義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第二十三話 舞踏会6





 冬樹は、足を怪我していたリコを背負って会場まで戻ってきた。
 会場がボロボロになっているのは魔兵の影響だろう。
 会場に踏み込んですぐに感じたのは、異常なまでの黒騎士に向けられた敵意。
 すぐにルナが駆け寄ってくる。彼女の前でリコをおろし、リコを彼女に任せる。


「リーダー、おっそいよー」
「そうはいっても、敵が思ったよりも遠くまで逃げてたからさ」
「ま、もう……終わっちゃったけどねー」
「敵が見つかったのか?」
「見つかった、けど……黒騎士ちゃんの体に取り付いちゃったんだよね」


 サンゾウが肩を竦める。
 取りつく、という言葉からまさか、と冬樹は魔本を思いだす。
 近くで聞いていたレナードと赤騎士も同じように目を見開いてみせた。
 そして、青騎士へと迫る。


「ねえ、ちょっともしかして……まさか、違うわよね?」
「……ごめんなさい。私がついていながら、しとめ切れなかったわ」
「信じられないんですけど……」
「ならば、あいつを葬る必要があるな」


 レナードが強気な様子を見せて、剣を構える。
 黒騎士はそんなものに興味などないようで、あくびした口元を隠している。
 青騎士がそんなレナードの肩を叩く。


「……はやまらないで。彼女は、闘技大会に引き続き参加して、最強を証明するつもりなのよ」
「……どういうことだ?」


 冬樹も気になり、全体を観察しながら耳を傾ける。


「最強になれば、あの子に表向き逆らう子は出てこない。それが、たぶん彼女の狙いよ」
「……なるほど、な。実力でこの国を破壊するつもりか」


 レナードがぎりっと歯噛みする。黒騎士はその反応をつまらなそうに鼻で笑い飛ばす。


「……別に、そこまでは考えてないわよ。ま、なんでもいいけどさ」


 色騎士たちは苛立ったように表情を歪める。
 しかし、そうしながらも青騎士は彼女と話を進める。
 全員の警戒の目を浴びているが、そんなものはどこ吹く風だ。
 黒騎士をじっと観察する。


 冬樹は自分の領域を広げてみても、彼女の様子がいつもと違うというのはわからなかった。
 これでは、探知は難しいだろう。
 むしろ、闘技大会に紛れ込んでいるというところまで調査した時点で十分に有能だったはずだ。
 黒騎士の目がこちらを向く。


 面白いように歪められる。興味をもたれてしまったのだろうか。
 冬樹だけならばいいが、今背後にはルナたちがいる。下手に絡まれるのは面白くない。


「話を聞いてるのか、魔本!」
「……あー、うるさいうるさい。黙っててよ」


 そういって魔本は闇を作り出し、そこに一歩を踏みこむ。
 次には、冬樹の隣に現れていた。
 闇を移動する系統の魔法。先に見せてもらったのは嬉しい限りだ。
 領域と気配から、出入り口を見つけていた冬樹は片手を腰にあてた。


「おまえの中に魔本がいるんだよな? ……本っていうけど、本当になんていうか、何もないんだなぁ」
「……それはあくまで、あたしの体みたいなものだからね。なんでもいいのよ、実際。人間でも、本でも、アクセサリーでも、剣でも、そう、なんでもね」
「便利な体なんだなー」


 じっくりと観察していると、黒騎士はやがて腕を組んだ。


「……あんたも、候補には入っていたのよね。最強の肉体、であろうし」
「やめとけって。おっさんの体に乗り移っても、いいことなんてないぜ?」


 まだ、おっさんとは思っていないが、最近明らかに疲れがぬけない日も出てきている。
 少しずつ年を感じているし、何よりヤユにおっさんを連呼されるのだから……悲しい気持ちになった冬樹は首をふった。


