よくあるチートで異世界最強
第十二話 開始
1
ヒビロの部屋の前に来ると、僅かな緊張が体にのしかかる。
他の騎士の部屋や、自分たちの部屋とは入り口から造りが違う。
両扉は綺麗な装飾に彩られている。
悩んでいても仕方ない。
ノックをすると、ヒビロの声が返ってくる。
「開いている。早く入れ」
扉をあけると、ヒビロが豪華な机に腰掛けていた。
頭だけが見えるような背であるため、生首にも見える。
「時間あるか――ありますか?」
「敬語は無理に使わなくていいといったはずだ」
ヒビロが苦笑をうかべる。
一応は上司だ。
前世が高校生で、おまけに部活だって一度も入ったことのない海斗には、上級生との付き合いが大嫌いだった。
なんとか、最低限の敬語を使ったが、相手が良いというならと海斗は咳払いする。
なんだかんだ、ヒビロには敬語を使っても良いかという気分でもあったが。
「時間はあるか?」
「それほどはない。だが、大事な話、なのだろう?」
「誰にも聞かれたくないが、大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
ヒビロはそれから目を細めた。
「ほぉ、ワーウルフか。なかなか勇ましいな」
「ありがとな」
既に海斗は、みなに見守れながら進化をした。
スケルトンとは違い、全身に肉がつき、一回り大きくなった体。
太股はパンパンで、おまけに胸回りの筋肉も張り裂けそうなほどだ。
剣を軽く振るってみたが、ナツキにもらった剣が軽く感じるほどだった。
海斗は彼女の近くまで行き、できるだけ小さな声を出した。
「……今日の夜に、何か大きな事件が起こるかもしれない」
「……理由は?」
ヒビロはさして驚いた様子を見せない。
机に肘をついたままだ。
「……あんた、まさか気づいていたか?」
「……」
ヒビロは無言だった。
「気づいていたのに、どうして部隊に言わないんだ?」
「確信はない。それに、たぶん、敵のねらいは私だ」
「ああ、そうだ。敵のねらいはあんただ。だからあんたにはすぐに逃げろ、と伝えに来たんだよ」
「それはできない」
「なんだと?」
「敵は恐らくだが、現魔王を殺すことが目的だ。不審な動きはすでにとらえてある。だが、どれほどの力を持っていても父上を倒すのは難しい……となれば、敵は私を狙うだろうな」
「……まさか、自分を囮に使うつもりか?」
海斗の問いに、ヒビロはためらいなく頷く。
まるで怯えた様子もない。
それどころか、それが当たり前だとばかりに。
ぞくりと、海斗は嫌な感情が心にわく。
下手をすれば、命を失うかもしれない。
ヒビロの自分を傷つけるやり方に、海斗はどうしても苛立ちを覚えた。
「いいか? あんたは今自分を囮に使う、って言ったな? だけどな、そんな危険は俺が許さない」
「なに?」
「敵の首謀者は……イクス・オーガの誰かだ」
ここまで伝えれば、さすがに怪しまれるだろう。
実際ヒビロは、不審げな目を作っている。
それでも、深い忠告はされなかった。
「イクス・オーガ、か」
「ああ……誰かまではわからないが、その可能性が高い。敵は、今夜に行動すると言っている」
「……そうか」
ヒビロは厳しい目を海斗に注ぐ。
普通に考えればそれが正しい。
「どうして教えた? 疑われるのはわかっていただろう?」
「あんたに死なれたくないからだ」
「……なに?」
同じような年齢のナツキと被る部分があったから。
年齢は少し違うが、前世の妹とも被ってしまった。
どこか、孤独を背負ったような棘のある雰囲気。
ヒビロに子どもらしさはまるでない。
こんな環境に身をおいていれば仕方ないが、それでも海斗は彼女に楽しさも覚えてもらいたかった。
