義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第十四話 闘技大会2



 戦いが終わると、周囲の目が一気に変わった。
 舐めきっていた人々の視線が険しいものへと変化していく。
 この辺りは、正直微妙なところだった。
 ……ギリギリの戦いを繰り返して、相手に油断してもらうというのも一つの手だ。
 だが、それではいまいち、人々に強さが伝わらない可能性もある。
 だから、今は出来るかぎり全力でやろうと思った。
 と、対戦相手の男二人がこちらにやってくる。
 二人は軽く頭をさげてくる。


「……舐めてたのはこっちだったぜ。どうなるかわからないけど、優勝狙って頑張れよ」
「優勝したら、俺たちももしかしたら協力することになるかもしれないしなっ。頑張れよ!」


 男二人にそういわれ、頬をかく。


「……恥のない戦いを心がけるよ」


 彼らには感謝している。
 魔法を使われれば、限りのある武器のどれかを使用していく必要があった。
 戦いが進めば進むほど、魔法ほど応用の効かない冬樹の武器たちでは対策を立てやすくなってしまうだろう。
 エネルギーを使った領域による、敵への足止めだって、種がばれれば簡単に破られる可能性もある。
 その点では、格闘だけで突破できた一回戦は自分に花丸をあげたいくらいだった。
 先ほどいた観客席へと戻るが、ギルディも一回戦が始まるところだったようで、すでにいない。
 人が多くて気づかなかったが、どこかですれ違っていたのかもしれない。
 座って待っていると、隣の空席に一人の女性がやってくる。


「隣いいか?」
「うん? ああ、まあ、どぞ」


 試合がもうすぐ始まるため、あまりそちらを見ることはできなかった。


「さすがに、色騎士に勝ってみせると言うだけはある。さっきの試合、見事な動きだった」
「ありがとさん」


 そちらをチラと見ると、女性は仮面をつけている。犬の仮面だ。
 仮面の奥にある緑の瞳が美しい。
 落ち着いた雰囲気を持った女性は楽しげな様子で、会場へと視線を落とす。
 ちょうど、ギルディが戦闘を始めたところだった。
 器用に敵の攻撃を避け、敵の嫌がる攻撃を行っていく。
 途中、魔石を砕き、魔法を放つなど……見慣れない攻撃手段がいくつかあった。
 ギルディだって決勝トーナメントでは当たるかもしれない。チェックしておいて損はないだろう。


「なあ、女性さん」
「……なんだ?」
「あんたって戦闘のこととか詳しいのか?」
「……ぷ」


 なぜか女性は一度笑い、口に手をやる。
 だが、それは一瞬だった。何か思い出し笑いでもしていたのだろう、と深くは突っ込まなかった。


「それなりに戦いは得意なほうだ。何だ?」
「少し聞きたいことがあってさ。あの魔石砕いたのはなんなんだ?」
「あれは魔石魔法だ。魔石に魔法を書き込む技術で、一度きりだが魔法を使用できる。まあ、切り札として使う者もいれば、さっきのようにフェイントして活用する場合もあるな」
「なるほどね……。俺も魔石欲しいな」
「なかなか、高いぞ?」
「……なら、ダメだな」


 ルーウィンに無駄に金を使っている余裕はないだろう。
 女性はどこか楽しげな様子だ。何でも聞いてこい、といった様子であるが、それ以上特に質問したいことはなかった。
 ギルディは無事に勝利をおさめる。
 ところどころで、ギルディの名を呼ぶ黄色い声がある。あの容姿だ、人気がでてもおかしくはない。
 憎々しげにそちらを睨んでいると、やがてギルディが戻ってきた。


「どうだった?」
「見事な試合だったよ。正直いって相手したくねぇよ。ていうか、おまえ人気ありすぎだろ」
「そうかな? まあ、あれだよ。僕やキミみたいな濃くない顔はこの国の女性には受けがいいからね。僕はモテるためにこの国に初めは来たくらいだしね」
「俺ももしかしてモテるのか!?」
「まあ、わりと好かれる顔なんじゃない。ほら、ちょうど女性と話していたようだしね?」
「いやいや、この人はただのお客さんだよ」


