義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第四十話 そのとき、ルーウィンで

 これは、冬樹たちが家の物影で唸り、家主に注意を受けているときのこと―。








 地図上で見れば、ルーゥインから東に位置するフォールレイドの街。
 今、フォールレイドは魔族が占領している。
 しかし、市民たちの表情に負の色はない。
 人間に支配されていたころのほうが、よっぽど酷いものだったからだろう。おかげで、うまく領主として君臨することができた。


 明日を生きることさえも厳しいほどに、騎士たちは暴れ、税は徴収されていた。
 ……魔族に支配されて、むしろよかったとさえ感じているだろう。
 そういう風に仕向けることができた。魔族のリーダー、ミカーヌフェは街を歩きながらそんなことを考えていた。


 まだ街は完全に戻ったわけではない。魔兵や魔族を使って復興作業をしているが、荒れている区画は多い。
 これらは騎士が見せしめにやったものらしい。
 やはり、人間の国は腐っている、とミカーヌフェは思った。


「ふ、ふふ……さすがじゃなわしは!」


 自分の手腕を誰も褒めてくれないため、自分で褒めることにした。
 腕を組み、そこにわざと胸を乗せる。すると男達の視線が増える。
 それにまた満足していると、彼女の右腕でもあるレイドが眼鏡の奥にある目を細めてきた。


「喜ぶのはよろしいですが、あまりはしたない行動をしないでください」
「うるさいんじゃよ。わしのこの美しい容姿を見せつけることは良いんじゃ! みんなに崇められれば、わしのパワーもあがるんじゃしな! わしマジ可愛い!」
「はぁ……能天気で楽しそうですね。早く竜車に乗ってください」
「そういえば、どうして竜車に乗るんじゃ?」
「ルーウィンの街に戦争のルールを決めに行く予定でしたでしょう?」
「そ、そうじゃったなよし! そういえば、ヤユ様はどうしたんじゃ?」


 ミカーヌフェは、フォールレイド近くの街で見つけたヤユ様を思い出していた。
 過去、魔王しか発現したことのない転移魔法を所持している珍しい人間。
 まだまだ子どもで、魔法の制御はできていないようだったが、それはまあ今後身につけていけるだろう。


 ……とはいえ、ヤユ様には帰る世界がある。
 ミカーヌフェは転移魔法を所持していた魔王に強い憧れを持っていたため、同じ力を持っているヤユ様の望み通りにしたかった。


 用意された竜車に乗り込み、目指すはルーウィンの街。
 メイドたちに紅茶を用意してもらい、それを口にしながら竜車に揺られる。
 僅かな揺れでお湯が顔にかかるという事件はあったが、すぐに落ちついた。


「……ようやく、昨日眠ってくれましたよ」
「そうか、それはよかったんじゃ」


 ホッとミカーヌフェは胸に手を当てた。
 なんでもオッサンという人間をこの世界に巻き込んでしまったとかで、酷く憔悴していた。
 毎日私のせいだ、とぶつぶつ呟き、ロクに眠れていない様子であったため、心配であった。


「……いるといいんじゃがな、ヤユ様の父というオッサン」
「……そうですね。転移魔法となれば、それほど離れた位置には飛ばされないと思いますが」
「魔王様の力を引き継いでおるのじゃぞ? それにあの魔力量じゃ……はっきりいって、常識で考えるべきじゃないんじゃよ」
「そうですね」
「黒髪、黒目……身長はそれなりに大きい、か。うーむ、どうにもわかりにくいんじゃ」
「……ええ、ですが、黒髪黒目はそれほど数がいるわけではないので、どうにかなるでしょう」
「おぬし、一度言ったじゃろう? そんときに、見なかったんじゃよな?」
「……ええ」


 彼女の返事を聞きながら、街につくまでお茶を飲む。
 とはいえ、さして時間はかからない。
 ルーウィンの街につき、街の人たちからいくつもの微妙な視線を浴びる。
 それらを竜車から眺めていると、レイドが厳しい声をかけてきた。


「……いいですか? 話し合いの場面ではあまり無駄なことは言わないでください。ミカーヌフェ様はあまり交渉は得意ではありません」
「わかっておるんじゃよ。それらは全部任せたんじゃ! わしは可愛いから、相手方の男でも誘惑しているんじゃよ!」
「……そうですね。籠絡できるのならばそれに限ったことはありません。私たちの目的は、とにかくオッサンさんを探すことです。この戦争だって、オッサンさんを探すために行っているだけです、わかっていますね?」
「わかっておるんじゃ。でなければこんな土地奪う価値さえないんじゃ」
「……はいはい。神器を持っているからといって油断しないでくださいね。相手側が、もしかしたら罠をしかけているかもしれません」
「小言はもういいんじゃ!」


