義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第九話 闘技大会申し込み1

 竜車に揺られること5時間。
 途中、ルナと色々話をしたが、特にこれと言って重要なこともない。
 あれだけ揺れて……さすがに眠くなってしまっていた。
 リコなど途中居眠りしかけて、ルナに頭を乗せようとしていたほどだった。


 様々な容姿の人が行き交う町に入っていく。
 首都レイデンへ向かうために多くの人間が立ち寄る街、クロース。
 そんな街では客を少しでも呼び込もうと、人々が手を叩き盛大に客寄せを行っている。
 間なれない文字こそあるが、店名の横には武器や防具の絵がある。


 文字を読めない冒険者のために、ということらしい。
 街に入ってから、ルナの口はいっそう良く回る。
 ここまで、不甲斐ない姿を見せていたために奮起しているのかもしれない。
 やがて、竜車から降りる。


 ここまでの感謝を伝えるために竜の顔をねぎらいの気持ちとともに撫でる。
 竜は気持ち良さそうに目を細め、甘えた声で鳴く。
 ずっと見ていたくなる可愛らしさだ。
 竜車から離れ、ルナとリコは目的を持っているかのように歩きだす。


 まずどこに向かうのかなどはまるで聞いていない。
 不安を感じながらも、冬樹は彼女たちの背中を追っていく。
 平民と貴族は明白に生活の場が決められているようだ。
 少し歩くと、豪華な町並みが覗ける道に出た。
 門の先が、目標の貴族の町である。


 開かれた大きな門の左右に、それぞれ騎士がいた。
 騎士に止められ、ルナが説明をする。
 先ほどまでとは違い、道も綺麗に舗装されている。


 冬樹は昔の日本の家を思い出していた。
 門の先には、昔の日本にあったような二階建てが並んでいる。
 貴族街、と呼ばれている。
 ようやく許可が下りて、門の先を歩いていく。


「どこにいくんだ?」
「ここの領主は、父の知り合いなんです。すでに手紙を送っておりますので、挨拶を兼ねてその返事でも、と」
「へぇ……」
「街が賊に襲われた、とも報告しておいたので……きっと心配していますので」
「そりゃあ、すぐに伝えないとだな」


 ルナは曖昧に微笑んだ。
 あまり、良い返事はないだろうという顔だ。
 すでに悲観的なことはわかっている。
 ますます、闘技大会での活躍が必要になるだろう。


 誰も口にはしないが、出来る限り勝ち進んでくれ、というのはリコとルナは思っているはずだ。
 気合を入れるようにしながら、貴族街を歩いていく。
 人の視線はそれほど多くはない。
 道に立つものたちは、昼間であるにも関わらず既に舞踏会の準備を整えたかのような豪華なドレスに身を包んでいる。


 丁寧な言葉遣いでそれはもう、綺麗な話をしている。
 なんとも居心地の悪い空間である。
 堅苦しいのが苦手なため、先に一人で闘技大会の申し込みにでも行こうかと本気で考え始めたところで、ルナの足が止まった。


「ここですね。久しぶり……ですね」


 ルナがリコに顔を向けると、リコは遅れて顔をあげた。


「そ、そうですね。ルナ様がお会いしたのは、一年ほど前ですね。私はちょくちょく会うことがありましたが……」


 ルナが決意を固めたところで中へと入っていく。
 すぐにメイドに呼び止められ、事情を説明する。
 と、軽い身のこなしの男がやってきて、一つ礼をしてから屋敷へと案内してくれた。
 中に入ると、恰幅のよい男が階段を下りてくるところであった。


「お、おぉ! ルナちゃん美しくなって! 心配していたんだぞ、魔族に何でも領地を占領されていたとか」
「グーロド様、お久しぶりです」
「はっはっはっ、身分に違いはあるが、ここでは私のことはおじさんだと思っていいんだぞ?」
「ははは……」


 ルナは困った様子で曖昧な笑みを残す。
 どうにも、貴族同士の話しはしたくないようだ。
 止めたい気持ちもあったが、相手の方が身分は上。
 ここで口を挟むことで、ルナに何かしらの問題が出てしまう可能性もあるため、冬樹は黙って見守る。


