よくあるチートで異世界最強

木嶋隆太

第十話 指名



 1




『私の部隊が指名するのは、カイトだ』


 魔石によって声が増幅されているため、ヒビロの声はホールに響き渡った。
 指名が行われる場所は、第一部隊が使っている騎士の詰め所だ。
 大きなホールで、見習い騎士が期待と不安をまぜた表情で待機している。


 海斗たちも、未来の自分をイメージするために……そこへ集まっている。
 沈黙が会場を包む。
 それから、すぐに疑問の声が並べられる。


「カイト? カイトっていたか?」「ああ、一応いるみたいだ。この前入ったばっかりのスケルトンだ」「スケルトン? スケルトンって大して強くねぇだろ? 隠し玉か?」「わからんが、ま、これでクロスの競合がなくてよかったよ」


 なんて声が響く。
 すでに、クロスは別の部隊に指名されている。
 ある意味同じ一位同士の指名。しかし、この会場の中でクロスが厳しく睨んでくるのが見えた。


「か、カイト! ほら、前に行かないとっ!」


 隣に立っていたタユがばんと体を叩く。
 同期の見習い騎士の中では年齢が一番上の十二歳であるため、タユと海斗はよく共に行動していた。
 そのためか、それなりに親しかった。


「よかったな! ヒビロ様の部隊って、いまどんどん力をつけているのだぞ!」


 現在部隊は九つあり、ヒビロは第九部隊である。
 偉そうに立っている小さな少女ヒビロは、腕を組みどこか余裕げに海斗を見据えていた。
 周りの反応などまるで気にしていない。
 これを拒否する、というのは見習い騎士には出来ない。
 海斗は嘆息交じりに歩きだす。


「……おお、確かにスケルトンにしては、オーク並みにあるな」「だが、所詮スケルトンだろ? 一番で指名する価値などないだろう?」「噂だが、ロードがやられたらしい」「なに? だがあいつは教官の中でも最弱……。まあ、それなりってことだろ? 即戦力とまではいかないな」「あの年齢のスケルトンじゃあ、今さら大した成長も見込めないしな。小さくまとまるだろうさ」


 別の部隊が聞こえるように言葉を浴びせてくる。
 ヒビロが片手をあげる。
 海斗は迷ったあげく片手をあげて返した。


「お、おいっ! 膝をついて一礼だ!」


 後方から教官の魔族が叫び、海斗は慌てて膝をつく。
 爆笑が巻き起こり、海斗は耳に熱が集まるのを感じる。
 そもそもこっちはまさか指名されるとは思ってもいなかったの。
 普通、こういうのは前もって話がされるらしいが……サプライズとしてからかっているのだろう。
 近づいてきたヒビロが肩を叩く。


「もう良いぞ」


 ほっと息をもらし、立ちあがる。
 それからも指名は行われていく。
 だいたい一つの部隊が指名するのは三名ほどだ。
 ヒビロが指名したのは、一人は基礎訓練を終えた見習い騎士だが、もう一人はタユだった。


「わ、私か!?」


 先ほど海斗の背中を押してくれたタユが、キョロキョロと周囲を見ている。
 海斗は仕返しをする気持ちで、大きな声をあげる。


「タユ、早くこいよ」
「わ、わかったのだっ」


 注目が集まり、タユは顔中を真っ赤にして速足で前にやってくる。
 滞りなく部隊長への誓いを終わらせ、タユも並ぶ。
 海斗の隣二名は、どちらも女だ。
 たまたま、比率がそうなっただけだろうと思いながら、海斗は背筋を伸ばす。
 指名が終わり、司会が全体に頑張れ、という言葉を投げる。
 それ以降は、部隊ごとに別れることになった。




 2




 海斗は前を歩くヒビロの後ろ姿に緊張していた。
 どうして自分を一番に指名したのか。
 別にクロスをとって、海斗は最後のほうの指名でも問題なかったはずだ。
 他の部隊はどこも海斗の存在に気づいていなかったのだから。


