義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第一話 誘拐事件

 腕時計が指す時間は、午後の六時。


 目の前の光景はあまりにも非現実的だった。
 絶対にありえない森林ばかりの土地。
 空を見上げれば、人工的に作られた月でも星でもない。
 まさに、そこは人間が住むことのできる世界――。
 空には大小さまざまな生き物が飛びかい、そこかしこから生物の鳴き声が聞こえる。
 涼やかな風が頬を撫でる。……自然の風を肌で感じる機会などまるでない。
 冬樹ふゆきはそれ以上の驚きがあった。
 自分に抱きつき、涙を流す少女に戸惑ってしまう。


「……手伝ってくれませんか? あなたとなら、出来るかもしれないんです」
「えーと……その」


 涙を拭いながらいう彼女の顔は、義理の娘に凄く似ていた。
 少女は森の中を歩くには不適切な豪華なドレスに身を包んでいる。
 この世の男性の多くが、彼女に頭をさげ、忠誠を誓ってしまうかのような国一つを揺るがすほどの容姿。
 冬樹だって、後十年若ければここで愛の言葉を並べていたかもしれない。


「……わかったよ。話だけは聞くよ」


 娘に似た少女を放っておくことなど、できなかった。




第一話


 朝の七時三十分。
 アラームがけたたましく響き、冬樹ははっと目を開ける。


「……ぎゃぁぁー!? 仕事!」


 急いで軍の制服に身を包み、自動ドアをくぐりリビングに向かう。
 と、キッチンに立っていた娘のヤユがエプロンをつけた姿でこちらに振り返る。


「おっさん、今日は仕事ないでしょ?」
「だーかーらー、おっさんって年じゃないっての! ……ていうか、料理はやめろって!」
「うるさいっ」


 相変わらず生意気な彼女に訂正しながらも、昨日のことを思いだす。
 ……そうだ。
 今日はヤユの授業参観に向かう予定だったのだ。
 すでに有休はとってある。


「今日は自動調理じゃないのか? あれに任せるか、適当に弁当でも買ってきたほうがいいだろ」
「だって、あれあんまりおいしくないんだもん」


 それには同意見だ。
 自動調理とは、機械が自動で料理を作ってくれるのだが、朝食に必要な栄養が入ったグミがいくつか出てくるだけだ。
 味はあるが、食った気はしない。


 テレビのリモコンを弄ると、壁に薄い映像が映る。
 ちょうど、テロ組織についてのニュースをしているところだった。
 もともとは、彼らを押さえこむ立場の人間であるために、ついつい視線を向けてしまう。


「また、何か事件あったの?」


 ヤユの言葉で、急いでチャンネルを変えた。
 あまり、ヤユの前でこういう映像は見せたくはない。


「うーん、まーな」
「……おっさんは、死なないように気をつけて」
「わーってるっての」


 兄が死んでから、前線に立つような仕事はしないようにしている。
 味噌汁、焼き魚、卵料理、ご飯……まさにこれぞ日本の食事とばかりのメニューがテーブルに並べられ、二人で手をあわせる。


「大丈夫か? 怪我しなかったか?」
「……大丈夫だよ。学校の調理実習だってきちんとできたし」
「そうか……? だけど、あんまり料理はしなくていいからな? とりあえず、いただきます!」
「いただきます」
「おー、やっぱりヤユは天才だなぁ! 飯がうまいぜ!」
「そう? まあ、おっさん何作ってもおいしいっていうからアテにならないけど」
「いやいや、ほんっとうにうまいっての! もういつでもお嫁さんにいけるな!」
「まだ結婚できる年齢じゃないけどね」


 いつもと同じようなやり取りをしながら食事を終える。
 気づけば時間は八時を過ぎている。


「小学校、何時からだっけ?」
「八時二十分から」


 ヤユは食べ終えた食器を持っていく。


「あー、洗うのは危ないから俺がやっておくよ」
「危ないって……このくらい別に」
「そうか? そ、そうだ。最近危険だし、学校まで送ってくよ!」
「いや! もう五年生! いつまでも子ども扱いしないでっ」