「使用人たちの部屋もすでに準備してある。さ、ルナちゃんはこちらへ。騎士学校のことなど、色々聞きたいことはあるんだ」
「……はい」


 ルナは短く呟き、グーロドの後をついていく。
 階段に足をかけたところで、思い出したようにリコに顔を向ける。


「それでは、リコ。ミズノさんの大会の申し込み、よろしくお願いしますね」
「わかりました。ミズノ様、行くぞ」
「お、おう」
「ほぉ、そちらの方が闘技大会に参加するというのですか」


 と、ルナの言葉に反応したグーロドも愉快そうに顎ひげを触る。
 注目が集まり、とりあえず頭をかく。


「……確かに、なかなかの実力者のようですな」
「は、はぁ……ありがとうございます」
「しかし、タイミングが悪かったですな……」
「タイミング?」


 いつもの調子で首を捻ると、グーロドの片眉がぴくりとあがる。
 だが、さして気にした様子はなく、グーロドはすぐに口を開いた。


「この街の大会に、騎士団たちの申し込みがあったところでな。その騎士団に対抗するように、S、A級の冒険者も申し込んできてもう大盛況なんだ!」


 グーロドは楽しそうに語り、思考をめぐらす。
 強敵の中での優勝ならば、さぞかし名は広まるだろう。
 だが、あっさりと敗北する可能性もある。
 雑魚ばかりでも、優勝、という肩書きがあれば、貴族たちにはいいアピールになる。


「……なら、タイミングはいいですね」
「なんだ?」
「優勝しなくても、騎士団か冒険者を倒せば、名前を広めることはできるってことじゃないですか」


 笑顔で言ってやると、グーロドは黙った。
 ルナは嬉しげに微笑を返し、リコもまたそれにうなずく。


「なるほど。そういう見方もあるということか。またルナちゃんは面白い平民をみつけたものだな」
「はい。出会いには凄く感謝しています」
「私が大会の管理者である以上、贔屓にすることはできないが、ルナちゃんの兵だ。頑張って勝ち進むんだぞ」


 グーロドの言葉に、冬樹は頷きを返した。


「それでは、全員はルナ様の護衛にあたってくれ」


 メイドとサンゾウたちにそう命令をだしたリコは、冬樹の手を掴んできた。


「……リコ?」
「闘技大会の申し込みは今日の日が落ちるまでだ。まだ時間があるとはいえ、思わぬ事態がある可能性もある。すぐに移動しよう」
「あ、ああ」


 リコはどうにも不気味な笑みを作ったまま、無理やりに引っ張っていく。
 速やかに、移動を始めたところで、リコがふうと息をはいた。


「少し、秘密の話をしてもいいか? ……こんなこと、ミズノ様くらいにしか話せないんだ」
「……誰かに、つけられてるぞ」
「な、なに……? 本当か?」
「ああ」


 本人は隠しているようだが、どうにもぎらぎらとした感情はむき出しになっている。


「……やはり、そうか」
「あっ、あんまり後ろ警戒するなよ。気づいていない振りをしておかないと、怪しまれるぞ」
「わ、わかった。気をつけよう」


 スタスタと歩いていき、平民街まで戻ってきたところで、人ごみに紛れる。
 客寄せ、冒険者、街人の声が入り交じり、いくつもの会話が耳に届く。
 こうなると、こそこそとした会話は聞かれないだろう。
 とはいえ、闘技大会が近づいているからか、人の動きが多い。
 必然的にリコと密着することになり、悪い気持ちになった。


「……それで、大事な話は?」


 下手に突っ込むよりかは、真面目な話で誤魔化したほうがいいだろう。
 リコがこくりと頷く。


「……さっきのグーロド様は、ここの領主だ。……一応、前領主の知り合いではあったが、前領主様に弱みを握られていたことで仲が良い振りをしていただけなんだ」
「……なんだそりゃ」
「……はは。そういえば、ミズノ様はあまりルーウィン家のことを知らなかったな」
「ああ」
「……まずはそこから話すとしようか。あいにく、道も込んでいてなかなか進まないことだしな」


