義娘が誘拐されました
第三十五話 レイドン国侵入1
レイドン国には直接入ることはできない。
まず、中立国の闘技島に行き、そこを経由していく必要がある。
まったくどこの人も戦いが好きなようだ。
というか、それ以外に娯楽もないのだろう。
闘技島に入った冬樹は気分が悪くなり、ミシェリーに肩を貸してもらっていた。
地下に住んでいた冬樹には、船に乗る機会など一度もなかった。
バーチャル世界でなら、何度かあったが現実の体とは違う。
「悪いな、ミシェリー」
「いい匂い」
「……そうか?」
「安心する」
ヤユには臭いおっさんなどと言われることがあったが、ミシェリーはさらに体を寄せてくる。
闘技島はあまり大きな島ではない。
一日もあれば島一周できてしまうようなサイズらしい。
道行く人は物騒な装備のものが多い。
様々な種族、国の人間がいる。
世界中の国の人間が寄るということもあり、店に並ぶ品物は様々だ。
『……情けないわね』
『うっせ。おまえは酔ってないのか?』
『……当たり前じゃない。ていうか、もっと色々みたいから街も回りましょうよ』
『帰りにも寄るし、そのときでいいんじゃないか?』
『……えぇ、ま、いいわよ。あ、今日の夜も夢の中で遊ぶわよっ』
『……へいへい』
ハイムは渋々といった様子で頷いた。ハイムは他人の夢に干渉する力があるために、寝ているたびに現れるのだ。
まあ、睡眠自体はとれているから文句はない。
冬樹たちはレイドン国行きの船を見つけ、それに乗り込む。
一応、金は持っているが向こうについたら多少は金策をしたほうがいいかもしれない。
なんて考えながら船内で呼吸を整える。
またこれから船に乗るというのは多少の興奮はあってもあまり気分が良いものではない。
海をこんなに間近で見る機会自体が少ない。
落下防止用の柵に手をかけながら、海をじっと見る。
少し慣れない匂いだが悪くはない。肌を撫でる風、空を飛ぶ鳥。
そして、海の定期的な波をみて……波の揺れに気分が悪くなる。
『……ば、馬鹿じゃない?』
『う、うっせ』
この船の特徴は、何よりも落下防止用の柵が高く作られている。
海は魔力を含んでこそいるが、あまり体に良いものではないからだ。
まあ、本物の船を見たのはこれが初めてで、冬樹はクロースカに教えてもらっただけだが。
レイドン国に向かう人は案外多。
乗客は本当に様々だが、獣人などはいない。
数人、忍者もまざっている。
それらを眺めていると、クロースカとサンゾウの姿を見つける。
サンゾウも船にテンションが上がっているようだ。その見張り役として、クロースカが共に行動している。
隣に座るミシェリーに目をやる。
「おまえも別に、看病しなくてもいいぞ?」
「ここにいるほうが楽しい」
オーガ族にとって、その勘はそんなに大切なものなのだろうか。
勘に従って好きな人も決まる。
本心? それとも、自分を誤魔化している?
前者であればそれは洗脳に近い。
後者であれば、あまりにも悲しいと、人間の感覚では思ってしまう。
冬樹は大きくため息をつく。
男としてはそうやって思ってもらうのは嬉しいが、そんな背景を考えてしまう。
冬樹は彼女の話に相槌を打っていると、不意に影が落ちる。
顔を向ける。立派な角が天へと向くように伸びたオーガ族の女性が二人いた。
双子のようで、どちらも似たような顔だ。
「ミシェリー、か」
「……っ」
名を呼ばれたミシェリーを見ると、顔が強張っていた。
知り合いとしても、どうにも仲は良くないようだ。
「何?」
努めて冷静に。そう心がけているようだが、彼女の声は震えている。
怒りか、あるいは怯えか。
どちらも含んでいるように感じた。
「落ちこぼれ、オーガ族の面汚しがよくも戻ってこれた」
「人間の大会にでて、それで満足しているのだろう? 本当に情けないオーガだ」
「そちらの男がおまえのものか。どうにも貧弱そうな人間」
「……だーりんは関係ない」
ミシェリーが立ち上がり、三人は同じ目線で睨み合う。
誰か止めろよ、と冬樹は忍者でも見ると、怯えたように首を振る。
どこの忍者もどこか抜けている。
