義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第二話 ルーウィン奪還1

「ヤユ!」


 慌てて手を伸ばすが、その手は何も掴んでいない。
 まだ、意識は朦朧としている。
 パワードスーツのまま、時計を見る。
 時間は午後の五時を示している。
 六時間近く、眠っていたようだ。
 慌てて立ち上がり、周囲をみる。


「おまえら!」


 近くには、例の黒鎧の二名がいた。
 やけに緑の多い周囲の景色が気になりながらも、倒れている男の胸倉を掴んで思いきり振る。


「おい、おまえら! ヤユはどうしたんだよ!」
「……ここは……、ここでも、ないのか」
「話聞いてるのかよ!? おまえ、ヤユに何を飲ませたんだよ! ぶっ潰すぞ!」
「……おまえはさっきの男か。あの子に飲ませたのは魔法の力を強制的に目覚めさせる薬だ」


 男はようやく答えてくれたが、眉をしかめずにはいらなかった。


「魔法……? な、なにいってんだよ? あ、あれか。悪い悪い。頭揺さぶりすぎちまっておかしくなったんだな?」


 冗談めかしくいってやるが、男はフルフェイスの頭をなくしてその顔をさらす。
 明らかに日本人離れした顔たちだ。
 あそこは日本地下都市であるため、なかなか外人を見かける機会は少ない。


「……オレは、いや……オレたちは異世界の住人だった」


 男は言って、近くでぺたりと座っている女性の肩を叩く。


「ラル」
「わかってるわよ……っ! ここも、違うってのは!」
「ああ、もう……終わりにしよう」
「……そうね」
「ちょ、ちょっと待てよ!」


 何やら危険なムードが漂っている二人の間に割ってはいる。


「おまえらは、何か事情を知っているみたいだが……俺は何も知らないんだ。教えてくれ、あんたたちは何者で、どうしてヤユを狙ったのか、勝手なことをするのはそれからにしてくれ」
「……そうだな。巻き込んだことはすまなかった。オレたちは、ある異世界に帰りたくて……コードワン――ヤユ、だったか? ヤユを狙ったんだ」
「それで?」
「……どうやら、ヤユが持っている力を欠片も理解していないようだな」
「ヤユの力……まさか、魔法、とかいうのか?」
「そうだ。ヤユは……異世界の人間の子どもだ」
「……なんだって?」
「テロ組織の目的は、ヤユを使い、異世界とこの世界を永遠に結びつけ、世界を破壊することだ。……まあ、オレたちからすればあの世界がどうなろうが知ったことではないがな」
「……あんたたちは異世界人で、ヤユを使って自分の世界に戻ろうとした、のか?」
「そうだ。オレたちは、偶然に迷い込んでしまっただけだ……まあ、この世界もオレたちが戻りたかった世界ではなかったようだがな」


 言い切ったところで、男は苦しげに胸を押さえる。


「あんた、どうしたんだ?」
「……もう、寿命なんだ。オレたちには、あんたら地球人のように環境の変化に適応する力がないんだ」
「……簡単に言えば、あたしたちにとっては地球の空気は害しか与えなかったのよ」
「……なるほどな」


 事情を聞くと職業柄か、同情の気持ちがわいてしまう。
 やはり、長い間人助けの仕事をしているとお人よし気味になってしまうようだ。
 冬樹はパワードスーツ内にある地図を展開する。
 パワードスーツの地図には何も表示されていない。


 一度登録した場所であれば、映るはずなのだがここの地図は映ってくれない。
 ここがどこなのか、まるでわからないということ。
 ……それは地球にいればまずありえない。
 回線もまるで繋がっていない。
 異世界、というのも嘘ではないのかもしれない。


「魔法に、魔力、ねぇ。俺の知らないところで、随分とファンタジーしてたんだな」


 苦しそうに咳をしていた男は、途端にきょとんとした顔を作る。


「……何も知らされていないのか。キミたちが使っているそのパワードスーツのエネルギー源は魔力だぞ?」
「え……? 電気、じゃないのか?」
「……そういう、ことにはなっているようだな」


 彼らの言葉のすべてを鵜呑みにすることはできなかった。
 しかし……視界の端にあるエネルギーは、今もなお回復していた。
 スーツ時計にエネルギーが入っているのだが、普段は電源を使い充電する。
 さっきの戦闘で88パーセントまで落ちていたが、今は95パーセントだ。
 ……電気ではなく、魔力で回復している、と言われれば納得できる部分もある。
 わからないことだらけだ。


「……オレたちは、もうここで終わりにする。ヤユがどこにいるのかは知らないが……巻き込んで悪かった」
「……そうね。ごめんなさい」
「……」


 ――怒鳴りたい気持ちももちろんあった。
 けれど、それらは言葉にはならず、二人はお互いに抱きしめあったまま体を横にした。
 ……勝手だな、って思って。
 そちらをちらと見てから、歩きだす。


(ここが異世界って……わけわかんねぇんだよな。それに……ヤユはどこだよ)


