よくあるチートで異世界最強
第十三話 行動
1
「そうか……みな、無事だな」
ヒビロはほっと息をもらし、ロードから入った通信魔石をしまう。
ヒビロは通信を終え、ヴァルロに顔を向ける。
「……敵も動き出しました。現在、すべてのイクス・オーガを監視しています」
「そうか……ゴゾッガはどうだ?」
「魔王様の友人様ですね。今のところ、怪しい動きはないそうですね」
ヴァルロは手元の資料をみながら、騒がしい町を見やる。
あちこちに火がばらまかれ、爆発魔法により建物が崩壊している。
市民の避難は順調に行われている。
何より、敵側も市民のすべてを殺すつもりはない。
あくまで、敵のねらいは魔王を討つこと――。
扉が強く叩かれる。
「ひ、ヒビロ様! すぐに避難をしてください」
別の部隊の兵がノックもなしに乱入する。
この騒ぎの中だ。しかりつけるようなことはしない。
ヴァルロは目を細めながら、剣に手をやる。
ヒビロもまた、魔法を用意する。
「どこの部隊の兵だ?」
「えと……第三部隊ですっ。それよりも……敵のねらいは恐らく魔王様です! となれば、その娘であるヒビロ様も危険です!」
「だろうな。こうして目の前に敵がいるのだからな」
「……」
男は途端に表情を消し、地面を蹴りつける。
男の手には短剣が握られている。
ヴァルロを殺すつもりだったのだろう。
金属音が部屋に響く。
ヴァルロは鞘から半分ほど抜いた剣で防いでみせる。
ヒビロが軽く手をふり、強烈な光が部屋を包む。
男は目をやられ、体をのけぞらせる。
その隙でヴァルロが片付けられない敵ではない。
「部屋が汚れる。殺すなら、外でやってくれ」
「わかりました」
ヴァルロが男の首を絞めながら外に運ぶ。
男の悲鳴が遠くから聞こえる。
ヒビロはそれほど魔法の才能に溢れているわけではない。
どちらかといえば、魔法よりも剣のほうが得意だが、光魔法だけは誰にも負けない自信がある。
「ひ、ひひ……っ」
浮かび上がりそうな笑みを押さえる。
殺すことで、喜びを感じてはいけない。
しかし、ヒビロの体には、呪いにも近い魔王の血が流れている。
どうしても湧き上がる破壊衝動。
血の匂いをかぐと耐え切れなくなる。
吸血鬼としての力――。
ヒビロはそれを抑えつけながら、席を立つ。
返り血一つないヴァルロがヒビロの横に立つ。
「敵を潰す。ついてこい」
「はい。魔王様に顔を見せなくてもよろしいでしょうか?」
「ロードがすでに父にも報告している。父だって優しいが、馬鹿ではない。今回の対策についてもきちんととっている」
「そうでしたね、失礼しました」
ヒビロが歩きだしたところで、不意に周囲に嫌な魔力を感じる。
「魔心結界……だと?」
理解してすぐに、身体が重くなる。
「敵の……とっておき、でしょうか?」
ヴァルロもまた、苦しげに膝をつく。
「奴らの首も絞めることになるはずだが……っ」
潰れそうな体を起こしヒビロは、思考をめぐらせる。
魔心結界。
魔族が持つ、魔心の力を封じるものだ。
人間が開発したものだが、魔族に使えないわけではない。
使う価値は……本来ならばまるでないのだが。
と、ヒビロたちの前を数人の人間が立ちふさがる。
奴隷の首輪をつけた人間だ。
魔心結界の中でも、問題なく動けるものはいる。
人間と人間の血を持っている者たちだ。
いまどき、人間の血をまるで持っていない魔族はいない。
魔族同士では子どもが出来にくく、人間がいなければどんどん魔族は減ってしまうからだ。
ヒビロだって、少ないが人間の血が入っている。
しかし、それ以上に魔族の血が多く、体が動いてくれない。
