召喚先は魔王様の目の前だった

木嶋隆太

第二十三話 奪還3

 振りぬかれた美奈の剣を避けたが、斬撃が体を掠めていく。
 ……大地についた傷は、これか。
 とんでくる斬撃をかいくぐりながら、剣をぶつける。魔力の乗った一撃によって、美奈の体が吹き飛ぶ。


「ちょっと痛いかもしれないが……っ。我慢してくれよ!」


 魔力をためながら、飛ぶ美奈へと連撃を叩き込んでいく。
 フィニッシュに叩きつけてやり、一度距離を開ける。


「バルナリア! 今のうちに避難! あと、上にワイバーン部隊がいてドラちゃんが交戦中だ! そう生き残っている奴らに伝えてくれ」
「……上、それで魔法があらぬ方向から来ていたのですか」


 バルナリアは腕を押さえながら、離れていく。
 美奈が体を起こし、軽く首を傾ける。
 まるで効いていないようで、頬がひきつってしまう。
 それから美奈は身を低くし、消える。
 ……速すぎて見えないってわけじゃないな。
 姿を消す魔法が、美奈の得意ってことか。
 それでも、魔力が探知できる。おおよその場所はつかめているんだよ!


「そんな馬鹿でかい魔力持ってて、隠れられるわけねぇだろ!」


 巨人がかくれんぼしているようなものだ。
 美奈の不意打ちすべてを防ぎ、カウンターに拳をぶつける。
 ……くっそ。硬いな。
 胸殴ったのにつるぺたじゃねぇか。
 もしも意識が戻ったら殺されるようなことを思考しながら、俺は剣を持ち直す。


 十分、戦えている。
 予想以上に体は動くし、何より心がついてきてくれている。もっと早く怖くて逃げ出すと思ったけど、案外俺の心は頑張っている。
 美奈は剣と手を何度か見た後、腰を低く落とす。


「……何度やったって同じだぜ? さっさと俺に気絶させられろ!」
「……」


 美奈の姿が再び世界へと混ざる。
 魔力を探知しようとしたが……げ?
 魔力までも、隠蔽しやがった!
 不意に背後から風を切る音がした。反射的に前に転がり、どうにかかわした。
 美奈の姿が浮かび、石を蹴り飛ばし、さらに逃げたと思われるほうへと魔力を放つ。
 次の瞬間、背中が斬られる。


「……チッ!」


 今度は、音まで隠しやがったな。
 ……美奈の魔法はただ姿を隠すだけではなく、本当にすべてを隠すのだろう。
 痛む背中を気にしながらも、今は気合で捻じ伏せる。
 弱音を吐いている場合ではない。
 何か、確実に隠せないものがあるはずだ。
 死なない程度に体を動かして、剣による攻撃を紙一重でかわしていく。
 自分でも適当に動いているだけだが、それでどうにか致命傷は防げている。
 ……たぶん、美奈の魔法もそうとう繊細なのだろう。大雑把に隠すのならば良いが、あらゆる物を隠すとなるとそれだけ他がおろそかになる。
 たまに剣とぶつかるが、明らかに力がない。さっきまでは押し切られそうだったのに、今は普通に勝てる。
 美奈が一度距離をあけて姿を見せる。


「……そろそろ、仕留めないと、服がもったいねぇな」


 擦り傷があちこちにでき、せっかくの服もあちこち斬られてしまっている。
 仕留められるかはともかく、美奈への攻撃方法も思いついた。
 美奈は俺の挑発に乗るかのように姿を消す。
 そして、再び背後へと現れる。
 ……正面から攻めてこないのは、さっきまでの戦闘でわかった。


 美奈を操るときに、ある程度の行動命令のようなものも与えているのかもしれない。
 戦闘では常に背後をとる、というような……ゲームのボスみたいに、行動が決まっているのだろう。
 そこまで複雑な命令は、人間には……いやたぶん魔族にも無理なんだろう。


 だから背後に構え、剣を受ける。剣と剣がぶつかると同時、俺はすぐに左手を伸ばす。
 力負けして軽く斬られたが、それでも彼女をつかめた。
 剣を捨て、そのまま拳を振りぬく。美奈の剣が悲しく落ちて地面を転がる。


「……悪いけど! 気絶するまで殴らせてもらうからな!」


 先に俺の拳が悲鳴をあげるかもしれないけどなっ。
 全力で何度も叩き込んでいく。彼女も何度か拳を放ってくるが、やがてその姿が見える。
 ……酷い怪我だ。
 完全に気を失っているようで、彼女の体を受け止める。


「……何とか、気絶させられたか」


 動かなくなった美奈を見て、ようやくホッと一息つけた。
 ……これで、後は、魔法を解除すれば良いだけだ。
 俺には無理だが、バルナリアか魔王に聞けばどうにかできるだろう。魔王にいたっては勇者召喚を妨害したほどだ。時間をかければきっと助けられるはずだ。