 誰かが教えてくれることもない。
 ……と、まったく表示されない地図に気づく。
 この土地の地図はインプットされていない。
 だが……。


 即座に地図を縮小していくと……やがて、ヤユの制服の発信機を捉えた。
 まだ兵装にはいくつか発信機を持っているが、今はどれも使用していない。


「……ヤユ」


 小さく呟くと、戸惑ったような声が聞こえた。


『……お、っさん?』
「ヤユ!?」


 発信機から声が聞こえた。
 回線がどうして繋がったのかはわからないが、冬樹は必死に声を荒げる。


「ヤユ! どこにいるんだ!?」
『……おっさん、あたしは……大丈夫』
「大丈夫!? どういうことだよっ。今助けに行くから!」
『……あたしは、保護してもらってる……。たぶん、そろそろ地球との接触が完全に切れちゃう、だから……一つだけ言っておく』
「命は大丈夫なのか!? おい、場所は!」
『巻き込んで、ごめん。でも、あたしは……生きていくから……ごめんなさい……巻き込みたくない』
「保護ってなんだよ! 大丈夫なんじゃないのか!?」
『……うん、あたしは大丈夫。だから……おっさんは、おっさんのやりたいことを、見つけて』


 ここから南へと下っていった先に、ヤユがいる。
 無事、という様子でよかった。それに、すでにヤユは保護されているようだ。
 ホッと胸を撫で下ろす。
 これならば……今すぐに救出というほどの緊急性はないようだ。
 保護してくれている人々に感謝をし、それでもヤユがいるほうへと進む。


「ヤユ! 待ってろよ! これから暗くなるかもしれないけど、泣きませんように!」


 ヤユに昔、何があったのか少しだけ理解できた。
 会ったら、まずは温かく出迎えてやろう。
 そんな気持ちで走っていく。


 普段、移動でパワードスーツを使うことは少ない。
 エネルギーは常に消費していってしまうため、戦闘以外での使用は極力控えるのだが……この世界では別だった。
 消費するエネルギーと、回復するエネルギーがほぼ同等であるため、地球ではできないような運用もできる。
 これならば、エネルギー消費の激しい武器ももっと装備欄に入れておけばよかったかもしれない。
 あるのは救助用装備と、剣、銃くらいだ。


(なんだありゃ?)


 視線をあるほうへと向けると、見たこともない魔物と、それに追われて涙を流す少女がいた。
 年はヤユよりは上のようだが、それでも明らかに子ども。
 仕事柄、放っておくのはどうにも気分が悪い。


 方向を変え、向かってくる少女へと走っていく。
 少女は冬樹を見て驚いたようで、足をもつれさせる。受け止める時間はない。
 エネルギーによって、自分の世界を広げる。
 冬樹にとって、自由にできる世界は精々直径百メートルが限界だった。
 日本ではトップクラスの世界範囲であったが、この世界ではその空間がさらに広がった。


 いつもの倍ほどまで伸びてしまい、制御に苦しむ。
 どうにか、少女の周囲のエネルギー――魔力を操り、クッションのようにして体を受け止める。
 だからといって、永遠にできるわけではない。衝撃を少し緩めただけで、クッションは壊れてしまう。
 それでも、地面に強打することはなかった。


「え……あれ?」


 困惑している少女への回答はひとまずおいておき、向かってくる魔物へと特攻する。
 すれ違いざまにエネルギーで魔物の足を一瞬だけ拘束する。
 それによって、魔物は転ぶ。
 問題はないと思うが、安全第一だ。


 震刃によって、魔物の身体は両断される。
 エネルギーを振動させることで、対象を切り裂く剣。
 振動させて使うのは、魔物のみだ。
 冬樹の仕事は犯罪者の捕獲であるため、普段は普通の剣のように扱うことが多い。


(……やけにエネルギーの攻撃が使いやすいな。もしかして、これも魔法、とかなのか?)


 魔力が満ちている異世界ならば、自分の領域を広げやすいというのも筋が通る。
 別に科学者ではないため、使い勝手がよくなったという結論だけで十分だ。


「大丈夫か? ほら」


 手を貸すと、少女は涙を拭う。
 立ち上がった少女は、どうにもこんな大地を駆け回るにはふさわしくない服だ。


「……助けてくれて、ありがとうございます」
「こんな夜に出歩くと危ないぞ……。近くに村でもあるのか?」


 彼女の衣服では長距離の移動は困難だろう。
 途中で乗り物から降りるか、町から駆けてくるくらいしかないだろう。


「えと、はい。ここから少しいったところに……」
「そうかそうか。南のほうか?」
「……はい」
「……よし! おまえは戻らなくていいのか?」
「……私は」


 弱気な声で少女は呟き、それからひくひくと嗚咽をもらす。
 彼女を無視して、このまま南へ向かう気にもなれなかった。


「……えーと、ほら、泣くなっての。泣いてると、楽しいことがどっかに行っちゃうぞ」


 彼女の前で膝をつき、軽く笑みを向けてやる。
 これで頭でも撫でてやれれば、もしもヤユならば、仏頂面こそ浮かべるが、不機嫌から治ってくれる。
 が……さすがによその誰かもわからない子にそんな真似はできなかった。
 警察とかの世話にはなりたくない。異世界にあるかは不明であったが。
 すると、少女は……こちらを覗き込みながらさらに涙ぐんでしまった。