「へっ、ヒビロとかいう魔族を捕らえてくれば、自由の身だったよな!」
男が叫び、ヒビロへと近づく。
「ひ、ビロ……様。お逃げください……っ」
ヴァルロが立ち上がり、剣を構える。
全身におもりをつけているような状態では、立つことさえも厳しい。
人間との戦闘が始まる。
普段ならば魔族が簡単に負けるはずはない。
しかし、魔心結界が邪魔をする。
人間三人にヴァルロはいとも簡単に倒されてしまう。
ヴァルロの状態が心配であったが。
「そんじゃ、こいつを回収するか」
「ええ、つれていきましょうぜ、サトウさんっ!」
「おうよっ」
ヒビロは何かの薬を飲まされ、意識を失ってしまった。
2
海斗たちは街へと戻ってきていた。
道中、ロードから聞いた具体的な話をまとめる。
ロードはもうずっと調査を行っていた。
しかし、なかなか敵の首謀者の名前については獲得することができなかった。
結局ロードは敵に怪しまれていたために……最後の情報までは獲得できていなかった。
それでも、敵からすれば貴重な戦力でもあったため、今回の作戦に抜擢された。
敵も馬鹿ではなかったということだ。
午後八時三十分。出発前とは比べ物にならないほど街は崩壊していた。
綺麗な石や木で作られた街並みは、焼かれ、爆発で崩壊している。
そして、魔族と人間による戦闘があちこちで行われていた。
第九部隊もそれに加わり、暴れる敵を押さえていたが、みな動きに切れがない。
海斗が一人平然と敵を潰していくと、
「……ちっ、まさかこんな奥の手を隠していやがったのかよ」
つらそうにロードが壁に背中をあて、声を吐きだす。
もちろん、部隊の子たちにも動ける子はいる。
人間に近い容姿を持っている子たちは、それなりに動きも悪くはない。
「魔心、結界……ふ、精霊に守護されしこの体には悪そのもの。まるで体が銅像」
中でも一番つらそうにしているレードが剣を支えに立っていた。
魔心結界、人間の世界にある結界だ。
海斗でもそのくらいの知識はあったが、それが魔族の国に展開されているということは――。
「魔族の無力化が狙いか」
「だ……ろうな。まずいぞ……オレにこのことを話さなかったのは……あいつら、オレに隠していやがったな」
「ということは……最悪俺たちの確保に失敗していたとしても、これで魔王を無力化する作戦だったってことか?」
「そうだぜ。つーか、おまえ元気そうじゃねぇか」
「まあな」
魔心結界は魔族の魔力の源を断つ結界だ。
魔族は活動のすべてに魔力を消費して動くため、人間よりもすべてにおいて上である。
だが、魔力がなくなったときは、普段とは違う体となるため、動きが悪くなる。
人間で例えるならば、体にかかる重力が増えたような状態になってしまうらしい。
そもそも、魔心を持たず……魔族でも人間でもない海斗には、まるで意味のない結界だ。
「悪いが、先に第九部隊に戻ってもいいか?」
「……そう、してくれ! 街には人間の奴隷もいるようだ……気をつけていくんだぜ」
ロードが呼吸を乱しながら、全員を先導して街から離れる。
一度、態勢を整えるためだろう。
海斗は一人街を抜けていく。
襲い掛かってくる人間たちを殺し、襲撃してくる魔族の喉元を切り裂く。
ワーウルフになってからは、肉体の強化が著しい。
殺すのはあまり好きではないが、加減していらない。
海斗が第九部隊拠点に到着すると、酷い臭いがした。
廊下を歩いていく。
複雑な廊下の先――倒れているヴァルロがいた。
「ヴァルロ!」
海斗の声に反応した様子で、ヴァルロは顔を僅かにあげる。
「カイト、ですか? ……よかった、部隊のみなさんは戻って来れましたか?」
「ああ……ヒビロは?」