 幸い、近くの席は空いている。
 ギルディはなぜかからかうような目をこちらに向けているが、別にそういう関係ではない。
 しばらく試合を観察しながら、時々女性と話をする。
 彼女は意外と、戦闘に詳しい。
 さっきの攻め方はよくない、とか、今の攻め方はよかった、などと話で盛り上がっていると、


「……と、そろそろ私も試合の時間だな」
「……え? マジで?」


 時間的に、同じブロックの敵だ。
 あれこれと質問していたため、冬樹の知識のなさはすでにばれている。
 ……こういった、情報収集の手段もあったということか。
 反省しながらも、悪い時間ではなかった。女性との会話を楽しめた、そう前向きに捉えることにした。


「強者と話をしたかった。騙すようですまなかったな」


 女性は仮面を少しずらし、ぱちりとウインクしてくる。
 ……想像以上の美女に、思わず呼吸を忘れる。
 半分しか顔は見えていないが、それだけでも心臓が握りつぶされたかのような美しさであった。


「……えーとあんた名前は? ライバルだけど、応援くらいはするぜ?」


 動揺を気づかれないように笑顔を向けると、女性は眉間に皺を作った。


「……あれ? そ、そうか。……私の名前はだな――」


 言いかけたところで、前に座っていたギルディが膝を叩いてくる。


「おーい、ミズノくん。そろそろキミもじゅ……んび……」


 振り返ってきたギルディはそこで口をかたかたとぶつけるようにして、目を見開く。


「……レナード、様」


 レナード、どこかで聞いた名前だ。そこではっと気づいた。


「……もしかして、緑騎士さん?」
「まさか、顔を知られていないとは思わなかったな。対戦するときを楽しみにしているよ」


 再び、仮面を被りなおしたレナードだが、すでに数人の客が気づき、身動きはとりにくそうであった。
 それでも、試合が近づいている、といえばレナードの邪魔をする者は誰一人いない。
 ここにいる客達で、レナードを妨害して負けさせようという人は誰もいないということだ。


「……こりゃあ、また。キミは大変そうだね」


 いつの間にかギルディが横に座り、肩を叩いてくる。
 確かに、と冬樹は視線をぐるりと全体に向ける。
 いつの間にか、向けられる視線はいくつも増えてしまっていた。
 こうなれば、ここから先は敵も警戒してくるだろう。


「そういえば、女性のほうが人が多くないか?」
「……キミは一体どんな幼少時代をすごしていたんだい? 魔力は女性のほうが扱いがうまいし、魔力量も多いから、色騎士はみんな女じゃないか」
「……ほ、ほぉ、そうなのか」


 じろっとした目をしていたギルディだが、もう慣れたといった様子で肩を竦めた。


 ○


 二回戦のために、会場へ入った冬樹はこれから戦う相手の映像を脳内で再生していた。
 脳内に埋め込まれたチップから直接脳に、映像を送っているため、回りに怪しまれることはない。
 あまり移動中に使用することは勧められていないが、冬樹は慣れていたために気にしなかった。
 敵三人。
 一人は後衛で魔法を用意し、二人が前衛。
 魔法は攻撃と妨害の二つ。
 相手の注意を奪うための、見た目重視の攻撃か、敵を直接狙うかのどちらか。
 他の情報は敵のランクがCであるということくらいか。
 今度は少し早めに到着したために、控え室で待機する。
 やがて、名前が呼ばれ、すぐに廊下を歩いていった。
 さきほどの戦闘のおかげか、どうにも応援の声が少し増えた。
 司会にマイクを渡され、似たような発言をする。


「よろしくお願いします」
「あ、ああよろしく」


 対戦相手の子たちは、ルナくらいの若さだ。
 突然挨拶をしてきたために、少し驚いた。
 Cランクになるために、相当な鍛錬を組んできたに違いない。
 子どもの努力を妨害するのは気がひけたが、こちらも仕事だという気持ちで割り切るほかなかった。
 歓声を心地よく体で受けながら、戦闘が始まる。


