召喚先は魔王様の目の前だった
第十四話 それぞれの意見
夕方になり、騎士たちはそれぞれの訓練へと戻っていく。
いってぇ……。
次々に騎士が模擬戦を挑んできた。
ほとんどが強敵であったが、魔王よりも攻撃をかわすことができるため、スタミナがかなり消費されてしまう。
おかげで、殴られ、吹っ飛ばされる訓練よりも疲れ自体はたまっていた。
傷を治癒師に治してもらってから、ドラちゃんの元へと向かう。
調教師たちに挨拶をし、飛行の許可をもらってから、ドラちゃんに会う。
『ほぉ……さすが我が眷属だ。驚異的な成長をみせているようだな』
「ちょっとあんまり人に聞かれたくない話があるんだ。飛んでもらっても良いか?」
『お安い御用だ。ちょうど我も体を動かしたいと思っていた』
ドラちゃんが体を起こし、手の上に乗る。
ひょいと背中に投げてもらってから、調教師の人たちに天井を開けてもらう。
夕陽の綺麗な空を飛ぶのは、なんとも幻想的である。こんな風に空を自由に動けるなんて、今まで考えたことなかったな。
『それで……? 一体何の話をするつもりだ?』
「……俺の職業について」
『ほぉ……して、なんだ』
「俺さ。凄い成長が早いって言われているんだけど……本当はさ、勇者じゃないんだよ」
『……』
「俺の職業はものまねなんだよ。……なんかわかんね?」
『いや、何も分からないが……成長が早いという特性でも持っているのではないか?』
「そうなのかねぇ。……もっとなんていうか違う反応されるのかと思っていたぜ」
勇者じゃないの!? えー、死ね! みたいな。
さすがにそれはふざけているが、とにかく引かれるというか……嘘をついていたのか? という反応をされると思っていた。
『職業はそこまで気にする必要はないだろう。タイガが勇者に憧れているというのならともかくな』
「まあ、そうなんだけどさ……やっぱりばれるとやばいかね?」
『危険かもしれないな。ではどうして我に教えてくれた?』
「いやぁ、信頼で切る相手が他にいないといいますか……」
仮にドラちゃんならば、他の誰かに伝えられることもないし。
言うと、ドラちゃんは激しく揺れた。
落ちそうになって慌てて背中に抱きつく。
『嬉しいことを言ってくれるではないか。てっきり我は、我ならば他人に公言できないからという理由だと思っていたぞ』
「ん、んなことねぇっての!」
『……なんだ今の詰まりは』
「……えーと、まあその。ぶっちゃけるとそれも理由の七割くらいあるんだけどさ。信頼してんだ」
『三割程度の信頼か……。まあ良いか。その高校生、とやらを我は知らぬが勇者よりも優れた職業なのかもしれないぞ?』
「……どうだろうなぁ?」
そんな気はまったくしないんだけど。
『まあ、我も職業を持っているが、ドラゴンだ』
「……それって職業なの?」
『立派な職業ではないか。ドラゴンだぞ? 強いではないか』
不満げに鼻をならすドラちゃん。
『我は勇者だから、タイガを眷属にしたわけではない。おまえ自身に魅力を感じたまでだ』
「嘘つけッ。俺が弱いからだろ!」
『は、はて?』
ドラちゃんはすっとぼけるようにそっぽを向き、竜舎へと戻っていく。
だがそこでドラちゃんの動きが止まった。
『魔王様の魔力を感じる……』
「おまえ、魔力探知とかできるのか?」
『本気を出せば、な。普段はそのようなことはしないが……』
「本気をだすタイミングがおかしいだろ」
怖いものから逃げるため……いや、これだけだとおかしくはないな。
「良いから、降りろって。何かあったら守ってやるから」
『ほ、本当だな! さすが我の眷属だ!』
ちょうど飛行を終えると、魔王とバルナリアの姿を認めることができた。
「ドラちゃん、それでは私を乗せて飛んでもらおうか」
『へひっ!? そ、それは……っ。助けてタイガっ』
「……なんていってだよ」
さっきまでの勇ましいドラちゃんの姿はなく、完全に震えている。
まだ背中に乗ったままでいるため、その揺れは危険だ。
若干の吐き気を覚えながら、ドラちゃんにおろしてもらい、頬をかく。