 屋敷の前で竜車が止まったため、ミカーヌフェは扉を開け放ち、竜車から降りる。
 あまり豪華な屋敷ではない。それは多少ではあったが、ミカーヌフェは嬉しいと思った。
 フォールレイドの元領主は、市民から金を巻き上げまくっていた。
 そして、その金で自分の家や仲のよい貴族の家をどんどん改装していたのだ。


 そういった見栄を張らない点は評価した。
 とはいえ、所詮は人間。魔族側の意見はまるで通じないだろう。
 こちらが人を探しているだけ、といっても無視されるのがオチ。
 だから、ミカーヌフェはずっと黙ったまま現れた女性に挑発的な笑みを作る。


「……遠路はるばるよく来てくれましたね。ここの領主のルナです」
「そうか。わしはミカーヌフェじゃ。それにしても、たいした兵力はなさそうじゃな」
「ええ、まあ。つい先日、魔族に襲われたばかりでしたので。羨ましいですね、たくさん兵士がいて」
「その魔族はわしの配下ではないんじゃぞ」
「そうですか」


 ルナはどうにも疑っているが、まあ、タイミングが最悪であったことは自覚している。
 ミカーヌフェは中に通してもらい、魔法で簡単に調査をしておく。
 周囲には余計な魔法は設置していないようだ。フォールレイドの領主はあれこれと罠を作っていたが、潔い。


 すでに諦めているのか、それとも……何か秘策があるのか。
 部屋に通してもらい、後者であることが理解できた。
 女性が二人と男性が一人。
 胸を見せつけるようにしてみるが、少年のような男は何も感じないようでこちらから視線を逸らした。


 ……ムカつく態度であったが、ミカーヌフェは無視して指定された席に座る。
 椅子も普通のものだ。爆発するような魔法などは仕掛けられていない。
 力強く座り、こちらを見据えている女性に声をかけた。


「……ほう、色騎士じゃな」
「レナードだ。まさか、水剣のミカーヌフェに知られているとは、思ってはいなかった」
「この国最強の騎士じゃ。そのくらいの情報は持っていてもいいじゃろう」
「さすが、なかなかの情報網だな」


 レナードとしばらくにらみ合っていると、その隣にいた女性が声を張る。


「ひとまずは、軽い自己紹介でもしてから話し合いと行きましょうか」
「そうじゃな」


 まずは向こう側が名前を名乗る。ルナ、リコ、レナード、トップ。
 全員の名前を頭に入れてからこちらも名乗る。
 そして、話し合いは始まる。
 決めるのは拠点の位置と戦争での敵兵撃破の条件だ。


 拠点はすぐに決まった。
 こちらはもともと考えていた高台を背にするようにして拠点を作る予定だ。
 相手は、少し意外であった。
 こちらから狙い打たれるような位置であった。ルーウィンからフォールレイドへと続く坂道の初めあたり。


 確かに一方的に攻撃できる利点はあるが、魔法であればそこまでの苦戦はない。
 レナードの実力がそれ以上にあるのかもしれない。
 今ココで剣を交えたい気持ちをぐっとこらえながら、話し合いのすべてをレイドに任せてお茶を楽しむ。
 あったかくて、おいしー。
 ホッと息をもらしながら、話に耳を傾ける。


「……今どき、死ぬまでの斬りあいなど、無駄ではありませんか?」
「そうですね」
「でしたら、魔石破壊にしませんか? それでしたら、無駄な血は流れません」


 レイドが予定通りに話を進める。お茶がおいしい。


「……それはいいかもしれませんが、誰が審判をやるのですか? 破壊された魔石の代わりに別の物をつけてしまえば、意味はないでしょう?」
「疑うのも無理はありませんが、私たちはそんな真似をするつもりはありません。正々堂々、魔神に誓って決めたルールを破ることはしません」
「……魔神にですか?」
「はい」


 レイドと話していたリコは口元をひくつかせている。
 怒りに近い感情がわきあがっているのは見ていればわかる。
 怒鳴られるのも嫌だったため、ミカーヌフェは耳に蓋をした。


 その後、リコが叫び、それをルナたちでなだめていた。
 やがて、怒鳴りが途切れたところで、ずっと沈黙していたトップが立ち上がる。


「あんたら魔族はさっきリコがいっていたように、平気で魔神に嘘をついたんだ。前科がある以上、その言葉を信じることはできない」
「ならばどうするんじゃ? 昔みたいに殺し合い? それとも、魔兵だけの戦争にするのかえ?」


