肩を竦める。
 冬樹たちの会話が終わると、アースドラゴンは再生した身体を起こし、こちらへ強い咆哮をぶつけてきた。



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