召喚先は魔王様の目の前だった

木嶋隆太

第十七話 進展



「バルナリア、ちょっと良いか?」


 城に向かうために、バルナリアの部屋に訪れた俺は、ノックなしに扉を開けた。


「メイド長と、テーレのことで、少し相談があるんだよ」
「……あなた、今この状況でよくもまあそんなのんびりしていられますね」


 あけた扉の先では、上半身裸のバルナリアがいた。
 一瞬見てはいけないと思ったのだが……。


「……おまえ、男、なのか?」
「誰の胸が小さいですって!?」


 バルナリアが激怒し、近くのものを放り投げられる。
 ……まさか、あれで成長しきったのか?
 失礼極まりないことを言ってしまったと後悔してから、頭に一発硬いものをもらってから部屋の外に出た。
 痛む後頭部をさすりながら、背中を扉に押し当てるようにして座っていると、不意に背中が軽くなる。
 扉が開き、俺はバルナリアを下から見上げるような形になり、一発腹を踏まれる。


「……人の部屋に入るときに、ノックもしないとはどういうことですか? あなたの世界ではそのように教育されているのですか?」
「わ、悪かったって……」


 三発ほど腹を踏まれたあと、ようやく体を解放してもらう。
 バルナリアが腕を組み、厳しい目を向けたまま部屋の中に戻る。


「それで、話とはなんですか?」


 厳しい目を向けながら、バルナリアは腰かける。
 ……さすがに彼女の部屋は豪華だな。


「……今、メイド長は色々と問題を抱えているんだよ。テーレが、変な男に狙われているとかさ」
「そうですか。メイド長からはそのような話は受けていませんが……それで? 私に何かあるのですか?」
「いやいや。一応主といて話くらい聞いておいたほうがいいんじゃねぇかなって……」
「私に不利益が生じないのでしたら、別に放っておいて構いませんが」
「……本気で言っている?」
「他人なんて……どうでもいいですよ。私に迷惑さえかけないのなら、何でも」


 あっけらかんといったバルナリアに、頭をかく。


「……わかったよ。けど、俺が勝手に何かをしても、不利益さえ生じなければ……何でも良いんだな?」
「ええ。話は以上ですか? でしたら、城に向かいましょう」


 バルナリアが席を立ち、本当にそれ以上何も聞いてくることはなかった。
 ちょっとくらい、気になるとかないのだろうか。
 貴族街を歩くバルナリアの横顔は、いつも通りの無表情で何を考えているのかまるでわからない。
 城につき、俺はすぐに訓練場へと向かう。
 魔王がいつもはいるのだが、今日は忙しいようだ。


「おい、人間。模擬戦やろうぜ」


 最近では良く一緒にやる、騎士だ。
 騎士が持ってきたのは、刃こそ入っていないが、剣である。
 それをこちらに渡してきて、俺はその重量をしっかりと握った。
 この前はまるで扱うことができなかったが、今は片手でもしっかりと持てる。
 本当に、成長が早い。
 最近では風呂上りに自分の体を見るのが楽しみなくらいだ。
 騎士も今は鎧を身に纏っていない。お互いに一定の距離をあけたあと、軽くにらみ合って駆け出す。
 審判なんていないが、お互いにルールは理解している。
 相手の武器を弾けば勝ちだ。


 騎士の剣を受け流し、がら空きの体に蹴りを放つ。しかしそれはかわされて、剣が戻る。
 俺はすかさず体を捻って、剣を振りぬく。
 騎士が一歩離れて、ニヤリと笑った。


「おまえ、やっぱり体が柔らかいな」
「そうなのか?」


 別に特別柔らかいわけではなかったが、柔軟性があると騎士や魔王に評価されたことはある。
 これは生まれもっての才能らしく、ちょっとばかり嬉しい。


「隙ありだ!」


 騎士が水魔法を構え、瞬時に放つ。


「魔法ずりぃよ!」


 魔法ありでの戦闘はまだ一度もやっていない。
 どうにか横に転がって避けるが、その先に騎士が現れる。
 挑発的な笑みに、俺だって強気に返す。
 振りぬかれた剣を逆手に持った剣で受ける。力負けしそうになったが、叩き割るように下に振りぬく、左拳を放つ。
 騎士が寸前で片手で払い、俺の体にもう一度剣をふりぬいた。
 避けきれるわけもなく、あっさりと吹っ飛ばされる。
 痛みはあったが、治療が必要なほどではない。体の汚れを払いながら、剣を肩に乗せる。


