義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第十八話 闘技大会6

 レナードについていき、案内されたのは会場の外だ。
 外では売店のようなものが並び、冬樹は食事もついでにとる。
 かさかさのパンと、肉を購入し、むしゃむしゃと食べる。
 レナードも似たような食事をとり、


「少し話してもいいか?」
「何をだ?」


 あまり良い話とは想像していないが、それでも冬樹は話を聞くことにした。


「……この前、王城に敵が侵入してきたのは知っているか?」
「……ま、まあ、話しくらいは聞いたことある」
「……ふふふ、そうか。今回、色騎士がこの大会に参加した本当の理由について、気にならないか?」
「どういうことだ?」


 レナードは強さの証明、といっていた。
 他に理由があるとすれば、裏で何か別の仕事をしているのだろう。
 たいして情報を持っていないが、ここまでの話で少しわかる。
 王城に忍び込んだ何者かが、大会に紛れ込んでいるとか、そんな理由だろう。


「俺が聞いたら何かいいことあるのか?」
「いや、単純に協力してくれると思っただけだ」
「……そんな暇はないんだよ」


 もちろん困っているのならば、協力する。
 しかし、今は時間を割く余裕はない。
 レナードは慌てて首を振る。


「別に暇な時間に何かしてくれ、とかではない。もしも、魔本持ちがいたら、止めてくれという話だ」
「魔本持ち?」


 話を聞くとはいっていないが、それを咎めるつもりはない。
 仮面をつけていてもわかる、彼女の悲痛な声が気になっていた。


「あ、ああ。国に厳重に保管されている魔本『ニブルハイム』が、人を操って逃げたしたんだ」
「本が逃げ出す? 人を洗脳でもして持ち出したってことか」
「まあ、そうだが、おまえは本を想像しているだろうが、まるで違うからな?」
「へ?」
「魔本は本の形こそあるが、魔力の塊のようなものだ。人の魔力にとりつき、その人間を操るんだ」


 別に信じているわけではなかったが、一番近いのは幽霊かもしれないと思う。


「俺に、その魔本の相手をしてくれってか?」
「いや、私に負けてくれればその必要はない……いや、そもそも、別の会場にいる色騎士が相手してくれるだろう」
「国の騎士がそんなことを頼むのか?」


 彼女に対して少しばかりの不信感を抱いた。
 試合前にわざわざこんなことを話すのだ。わざと負けてくれ、とも聞こえてしまった。
 レナードはあっ、と抜けた声をあげる。慌てて両手を振り、すまないと頭を下げる。


「わ、悪かった。私は真剣勝負をしたくて話をしただけだ」
「なら、なんで相談なんかしてきたんだ」


 どうにも事情があるように感じて、険を向けるのはやめる。


「一部では、私たちの大会参加に対して、そういう噂を聞きつけている人がいる。実際、私の対戦相手はみな加減していただろう? 万が一にでも勝利してしまうと、面倒なことになりかえなにから、だと思ったんだ」
「……あ、ああ? あれは、単純にレナードの名前にびびっているだけだと思うぞ」
「……そ、そうだったのか? ああ、なら私は無駄なことをしたじゃないか……また、クロに怒られる」


 ぶつぶつとレナードは暗い雰囲気で肩を落とす。
 人々が次の試合についてあれこれ話しながら歩いていく。


「おーい、ミズノさん、そろそろ試合始まるみたいだぜー?」


 すれ違った人にそう呼ばれて、レナードを見る。


「なに、まずいな。鎧着ないといけないのに……」


 人に囲まれそうそうになるが、試合がこれから始まると伝え、人々の輪を抜ける。
 一応、今は正体を隠しているため、レナードの手も掴んで。
 共に、選手入り口に入ると、レナードはそこで手を離した。


「私はここで大丈夫だ。それでは、楽しい戦いにしよう」
「負けるつもりはないからな」
「ああ、私だって」


 レナードより先に通路を進み、会場へとでる。
 夕方が近づき、太陽がやや傾き始めた空。
 一日中騒いでいるにも関わらず、会場の熱は止むことはなく、さらに増していた。
 この中で、今日最後の戦いを行うことになる。
 唾を飲みこみ、肩を回し体を解していると。


「待たせたな」


 レナードが緑の鎧をまとって歩いてくる。
 あれだけの装備であるため、動きが遅いのではないかと観察してみたが……いつもと変わらない様子だ。
 それは今までの試合でわかっていたことだ。
 スピードで攻めることも出来ない。一つの作戦を否定しながら、拳で手の平を叩く。