「……バルナリア! 美奈の体を拘束できないか?」
「……わかり、ました」


 どうにも複雑な顔をしているバルナリアが、後方部隊から鎖を受けとってやってくる。
 気づけば、人間の騎士たちも剣をとめて後ずさりしている。
 ……まあ、たぶん勇者がいるからこその特攻なのだろう。その要がこうして倒されてしまったのだから、無理はないだろう。
 魔族たちが人間を押し返していく。……もう、この戦場は大丈夫だろう。


「……あなた、いつの間にそれほど力をつけたのですか?」
「意外と強くなっていたみたいだよな、俺。ふふんっ、ほれみろ、助けたぜ!」


 バルナリアに自慢げに胸を張ると、彼女はくっと視線を下げた。


「それよりさ。魔王なら、時間をかければ魔法を解除できるよな?」
「そうですね。複雑な契約のようですが、結ぶよりかは壊すほうが簡単なことは多いです」


 まあ、そういうものか。
 丁寧に作るよりか壊すほうが簡単なのは魔法に詳しくない俺でも容易に想像がつく。
 バルナリアが鎖を美奈へと伸ばした瞬間、ぴくっと美奈の指が動く。
 ……まさか!


「バルナリア!」
「きゃぁ!?」


 慌てて彼女を突き飛ばすと、どこを見ているのかわからない目をこちらに向けた美奈が蹴りを放ってくる。
 姿勢が悪すぎる。受けたが派手に転がる。
 剣を拾った美奈が、倒れているバルナリアへと駆けていく。


「く、っそ!」


 剣を拾っている暇はない。駆け込んでバルナリアへの一撃をとめようと両手を構えるが、白刃取りなどできず腕を斬られる。
 痛みをこらえながら、蹴りを放ち彼女を吹っ飛ばす。
 血がだらだらと出ているが、よかった繋がっているよぉ。


 痛みで涙が浮かんできていたが、しっかりと美奈を見据える。
 気絶しても……まだ動くのか。
 つまり、体の外からでも操る術を持っているということか。


「……人間、あなた今どうして私を! 現状、あなた以外対抗できる人がいないのですっ。あなたは私何かよりも自分の身を!」
「……悪い口だな!」


 ぐっと彼女の両頬を挟み込むように、右手で掴む。
 びくんと驚いたように目を見開く彼女を俺は睨みつける。


「出来る限り、死人は少ない方が良いに決まってんだろ! つーか、気づいたら体が勝手に動いていたの! そんな賢く思考する暇があったら、もっと痛くない人生送れてんだよっ」


 痛みを誤魔化すために叫ぶが、そんなんで引っ込んでくれるわけがない。
 だが、美奈はすぐに剣を構える。
 俺も剣を拾いなおして、バルナリアを左手で追い払う。


「悪い。今度は動けないようにしてから、また呼ぶな」
「……」


 バルナリアは鎖を持ったまま、後退していく。
 もう、そっちに視線を向ける余裕もない。
 美奈は俺の傷の具合を理解してか、それとももうそれほど丁寧な魔法操作はできないのか、正面から突っこんでくる。
 なぎ払われた剣を受け流し、後退しながら魔力剣で攻撃していく。
 しかし、すべて埃でも払うかのようにいなされ、まるでダメージが通らない。
 片腕じゃ、満足に戦闘をこなすことができない。
 先ほどのステルス状態の彼女から逃げるときよりも、あっさりと深手を負っていく。
 無事な右腕もどんどん血が滲んでいき、そして蹴り飛ばされる。
 ……さっき蹴ったこと怒ってんのかね。


 倒れた体を起き上がらせる気力もわかない。
 乱れた呼吸のままで、歩いてくる美奈を睨みつける。


「……ぐそが! いってぇな、こんちくしょう! おまえ、この前勝手に食った部室のお菓子のことで怒ってんだろ!」
「……」
「違うってか!? なら、あれか! 借りた漫画にココアこぼしたのか! あれはちゃんと弁償しただろ!?」
「……」
「えと、それじゃあ……あれか! この前のカラオケのときに、飲み物にこっそり別の奴混ぜたことか!?」


 思いつく限りの彼女が怒っていそうなことを並べていくが、美奈はまるで反応してくれない。
 ……いつもならば、角でも生えそうな剣幕で叫ぶってのに、何もない。
 普段を知っているからこそ、俺は余計に悲しい。
 ……もう、戻らないのだろうか。
 迫ってきた美奈はそこで剣を持ち直す。


「頼むから……正気に戻ってくれよ。嫌だっての、おまえが……おまえたち全員とここでお別れの生活なんて、考えたく、ねぇんだよ」


 ……僅かでも良い。彼女の心に問いかけて、隙が生まれれば。
 そんな甘い考えは簡単に打ち崩される。
 剣が振り下ろされる。……これで死ぬのだろうか。
 迫る剣はしかし、俺の真横に刺さる。
 ……美奈が外してくれた、っというわけではない。
 彼女の手首に、ナイフが刺さっていた。