 魔兵だけの戦争はあまり好きではない。
 魔兵では神器を扱うことができないため、ミカーヌフェが楽しめないのだ。


「だから、あらかじめ、数人だけ、魔石持ちを決める。全員が魔石をつけていると、その判断は難しいが、少数ならば……例えば特殊な魔法を入れたり、なんだったら魔石でなくてもいい。見分けはつきやすいはずだ」
「そうじゃな、じゃったら――にぎゃ!?」


 ミカーヌフェが口を開こうとして、足を思い切り踏まれる。


「そうですね。でしたら、その代表者にいくらかの魔兵をつけて、リーダーがやられたら敗北というのはどうでしょうか?」


 レイドの厳しい目がぶつけられ、ミカーヌフェは首を捻った。
 先ほど言おうとしたことは、『代表者だけで戦えばいいのでは?』というものだ。
 ……ああ、納得した。
 たとえ、代表者であってもこちらが負けることはないが、魔族はなんといっても大量の魔兵が作れるという利点がある。


 それならば、それを活かしたいというのがレイドの考えなのだろう。
 そもそも、相手に色騎士がいる以上、さらに別の色騎士がやってくるかもしれない。
 そうなるとミカーヌフェは負けなくとも、他の代表が負ける可能性は十分ある。
 やはり、こういう話し合いは向かない。
 お茶のおかわりをもらいながら、ホッと体を温める。


「まあ、そちらのほうがわかりやすいが、結局は審判の問題があるな」
「そうですね。お互いにとっての公平な人はここにはいませんからね」


 そこで一度会話は終わり、お互いに作戦会議、みたいなものに移る。
 ミカーヌフェは再びお茶のおかわりをもらおうとしたところで、レイドに足を踏まれて耳を引っ張られる。


「な、なんじゃ!?」
「ミカーヌフェ様。余計なことを言いそうになっていましたよね?」
「……な、なんのことじゃー? わし、可愛いからわかんない」


 レイドと視線をあわせているのがつらくなり、視線をあちこちに飛ばす。
 彼女は慣れた様子でため息をくれた。


「意味がわかりません。……相手はどう考えても余裕がありすぎます。申し込んだあのときはあれほど慌てていたんですよ?」
「……もしかしたら、例の噂の奴かもしれぬな」


 思い出すのは闘技大会のときのことだ。
 風の噂程度ではあるが、色騎士以外のものが優勝したとかなんとか。
 レイドもそれを思い出していたようだ。


「……色騎士をおさえて優勝したとかなんとか……でしたね。その人間がルーウィンに協力しているとかなんとか」
「それじゃったら、是非とも戦いたいのう」
「ですが、まあ大方嘘でしょうね。……恐らくは金を積んでの嘘情報でしょう。今この国は、別の魔族の襲撃も受けているため、こちらに色騎士を割くことはできない、はずですし」
「そう、夢のないことを言わんでほしいのう、わしの神器も戦いたいとうずいておるんじゃぞ?」
「もしも、本当にいたら嫌でも戦うことになりますよ。色騎士を超える人間なんて、おそらくはいませんけど」
「むぅー。ま、それが当然じゃな」
「……それよりも、魔石での勝負はこちらにとっても手っ取り早く終わりそうでよかったですね」
「そうじゃな」


 もともと、この戦争についてそこまで深く話すこともない。
 二人で談笑をしていると、向こう側の空気の変化が伝わり、顔を向ける。


「……決まりました」


 リコが口を開き、こちらに顔を見せてくる。


「この戦争では、お互いに五つの双子魔石を使いましょう」
「双子魔石……?」


 ミカーヌフェが首を捻り、呆れ気味にレイドが言う。


「……確か、二つの丸い魔石でしたね。真ん中でちょうど二つに割れて、どちらも魔石としての効果を持つという」


 ミカーヌフェはああと声をあげる。


「ああ、あのおっぱいみたいな感じで二つくっついた魔石じゃな」


 ばこんとレイドから後頭部を叩かれる。
 そういうのは心に潜めておけ、という強い睨みを受けて、ミカーヌフェは頬をかいた。
 相手方は僅かに動揺しているようだが、やがてリコが咳払いをして言葉を続ける。


「はい。それを今回の戦争ではまるで関係ない場所に設置し、結界を作っておきます。それを、お互いの部隊が見張る、というものです」
「なるほど。双子魔石は片方が破損するともう片方も壊れますね」