 ちらと、ヒビロを見ていると、興味を持ちすぎたせいか、彼女のステータスが見えた。
 ヒビロ Lv3 魔王の娘
 剣術Lv3 ライトLv3 経験値五倍 熟練度五倍


 さすがに魔王の娘というだけあり、その能力は天才的だ。
 ホールから出て、外に出る。
 そこで入れ替わるように、二人がやってくる。


 一人はげっといった顔をしたロード。試験以来だ。
 もう一人は美しい女性だ。
 ヴァルロ。第九部隊の副隊長だ。


「三人とも、まずは……入隊に感謝しますね。ありがとうございます」


 ヴァルロが頭をさげる。
 美しい長髪がゆっくりとおちる。
 じっと見ていると、ヴァルロの視線が海斗とタユに向けられた。


「いきなりの指名をしてすみませんね、カイトさんとタユさん」
「……驚いたもんだ」
「わ、私も」
「そうでしょうね。しかし、二人とも実力だけを見れば……十分見習い騎士を超えていましたからね。下手に我々が接触をすると、他部隊も注目して……調査される危険がありましたから」
「か、カイトはともかく、私まで、ヴァルロ様にそんな評価をいただけるなんて嬉しい限りです!」


 タユはたいそうヴァルロを好いているのか、目を輝かせて叫ぶ。


「部隊では、様まではつけなくても良いです」
「は、はい……っ!」


 タユがぴしっと体を立てる。


「……それと、レードさんありがとうございます」


 もう一人の指名された女性――レードにヴァルロが頭を下げる。
 レードはちらと海斗たちをみて、


「……一つ質問しても良いですか?」
「なんでしょうか?」
「一週間前に入ったばかりの素人同然を、どうして二人も指名したのですか? 第九部隊はまだまだ力のある人が少なく、その点が問題になっていたはずです。即戦力を指名するべきだったのではありませんか?」


 レードの棘のある視線と物言いに、タユは身を縮こませる。
 海斗はそれらをどこ吹く風で受けるのだから、余計にレードの視線が強くなる。


「そうですね。彼らの場合、一ヶ月も訓練を受ければ、全部隊から指名されることになりますからね」
「ヴァルロ様ぁ……」
「様はやめておけよ」


 タユが羨望の目を向けながら呆けた声をあげている。
 涎がたれていたため、頭を叩いて忠告していると、


「……我は認めないから」


 ぼそりとレードが口を開いた。
 ぷいとそっぽを向いた。
 ヴァルロもぴくりと片眉をあげたが、聞かなかったことにしたようだ。


「それでは、第九部隊に案内します。これからみなさんの職場となりますので、きちんと覚えておいてください」


 ヴァルロが先を歩いていき、女性たちがついていく。
 海斗にあわせるようにロードが横に並ぶ。


「けっ、まさかおまえが入ってくるなんてな。情けない魔族と一緒なんて……最悪だぜ」
「俺からしたら知りあいがいてよかったがな」
「……ちっ、せっかく男はオレしかいなかったってのにっ。最悪だぜ!」
「男は……あんただけ?」
「言っておくが! 部隊の子たちはオレがぺろぺろするために予約してるからな! 手を出したら殺す!」
「……出さねぇよ」


 呆れ、すたすたと歩いていく。
 そのとき、ロードが背後で言葉をもらす。


「……まぁ、そもそも……長居はさせねぇけどな」
「あ?」
「なんでもねぇよ。ま、精々楽しむんだな」


 ロードの何か企むような悪い顔に、海斗はいくらかの不安を覚えながら第九部隊へと向かった。




 3




 第九部隊の施設はそれほど大きくはない。
 部隊人数は男二人、女八人とまだまだ少ない。この数は、海斗たち三人を含めた数だ。
 まだ作られて三年。
 ひとまずは、後方支援の人々を育成していたため、このような結果となった。


 もともと、ヒビロのために用意された部隊であり、一年前からヒビロがこの隊の隊長を務めている。
 三年前に作られたときは、ヴァルロがヒビロのために兵を育成していたがまだ、しっかりとした部隊活動はなかった。
 ヒビロが隊長であるため、若い子ばかりだ。
 力のある兵だったり、有名な貴族だったりは、いくら魔王の娘だからといっても若造の下に素直につく者はいなかった。


 ロードはロリコンという例外であり、有名な貴族であるがこの部隊にずっと所属している。
 支援に関しては他の部隊にも負けていないが、戦闘面ではまだまだどの部隊にも勝てない。
 それが第九部隊の現在の戦力だった。
 全員への挨拶をすませたところで海斗は見習い騎士の服を脱ぎ、第九部隊の制服に着替える。
 狭い狭い男子更衣室で着替えていが、全身ただの骨だ。