「……そう? ま、あたしにはわかんないことだけど。黒騎士の体が手に入ったならなんでもいいのよね。あー、だるーい」


 黒騎士はその場で伸びをする。
 体つきのよい胸が強調され、冬樹も多少目をひきつけられる。
 ルナに少し背中を強めにつつかれて、冬樹は咳払いする。
 黒騎士を追ってやってきた青騎士が、腕を強くつかむ。


「今ここで、全員で相手してやってもいいのよ?」
「……悪いけど、全員でやって勝てると思ってるの?」


 黒騎士の手に多くの魔力が集まり、魔兵が出現する。
 黒騎士と、恐らくは魔本と思われる少女の魔兵。
 それらが闇の中に収納され、あちこちに闇の渦が展開される。


「さすがに、倒せないはずがないだろう」


 レナードも剣を抜いて応戦する様子をみせる。
 黒騎士はふっと表情から力を抜く。


「……あたしを倒せても、何人が犠牲になるんだろうね?」
「……くっ」


 黒騎士はからかうように笑みを作り、青騎士は苛立った様子で歯ぎしりする。


「ま、まあ……とりあえずは大会に参加するんだし、そんときでいいだろ? 二人とも今は落ち着けって」


 青騎士をなだめるように冬樹は声をかける。
 事情をよく知らないが、少なくともこの場では黒騎士のほうが優勢であろう。
 青騎士が、すべてを犠牲にして攻撃に打って出れるのならば、話も変わってくるが……ここにいる貴族たちが死ねば、国が回らなくなる可能性が高い。


 魔本はそれらを理解した上で、この脅しを仕掛けている。
 冬樹だって、そのくらいは理解していたために、青騎士に片目を閉じる。
 青騎士は、やがて呆れた様子でため息をついた。


「……わかったわ。魔本、あなたの寝床を用意するから、ついてきなさい」
「……はいはい。それじゃあ、大会参加者さんたち、精々対策でも練っておきなさいよー」


 黒騎士はやる気なさそうに手を振って、青騎士の背中についていく。
 黒騎士が去った途端、貴族たちはその場であれこれと叫びだす。
 まず、魔本を脱走させたこと、死人こそ出ていないが怪我人は大量に出ている。


 色騎士二人はその対応におわれ、顔に怒りマークを滲ませる。
 もちろん、すべての貴族がそういうわけではない。
 明らかに、色騎士を貶めるような言葉の数々に、冬樹は首を捻ってしまう。


「色騎士って……貴族たちに慕われているってわけじゃないんだな」
「……むしろ、色騎士は恨まれるような立場の人たちですから」


 ルナが口を開きながら、イチとサンゾウに戻るように伝える。
 二人が会場を去ったところで、ルナが続けた。


「……色騎士は今の王が作った平民部隊の代表みたいなものなんです。だから、ああやってボロを見せればすぐに貴族が食ってかかります。もちろん、黒騎士と赤騎士は貴族ですが……それ以外はみんな平民ですからね」
「……そうなのか。けど、やっぱり強いんだろ?」
「はい。昔は、強い平民は、貴族の下で力を見せるのが当たり前でしたが……今の王はああして地位を与えました。それが、昔の貴族の考えを持っている人からすれば気に食わないのです。どちらが正しいのかは、私にはわかりませんが」
「ま、どっちでもいいけど、平民からむしりとるだけってのがなくなればいいんじゃないか?」
「そうですね」


 やがて青騎士が戻ってきて、余計に貴族たちの話が増えていく。
 今さら舞踏会を再開、という空気でもない。
 冬樹たちも戻ろうか、と話をまとめていると、色騎士たちに呼び止められる。