 ただし、双子魔石は結構珍しいものであるため、即座にそれを使うという話はなかなか出てこない。


「その設置場所での戦闘は禁止。また、そこの見張り役が喧嘩を起こした場合も仕掛けたほうが負けになる」


 リコの言葉にレイドが顎に手をやる。
 確かに、おかしな点はない。これならば、両者が見守れるだろう。


「……ほう。ですが、その判断は難しいでしょう? 暴言などを吐かれる可能性もありますよ」
「こちらは、私が代表で見ることにします。神に誓って、嘘はつきません」


 リコが名乗りを上げる。
 それに答えるようにレイドが立ちあがる。


「でしたら、魔族側は私が代表としてみましょう」


 それによって、だいたいの戦争のルールが決まっていく。
 今回の戦争では、代表者五名の魔石破壊。


 代表者のうち、必ず一人は領主を入れる必要がある。
 代表者以外、生身の人間の戦闘は不可能。
 代表者以外、生身の人間が戦闘区域に入ることはできない。


 だいたい、ミカーヌフェは自分に関係しそうなことだけを頭に叩きこむ。
 さらに細かいルールなどを話していれば、陽が傾き始めていた。


「……このくらいでしょうか」


 お互いに紙へと書きこみを終えて、レイドはそれをくるくるとたたむ。
 話しあいが終わり、ミカーヌフェたちは屋敷の外に出る。


「おお! 犬じゃ!」
「可愛い犬ですね」


 屋敷近くにいた犬を見て声を荒げた。
 ミカーヌフェは犬が大好きであった。
 近づき撫でようとしたが、唸られ、離れられてしまう。


「……あ、ああ! 待つんじゃ!」
「……ミカーヌフェ様。みっともないので、さっさと竜車に乗ってください」
「うぅぅ……」


 ミカーヌフェは肩を落として竜車に乗り込む。
 しかし、すぐに元気を取りもどし、こちらを見ていたルナにふんと笑ってやる。


「それでは、よい戦争を期待しておるんじゃよ」
「……ええ、期待には答えますよ」


 ルナが軽く頭をさげ、竜車が動きだす。
 街からようやく離れられたため、ミカーヌフェはだらっと姿勢を崩した。


「あー、おいしかったんじゃー!」
「……お茶飲んでばっかでしたよね? 戦争のルールは覚えていますか?」
「その紙に書いてあるんじゃよ。戻ったら、お茶を飲むんじゃ! あれうまいんじゃよ!」
「……はあ、わかりましたよ。それにしても、あのトップという男……かなり出来ますね」


 やはり話題はそれになるか。
 ミカーヌフェもずっと観察していたために、首肯を返した。


「それもそうじゃろう。あいつ、魔族の血が多少混ざっておるんじゃ」
「……そう、なのですか?」


 ある程度の実力者になると、相手の魔力がおおよそ判断できる。
 魔族の魔力は多少人間とは違う部分がある。
 レイドは気づかなかったようで、ミカーヌフェはふふんと調子よく笑ってやった。
 拳を構えられたので慌てて両手を振って頭を下げる。


「まあ、ハーフか……クォーターか、といった微妙なものじゃが、あいつとは戦ってみたいもんじゃ」
「魔族の肌の色ではありませんでしたよね」
「血が薄いからじゃろうな」


 魔族の肌の色は人間と違う。
 魔族の基本は青紫っぽい肌をしており、人間の感覚からしたら健康的なものではない、ということになる。
 ミカーヌフェは自身の美しい青紫の肌を見て頷く。


 人間にはこの魅力がわからないらしい。自分の肌に頬擦りをしようとして、レイドに止められる。


「とにかく、トップは隠しているようでしたし、指摘して彼の生活を壊すのはやめてくださいよ。人間としてくらしたい魔族だっているのですから」
「わかっておるわい。というか、魔族だからといってそこまで嫌わんでも良いとは思わぬか? ぷんぷんじゃぞ、わしは」
「ガキじゃないんですから、いつまでも幼稚な言葉はやめてくださいね」
「ふん、いいじゃろうが! それにしても、黒髪黒目はいなかったのー」
「……そうですね。あと何回戦争すればいいんでしょうね? 戦いばかりだと、士気も維持できませんよ」
「そうかのう? 毎日戦っていられるなんて幸せなのじゃ!」
「……それはあなただけです」


 レイドのため息が耳に届くが、ミカーヌフェからすれば逆にため息を送り返したいものだった。
 夕陽がすっかり落ち、下り坂のような道を走っていく。
 窓から見える星を見て、ハァと短く感嘆の息をついた。



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