「人間に、連れて行かれました」
「場所はわかるか?」
「……すみません。そこまでは……」
ゴホゴホとヴァルロが咳きこむ。
海斗は彼女の体を持ちあげる。
「……私のことはいいですから、すぐにヒビロ様を」
「わかってる」
ヴァルロを安全な場所に届けるまでに、ヒビロの居場所を特定する手段を考える。
探知の魔法ではダメだ。
探知は、魔力の反応を伝えるだけだ。
誰かを特定するためには使用できない。
ならば、どうするか。
(カイト、また別視点の物語が出来ておったぞ)
九時になり、アオイの声が届く。
(すぐに送ってくれ)
(ほいほい)
データを脳内に送ってもらい、海斗はそれらを読んでいく。
第九部隊から近くの第八部隊に到着する。
中では、治療部隊が忙しく駆け回っている。
治療魔法を使える者は少なく、ここにはいない。
治療のすべては薬草などで行っているため、人の手が足りないようだ。
ヴァルロをあいているベッドに寝かせる。
すぐに治療はされないが、ヴァルロは自分で応急手当を始める。
「第三部隊の場所はどこだ?」
「……それは――」
ヴァルロがゆっくりと答える。
海斗はすぐさま、その現場へと向かった。
3
ヒビロは、人間たちを睨みながら、絨毯のしかれた廊下を歩いていた。
ヒビロが連れてこられたのは、第三部隊の拠点を一望できる向かいの宿だった。
とある貴族が運営している高級宿の一室……その一室にイクス・オーガ――ゴゾッガが座っていた。
部屋は目に悪いほどに明るく、金銀で彩られている。
部屋にも数人、人間の奴隷がいる。
この宿自体に、奴隷が多く集められていた。
初めから、人間の奴隷を使っての戦闘を考えていたのだろう。
「ほぉ……やはり、貴様が今回の首謀者か、ゴゾッガ」
対面するゴゾッガにヒビロは腕を組んだ。
予想通りの相手だった。ここまでまるでボロを出さなかったために、踏み出しきれなかったが、警戒していた相手だ。
ヒビロはどうにかして脱出できないかを考え、諦めた。
背後を人間たちに囲まれている。
今のヒビロでは、暴れても即座に押さえつけられる。
立っているのも苦しかったが、それでも毅然な態度を崩しはしない。
大きな椅子に座っていたゴゾッガが、ニヤリと笑みを作りグラスを傾ける。
ゴゾッガ、ヒビロの父の友人だ。
昔からともに戦い、そして人間を蹴散らしてきた。
「はっ、平和ボケした魔王の娘様に予想されていたとは思いもしなかったぜ」
「その程度、ということだな、ゴゾッガ」
「生意気なガキじゃねぇか。まあ、結果はこうなったんだ。さすがの魔王でも、娘の命が危ないとなりゃあ、暴れられないだろ?」
ゴゾッガが席を立つ。
……ゴゾッガ。
昔第三部隊の隊長であり、怪我を理由に引退していた。
だが、見たところまるで怪我をしている様子はない。
つまりはずっとこうして後ろで第三部隊を引っ張っていたのかもしれない。
ヒビロは舌打ちをする。
ゴゾッガの可能性を考えながら、別の部隊も調べていたが結局は無駄だった。
「オレがどうして、こんなことをしているのか……わかるか?」
「父上に文句がある、というくらいだろう?」
「そりゃあそうだ。文句もねぇのに反逆なんざ起こしはしねぇからな」
ゴゾッガは、苛立ちをこめるように拳をテーブルに振り下ろす。
その手で机を握りつぶした。
「ものに当たるな、短気が」
ヒビロの言葉にゴゾッガは大きな笑い声をあげる。
パラパラと開いた手から、テーブルの欠片が落ちる。
「人間共との共存だぁ? ふざけたことを抜かすじゃねぇかよ、おまえの父上様はよぉ」
やはり、そこをつくか。
ある程度予想していたヒビロは涼しい顔で答える。
