義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第三十八話 ロヂの街1

 ロヂの街に到着し、竜車を預ける。と、同時に忍者を呼んでもらう。


「……おお、こんなに捕まえるとはなかなかやるな」


 野太い声で忍者が賊たちを掴みあげる。
 その背中を押しやるようにして、数人で賊を連れて行く。


「これは報酬金だ」


 どうやら、賊をとらえるとそれなりに金がもらえるようだ。
 冬樹たちはそれを受けとり、去っていく忍者の背中を見る。


「さて、あの賊たちはどうする?」
「久しぶりにいきのいいのが入ってきたんだ。やるしかねぇだろ」
「はははっ、そりゃあいい。牢獄に送るのはそれからでいいか」
「……」


 冬樹は忍者の会話に眉をしかめる。
 ミシェリーがぐっと手を押さえてくる。


「……これが普通」
「……そっか」


 この国、下手をすればこの世界ではそれが当たり前。
 冬樹はミシェリーの言葉を聞き、どうにも気分がさがってしまった。
 宿を探すために歩きだし、横に並んだサンゾウをちらとみる。


「リーダーは、優しすぎるね」
「俺の感覚はやっぱり変なのか」
「変だね。どんだけ平和な世界で生きてきたの?」
「少なくとも、俺がいた場所は法とかもきちんとあって、犯罪者たちにも色々な罰が与えられていたんだよ」
「なら、この国じゃあ無理だよ」
「そう、だな」


 首元をかき、冬樹は一度呼吸する。
 ここではそれが当たり前――そう思っていなければやっていられない。
 やがて、ミシェリーが一つの宿をみつける。


 暗い気持ちを吹っ飛ばすような明るい声が響いている。
 どうやら食堂もかねているようで、夕陽が落ちる今のような時間は客で店が忙しくなるようだ。
 ひとまず、休みなく移動してきたために、どうにか一日程度でうまく移動することができた。


 さすがに疲れがたまっていたために軽く体を伸ばす。
 たまに徹夜で提出するための資料に目を通させられることもあったし、頭を使わない分こちらのほうがラクであった。
 ミシェリーが宿の、恐らくは店主と思われる風貌の男性と話をする。
 意外と愛想笑いは上手で、店主と話が盛り上がりながらこくりと首を縦に振る。


「二人部屋が二つあいている。だーりん行こう」
「お、今日は神聖なる夜ってか! 神様にお祈りしねぇとな!」


 店主ががははと笑い、ミシェリーが頬に手をあてる。


「いやん、照れる」
「はっはっはっ! あんまり汚さないでくれよぉ!」
「サンゾウ、一緒の部屋でいいよな?」
「……まあ、僕としては女性のほうがいいけど、リーダーの子しかいないし、それが一番いいかな」
「そんじゃ、私はミシェリーとっすね。たまにミシェリー、師匠のことを思ってか変な声を出すから嫌なんすよね」
「出来れば聞きたくなかったぜ」


 店主から鍵を受け取り、サンゾウとともに階段をのぼっていく。
 部屋に入り、すぐに明かりをつける。
 想像していた以上に部屋は綺麗に整えられている。
 ルナの家と比べればもちろん小さいが、日本で使っていた部屋より広い。
 柔らかいベッドに座り、跳ねる具合を楽しむ。


「リーダー、子どもみたいだよ?」
「うっせー、おまえこそほら、やってみろよ! このベッド結構はねるぞ!」
「はいはい。壊さないでね」


 サンゾウが武器を壁にたてかけ、もう一つのベッドに座る。
 それから、ぴょんと少し跳ねてみている。


「確かにいいね」
「だろ? ルナの家のはあんまり反発しないんだよな。あそこのは柔らかすぎるんだよ」
「けど、あっちのほうが寝やすそうだよ」
「おいおい、贅沢言うようになったな」
「まあ、土の上や葉っぱの上で寝るよりかはどこも天国だよ」
「……そういえば、サンゾウはどうして他の三人と仲良くなったんだ? あ、言いたくなかったらいいからな?」


 あまり話したくない内容になる可能性はある程度覚悟している。
 親に捨てられた、親が既に死んだ、あるいは殺された……こんな世界だ十分にありえることだろう。
 サンゾウはどこか目を細め、こちらを見る。
 正確には冬樹などは見ていなかった。その両目は冬樹の奥を……見えない誰かを睨むような目であった。


「……さっきのリーダーは間違ってると思うよ」
「……へ? さっきって?」
「盗賊たちを誰も殺さなかったこと」


 サンゾウの声は激しい憤怒を含んでいた。
 冬樹の質問を無視した、というよりもこの話自体がそれに関わっているような気がした。
 人それぞれ様々な考えがあるだろう。
 冬樹は胸に手を当てて、口を開く。


「それが俺なりの戦いだからな。相手を殺さなきゃいけないような強さ、俺はいらないんだよ」
「それは弱い、からなんじゃないの?」
「強いから出来るんだよ。俺はそんな強さを手に入れるために、まあ、毎日頑張ってるよ」
「……相手が殺す気でも、今日みたいにやるの?」
「襲われたから殺す。殺されそうになったから殺す……そんなことばっかやってたらきっとダメになると思う。ま、全部受け売りなんだけどな」