「俺は魔法なんてまだ使えないって言っただろ?」
「悪い悪い。けどさ、いい加減魔法相手の訓練もしておく必要があると思ったんだよ。優しさって奴だ」
「本当かよ?」
「本音を言うなら、嫌いな人間に魔法をぶちこみたいってだけだけどな」


 ニヤリと笑った彼に、怒りを示すように地団駄を踏んでやる。
 彼はしばらく笑った後、こくりと頷いた。


「……思えば、てめーとはあの牢屋で会ってからずっとこうして戦っているな」
「そういえばそうだったな」
「おまえに名前を言ったことあったか?」
「……いや、知らん」
「おいおい。オレの名前はヒューズだ。改めてよろしくな、タイガ」
「……こちらこそ。大河だよろしく」


 片手を差し出すと、強めに握り返される。


「言っておくが、まだ人間を認めたわけじゃないんだぜ? だが、てめーは気合だけは一丁前だ。それに、他の騎士たちもそれなりに受け入れている。だから、今はこうしてやるだけだ」
「そっか? けどまあ、すげぇ嬉しい」


 こうやって、話してもらえるという事実に心が躍りだしそうだった。
 ヒューズは少し困った様子であったがやがて、剣を持ち直した。


「男の癖に情けない顔をしてんじゃねぇよ。ほら、続きをやろうぜ」
「おう……。魔法についても、色々と使ってくれ!」
「言ったな? ぶちこんでやるから覚悟しな!」


 ヒューズは水魔法を中心に、酷い怪我にならないような魔法を放ってきた。
 一応加減はしてくれているようだが、魔法を使われた途端まるで歯がたたなくなってしまった。
 ……相手との距離をつめられなくなるからだ。
 剣の間合いで戦ってくれれば、それなりに戦えていたが……今の俺では距離をつめようとしても魔法に弾かれてしまう。


「おいおい。魔法使った途端これじゃあ、どうしようもないぜ?」
「……なあ、俺にも魔法を教えてくれないか?」
「いや、そりゃあやめておいたほうがいいぜ。まだ、剣だってきちんと習得したわけじゃねぇんだ。色々やろうとしたら、どれも中途半端になるぜ」


 一理ある。俺はもともとそこまで賢いほうじゃない。 
 あれもこれもやって、一流にまで慣れるとは思っていない。
 第一、俺には時間が限りなくあるわけじゃない。出来る限り最短で強くなって、勇者をいつでも止められるようにしないといけないんだ。


「なら、どうやって……距離をつめれば良いんだ?」
「自然にあるものを使うんだよ。例えば、ここにはたくさん小石が転がってるんだ。うまくこれを使えばお前だって中距離に攻撃が可能だ」
「……怪我しない?」
「おいおい。舐めてもらっちゃ困るぜ。当たっても治癒師がいるだろ?」
「いや、かわせよ!」
「これでもてめーを評価してんだよ。全部かわしきれるほどの自信はねぇんだ」
「……ヒューズ。よし、たんこぶたくさん作ってやるからな!」
「加減しろよな?」


 ヒューズの顔が青ざめていたが、気にすることはない。
 もう一度戦闘を始め、ヒューズが魔法を放つ。俺は魔法をかわしながら、じっと魔法の構築具合を観察していく。
 魔法は確かに便利だが、ぽんぽん作り出されるわけではない。魔法の発動する空間には、何かもぞぞ、といった感じの歪みが生じる。
 今、ちょうどヒューズから一歩ほど前の空気がもぞぞと歪んだ。そこから火魔法が放たれ、俺は横に転がる。


「逃げてばっかりで勝てるのか!? ハッハッハッ!」
「まるで悪者みたいだなっ」
「フハハハハ! このオレ様に傷などつけられまい!」


 ヒューズが結構乗り気であり、俺は近くの小石を蹴り上げる。それを蹴り飛ばしてやると、ヒューズがひっと短く声をあげる。
 これでもサッカーはそれなりにやったことがある。このくらいの技なら出来る。


「あ、あぶねぇ!」
「まだまだ!」


 小石を蹴り、時に掴んで投げてで距離をつめて剣の間合いに持っていく。
 ヒューズが剣を振ったところで、魔法を用意しようとしたのか、重心がぶれる。
 ……なるほどな。
 その隙に、俺は一気に力で押し込んでヒューズを倒した。