「人間がいなければ、魔族はゆっくりと朽ちていくだけだ。人間と共存しなければ、魔族だけでは子孫を増やせない」
「知ってるぜ。だから人間のすべては奴隷にして、無理やりに種を植えればいい。それを伝えたら、おまえの父上はなんていったと思う?」
「馬鹿な考え方だな」
「似たようなことを言ったぜ。あいつは、忘れちまったんだよ。人間が傲慢で不遜な生き物だってな。オレたちの故郷を潰したあの人間共を……忘れちまったんだよ」
「……忘れていないから、父上は人間との共存を望んだ」
「はっ、忘れていなければそんな世迷言を言うわけがねぇんだよ」
話は平行なまま、交わることはない。
「にしては、人間に頼った作戦を行うのだな」
「人間は道具だからな。道具に頼るのは当然だろうが」
ゴゾッガはそれから拍手を送ってくる。
馬鹿にした顔を殴りつけたい衝動にかられながらも、ヒビロは腕を組み、どうにか抑えた。
「なかなかに対応は早かったな。危なかったぜ、魔心結界が発動していなければ……たぶん、あんたらの勝利だったぜ。こっちの作戦の一つが潰されたんだしな。誇っていい、ガキにしてはよくやった。これから、おおいに仕事してもらうんだしな」
「……私を使って父上を脅す、か。くく、父上が子ども一人のために、テロリストの言い訳を聞くと思っているのか?」
「子ども一人? 実の娘だぜ?」
「私を部隊に送り込んだときから、父上は私を子とは見ていないさ」
魔王はそんな甘さは持っていない。
ヒビロとゴゾッガがにらみ合っていると、外が騒がしくなる。
「さぁ……街はどんどん破壊されていく。魔王様はいったいどんな手を使っておさえるのだろうかね。楽しみだな」
「……ふん」
「これでもオレはあんたを保護した、という設定になっているんだ。大人しく、来てもらうぞ、ヒビロ様」
ゴゾッガがまるで姫に忠誠を誓うように手を差し出してくる。
ヒビロはその手を握りつぶす気持ちで攻撃する。
しかし、ゴゾッガはびくともしない。
「……貴様? 魔心結界の影響を受けていないのか?」
「さぁ? どうだろうな」
ゴゾッガは不敵な笑みを浮かべるばかりだ。
宿の外へと連れ出され、鎧を着た人間たちがゴゾッガの周りを囲む。
そこで、ヒビロは周囲に気配を感じた。
ゴゾッガを見張らせていた者たちだ。
「ま、待てっ!」
ヒビロが止めるように叫ぶが、騎士数名がゴゾッガへと突撃を仕掛ける。
「ヒビロ様!」
三名の騎士が武器を構えて走る。
だが、明らかに動きは悪い。
三名は魔王の直属の部下であるが、それでも魔心結界の中では人間と同程度。
それだけでも十分すぎるほどだ。
だが、それではゴゾッガには届かない。
「逃げろっおまえたち!」
鎧を来た人間たちがゴゾッガを守るように立つが、ゴゾッガは彼らを殴るようにどかす。
まるで、人間として扱わない態度にヒビロは唇を噛む。
「……ふん、このくらいはオレがやる。雑魚にはきつい相手だしな」
三名の騎士の同時攻撃。
お互いの隙を潰すようなコンビネーション。
今持てる全力で放った攻撃を、
「遅すぎるぜ」
ゴゾッガは容易く潰す。
一番手前の騎士の頭を掴み、石畳の道に叩きつける。
近づいた騎士を殴り、鎧ごと骨を砕く。
最後の騎士が強行するが、蹴り飛ばされ、崩れた建物に埋まる。
やはり、魔心結界の影響を受けていない。
そこでヒビロは、さらに匂いを感じた。
「またか?」
ゴゾッガも顔をあげる。
ヒビロはここ最近かぎなれた匂いに、僅かな期待と……それから絶望を感じる。
影が落ちる。
全員の視線がそちらに向けられ、一匹のワーウルフが飛び降りてきた。
「そうか……みな、無事だな」