冬樹は嘆息まじりに腰をあげる。
オーガ族に匹敵する身長は人間では珍しい。
それに、オーガの二人は感嘆の声をあげる。
「はいはい。他の乗客に迷惑になるから、
「なるほど、体だけならば私たちにも並ぶか」
「あながち、腐った勘ではないということか」
「腐っているのはおまえたちの目玉だ」
ミシェリーが対抗するように口を開き、オーガ二人の目が鋭くなる。
まだ気分が優れたわけではない。
出来るのならば、乱闘騒ぎは避けたい。
ミシェリーたちは、冬樹のそんな気持ちを欠片も理解せずに、臨戦態勢をとり、
「はいはい、そこでやめようね」
サンゾウがオーガ二人の尻を撫でる。
オーガ二人は顔を赤くして、腰を活かした拳を放つ。
冬樹は仕方なく、領域をそちらに広げ攻撃を鈍らせる。
目に見えない魔力の層を殴り、オーガ二人の拳が減速し、サンゾウが身軽に回避する。
「いまのは?」
「なんだ?」
拳の減速に気づき、二人がサンゾウを見る。
サンゾウが笑ってみせる。
オーガ二人からすれば不敵の笑みに見えたのかもしれないが、冬樹からすれば、ただのエロい笑みだ。
汽笛がなる。船の出港の合図だ。
「ふん、このくらいにしておくか」
「あまり、視界で動くな。ハエどもが」
オーガ族の二人は不遜な態度とともに、歩いていく。
人間がいれば、それにぶつかるように。
ミシェリーも面倒ではあるが、ああいった態度はとらない。
「なんだ、あいつら」
「オーガの里でもっとも強かった双子。国の部隊に入っている、らしい」
「マジか、あんまり目をつけられると厄介だな」
「……ごめん」
「向こうが絡んできたんだ、気にするなよ」
冬樹は船の揺れに気分を悪くしながら、柵に体を預ける。
気晴らしに遠くでも見るか、と空を眺めたり時間を潰す。
……およそ三十分ほどが経ったところで、事件が発生した。
突然船が揺れる。
汽笛が数度なり、ミシェリーが顔を顰める。
「……魔獣の知らせ」
「魔獣……? 空か?」
しかし、空はさっきまで見ていたが、ずっと綺麗な青空が広がっている。
鳥がたまに通るが、とてもこちらを襲ってくる様子はない。
「……違う。たぶん、水に適応した最悪の魔獣」
「……おいおい、マジかよ」
冬樹が呟くと同時、船に衝撃が走る。
背中に強い衝撃を受け、大きく弾かれる。
魔力領域を広げ、クッションのようにして着地する。
それだけでも気分が悪くなってくる。
ミシェリーが近くにやってきて、襲い掛かってきた触手を盾で防ぐ。
「……大丈夫?」
ミシェリーはずっと背負ってきていた大盾を構える。
その防御の高さはすでに体験済みだ。
冬樹の近くにクロースカとサンゾウも駆け寄ってくる。
同時に、海面があがり、巨大なタコのような生物が出現する。
「あの魔獣はなんだよ?」
「恐らくだけど、魔力を異常に含んだタコじゃない?」
サンゾウが剣を構えながらいう。
「クラーケンみたいになってんじゃねぇか」
「あ、よく知ってるっすね、さすが師匠っす」
「……ああ、そのまんまなのか」
「海での移動はこういう危険があるので、飛行船をずっと開発しているらしいっすけど……まだ、小型のものしか現実的には出来ていないっすよ」
「そりゃあ、研究者には頑張ってもらいたいもんだな」
冬樹は震刃をとりだす。
この距離では、船を守るくらいしか出来ないが、忍者や冒険者も乗っているのだ。
クラーケンを叩くのは別の人間に任せてもいいだろう。
伸びてくるタコの足の吸盤部分から、触手のようなものがさらに増える。
今まで戦ってきた魔獣の中で、もっとも不気味な見た目だ。
震刃で近づく触手をかり、隙だらけの足をサンゾウが切り裂く。
……とはいえ、足は時間がたつと再生していく。本体をどうにかしない限り、前には進めない。
クロースカがクラーケンへ、魔石を放り投げると爆発する。
攻撃は順調に進んでいく。船の上での戦闘と色々問題はあるが、船が止まってくれたおかげで冬樹も体調が戻る。
「だ、誰か! あの子を助けてください!」
一人の女性の声が響く。
クラーケンの足に捕まった子どもを追いかける母親の姿があった。