死、が当たり前になるのは見ていてつらい。
強者であろうとしている彼女が、見ていたくなかった。
「……そうか。わかったが、私は作戦を変えない」
「……なんだと?」
「頼れる仲間たちもいる……。簡単だ、敵だって私に正面から挑むようなことはしない。恐らくは、おまえたち部隊を狙っているはずだ」
「だろうな。俺たちを人質にして、ヒビロをおびき出すってことだろ?」
「そうだ。だから、そこをうまくすればいい」
「うまく?」
「ああ、おまえたちも一芝居売ってくれ」
「……信じてくれるのか?」
「そうだな……」
ヒビロは立ちあがり、海斗の腕を掴み牙を立ててくる。
「いたっ」
「……なるほどな」
ヒビロが吸い上げるように血を飲み、口元を拭う。
「何がしたいんだ?」
自己治癒のおかげで、この程度の傷は少し塞がる。
「私は吸血鬼だ。相手の血を吸えば、ある程度のことはわかる。血の味から、嘘ではないとな」
「……便利だな」
「だから、おまえたちには、一芝居売ってもらう」
ヒビロが机に向かい、したり顔で改めて言った。
2
昼に出発し、夕方になったところで問題の洞窟近くに到着した。
徒歩でのんびりと移動したために、予定の到着時間から大きく遅れた。
海斗はロードを観察しながら、周囲に探知を放ち続ける。
毎日暇さえあれば探知は使用しているため、手持ちの魔法では一番効果が高くなっている。
広範囲に探知が伸び、魔物以外の反応が四つあるのに気づく。
恐らくは、部隊を狙った敵だ。
海斗が警戒を強めていると、ロードが振り返る。
「一度、ここで休憩にする。休憩の後、洞窟でゴーレム退治だ」
皆が息をもらし、その場に腰掛ける。
荷物持ちをしていた後方部隊たちが、飲み物や食事を持ってくる。
彼女たちも決して弱くはない。最低限の自衛はできる程度の実力だ。
飲み物を受け取りながら、睨んでくるレードを見る。
道中の魔物の討伐数で競っていたからだ。
レードは五体倒し、海斗は六体。
「くっ、今日は精霊の巡りが悪いだけ。普段であればこのような奇跡、起こるはずがない……っ」
「そうかそうか」
レードの睨みは治まらなかった。
これからを思うと、こんなやり取りがほのぼのとしていた楽しさしかなかった。
笑みを浮かべると、馬鹿にされていると捉えたようで、レードはギリリと歯噛みする。
夕陽が落ち始め、月が姿をみせる。
と、海斗の体に力が溢れていく。
ワーウルフの真骨頂、といったところだろう。
「カイト、ほら、これでも飲むか?」
そういってロードが一本の飲み物を傾けてくる。
酒臭い。
これから戦闘があるというのに、ロードの気軽さに海斗は肩を竦める。
「いらない、一人で飲んでくれ」
「……けっ、いいじゃねぇかよ。気晴らしだ、気晴らし」
ロードはその飲み物を後方部隊に渡し、つまらなそうに去っていく。
海斗は彼を観察しながら、増えていく敵の数も把握していく。
「それじゃあ、中に入るっ」
ロードが先導し、洞窟内部へ入る。
後方部隊がライトの魔法で次々に先を照らす。
おかげで暗闇が不利になることはない。
やがて、魔物の姿を見つける。
光を反射するようにして現れたゴーレム。
岩と土で作り上げたその体には、目のような魔石が一つつけられている。
それを見た後方部隊の一人が大きく声をあげる。
「じ、人工のゴーレムですよ、これ!」
「なんだと? まあ、予想していなかったわけじゃないが……」
ロードがとぼけたような様子で、剣を構える。
「オレとカイトで敵をひきつける。後方部隊の奴らは魔法の補助と外から魔物が入ってこないように警戒してくれ」
「わ、わかりました!」