ヒビロはほっと息をもらし、ロードから入った通信魔石をしまう。
ヒビロは通信を終え、ヴァルロに顔を向ける。
「……敵も動き出しました。現在、すべてのイクス・オーガを監視しています」
「そうか……ゴゾッガはどうだ?」
「魔王様の友人様ですね。今のところ、怪しい動きはないそうですね」
ヴァルロは手元の資料をみながら、騒がしい町を見やる。
あちこちに火がばらまかれ、爆発魔法により建物が崩壊している。
市民の避難は順調に行われている。
何より、敵側も市民のすべてを殺すつもりはない。
あくまで、敵のねらいは魔王を討つこと――。
扉が強く叩かれる。
「ひ、ヒビロ様! すぐに避難をしてください」
別の部隊の兵がノックもなしに乱入する。
この騒ぎの中だ。しかりつけるようなことはしない。
ヴァルロは目を細めながら、剣に手をやる。
ヒビロもまた、魔法を用意する。
「どこの部隊の兵だ?」
「えと……第三部隊ですっ。それよりも……敵のねらいは恐らく魔王様です! となれば、その娘であるヒビロ様も危険です!」
「だろうな。こうして目の前に敵がいるのだからな」
「……」
男は途端に表情を消し、地面を蹴りつける。
男の手には短剣が握られている。
ヴァルロを殺すつもりだったのだろう。
金属音が部屋に響く。
ヴァルロは鞘から半分ほど抜いた剣で防いでみせる。
ヒビロが軽く手をふり、強烈な光が部屋を包む。
男は目をやられ、体をのけぞらせる。
その隙でヴァルロが片付けられない敵ではない。
「部屋が汚れる。殺すなら、外でやってくれ」
「わかりました」
ヴァルロが男の首を絞めながら外に運ぶ。
男の悲鳴が遠くから聞こえる。
ヒビロはそれほど魔法の才能に溢れているわけではない。
どちらかといえば、魔法よりも剣のほうが得意だが、光魔法だけは誰にも負けない自信がある。
「ひ、ひひ……っ」
浮かび上がりそうな笑みを押さえる。
殺すことで、喜びを感じてはいけない。
しかし、ヒビロの体には、呪いにも近い魔王の血が流れている。
どうしても湧き上がる破壊衝動。
血の匂いをかぐと耐え切れなくなる。
吸血鬼としての力――。
ヒビロはそれを抑えつけながら、席を立つ。
返り血一つないヴァルロがヒビロの横に立つ。
「敵を潰す。ついてこい」
「はい。魔王様に顔を見せなくてもよろしいでしょうか?」
「ロードがすでに父にも報告している。父だって優しいが、馬鹿ではない。今回の対策についてもきちんととっている」
「そうでしたね、失礼しました」
ヒビロが歩きだしたところで、不意に周囲に嫌な魔力を感じる。
「魔心結界……だと?」
理解してすぐに、身体が重くなる。
「敵の……とっておき、でしょうか?」
ヴァルロもまた、苦しげに膝をつく。
「奴らの首も絞めることになるはずだが……っ」
潰れそうな体を起こしヒビロは、思考をめぐらせる。
魔心結界。
魔族が持つ、魔心の力を封じるものだ。
人間が開発したものだが、魔族に使えないわけではない。
使う価値は……本来ならばまるでないのだが。
と、ヒビロたちの前を数人の人間が立ちふさがる。
奴隷の首輪をつけた人間だ。
魔心結界の中でも、問題なく動けるものはいる。
人間と人間の血を持っている者たちだ。
いまどき、人間の血をまるで持っていない魔族はいない。
魔族同士では子どもが出来にくく、人間がいなければどんどん魔族は減ってしまうからだ。
ヒビロだって、少ないが人間の血が入っている。
しかし、それ以上に魔族の血が多く、体が動いてくれない。
「へっ、ヒビロとかいう魔族を捕らえてくれば、自由の身だったよな!」
男が叫び、ヒビロへと近づく。