 とはいえ不安はぬぐえない。ここ最近、物騒な事件が連続しているのだ。
 まだヤユは子どもだ。何かあったときに対応できないであろう。


「今日は朝から放課後まで学校見に行ってやるからな!」
「……恥ずかしいからさっさと帰ってほしいんだけど」
「いーじゃんかよ!」


 ヤユは短く息を吐く。


「……あの、変に固めた髪やめてね?」
「なんでだよ! いいか? きちんと髪を整えないと、いけないんだぞ?」
「……だって友達がうんこヘアーって馬鹿にしてくるんだもん」
「なんだって!?」


 まさかそんな評価を受けているとは思っていなかったため、肩を落としてしまう。


「髪整えるなら、寝癖を直すのと今の髪型で固定するようにするだけでいいから!」
「わ、わかったよ……うん」


 強めの口調でヤユは言って、鞄を掴む。
 玄関まで向かったところで、ヤユが見てくる。


「ちゃんと電気は消すように、自動で消えるからって、根元から切っておくのとは電気代が変わるんだからね?」
「わ、わかってるよ」
「それと、鍵も忘れないで」
「……お、おう」
「それじゃあ、行ってくる」
「い、行ってらっしゃい!」


 明るく笑顔で手をふると、ヤユは小さく微笑んで去っていく。
 ふう、と短く息を廊下を歩いていく。
 閉ざされていた兄の部屋に入る。
 そこには昔から残っている仏壇があり、兄の写真がたてかけられている。
 特殊部隊『パワード』に所属していたときにとった写真で、明るい笑顔だ。


「最近、ちょっぴりヤユが生意気になりました。あと、笑顔が増えたように思います」


 軽く祈ってから、毎日の日課である兄への報告を終えたところで、部屋を出る。
 洗濯に掃除に忙しい! と思っていたが……すでにどちらも終わっていた。
 食器だけを洗い、すぐに身支度を整える。


 あまり使用機会のないスーツに身を包み、『パワード』にのみ渡される『スーツ時計』を右手につける。
 見た目は普通の時計と同じだが、この中には情報化されたパワードスーツが入っている。
 冬樹が支配できる世界の中でのみ、情報を物体として展開することができる。
 冬樹の脳内には、世界を作るためのチップも埋め込まれている。
 仕事がないとはいえ、もしも身近で事件が起きれば出動要請がでる。
 特殊部隊はまとまった休みがないのが難点だが、給料はいいのだからやめるわけにもいかない。
 身支度を整え、靴を探すのに少々の時間をかけてから部屋を出た。




 ○




 空に映る太陽が眩しい。
 所詮はモニタにうつされたものであるが、本当に日差しがさしているように感じる。
 映像ではあるが、きっちりと熱も伝わってくるのは正直やめてほしくもあった。
 四季を忘れないためという理由であり、現在は六月。少しばかり日差しが厳しい。
 ディスプレイに映る信号機をみながら、昔と比較していく。
 『パワード』に入るにあたり、歴史については気分が悪くなるほどに学んできた。


 昔は、とにかく今と比べて科学的な進歩がなかった。
 車はうるさいし、自宅に自動ドアはなかったし……何より全員が地上で暮らしていた。
 今は、大地に魔物が出現したことや、空気が悪化したことで、病気を患う人間が増えてしまったことから、地下で暮らしている。
 一つ伸びをしていると、信号が変わる。
 時計は午前の十時を過ぎたところだ。今頃ヤユは授業頑張っているだろうか。
 そんなことを考えていると、似たような大人を見つける。
 軽く会釈をしながら、校舎に入っていく。


「おたくのお子さんは何歳ですか?」


 そう問われ愛想笑いを浮かべながら答える。


「今年で十一です」
「お、うちと同じですな。ほー、随分と若いうちに子どもを作られたんですな」
「まー十六のときっすね。やんちゃだったんですよ」


 あくまで兄が拾ってきた娘を育てているため、本当の娘ではない。
 とはいえ、昔にもあったらしいが、そういった子どもは差別されてしまう場合がある。
 だから、いつもそういって誤魔化すのだ。
 あまり若すぎる親というのも問題ではあるが、注目が冬樹に集まる方がましであった。