 前をみたリコは疲れきった表情である。
 確かに、しばらく前には進めないだろう。


「ルーウィン家の歴史は……はっきりいうとかなり浅い。ルナ様の祖父の代から貴族になったくらいだからな」
「へぇ」
「現国王の祖父の命を助け、国王に直々に領地をもらったから、だ。なんでも魔族をばっさばっさと斬りふせたとからしい」
「そりゃあすげぇな」
「……どこまでか本当かは知らないがな。もともとルナ様の祖父はSランクの冒険者として活躍していた」
「そのSランク、とか冒険者って俺よく知らないんだよ。教えてくれないか?」
「……ミズノ様はあれだな。田舎に住んでいたとかではなく、今ここに突然連れてこられたようなくらい何も知らないのだな」
「よく言われる」
「だろう。冒険者は、平民版の騎士みたいなものだな。国から給料が支払われるわけではなく、その人の仕事っぷりで給料は決まってくるんだ」
「まあ、そのくらいは……なんとなくわかるかな」
「もともと、小さな村で、魔物退治を行う者がいたらしく、それを実力にあった者ができるように……と段々とあれこれ試行錯誤され……今のギルドになったらしいが……ってこれはあまり関係ないな」
「ああ、いいよ。聞いてて楽しいしな」


 どうにもリコは説明は好きなようだ。
 話しすぎて恥ずかしがるようにリコは頬をかいた。


「ま、まあ……あれだ。えーと……そうだ。実力にあった者が受けられるのだ。それがランクだ!」


 うまく繋げることができた、とリコは興奮気味に笑う。
 なんだか見ていて微笑ましかった。


「今はそれも少し変わってきて、Bランク以上のものならば、その人間が望むのであれば、国に仕えることができるようにもなっているのだ」
「……へぇ、じゃあ、冒険者から騎士を目指す人もいるってことか」
「ああ。普通騎士学校には三年以上通わなければならないが……冒険者は騎士として働きながら、文字の読み書きや基本的な作法などを一年程度かけて学び、正式に騎士になっていくのだ」
「じゃあ、やっぱり今回闘技大会に参加している奴らって……」
「……ああ、強敵ばかりだろうな。A以上になれば、正面からぶつかっても魔族を破るような人間も出てくるのだ。まったく、こんなところでのん気に大会などしていないで、私たちの村に協力してくれればいいものを……だから、貴族は腐っているのだ」
「……おいおい、そんなこと言っていいのか?」
「……聞かれなければな。貴族は平民を守り、その代わりに平民が税を納める……というらしいが、今はまるで違うnだ。……と、ここからが大事な話になるなのだ」
「その前に、会場までいけそうだぜ」
「うむ、また落ち着けたら話そう」


 人も減ってきたところで、冬樹たちは移動を開始する。
 闘技大会の会場へと到着する。
 丸いコロシアムのようなそこでは、受付が一生懸命にさばいている。
 そこで、長い列の最後尾につき、一呼吸おく。
 ずらりと並んだ列には、様々な武装をしている者たちがいる。
 顔にやたらと傷のついたまさに歴戦の男、という者ばかりだ。
 冬樹からすれば、傷などは跡もまったく残らないほどに医療技術が進んでいるため、傷がそこまであるのは珍しいことだった。


「さて、どこまで話したか……。ああそうだ、貴族が腐っているというところだったな」
「……その、貴族って言葉やめないか。ほら、暗号みたいな感じで他の言葉に置き換えようぜ」


 ここも騒がしくはあるが、さっきの人ごみほどではない。
 リコはしばらく悩むようにしてから、ポンと手を叩いた。


「なら、ぷーちゃんにしよう」
「それは……まあ、いいや」
「ぷーちゃんは腐っているのだ。多くのぷーちゃんは、自分の懐を豊かにすることだけを考えている……そして、また、この街のぷーちゃんもな」
「……この街ってことは」
「グーロド様は……恐らく、敵側の腐ったぷーちゃんだ」


 リコは深刻は顔で言い切って見せた。

「その他」の人気作品

コメント

コメントを書く