「エール、行くよ!」
「うん、クール任せてください!」


 前衛は、双子だ。
 まさに阿吽の呼吸だ。
 二人が迫りながら、連続的に攻撃を加えてくる。
 どうにか、回避を繰り返すが、お互いが隙を潰しあってまるで反撃できない。


 ……どのカードを切るか。
 二人の動きを見ながらも、冬樹は落ち着いて観察する。
 この状況、押しているのはどうみても双子であろう。
 だが、それは力を出し渋っているからだ。
 冬樹が見ているのは、この先……決勝トーナメントまで、どれだけ手札を隠して突破できるかだ。


 双子が攻撃の手を緩めたところで、肌を撫でるような魔力が満ちる。
 ……日本でも何度か体験したことがある。
 相手がエネルギーによって作り出した世界に侵食されるような感じ……。
 これはずっと、敵に妨害されるものだと思っていた。
 しかし、それは違った。
 ずっと、冬樹が科学の力だと思っていたものの源は、魔力だった。
 情報を魔力によって具現化させているなど、科学と魔法が組み合わさっているために、魔法がすべてということはない。


 魔法と科学を理解したからこそ、この世界ならではの戦いが出来る。


「えっ!?」


 後衛の女性が叫ぶ。
 どうやら、魔法を扱うだけあり、世界が侵食されているのがわかったようだ。
 ……これでは、そう何度も使用することはではいだろう。
 今はまだ練習半分だ。


 敵が作った魔法は火の玉。それに対し、冬樹は自身の領域を広げ、敵の火の玉の回りに膜を作る。
 結果、火の玉の動きは鈍る。さすがに、まだ拘束するほどにはいかないが、それでも十分だ。
 この世界の魔法を少し理解するとともに、減退した火の玉を回避する。
 この世界の魔法も、この魔力による領域内での出来事なのだろう。


 特別、魔力領域の扱いに慣れているため、相手の魔法に妨害することは造作もない。
 魔法に対しての知識はないが、相手の魔法を理解できなくとも、その周囲で妨害をしてしまえばいいだけだ。
 広げた魔力領域を一度なくす。あまり、派手にやると今後対策をとられる。
 魔力領域は魔力を多く込められれば、たぶん防がれてしまう。
 単純な力技で負けてしまうのだから、なるべく温存しておきたい。


 懸念事項だった魔法への対策は取れるようになった。
 相手の子たちは何が起こったのか理解できていない。
 恐らく、この会場にいる多くの人間もまた、相手の子たちが魔法を失敗したとしか思っていないはずだ。
 大会参加者の数人は魔法を妨害したのに気づいている。
 厄介な相手たちだ。


 再び連携を始めようとしたところで、剣の軌道を見切り、戻す前に女の手を殴りつける。
 剣が落ち、得物をなくした女性が防御姿勢をとる。横から、もう一人が迫ってくる。
 さっきと同じだ。
 魔力を操作し、右から迫ってくる女の子の正面に魔力の壁を作る。
 女の子は一瞬何かの抵抗があったのだろう。顔を顰め、動きが緩慢になる。
 二人の連携が崩れた。
 防御姿勢の女性に鋭い蹴りを放つ。
 防御していた腕が弾かれ、その胸の魔石を軽く破壊する。
 遅れてきた女性が歯を食いしばり、剣を振りぬく。
 それに対しても、魔力を僅かにあて、攻撃の軌道をわずかにずらす。
 回避をとり、アッパー気味に拳を突き出して魔石を破壊する。


「ファイアっ!」


 後方の女性が再び叫ぶ。
 さっきと同じ火属性の魔法であったが、今度はいくつも魔法をばらけさせている。
 何かしらの妨害をされているとはわかったようだ。
 小さな火の玉が飛ぶ前に、地面を蹴る。
 迫る火の玉へ、周囲に満ちている魔力を操ってぶつける。
 回避していけば、もう攻撃があたることはない。


「……完敗です」


 女性の懐に迫ると、魔石を破壊する前に女性は両手をあげた。
 どこか、晴れやかな笑顔で彼女はいう。
 二回戦突破が決まった。

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