「……ど、どうした!? 俺の顔が怖かったか!?」


 フルフェイスのままではさすがに威圧感があっただろうか。
 首から上の装備をなくして顔を出すと、少女はぶわっと涙を流してしまった。


「……あの、少し抱きついてもいいですか?」
「え?」


 返事をする前に、彼女に飛びつかれる。
 そして、少女はその場でわんわんと泣きだしてしまう。
 ……引き剥がす気にもなれない。
 何か、悲しい出来事でもあったのかもしれない。
 彼女の背中を撫でながら、落ち着くのを待つ。
 やがて、少女は恥ずかしそうに離れる。


「お、やっと笑ったな。もういいのか?」
「…………はい、ごめんなさい」
「事情を聞いてもいいか?」
「……えと」
「いやー、嫌なら無理に話さなくてもいいよ。けど、もしも力に慣れるならどうにかできるかもしれないからさ。俺って人助けが仕事みたいなもんだからさ」


 白鎧の胸元を殴り、親指を立てる。


「……ルーウィン、という地を知っていますか?」
「わかんね」
「ここから南の村の名前です。もともとは土地の名前なのですが……まあ、そこはいいですよね」
「ふんふん、それで?」
「……私の名前はルナ・ミッフェル・レ・ルーウィン」
「あ、これはどうもご丁寧に。俺は水野冬樹です。って……ルーウィン? ……もしかして、そこの領主さんとかそこら辺の人?」
「……はい。四日ほど前に、そこの領主になりました」


 暗い表情でいったルナは、そのまま再び泣き出してしまう。
 背中をさすってやると、ルナはきゅっと腕を掴んでくる。


「……何かあったのか?」
「……お父さんが、魔族との戦いで死んだ、のです」
「そっか……」


 いったいどんな気持ちなのだろうか。
 ……父親からすれば、こんな小さな少女を置いて一人でなくなってしまうというのは不安で仕方ないだろう。
 冬樹は兄のことを思い出していた。
 兄は、ヤユを助け出した。
 深くは語らなかったが今ならばわかる。……恐らくは組織から助け出したのだろう。
 その兄が死んだとき、ヤユは一日泣いていた。
 ヤユにとっての本当の父は、今もきっと兄だ。――きっと、凄い悲しい。
 冬樹は思考を中断し、目の前の少女を見る。
 安易な言葉をかけても、ルナには届かないだろう。
 掴んでくる彼女の手を握り返した。


「……その魔族は……今、街にいるんです」
「……街を乗っ取られたってことか?」
「……はい。私は、もともと首都にいて、父が死んだというのを手紙で知って急いできました。けど、すでに魔族によって街は……」


 泣き出した彼女にぽりぽりと頬をかいてしまう。
 ……もともと、市民を守る職業柄、こういった涙には弱い。
 どうしようか迷っていると、がつがつとルナが殴りつけてきた。


「領主なんて嫌なんですっ! 私にお父様のようなことはできないんです!」


 壁じゃないんだけど、と思いながらも向ける場所のない拳を受け入れる。
 パワードスーツにヒビが入るはずがない。むしろ殴っているルナのほうが痛いだろう。


「お父様は言っていました。私には領主としての力はない、と。だから、私は……領主なんてやりたくないんです……」
「……それで、この後はどうするんだ?」
「……え?」
「その悔しい気持ちはどこに向けるんだ。どこかに、アテはあるのか?」
「……今の私に協力してくれる兵は……いません」


 よくわからないことはたくさんある。


「ルナは、どうしたいんだ?」
「……私は、街の人を……助けたい、です」
「なら、逃げるってのはそれからでいいんじゃないのか?」


 ルナの手に力がこもる。


「……私、死にたくないです」
「そりゃあ、誰だってそうだっての。俺だって死ぬのは怖いよ」
「……もう少しだけ、頑張ります。だから――」


 ルナはやけに赤い頬でこちらを見上げてくる。


「……手伝ってくれませんか? あなたとなら、出来るかもしれないんです」
「えーと……その」


 今にも泣き出してしまいそうな彼女の表情は。
 兄を失ったときのヤユの顔にとても似ている。


(……ヤユも苦しんでいるけど……この子も、な)


 昔ならば、こんなことはしなかったかもしれない。
 ヤユをまがりなりにも育てたせいか、妙な責任感が生まれてしまっていた。


「……わかったよ。とりあえず、話くらいは聞くよ」
「あ、ありがとうございます!」


 そういって、彼女は何度も頭をさげてくる。
 今度は嬉しさのあまりか、目尻に涙を作っている。忙しい子だ。


 なんにせよまずは情報を集めないことにはどうにもならない。
 ここから南……そこがどんな場所なのか。
 どんな状況にあるのかわからない。
 ルナから聞き、それからヤユについて検討するのも悪くはないのでは、と思った。

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