「……ルナさん、少し借りてもいいかしら?」


 ルナの父親が王とも交流があったとかで、ルナも顔くらいは知っているようだ。
 青騎士が髪をかきあげながらいう。ルナは迷った様子を見せてから、こくりと頷いた。


「それでは、私はここで待っていますね」
「わかったわ。ミズノ、だったわね。少し、大事な話をしましょう」
「魔本のことか?」
「話が早いわね」


 この状況ではそれくらいしか話題は思いつかない。


「魔本が黒騎士の体を乗っ取ったわ。……黒騎士は、私たちの実質リーダーみたいなもので、一番強いわ」
「……そうなのか」


 さっきの攻撃手段を見た限り、確かに厄介そうなのは理解できた。


「……私たちだって、個人で戦ったら恐らく勝てないわ。だから、あなたの意見を聞きたいのよ」
「……どういうことだ?」
「そもそも、私たちはあの大会で蹴りをつけるつもりはないわ。狙いの一つは、大会終了と同時に三人で攻める。間に合うようなら、今王の護衛をしている茶騎士も呼んで、四人で攻めるわ」
「それじゃあ、魔本が怒るんじゃないか?」
「だから、市民の避難も……最低限はすませておくつもりよ。……それでも、結構な被害が出るかもしれないけれどね」
「そんなの、なんか嫌だな」
「……あなた、ふざけことを言わないで」
「怒るなっての。それは最悪のパターンなんだろ? だったら、その前に黒騎士を止められればどうにかできるってことだろ?」
「どうにかできるのかしら?」


 青騎士の疑いを多く含んだ目。
 だが、彼女はそれを期待していたかのような声音でもあった。
 ぱっと出の……それも魔力の少ない男が対抗できるわけはない、と考えているのもわかったが。


「……青騎士。賭けてみてもいいかもしれないぞ。私を破ったときも、まだ何か力を隠しているように感じた」
「あたしは詳しく知らないけど、さっき誘拐された人たちの居場所を特定したのはこの男のおかげなのよね。ま、男は魔力が少ないから、信用ならない部分もあると思うけど、あたしたちよりかは可能性はあるかもね……。もう、模擬戦の段階であたしたち、黒騎士には一度も勝ててないし」
「確かにな。すでに私たちはみな黒騎士に負けているのだ、魔本の力も上乗せされてしまえば……厳しいな」


 レナードの言葉を受けてから、冬樹は青騎士に頷いてやった。


「黒騎士の魔法や攻撃手段とか、全部教えてくれればたぶん、それなりに対抗できると思うよ」


 冬樹の言葉に、聞き耳をたてていた貴族たちが驚いたような声をあげる。
 はったりとして笑いとばすものもいるが、すでに冬樹の試合を見ていたものはただの虚言、と笑い飛ばせないようだった。
 青騎士はレナードに視線をじっと飛ばしてから、口元を隠した。


「……本当?」
「ああ。おまえらの後の作戦にむけての時間稼ぎくらいはできるかもしれねぇよ」


 わざと控えめにいったのは、黒騎士との実力差がどれほどか把握していないからだ。
 勝てると断言したいところだが、勝てなかったときに何も用意していないという状況は避けたかった。
 冬樹の言葉に、青騎士は顎に手を当てる。


「わかったわ。黒騎士の魔法について、教えておくわ」


 三人の騎士が、黒騎士の魔法について教えてくれる。
 念のために録音しながら、それらをまとめていく。


 黒騎士の魔法は闇魔法。
 影から影に移動することができ、また自分で作り出した闇を使い移動も可能だ。
 ただし、移動できるのは自分を除く生物以外。魔兵もそれに含まれるのだから、たまったものではない。
 本選からは、魔兵だろうがなんでもありになる。
 黒騎士にとっては、かなり有利な戦場となるであろう。


 だが、弱点というか欠点もある。
 闇魔法が及ぶ範囲は目の届く場所だけだ。
 まあ、闘技場ならば、すべてに目が届くためにまるで欠点ではないのだけど。
 後は普通に斧の扱いがうまいということだ。


「……どう、勝てそう?」
「後は、明日実際に戦っているのを見てからだな。何も言えないよ」
「言ってくれれば、戦闘は決勝まで伸ばすことも可能ね。どうする?」
「不公平、だよなそれは」
「……そんなことを言っている場合ではないわ。国の一大事なのよ?」
「ま、そうだけどさ……」