「ひ、ビロ……様。お逃げください……っ」
ヴァルロが立ち上がり、剣を構える。
全身におもりをつけているような状態では、立つことさえも厳しい。
人間との戦闘が始まる。
普段ならば魔族が簡単に負けるはずはない。
しかし、魔心結界が邪魔をする。
人間三人にヴァルロはいとも簡単に倒されてしまう。
ヴァルロの状態が心配であったが。
「そんじゃ、こいつを回収するか」
「ええ、つれていきましょうぜ、サトウさんっ!」
「おうよっ」
ヒビロは何かの薬を飲まされ、意識を失ってしまった。
2
海斗たちは街へと戻ってきていた。
道中、ロードから聞いた具体的な話をまとめる。
ロードはもうずっと調査を行っていた。
しかし、なかなか敵の首謀者の名前については獲得することができなかった。
結局ロードは敵に怪しまれていたために……最後の情報までは獲得できていなかった。
それでも、敵からすれば貴重な戦力でもあったため、今回の作戦に抜擢された。
敵も馬鹿ではなかったということだ。
午後八時三十分。出発前とは比べ物にならないほど街は崩壊していた。
綺麗な石や木で作られた街並みは、焼かれ、爆発で崩壊している。
そして、魔族と人間による戦闘があちこちで行われていた。
第九部隊もそれに加わり、暴れる敵を押さえていたが、みな動きに切れがない。
海斗が一人平然と敵を潰していくと、
「……ちっ、まさかこんな奥の手を隠していやがったのかよ」
つらそうにロードが壁に背中をあて、声を吐きだす。
もちろん、部隊の子たちにも動ける子はいる。
人間に近い容姿を持っている子たちは、それなりに動きも悪くはない。
「魔心、結界……ふ、精霊に守護されしこの体には悪そのもの。まるで体が銅像」
中でも一番つらそうにしているレードが剣を支えに立っていた。
魔心結界、人間の世界にある結界だ。
海斗でもそのくらいの知識はあったが、それが魔族の国に展開されているということは――。
「魔族の無力化が狙いか」
「だ……ろうな。まずいぞ……オレにこのことを話さなかったのは……あいつら、オレに隠していやがったな」
「ということは……最悪俺たちの確保に失敗していたとしても、これで魔王を無力化する作戦だったってことか?」
「そうだぜ。つーか、おまえ元気そうじゃねぇか」
「まあな」
魔心結界は魔族の魔力の源を断つ結界だ。
魔族は活動のすべてに魔力を消費して動くため、人間よりもすべてにおいて上である。
だが、魔力がなくなったときは、普段とは違う体となるため、動きが悪くなる。
人間で例えるならば、体にかかる重力が増えたような状態になってしまうらしい。
そもそも、魔心を持たず……魔族でも人間でもない海斗には、まるで意味のない結界だ。
「悪いが、先に第九部隊に戻ってもいいか?」
「……そう、してくれ! 街には人間の奴隷もいるようだ……気をつけていくんだぜ」
ロードが呼吸を乱しながら、全員を先導して街から離れる。
一度、態勢を整えるためだろう。
海斗は一人街を抜けていく。
襲い掛かってくる人間たちを殺し、襲撃してくる魔族の喉元を切り裂く。
ワーウルフになってからは、肉体の強化が著しい。
殺すのはあまり好きではないが、加減していらない。
海斗が第九部隊拠点に到着すると、酷い臭いがした。
廊下を歩いていく。
複雑な廊下の先――倒れているヴァルロがいた。
「ヴァルロ!」
海斗の声に反応した様子で、ヴァルロは顔を僅かにあげる。
「カイト、ですか? ……よかった、部隊のみなさんは戻って来れましたか?」
「ああ……ヒビロは?」
「人間に、連れて行かれました」
「場所はわかるか?」
「……すみません。そこまでは……」