 外で着替えても問題ないのではと思わなくもなかった。
 袖を通した後、第九部隊の全員がつけているネックレスを首にさげる。
 鏡をみると、死体が形見のネックレスをつけているようにみえた。ゲームとかであれば、確実にこのアクセサリは持っていかれる。


 廊下に出る。
 ちょうど隣の更衣室から出てきたタユとともに歩いていく。
 女子更衣室はそれなりのサイズだったらしく、愚痴をこぼす。


 海斗が嫉妬していると、廊下の先できょろきょろと顔を動かしているレードを発見する。
 レードは海斗たちを見ると慌てた様子で歩きだした。
 道を完全に間違えている。


「タユ、道はどっちだったっけ? こんな初めての場所じゃあ俺はダメだ」
「うむ、それなりに入り組んでいるが、私に任せろ」
「おまえじゃあ、不安だな……レード。一緒に来てくれないか?」
「……ふん、我に何か用?」


 レードは顔を真っ赤にして腕を組み、どこか誇らしげに髪をかきあげる。


「話聞いていなかったのか? タユだけじゃあ、道に不安があるから案内の補助をしてくれないか?」
「そんなもの、精霊に聞けばいい」
「せ、精霊だと!? レードさんは精霊の声が聞こえるのか!?」
「う、うん……っ。精霊の生まれ変わりとも言われている我、レードにはその程度のこと……造作もない」


 精霊。
 昔は存在していた生物だが、今はもう絶滅してしまっている。
 精霊王が人間と魔族を見張っていた時代があったようだ。


「で、では……レードに任せる」
「ふ、ふんっ。だ、だがな、精霊を酷使しすぎるのも良くない。精霊とは伝説にして、世界の結晶。こんなつまらないことに利用すれば……大地は裂け、世界は崩壊へと向かう」
「な、なに!? カイト、どうする!?」
「タユが先頭でレードがその補佐でいいだろ。早くしないとヒビロたちに怒られるぞ」
「ふっ、怒られるのは怖い。早く行こう」


 冷や汗を流しながらレードが歩きだす。
 レードが苛立ったように海斗を睨んでくる。
 真っ赤な顔……恐らくは羞恥。
 彼女はどうにも自尊心が高いタイプのようだ。


 海斗をしきりに睨みつけながらも、多少頭のネジが緩んでいるタユの相手をしていく。
 レードはタユに対してはどこか自慢げに設定をつらつらと伝えていく。
 共に一階奥にあるリビングにやってくると、全員の視線が集まった。


「やっぱり、部隊の子が増えると嬉しいわよね」「おまけに、やっと男が入ったしね」「ほんとほんと」「みんなー! ここにもロードっていうかっこいいお兄さんがいるよー!」「おい、豚。早く街全体を全力疾走でパトロールしてこい。帰ってきたら踏んでやるから」「ブヒー! やってくるー!」


 ロードがリビングを飛び出した。
 恐らくは言われたとおりパトロールに向かった。欲望に素直な奴だ。
 ロードのイメージが完全に崩壊し、海斗は額に手をやる。
 この部隊の子たちの男へのイメージもまた、ぶっ壊れていそうで恐怖があった。


「あ、あの……カイトさんでしたか?」
「ああ」


 不安を感じていると不意に部隊の子から声をかけられる。


「聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「まさか……とうとう聞くの?」


 その子に対して、みなが息をのむ。
 全員の視線が集まる。
 みな、海斗の口元に注目している。
 一体なんだ。
 海斗が疑問を浮かべていると、少女がとうとう口を開いた。


「優しく踏まれるのと、思いきり踏まれるの……どちらが好み、ですか?」
「それが、おまえらの男へのイメージか」


 こくりと全員が頷く。
 ヴァルロに視線を飛ばすと、ヴァルロは腕を組みそっぽを向いた。
 ヒビロがニヤリと笑みを浮かべ、髪をかきあげる。


「この世にはソフトな変態か、ロードのような超変態しかいない。いつもロードが言っていたな」


 まずこの部隊で一番最初にやること。
 それは男へのイメージを直すことであった。

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