戦闘のメインは、ロード、海斗、タユ、レードの四人だ。
海斗たちの実力がどのくらいなのか、改めて全員に見せるという目的でもある。
ロードがゴーレムの左側へ剣を振るう。
さすがにゴーレムの体は固く、剣が通ることはない。
海斗は、ゴーレムの右側へと回る。
左右から攻撃をしかけ、ゴーレムを翻弄していく。
ゴーレムの拳が雨のように落ちてくるが、当たることはない。
魔法が飛び、ゴーレムに当たる。
海斗たちにも補助魔法がかけられる。
防壁に身体強化。おかげで、動きのキレが増し、いよいよあたることはなくなる。
「レードっ!」
ロードが叫び、レードが頷きながら突っ込む。
レードの突き出した剣が、ゴーレムの腹部を捕らえる。
傷が広がる。そこへ、タユが力任せに斧をふりこむ。
ゴーレムの体がぐらつく。
レードもタユも、評価をあげるチャンスだと意気込んでいる。
海斗はむしろ、この後に控える戦闘を警戒し、体力を温存しながら剣を振るう。
無駄に力を使う必要はない。
レードとタユが主に力を発揮し、ゴーレムを簡単に討伐した。
「ふっ、せ、聖なる我が剣の舞いに朽ち果てるがいい」
レードが剣を軽く振るってポーズを決めてから、ゆっくりと鞘に納める。
しかし呼吸は荒れている。それなりに疲労したようだ。
タユも息を乱しながら、斧を背中に装備しなおす。
「つ……疲れたのだ」
「頑張ったなタユ」
「ありがとう……だ」
タユは体を休ませるために座りこんだ。
と、後方部隊の子がロードに近づき、ぼそぼそと伝える。
耳をすませる。
「……何? 外に魔族の反応がある?」
「はい、夜盗の類でしょうか?」
ロードがちらと海斗を見てくる。
それから、ロードは慣れた様子で頷く。
「まあ、大丈夫だろう。さっさと戻ろうぜ」
「は、はぁ……そうですか」
ロードの反応をいぶかしみながらも、女性は離れた。
海斗はロードをじっとみてから、外に向かって歩いていく。
洞窟の外に向かうたび、ライトの明かりが消えていく。
風が洞窟の中にふきあれる。魔族の匂いが届いてくる。
さすがに敏感なものは気づいているようで、それぞれ武器を構えている。
いつでも反応できるように海斗も先頭に近い場所を歩いていく。
やがて、月明かりが洞窟の出口を照らしているのが見えた。
全員が外に出て、窮屈な空間からの解放に体を伸ばしていると、いくつもの足音が響いてきた。
「よぉ、ヒビロ隊のみなさん」
姿をみせたのは、クロスだ。
十人ほどの魔族を率いて姿をみせたクロスに、全員が警戒をする。
「おっと、そんな睨み付けないでくれよ。……さてさて、そろそろ作戦を始めたいところなんだ、いいだろ?」
クロスがロードをみて、ニヤリと笑みを作る。
海斗の首元に銀色の何かが近づけられる。
短い悲鳴があがり、その隙にさらに魔族が距離をつめてくる。
「ま、こういうことだ。みんな、悪いな」
ロードが苦笑気味にいった。
3
「おいっ! ロード! こんなことしてどうなるかわかってんだろーな!」
「まあ、オレとしても、女性を縛るのは嫌いなんだ。むしろ縛られたいんだが……今回は勘弁だ」
魔力を封じる手錠。それらを部隊全員につけていく。
ロードが海斗に手錠をかけたところで、クロスが近づいてくる。
「まったく……作戦の邪魔をしてくれやがったな、カイト」
「……誰だ?」
「てめぇっ!」
とぼけた態度をとるとクロスが蹴りを放ってくる。
夜でもわかるほどに怒りで顔を染めあげている。
「これから、新たな魔王様の右腕になるクロス様だっ! テメェはオレの奴隷にしてやるから、覚悟しておくんだな!」
「ヒビロの部隊に入る作戦も失敗したんだろ? 三ヶ月もかけて、時間の無駄だったな」