『さぁ! 恐らくは多くの人が集中しているであろう、色騎士レナード様対、手を出しまくりの男、ミズノ!』


 失礼すぎる紹介をされたため、冬樹は強くにらみつける。
 確かに誘ってはいるが、今の言い方では何かエッチな行為に及んだかのようだ。
 冬樹の厳しい目線は、司会の煽りにかき消されてしまう。
 すっかり、会場の応援は減ってしまった。


 それでも、ルーキーに対する期待だろうか、色騎士のかませ犬にでもなってくれと言った様子で声が響く。
 レナード一色なのではないかと思えるほどの応援の迫力。
 今までの対戦相手が萎縮していた理由も少しはわかった。


 ここに立つ事で、自分がまるでこの大会の敵であるかのようにさえ思ってしまうのだ。
 だからこそ、冬樹は笑みを作った。このムードを吹き飛ばすために。
 多くの人間が予想している、レナードの勝利。
 それを覆してやりたくなった。いや、覆さねば、ルーウィンの地は守れない。


『お二人とも、宣誓の言葉を!』
「私は、この大会で別の色騎士と戦うために参加している! もとより、目標は決勝トーナメントのみだ」
「俺はルーウィンの土地を守るための協力者探しだ。ルーウィンの土地にも、色騎士に対抗……いや、色騎士に勝てる人間がいると証明してやる!」
『これがルーキーの度胸か! ミズノの発言に、レナード様も嬉しげな様子だ! さあ、それでは初めてもらいましょうか! 今日、恐らくはもっとも期待しているであろう第二会場の試合……今始まります!』


 司会の避難が終わると同時、レナードが大きく地面を蹴る。
 震刃を作らせる時間を与えない、という様子だ。
 その突撃を、横に飛んで避けようとして……目の前に風の壁があることに気づいた。


「逃がしはしない!」


 突っ込んでくるレナード。
 両サイドがすでに緑色の風の壁で囲まれている。
 会場は広いのに、レナードと冬樹は一本道での戦闘を行うことになってしまう。
 冬樹は自分の世界を広げ、何重にも魔力で妨害をかける。


 しかし……熟練された魔法を打ち破ることはできない。
 作り出された震刃でレナードの剣を受ける。相手の突進を利用し、攻撃を受け流そうとし――爆風に身体が包まれる。
 空いている手で胸元の魔石をかばいながら、風の壁に叩き付けられそうになる。


 その強風は恐らくは刃のように体を傷つける。
 聞こえる風切り音に、冬樹は短く呼吸をもらす。
 本来、レナードは決勝トーナメントで戦うような強敵。
 そんな人間相手に生身で戦いを挑もうなんて、そもそも考えが甘かったのだ。


「『双白竜そうはくりゅう』!」


 大きく叫ぶ。全身を白い鎧が包む。
 不意に現れた鎧に、観客席から驚きの声がいくつも耳に届くが、冬樹は気にせずに装備を整える。
 それはレナードも同様だ。
 今攻撃できればよかったのだが、あいにく風の壁への防御に忙しい。
 全身の鎧でどうにかそれを受けきり、ようやく風の壁から逃れる。


 久しぶりのパワードスーツだ。
 いつもよりも向上した身体を軽く動かし、肩をまわす。
 レナードが緑鎧に魔石をつけているのだから、こちらもフェアにするために、パワードスーツに魔石を付け直す。
 そうしていると、レナードが大きく笑った。


「それだけの魔力の鎧……いったいどれだけの鍛錬を積んだんだっ」
「別に、俺にとっては普通のことだ」


 あくまで、これらの作業を行えるのは脳内に埋め込まれたチップによるものが大きい。
 小型のパソコンみたいなそれを使い、人間が必要な計算をチップで補助しながらこれらを展開しているだけにすぎない。
 チップとの相性が特別よかっただけで、結局は生まれながらの才能だ。


 冬樹は全力の震刃を作り出す。
 そして、クロースカにお見舞いした震刃の刃に魔力を宿し、延長する技を放つ。
 自分の世界によって魔法のみを切り裂く一撃。
 それを構えると、レナードはその剣に緑色の風を集めた。
 何を企んでいる。


 わからないが、攻める以外にすることはない。
 青に近い魔力が、震刃の先から延長し会場の壁を貫きながら、レナードへと迫る。
 この刃自体に殺傷能力はない。それを理解してか、レナードは一歩もその場から動かない。