 サンゾウは目を見開いたあと、諦めるように嘆息した。


「リーダーはそれでいいと思うよ。僕にはそれは無理だね」
「それはそれでいいだろ。俺とサンゾウは何もかもが違うんだからな」


 同じように笑みを返すと、サンゾウは天井を見上げながら喉を震わした。


「……さて、それじゃあ少し昔話でもしようかな」
「おう」
「小さな、貴族がいました。その貴族は一人の子どもを授かりましたが……やがて、別の貴族によって殺されてしまいました。殺された理由は、別の有名な貴族に目をつけられたからです。当時、小さかった少年は、どうにか逃げ延びました。そして、決意しました。家族を殺した貴族を殺そう、と。……そして、月日は流れ、その貴族を殺しました。だけど、その貴族も本当は別の貴族に命令をされただけだそうです。……少年は嫌になり、その時にある青年と出会いました。そこで、物語は終わりです」
「……」


 サンゾウは言いながら、昔を思い出したのか悲しげに視線を落とした。
 冬樹は腕の力で体を起こし、ベッドから飛び降りる。
 サンゾウのほうまで歩いていき、膝をついてサンゾウの頭に手をやる。


「大変だったんだな」
「……そうだね。けど、僕は何もやることはなくなったんだよ。……恨み自体は、なくなっちゃったからね。クズってのはいっぱいいるんだ。平気で人殺しできる奴だって……たくさん。僕もそっち側の人間だから、よくわかるよ。……もしも、僕の目の前に両親を殺す指示を出した奴が名乗り出てきたら、僕は躊躇いなく殺す」


 返答に困ってしまう。
 殺すことはいけない、と頭ごなしに自分の意見を押し付けることも違う。
 ……かといって、サンゾウがさらに殺していき、一瞬の快楽の後に悲しみを味わうというのもやめてもらいたかった。


「何か、他に楽しいことはないのか?」
「……楽しいこと、ねぇ。一応女の子を追いかけるのは好きなほうだね」
「だったら、楽しいことを夢にするってのはどうだ?」
「……夢?」
「そ。復讐ももちろん立派な夢だと思う……。けど、それは達成した後、長く楽しむことはできないと思うんだよ」
「まあ、そうだね」


 冬樹はそこで目を緩めて腕を組む。
 この言葉をぶつければ、きっとサンゾウは目の色を変えるだろう。
 そんな期待とともに勢いよく口を開いた。


「女が好きならハーレムを作るってのはどうだ!?」
「……それ、人に勧める?」
「なんだよー、俺が若いころはハーレムに憧れたもんだぜ?」
「今のリーダー、ハーレムみたいな感じだよ?」
「……モテてるというか好かれているって感じじゃんか。おまけに、相手全部年下だぞ!?」
「年齢なんて関係ないでしょ?」
「あるんだよ! 年下に手を出した俺の教官がな、部隊……じゃなくて……ええと、村から追い出されたんだぞ!?」
「……き、厳しいんだね」
「そういうこと。だから、俺もその教えに乗っ取ってあんまり危険な橋は渡りたくないの」


 冬樹は震えだしてしまった体を押さえる。
 あれはあまり思い出したくない事件だ。
 サンゾウはそれでもまだ、暗い表情だった。


 今のままでは、サンゾウの表面にしか接することはできない。
 ……ならば、こちらも多少は自分の過去を明かすべきだ。


「少し昔話をするとな……俺も兄さんが殺されたんだ」
「……え?」
「両親がいなかった俺には、親同然だったんだ。……で、その兄さんは反政府組織の相手に殺されて……俺はその相手と戦う機会があったんだよ」
「……それで、どうしたの?」
「……殺そうと思ってたよ。けど、やめた」
「どうして?」
「そいつを殺してもどうにもならないってのはわかってたから。それに、大切な娘がいたんだ。大切になっていた仲間も。ここで、自分の感情だけでそいつを殺しても……もっと多くの人間が悲しむってわかったんだ」


 サンゾウの、情に訴えかけるように冬樹は口を開いた。


「悲しむ……、か」
「たぶん、サンゾウが苦しいとイチたちはみんな心配すると思うよ。それだけ、仲いいだろ?」
「……どう、かな」


 それが強がりであるのはわかった。
 サンゾウは自分を優しいといったが、それはサンゾウにこそふさわしい言葉だ。
 ……サンゾウは、考えたくなかったのだろう。
 自分の目的で、誰かが悲しむということを。


「サンゾウだってイチを心配してここに来たんだ。そうおまえが思っているなら、たぶんあいつらもみんな思ってるはずだ」
「……うん、わかってるよ。きっと心配して、手を貸してくれる」


 青年と出会ったとサンゾウは言っていた。――恐らくはトップのことだ。
 あてのなかったサンゾウに手を差し出したのだから、何か心配事があれば、トップが手を貸さないはずがない。


「そんなおまえに、もう一人、心配する奴がいることを教えてやるよ」
「……リーダーが心配してくれるの? それは心強いね」


 サンゾウがからかうように言って来た為、親指をぐっとたててやる。


「そりゃあな。もう、俺にとっては、おまえたちは放っておけないっての。俺の息子……はさすがにこれ以上おっさん呼ばわりは嫌だし、親戚のお兄さんみたいな感じだな。うん、だからこれは呪いみたいなもんだな。もしも、おまえが悲しんだら俺も悲しい……ってのはどうだ?」
「……リーダー、そりゃあずるいよ」


 サンゾウがぶうと頬を膨らませる。


「ずるいって言ったってな。逆におまえが楽しそうだったら、俺も楽しいってことだ。だから、早いところ好きなこと見つけるんだぞ?」


 ぽんぽんと頭を叩くと、サンゾウは明るく笑った。
 ……そんな無邪気な笑みをいつでも浮かべられるような世界になってくれ、と願わずにはいられなかった。

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