「テメェ……っ!」
再び海斗の腹部に蹴りが叩きこまれる。
スケルトンのままでは簡単に折れていたかもしれない。
痛むふりをして体を寝かせると、タユが震えながら叫んだ。
「や、やめろっ!」
「ああ? おまえは、あのときのか……っ。テメェもそういえばヒビロ隊に入っていやがったな」
タユに近づいていくクロスの肩をロードが掴む。
「クロス、そんな奴の相手をしてる暇がないだろ。さっさと報告しておかないと、向こうも動き出せないだろ?」
「ああ、そうだな」
クロスはポケットから通信用の魔石を取りだす。
「今、部下たちを捕らえました。そちらには、馬車で三十分もすれば到着できると思います」
「ええ、はい。わかりました。……先に始めますか? それは、楽しそうですね」
ニヤリとクロスが笑みを作り、魔石をしまう。
海斗はそれをじっくりとみながら周囲を観察していく。
敵の数は十人。みな屈強そうだが、レベルをみても大したことはない。
スキルだって剣術などの基本的なものしかない。
というか、それが普通だ。
剣術以外に何か、特殊スキルを持っているといわゆる優秀な子、いわれるのだから。
問題は敵の通信手段だ。
恐らく通信魔石を持っているのはクロスだけ。
クロスをどうにかすれば、この状況から脱出できても敵に伝わるということはなさそうだ。
通信が終わったところで、近くの馬車へと連れて行かれる。
引きずるようにしてクロスに引っ張られ、海斗は睨みつける。
「へへ、こいつら自由にやっちまってもいいんだよなぁ?」
「下種な手でふれんじゃねぇよ!」
部隊の女性が、魔族に叫ぶがそれがより楽しませたようだ。
「生意気な態度もまたいいぜー」
敵の魔族たちが、鼻を近づける。
どうにも彼らは、雇われたような服装の悪さだ。
盗賊か何かだろう。
可愛い子が揃っていることもあり、魔族のぶしつけな視線は増す一方だ。
木々の先を抜けたところに馬車が三つ用意されている。
それらを発見したところで、海斗とロードは目を合わせた。
「そんじゃ、お疲れさん」
「え?」
ロードがスキルを使用し、クロスの首を剣ではねる。
海斗が手錠を魔法で解除し、周囲の仲間全員にも同じように鍵開けを使用する。
海斗の手錠だけは、魔法を封じる力はない。それどころか、見た目だけのボロイ手錠だ。
ヒビロが言っていた作戦……つまりはこういうことだ。
ロードは敵のスパイだ。
簡単にいえば、ロードは二重スパイをしていた。
だから、ロードと海斗は裏で手を組み、今回のような行動にでた。
混乱している魔族たちを叩きのめしていく。
魔物と呼ばれるように、敵を剣で斬り、爪で切り裂く。
温存していた体力すべてを放出するように暴れまわると、さすがに部隊のメンバーが引き気味の顔になる。
「やるじゃねぇか」
「あんたこそな」
ロードとともに、敵を蹴散らしていけば、あっという間に戦闘が終わった。
魔族たちを縛りつけながら、ロードが通信魔石を取りだす。
連絡先はヒビロだ。
未然に防ぐこともできたが、敵をあぶりだしたかった。
ここで、相手に行動させ、敵の首領を動かす必要があった。
一度捕まったことで、部隊の子たちのロードを見る目は厳しい。
街のほうが騒がしい。
ロードが魔石をしまうと、
「ど、どういうことだよっロード!」
女性がロードの胸倉を掴みあげ、ロードを激しく揺さぶる。
「まあ、詳しいことは馬車で話すから……急いで街に戻ろうぜっ」
不審の目をロードに向けながらも、街の異変を察し、馬車に乗りこんだ。
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