 青騎士が苛立ったように声をあげるが、冬樹としてはルールの上で戦闘をしたい気持ちもあった。
 まあ、そこら辺は彼女たちの判断に任せるしかない。国がなくなる可能性もあるのならば、冬樹にだって他人事ではない。
 それ以上話すこともない。冬樹たちは屋敷へ戻る。


 ……なんでも、ギルディの中に魔本は潜んでいたらしい。
 ずっと一緒にいたため、少し恐ろしい話だと思った。


 屋敷に到着すると、リコはすぐに眠りについた。冬
 樹も疲労がたまっていたために、部屋のベッドに腰掛け、さて眠ろうかと魔石の明かりを消そうとしたところで扉をノックされる。
 体を起こして急いで鍵をあける。
 そこにはドレスではなくパジャマに身を包んだルナがいた。


「……あの」
「中入るか?」
「は、はい」


 ルナを部屋の中に入れる。
 今日の事件で彼女も不安を感じているかもしれない。
 部屋に入るが、座る場所はない。迷った末に、ルナはベッドへと腰掛ける。
 その横に座り、ベッドが沈むのを感じながら彼女に首を捻る。


「ミズノさん、話がしたかったのは魔本のことです」
「ああ、明日の試合か? まあ、どうにかなると思うよ。……大丈夫だって、優勝するから」
「いえ……違うんです。私はあの魔本が何か、別の目的があって動いているんじゃないか、と思ったんです」
「別の目的?」
「……もしも、目的が国を破壊することなら、あの場で暴れてしまってもいいと思ったんですよね」
「ってことは、勝てない、と思ったんじゃないか? だから、あの場ではああやって逃げようと考えたってのはどうだ」
「ですが、魔本はあくまで道具なんですよ。国を完全に破壊できなくても……大打撃を与えられればそれで良いはずです。実際、過去にはそうやって襲撃をし、その隙に魔族が襲い掛かってくる、という場面もあったらしいんです」
「……なるほど」


 ルナの言うとおりのことが魔本の役目だとすれば、今回のように大会へ参加するようなのはおかしい。
 ……ましてや、大会に参加して優勝して強さを証明する。
 確かに、それでこの国で最強、と名乗れるかもしれない。しかし、それだけで、国民全員が魔本にひれ伏すはずがない。
 大会終了後に、市民、貴族を皆殺しにして回るとしても、それでは明らかに時間がかかる。
 さっきの場面で倒してしまったほうが圧倒的にラクであっただろう。


「魔本自体が負けたくなかった……とか? ただの道具として終わるのは嫌だ、とか」
「やっぱり、そうなるのでしょうか」


 否定されることはなかった。
 道具として作られたのならば、敗北などは痛くもないだろう。
 ルナは何か思い当たる節でもあるのか、顔をうつむかせる。


 冬樹も確証はなかったが、一つの考えが浮かんでいた。
 それが正しいのならば、この大会に参加した意味も、多少は理解できるかもしれない。
 あまりに稚拙で、残念な希望だ。
 それは、魔本にとっての感想だ。


「……魔本ってのは、子どもなのか?」
「え、ええと……? あの魔兵を見た限り、容姿は子どものようですね」
「そういや、なんで人間の姿もあるんだ?」
「詳しいことは作った本人に聞くしかありませんが、油断させるためだとかじゃないですか?」
「……そうなのかね。まあ、だとしたら、ちょっと成功してるかもなぁ」
「油断してるのですか?」
「子どもなら、助けないといけないとだなって」
「助ける、ですか?」
「ありがとな、ルナ。もしかしたら、明日聞けるかもしれない」


 きょとんとルナは目を見開いて首を傾げる。


「……え? えと、お役にたてたのならよかったです。それじゃあ、明日も早いですし……おやすみなさい」


 ベッドから立ち上がり、彼女はペコリと頭を下げる。
 冬樹は片手を振ってから横になった。

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