「……なるほど、な。妨害は全体か」


 震刃に触れないよう、レナードは風を誘導していたが、この場にあった魔法はすべてなくなった。
 当たり前だ。地下、地上、空……冬樹から二百メートル圏内が、冬樹の領域だ。
 さすがにそこまで広げれば、他の闘技場での戦闘に迷惑がかかるため、今はこの会場限定ではあるが。
 レナードはそれで魔法による遠距離攻撃は無駄と判断したようだ。
 すっと剣を持ち上げる。


「ここからの私は風となる。越えられるかな?」
「……」


 返事を返す余裕はなかった。
 レナードの姿が消え、気づけば右に魔力の歪みを感じる。
 咄嗟に震刃をそちらへ振るう。震刃と彼女の剣がぶつかりあい、激しい音をあげる。
 パワードスーツがなければ、力だけで吹き飛ばされていた。
 レナードはそこで、最速の剣を振るってくる。


 恐らくは風をのせた剣。魔法を攻撃ではなく補助にまわしての結果だ。
 ――いやらしい奴だ。
 冬樹はそれらを受けながらも、歯噛みせずにはいられない。
 彼女の剣に付加された魔法を解除するほどの余裕はない。
 気を抜けば、レナードは風でこちらの全身を拘束してこようとする。今もなお、彼女の腕の延長のように不可視の風が何度も向かってくる。


 自分の領域を操作し、どうにか捻じ伏せるだけで手が一杯だ。
 ……そもそも、パワードスーツにおける自分の世界は、その範囲ないで自由に武器やら道具やらを作り出せる領域でしかない。
 慣れない、運用をしているため、まだまだ全力を出し切れていない。
 レナードの剣は美しかった。


 型にはまったように振るわれれば、まるで予想もできない突きをしてくる。
 冬樹の敵に合わせて適当と気分で作りだす剣技とはまるで違う。
 だからこそ、冬樹はこの戦闘中もレナードの動きをビデオに治めていた。
 それをチップで即座に再生させ、今までの試合のすべても同時並行で再生していく。


 片目を閉じて、そちら側で映像を見て、もう片方の目でレナードの攻撃を受ける。
 普段、物を覚えるのはあまり得意ではないが、集中力はあるほうだと自覚している。
 だからこそ、映像をみながら防御に徹する。
 防御だけならば、まだまだ捌ききれる。


 どこか――どこかで、レナードの剣に揺らぎが出るはずだ。
 相手は何かしらの型をモデルに、自分なりのアレンジを加えている。
 ……他に参加しているものの中に、似たような動きはいくつもあった。
 それが基礎となっているのだから、レナードだっていつかは、予想もしていない動きに対応が遅れる場面が出てくるはず。
 右目の映像と、左目に映るレナード。


「ああ、そうか」


 ぽつりと言葉をもらし、冬樹は映像のすべてを終わらせる。
 そして、両手に強く震刃を握り、力任せに振るった。
 レナードは剣で受け、跳躍し距離をあける。風が彼女の周囲を舞い、ゆっくりと着地するとすぐさま、突っ込んでくる。
 その攻撃はさっき映像でみた。
 いや、今までのすべての試合で、レナードはその技でケリをつけていた。


「はぁぁっ!」


 レナードは風を剣にまといながら、勢いよく腕を振りぬく。
 風をまとい、激しく吹き荒れる中で、冬樹は震刃で受け止める。
 レナードがニヤリと笑った気がした。
 だから、冬樹もレナードの心を読んで言ってやる。


「この技には不可視の風の刃がある」
「……なに!?」


 レナードの剣から放たれた風の弾丸。
 ……もともと風が武器なのだ。
 色などつけずとも、攻撃は可能なはずなのだ。
 なのに、レナードはわざと風に色をつけて攻撃している。


 ……それはつまり、強敵への不意打ちをするため。
 それらを理解し、奥の一撃を弾く。見えなくとも風の揺らぎはわかる。
 追い詰めた。
 レナードは防御姿勢をとり、そして慌てた様子になる。


 この間合いで、冬樹がやるのは一度使用した攻撃だ。
 震刃の刃のみを消し、レナードの剣をすぎると同時に刃を作る。
 剣で受けようとするなら、これによって敵の攻撃を回避することができる。
 ……だからこそ、レナードは攻撃一辺倒だったのだ。もともと、防御が得意にも関わらず。


 レナードの魔石に刃が当たり、すぐさま震刃を消す。
 レナードの諦めたような……だがどこか嬉しげなため息を耳にしながら、冬樹はパワードスーツを解除する。
 そして、静まり返っていた会場へと片手をあげる。
 まるで爆発でもしたかのように、声が重なって響いた。

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