「よっしゃ!」
「……おめでとう。今のが、近接と魔法の両方をやろうとして、両方失敗したってことだ。わかっただろ? 色々やろうとすると、こうやって失敗する。良い見本になれたようで嬉しいぜ」
「……本気で言ってる?」
「……負けて悔しいんだよ。ちくしょう。おまえ、なんだよあの小石蹴り」
「あれはまあ、俺の特技みたいなもんだ」


 まさか活かせるとは思ってもいなかったが。
 その後も何度か模擬戦をするが、勝率は五分だ。
 ……やはり魔法を使われると、どうしても戦いにくくなってしまう。


 傷が増えてきたところで、治癒師に治してもらっていると、腕を掴まれる。


「お、おい?」
「ちょーっと、新しい薬を飲んでもらうので、部屋まで来てくれませんかぁ?」
「……いや、まあいいけどさ。出来れば、死なない、気絶もしない奴で頼みます」
「はい。今日のは安全だと思いますよぉ?」


 治癒師の安全という言葉にあまり信頼がないんだよな。
 彼女に連れられるままに城内へと入り、治癒室まで連れて行かれる。
 薬品の臭いが特に今日は酷く充満しており、鼻が曲がりそうだ。魔族の中には、獣系もいるしこの臭いは結構つらいものがあると思う。


「それで、なんだ?」


 鼻を押さえながら問うと、治癒師がじゃーんと楽しそうにコップを出した。


「人間が使っている、魔力増強薬ですぅ。よく戦争で使っている姿を見るのですが、どのような効果があるのか……。私の研究では、薬の効果が切れてから脱力感に襲われるようなんですよねぇ」
「へ、へぇ……それ飲むの?」
「はい。もし、今後魔力を高める必要があるときに、役に立つかもしれませんよぉ?」
「貸しだしオーケーなの?」
「さぁ? 気分が乗ったら貸しますよぉ?」


 いや、絶対貸してくれないだろ。
 もう俺は以前のことから、ぶっ倒れるのを覚悟してベッドに腰かける。
 治癒師がニコニコとした内心で何を考えているのかと気になる表情を浮かべている。
 コップを受け取り、中を覗く。
 色は……普通のお茶のようだ。臭いは……薬品臭い。


「人間用なので、絶対に安全ですよぉ。私が保証しますねぇ」
「途端に不安なんだけど……」
「酷いですねぇ。ささ、ぐびっといっちゃってください」


 あの世に行かないことを祈って、俺は一気に飲んだ。
 ……途端、一度体が脈打ち、何かがあふれ出しそうになる。


「これが……魔力か。力が暴れだしそうだぜ」
「そうですかぁ? 効果がどれほど持つのか、しばらくここに残って監視させてください」
「まあ、良いけど……それじゃあ、エルフの羽について何か知らないか?」
「突然なんですかぁ? ……そうですねぇ、エルフの羽は、色々と使い道がありますねぇ。薬としてはもちろんですし、武器などに混ぜると所有者の魔力を高める効果もありますねぇ。非常に高価で、そのためにエルフの奴隷は高いんですよぉ? 私もいくつか持っていますが、滅多に手に入りませんねぇ」
「……そうなんだ」


 そりゃあ、エルフを狙ってどうにか一攫千金を稼ごうとする輩も出てくるか。
 あの男のように、うまく環境を配備すれば、簡単に羽を回収でき、金持ちってわけか。


「魔力はどうですかぁ?」
「……少し、落ち着いてきたな」
「効果時間はおよそ五分程度、ですかぁ。ふむふむ。疲労はありますかぁ?」


 と、聞かれた瞬間薬が一気に切れたのか、どっと体から力が抜け落ちた。


「や、やべぇ……立つのも億劫なくらい……疲れてきた」
「そうですかぁ。……これを人間は切り札としてもっていますが、さすがにリスクが大きすぎる気がしますねぇ。他に何か、これを打ち消す薬でも持っているのですかねぇ? どう思いますかぁ?」
「ね、寝て良いですか?」
「ダメですよぉ? ふふ、もうちょっと苦しそうな顔をみせて――ではなく、私の思考に付き合ってくださいよぉ」
「そ、そりゃあ……まあ、お世話になっているし、わかったよ。……それで?」
「……。やっぱり寝てて良いですよぉ。良く考えたら、あなたに話してもわかりませんよねぇ?」


 小馬鹿にしたように口元を隠す治癒師であったが、俺は疲労が一気に来て何も言い返すことはできなかった。
 ベッドに倒れこむように眠りについた。

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