「はっはっはっ、今の時期の子どもは生意気になってきてしまってなぁ」
「そうですよねー。今日娘に来なくてもいいとか言われちゃって」
「あー、それは私も言われましたよー」


 父親同士で悩みを語らないながら、五年生の教室に入る。
 扉が開くのと同時に、ヤユがこちらを見てくる。
 ヤユと目が合うと、厳しい目を向けてくる。
 じろっと数秒見た後、ヤユは前を見る。
 髪と服のチェックを終えたからだろう。それほど強い拒絶は……冬樹の主観ではあったがないように感じた。
 ほっと胸を撫で下ろしながら、後方から教室を眺める。


 自分が通っていたときよりも、発展しているのがわかる。
 黒板の文字をみることこそが、授業だ、という意見があったが……それはもう完全になくなったようだ。
 前には大きなディスプレイが用意され、子どもが見やすいように配置されている。
 それでも居眠りしている子どもはいるようだ。
 授業参観の日にたいした根性である。
 昔学んだ内容が冬樹の頭に入っていく。
 一生懸命ディスプレイをみながら、ヤユは文字を手元のパソコンに打ち込んでいく。
 ノート代わりのようだ。
 近くにいた子どもの手元をみてみると、教師が用意した画像や資料などをぺたぺたと自由に貼り付けていっている。


 しばらくそれを眺めて楽しんでいると、不意に肌に感じる嫌な気配。
 それと同時に、廊下が騒がしくなり教室の扉が強めにたたかれる。
 黒い鎧に身を包んだ二名が銃をならしながら、教室へと入ってくる。
 まさか、事件だろうか。冬樹は周囲を守るように意識を配る。
 銃声にみなが身をすくめる。


「騒ぐな!」


 敵の動きを警戒していると、二人の視線はある方へと向けられる。


「いたぞ! コードワンだ!」


 聞きなれない言葉に、首をひねる。
 作戦名だろうか。
 言葉の意味を考えていると、黒い鎧をまとった二名は床を蹴り、滑空気味にヤユの体をつかむ。
 迷いない動きに反応が遅れる。


「ヤユ!」


 咄嗟に叫ぶが間に合わない。


「お、おっさん!」


 ヤユが手を向けてきてくれるが、届くわけもない。
 男が放ってきた電気を変換したエネルギー弾がこちらに飛んでくる。
 大した攻撃ではない。冬樹は自分のチップを使い、自分の世界を部分的に展開する。
 それによって、攻撃を僅かにそらして直撃を避ける。
 しかし、その間に敵二名は窓を割って外に出てしまう。
 まさか、ヤユ個人が狙われるとは思っていなかった。


「くそ……まずった!」


 そもそも、ヤユについては知らないことばかりだ。
 詳しいことを聞く前に、拾ってきた兄が死んでしまったのだから、無理からぬことだろう。
 周りの心配する声や、誘拐されたことに卒倒するものまでもいるが、それらを介抱している暇はない。
 急いで教室を、学校を飛び出す。


 幸いなのはヤユが学校の制服を着たままでいることだ。
 パワードスーツさえまとうことができれば、ヤユの制服に埋められている発信機をたどって、敵を追うことができる。
 人前でパワードスーツの着用は許されていない。
 テロリストに素顔を見られれば、家族までもが危険にさらされるからだ。


 木々に隠れたところで、自分の体内に埋め込まれたチップからエネルギーによる世界を作りだす。
 その世界は、自分の手足の延長のような自由に扱える領域。
 その世界の中で、ようやく情報化されたパワードスーツを展開できる。


「『双白竜そうはくりゅう!』」


 声を認証し、薄い光が体を包む。
 領域内でのみ使用できる魔法のような不可思議な力。
 冬樹も詳しいことは知らなかったが、情報を現実に書き起こしているだけで、魔法ほど便利なものではない。
 全身に張り付くようにして、白の鎧が展開する。