ゴホゴホとヴァルロが咳きこむ。
海斗は彼女の体を持ちあげる。
「……私のことはいいですから、すぐにヒビロ様を」
「わかってる」
ヴァルロを安全な場所に届けるまでに、ヒビロの居場所を特定する手段を考える。
探知の魔法ではダメだ。
探知は、魔力の反応を伝えるだけだ。
誰かを特定するためには使用できない。
ならば、どうするか。
(カイト、また別視点の物語が出来ておったぞ)
九時になり、アオイの声が届く。
(すぐに送ってくれ)
(ほいほい)
データを脳内に送ってもらい、海斗はそれらを読んでいく。
第九部隊から近くの第八部隊に到着する。
中では、治療部隊が忙しく駆け回っている。
治療魔法を使える者は少なく、ここにはいない。
治療のすべては薬草などで行っているため、人の手が足りないようだ。
ヴァルロをあいているベッドに寝かせる。
すぐに治療はされないが、ヴァルロは自分で応急手当を始める。
「第三部隊の場所はどこだ?」
「……それは――」
ヴァルロがゆっくりと答える。
海斗はすぐさま、その現場へと向かった。
3
ヒビロは、人間たちを睨みながら、絨毯のしかれた廊下を歩いていた。
ヒビロが連れてこられたのは、第三部隊の拠点を一望できる向かいの宿だった。
とある貴族が運営している高級宿の一室……その一室にイクス・オーガ――ゴゾッガが座っていた。
部屋は目に悪いほどに明るく、金銀で彩られている。
部屋にも数人、人間の奴隷がいる。
この宿自体に、奴隷が多く集められていた。
初めから、人間の奴隷を使っての戦闘を考えていたのだろう。
「ほぉ……やはり、貴様が今回の首謀者か、ゴゾッガ」
対面するゴゾッガにヒビロは腕を組んだ。
予想通りの相手だった。ここまでまるでボロを出さなかったために、踏み出しきれなかったが、警戒していた相手だ。
ヒビロはどうにかして脱出できないかを考え、諦めた。
背後を人間たちに囲まれている。
今のヒビロでは、暴れても即座に押さえつけられる。
立っているのも苦しかったが、それでも毅然な態度を崩しはしない。
大きな椅子に座っていたゴゾッガが、ニヤリと笑みを作りグラスを傾ける。
ゴゾッガ、ヒビロの父の友人だ。
昔からともに戦い、そして人間を蹴散らしてきた。
「はっ、平和ボケした魔王の娘様に予想されていたとは思いもしなかったぜ」
「その程度、ということだな、ゴゾッガ」
「生意気なガキじゃねぇか。まあ、結果はこうなったんだ。さすがの魔王でも、娘の命が危ないとなりゃあ、暴れられないだろ?」
ゴゾッガが席を立つ。
……ゴゾッガ。
昔第三部隊の隊長であり、怪我を理由に引退していた。
だが、見たところまるで怪我をしている様子はない。
つまりはずっとこうして後ろで第三部隊を引っ張っていたのかもしれない。
ヒビロは舌打ちをする。
ゴゾッガの可能性を考えながら、別の部隊も調べていたが結局は無駄だった。
「オレがどうして、こんなことをしているのか……わかるか?」
「父上に文句がある、というくらいだろう?」
「そりゃあそうだ。文句もねぇのに反逆なんざ起こしはしねぇからな」
ゴゾッガは、苛立ちをこめるように拳をテーブルに振り下ろす。
その手で机を握りつぶした。
「ものに当たるな、短気が」
ヒビロの言葉にゴゾッガは大きな笑い声をあげる。
パラパラと開いた手から、テーブルの欠片が落ちる。
「人間共との共存だぁ? ふざけたことを抜かすじゃねぇかよ、おまえの父上様はよぉ」
やはり、そこをつくか。
ある程度予想していたヒビロは涼しい顔で答える。
「人間がいなければ、魔族はゆっくりと朽ちていくだけだ。人間と共存しなければ、魔族だけでは子孫を増やせない」