「……仕留めてください! あなたの、意思は分かりました! けれど、このままでは死にますよ!」


 バルナリアの叫び声が聞こえ、俺はぐっと剣を持つ。
 ……殺す、のか?
 ……そっちのほうが良いよな。美奈だって、こんな誰かの操り人形のまま、死ぬまで戦い続けるくらいなら――。


「……ふざけんじゃねぇよ!」


 痛みを押さえつけるように叫び、俺は剣を持ったままで美奈を見据える。
 美奈も体を起こし、さすがに肩で息をしていた。


「俺はわがままなんだよっ。助けてやるまで、死なない! そこで、黙ってみてろバルナリア!」
「……何を言っているのですか!? ……彼女だって、苦しんでいるはずです! このままなんて――」
「俺は助けるんだ。このままなわけがねぇだろ!」


 美奈の振りぬいた剣を片手で受け止める。
 まだだ。
 まだ足りない。
 この程度の力では、押し負ける。
 気合とともに剣を振り上げる。
 がらあきの美奈の体へと剣の腹を叩きつけると、彼女は姿を消した。
 背後だろ!? 
 振り返って振り下ろすが、剣は空を斬る。背中に冷たい感触が襲う。
 学習していやがるな。ふらふらと体を倒さないように保つ。


 ここで倒れれば、もう二度と立ち上がることはないだろう。
 呼吸をするたび、体中が悲鳴をあげる。
 これがマラソン大会ならさっさと諦めるんだけどな……。
 目の前で苦しんでいる美奈を放っておくわけにはいかないんだ。
 美奈が駆け出し、視界がぼやける。
 ……もう、剣を振るえる気がしなかった。
 腕が激しく重く、体が前に傾いた。


 ――終わりじゃないよね?
 誰かの声が響いた。
 終わりじゃないっての。
 ――職業『ものまね』。忘れないで。その力は、良い人じゃないと使えないよ。


 言葉はそこで消えた。……職業を念じて、即座にそれを使用する。
 体の奥底から力が沸きあがる。
 踏みとどまり、見開く。
 ただ、がむしゃらに、美奈の攻撃へと剣を振り下ろす。
 美奈の一撃を軽く捻じ伏せ、そしてすぐに蹴りを放つ。


「なんだ、この力は……」


 美奈を注視しながらも、俺は自分の体が黒く変色していく状況に、困惑していた。
 美奈が体を起こし、吠えるような声をあげてすぐに姿を消す。


「……ものまね、って職業のことか」


 他人の職業をものまねできるのだろう。
 ……いや、他人じゃないな。
 俺の体は黒く変色し、翼が生える。
 鏡でもあればはっきりとわかるが、今の俺は恐らくドラゴンへと変化している。


「ドラちゃん、力を貸してもらうぜ」


 拳を固め、剣を握りなおす。
 思えば、無意識のうちにものまねを使っていたのかもしれない。
 ドラちゃんの力のすべてを使いこなせるとは思っていない。体の傷はそのままだし、長期戦をするつもりはない。


「魔力ごと消したってな。今の俺の勘を舐めんなよ!」


 勘で剣を振りぬくと、金属音が響く。
 尻尾を操って彼女の体を掴み、その顔へと拳を振りぬいた。
 ……まさに予定通り一撃で美奈を捕らえた。
 尻尾で押さえつけるが、彼女はすぐに暴れだそうとする。
 とっくに体中がボロボロだろう。なのに、無理やりに操られている……どうすれば良い。


「……彼女の腕輪を破壊してください」


 バルナリアの声が響く。
 気づけば彼女が魔法の用意をしているところだった。
 腕輪。そういえば彼女の右手には、腕輪がついている。
 魔力探知をそこに集中すると、禍々しい魔力が感じ取れた。


「となると、最悪腕も破壊しねぇと、か」


 短く呟いてから、拳を軽く固める。
 美奈が尻尾を切り裂き、俺の体に僅かに痛みが走るが気にする必要はない。放っておけば生えてくる、というのがなんとなくわかったからだ。
 美奈の剣を片手で受け止め、その右手首を掴みあげる。
 蹴りを放ってきた美奈だが、ダメージはない。
 それだけ、この体が強靭ということだ。
 彼女の手首を破壊するつもりで、腕輪ごと握りつぶす。
 短い悲鳴とともに、美奈の体がふっと力を失う。
 その体を抱きかかえると同時、俺の体にも限界が来た。
 ……緊張してつっぱっていた糸が、ぷちんときれたような感覚だ。


「……ゆ、勇者様!」
「に、逃げろ!」


 人間の騎士たちが、揃って逃げ出す。魔族たちがここぞとばかりに突っこんでいくのが遠くで見える。
 腕が……いってぇよ。美奈の右腕だって酷い有様だ……。


「……人間たち! ドラちゃん! 聞こえますか! すぐに私と人間たちを帰還させて城に戻ってください!」
『は、はい! わかりました!』


 ……城に、戻れるか。
 それはつまり……美奈を助けられたってことだよな?
 体がふわりと浮遊感を受ける。もう……大丈夫だろう。
 意識を手放して俺は、目を閉じた。





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