 僅かに装飾はあるが、顔から足先まで、ほとんど白の鎧。
 体に合わせて無駄なく作られているため、動きを阻害することもない。
 着用と同時に思い切り地面を蹴り、黒鎧たちがいる家の屋根に飛び乗る。
 身体能力は通常時の数倍に膨れ上がっている。これくらい、造作もないことである。


「待ちやがれ!」
「くっ……まさか、学園内に待機していたのかっ?」
「知らないわよ! けど、もうここでやるしかないでしょ!」


 女と男の声だ。
 焦ったような声とともに


「お、おっさん!」
「待ってろ、今助ける! 『砲銃ほうじゅう』!」
「き、来ちゃダメ! おっさんも、巻き込まれる!」 


 ヤユのためならば、たとえどれだけの事件に巻き込まれようと助けるつもりだ。
 声の認証にあわせ、右手に大きな口径の銃が作られる。
 と、冬樹は自分の領域内で、怪しいエネルギーを感知した。
 それに従い、横に転がる。
 さっきまでいた場所をエネルギー弾が通過する。
 スナイパーライフルによる狙撃。反応が遅れていれば、パワードスーツに傷がついていただろう。


「いけ! おまえら! おまえらだけでいい! 元の世界に戻れ!」


 スナイパーライフルを構えながら、こちらへとかけてくる敵の仲間。
 スナイパーにとって、距離は大事であるのにも関わらず、彼はどんどん突っ込んでくる。
 彼を無力化するのは容易い……だが、それではヤユを連れ去られる。


「……ヤユ!」


 スナイパーを意識しながらも、先の黒鎧二名を追う。
 二人は諦めるようにそこで立ち止まり、ヤユの体を男が持ち上げる。
 男の右手には錠剤が握られている。


「やめろ! ヤユに何もするな!」


 即座に砲銃を放つ。
 男の手を狙った一撃は、女の剣によって弾かれる。
 くるくると調子よく黒鎧の女は剣を回す。
 その瞬間、軽いノイズが走り、通信が届く。


冬樹ふゆき隊長! 援護します!』


 飛行装備の部下がスラスターを駆動させながら突っ込んでくる。
 女と肉薄し、剣による戦闘を行う。
 ……知り合いの彼女は、まだ未熟だが今はヤユが心配だ。


「ざーんねん!」


 すぐに黒鎧の女が冬樹とヤユの間に割って入ってくる。


『た、隊長……すんませんー!』


 活動限界が着たのか、パワードスーツのままではあるが疲れた様子で立っている。
 飛行装備の欠点が存分に表になったようだ。あれは、エネルギーの消費が早い。
 この一瞬で彼女を倒した技量を理解しながらも、冷静に叫ぶ。


「『震刃しんば』!」


 青白の細長い刃が右手に出現し、黒鎧の女もまた、色こそ違うがレーザーブレイドを作り出す。
 お互いに打ちあう。
 一本では足りない。情報の具現化は脳が処理できる量であればいくらでも作れる。
 もう一つ情報から武器を具現化し、両手に持ち――。


「なっ!?」
「あまいんだよ!」


 一瞬力を緩め、相手が力んだ隙へ二本の震刃を交差させて振りぬく。
 敵のパワードスーツが破損し、そのエネルギーの多くを失う。
 パワードスーツの破損は存分にエネルギーを削られることになる。
 こうなれば、敵ではない。


「ヤユ!」


 薬を拒んでいたヤユだが、男によって力任せに押し込められてしまう。


「おまえ、何したんだよ!」


 男に掴みかかろうとしたが、ヤユを中心に空間が捻じ曲がる。
 わけのわからない状況だった。
 けれど、ヤユを助けたい一心で歪みへと突っ込むが――。


 伸ばした手がヤユに届くことはなかった。
 強い光を放ち、異常な浮遊感を覚える。
 やがて、視界は不明瞭になり――。








 ――地球から、冬樹たちの姿はなくなった。

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