「……誰か魔法を放て!」
「今攻撃したら海に落ちますよ!」
「クラーケンにくわれるよりかは助かる見込みがあるだろう! 早くしろ!」
男が叫ぶと、雷の魔法がクラーケンの足を切る。
投げ出されるように子どもが海へと落ちる。
「た、助けて!」
そんな悲鳴が、戦闘中の冬樹の耳に届いた。
再生するクラーケンの足の対処をしていた冬樹は、隙を見つけてちらと海を見る。
「おい、誰か助けに行かないのかっうぉ!」
大量の触手を捌きながら、冬樹が叫ぶとサンゾウが苦々しげそうに呟く。
「……海水は魔力があり、他の水よりかはマシだよ。けど……そもそも、泳ぎの練習なんて誰もしていないんだよね。僕も……水はね」
「そういや、そうだったな! サンゾウ任せていいか!?」
「……厳しいけど、なんとかするよ」
冬樹が助けに行こうとしたところで、迷いなく二人の女性が駆けていく。
慌てた様子で飛び込んだのは例のオーガ二人だ。
嫌な奴だと思っていたが、いいところがあるではないか、と感心していると、ミシェリーが声を荒げる。
「あいつら……っ」
ミシェリーが叫び、近くにあった浮き輪のようなものをそちらへ放る。
子どもの救出のため、と思ったが、ミシェリーはあるだけたくさん放り投げる。
いや、そんなにいらないだろうと海へ目を向ける。
オーガ二人は……溺れているかのように両腕を振り回している。
「あばばっ!」
「お、落ち着く! し、深呼吸! べべっ!」
「お、泳ぎかたわからない!」
「泳げないのに飛び込むなよ! アホ!」
柵を飛び越え、海へと飛びこむ。
海中につく直前で、パワードスーツを展開する。
水中用にも開発されているが、滅多に使うことはなかった。
おかげで、水中であっても体が冷えることはないし、ゴーグルをつけているかのように視界も良好だ。
冬樹もそれほど泳ぎの経験はない。精々、小学校のときに軽く泳いだことがあるくらいだ。
とはいえ、この世界の人間よりかは何倍もマシだ。
「落ち着け!」
「た、たっけて!」
「泳げない!」
オーガ二人はすぐにこちらへ抱きついてくる。
溺れている人を見ても、その道の人以外は助けようとするな、と習ったことを思いだす。
近くにあった浮き輪を掴み、オーガたちにそちらを掴ませる。
子どものほうがまだ落ち着いている。
この一瞬でコツでも掴んだのか、何とか溺れないように踏ん張っている。
そちらに近づき、体を持ち上げる。
「大丈夫か?」
「う、うんありがとう!」
少年の笑顔をうけて、フェイス部分を消滅させて笑顔を見せる。
それに安心した様子の少年と、生きていることを感動するようにオーガたちが抱きついている。
……間抜けな奴らだ、と心中で思いながら少年に浮き輪をつけていると、領域内に不穏な動きがあった。
クラーケンの足がこちらを狙って伸びてきている。
冬樹は浮き輪をつけた少年をオーガたちの方へと放り投げる。
その無事を確認する余裕はない。クラーケンの足が冬樹の足を掴む。
慌てて全身をパワードスーツで覆いなおすと同時、海へ勢いよく引きずり込まれる。
震刃を作りだし、自分の足を掴んでいるクラーケンの足を切る。
「ふざけんなよっ」
パワードスーツ内では、空気も作り出される。とはいえ、エネルギーを常に消費するため、長い時間の使用はあまり好ましくない。
こもった声を聞きながら、冬樹は震刃を持って泳いでいく。
魔力領域を使い、普段他人の動きを邪魔するのとは逆のように自身の体の補佐をする。
魚にも負けない速度で泳ぎ、クラーケンの体を回るようにして震刃で切り刻んでいく。
何周かを終えたところで、クラーケンの身体がこまぎれのように海中でばらばらになる。
呼吸の限界を感じて海上に顔を出すと、ちょうどロープが放り投げられる。
「……だーりん!」
ミシェリーが叫び、冬樹は安全を証明するために手をあげる。
ロープに掴み、途中でパワードスーツを消して船へと上がる。
ミシェリーに思い切り抱きつかれて、少し痛かった。
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