「知ってるぜ。だから人間のすべては奴隷にして、無理やりに種を植えればいい。それを伝えたら、おまえの父上はなんていったと思う?」
「馬鹿な考え方だな」
「似たようなことを言ったぜ。あいつは、忘れちまったんだよ。人間が傲慢で不遜な生き物だってな。オレたちの故郷を潰したあの人間共を……忘れちまったんだよ」
「……忘れていないから、父上は人間との共存を望んだ」
「はっ、忘れていなければそんな世迷言を言うわけがねぇんだよ」
話は平行なまま、交わることはない。
「にしては、人間に頼った作戦を行うのだな」
「人間は道具だからな。道具に頼るのは当然だろうが」
ゴゾッガはそれから拍手を送ってくる。
馬鹿にした顔を殴りつけたい衝動にかられながらも、ヒビロは腕を組み、どうにか抑えた。
「なかなかに対応は早かったな。危なかったぜ、魔心結界が発動していなければ……たぶん、あんたらの勝利だったぜ。こっちの作戦の一つが潰されたんだしな。誇っていい、ガキにしてはよくやった。これから、おおいに仕事してもらうんだしな」
「……私を使って父上を脅す、か。くく、父上が子ども一人のために、テロリストの言い訳を聞くと思っているのか?」
「子ども一人? 実の娘だぜ?」
「私を部隊に送り込んだときから、父上は私を子とは見ていないさ」
魔王はそんな甘さは持っていない。
ヒビロとゴゾッガがにらみ合っていると、外が騒がしくなる。
「さぁ……街はどんどん破壊されていく。魔王様はいったいどんな手を使っておさえるのだろうかね。楽しみだな」
「……ふん」
「これでもオレはあんたを保護した、という設定になっているんだ。大人しく、来てもらうぞ、ヒビロ様」
ゴゾッガがまるで姫に忠誠を誓うように手を差し出してくる。
ヒビロはその手を握りつぶす気持ちで攻撃する。
しかし、ゴゾッガはびくともしない。
「……貴様? 魔心結界の影響を受けていないのか?」
「さぁ? どうだろうな」
ゴゾッガは不敵な笑みを浮かべるばかりだ。
宿の外へと連れ出され、鎧を着た人間たちがゴゾッガの周りを囲む。
そこで、ヒビロは周囲に気配を感じた。
ゴゾッガを見張らせていた者たちだ。
「ま、待てっ!」
ヒビロが止めるように叫ぶが、騎士数名がゴゾッガへと突撃を仕掛ける。
「ヒビロ様!」
三名の騎士が武器を構えて走る。
だが、明らかに動きは悪い。
三名は魔王の直属の部下であるが、それでも魔心結界の中では人間と同程度。
それだけでも十分すぎるほどだ。
だが、それではゴゾッガには届かない。
「逃げろっおまえたち!」
鎧を来た人間たちがゴゾッガを守るように立つが、ゴゾッガは彼らを殴るようにどかす。
まるで、人間として扱わない態度にヒビロは唇を噛む。
「……ふん、このくらいはオレがやる。雑魚にはきつい相手だしな」
三名の騎士の同時攻撃。
お互いの隙を潰すようなコンビネーション。
今持てる全力で放った攻撃を、
「遅すぎるぜ」
ゴゾッガは容易く潰す。
一番手前の騎士の頭を掴み、石畳の道に叩きつける。
近づいた騎士を殴り、鎧ごと骨を砕く。
最後の騎士が強行するが、蹴り飛ばされ、崩れた建物に埋まる。
やはり、魔心結界の影響を受けていない。
そこでヒビロは、さらに匂いを感じた。
「またか?」
ゴゾッガも顔をあげる。
ヒビロはここ最近かぎなれた匂いに、僅かな期待と……それから絶望を感じる。
影が落ちる。
全員の視線がそちらに向けられ、一匹のワーウルフが飛び降りてきた。
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