「ドラちゃん、疲れちゃったそうで……また今度ってことにしないか?」
「……人間は乗せるのに、魔王様は乗せないのですか?」
きっとバルナリアが睨むと、ドラちゃんがびくりと肩をあげる。
魔王は目にわかるほどに落ち込み、とぼとぼと去っていく。
バルナリアはそんな彼女を慰めていたが、やがてこちらへとやってくる。
「……帰宅しますから」
短くそれだけを伝えてきた彼女にこくりと頷き、家まで戻った。
○
それから一週間程度が経過したある日、メイドの一人が声をかけてきた。
「……今日、ちょっと。テーレと話がしたいから、テーレと一緒にいてくれない?」
最近ではテーレとよく一緒に掃除などをしている。色々と教えてもらって手伝っているため、本当に効率よくなっているのか微妙なところなのだが。
メイドの顔からは、決意というものが浮かんでいる。
悪いことにはならないだろうと思い、彼女に頷く。
朝食の後、テーレといつも通り仕事をする。部屋の一つ一つを掃除していき、時々彼女も自然な笑顔を見せるようになってくれた。
「タイガー、それとって」
ちりとりそ示した彼女にそれを手渡したところで、部屋の扉が開いた。
びくりと、テーレが肩をあげて身を小さくしようとする中で、今朝話しかけてきたメイドがすたすたと入ってきた。
「……テーレ、ちょっといい?」
「は、はい……あの……その……す、すみませんっ」
「……なんで謝るの? 別に叱りにきたわけじゃないよ」
「……え、そ、そうなんですか?」
では、何? と逆に不安げに彼女の瞳は揺れている。
テーレはかなり臆病な性格をしているし、仕方ないのかもしれない。
二人が話に集中できるよう、遠くで掃除を頑張る。部屋の隅のほこりを取りながら、耳を傾ける。
「……あんたってエルフだけど、何か……企んでいないよね!?」
思わず噴出しそうなほどの直球だ。
テーレも彼女に言われて驚いたように両手を振る。
「企んでなんて、いません!」
珍しく強気に言った彼女に、メイドも一瞬怯んだ後頭をさげた。
「だよね。……ずっと、私たち、誤解していたみたいだけど……エルフだからって全員が全員悪い奴じゃないわよね」
「……はい」
テーレは少し、エルフという単語でまとめられていることに悲しそうな顔を浮かべていたけど、それでもすぐにその表情は引っ込んだ。
「……やっぱり、人間の言うとおりだったわね」
「タイガが、何か言ったの?」
テーレもそれなりに落ちついたようで、自然な感じで返事をする。
「というか、頼んでいたのよ。テーレってどんな子なのか教えてってね。ありがとね」
こっちを見てそういうメイドに、軽く手をあげる。
メイドとテーレは簡単に話したあと、メイドも自分の作業があると戻っていった。
メイドが帰ったあと、テーレに近づくとむっと頬を膨らませる。
「あの人に頼まれたから、あたしと仲良くしてくれたの?」
「ち、ちげぇって!」
「そう……?」
疑いの目はなかなか終わらず、掃除の間もしばらく誤解をどうにかするために、言葉を並べるしかない。
それでもどこかむっとしたままのテーレは変わらない。
……視線があうたび怒っていますとばかりにそっぽを向くのはやめてくれないかな。
テーレにまで嫌われたらと思うと、俺の友達がいよいよドラちゃんしかいなくなる。
一応、騎士の人たちも前よりかは接してくれるようになっているが、主に模擬戦だけだしな。
午前はそのまま終わり、昼食を頂く。メイドたちが用意してくれたものをありがたくいただていると、メイドがテーレを誘う。
……珍しく、メイド長含めた全員が食堂に集まっている。メイド長が眉根を寄せていて、それをメイドたちも察しているようだ。
テーレが居心地悪そうに顔をうつむかせてしまう。それから、涙目になりそうな彼女がこちらを見てくる。
え、俺にどうにかしろって?
困って他のメイドたちを見ると、メイドたちは顔を見合わせた後、俺のほうを見てきた。
なんとかしろって? 無責任がすぎるぜ。
「……テーレ、珍しく一緒ね」
重々しい空気を破るように、メイド長が口を挟んできた。
「す、すみません……っ。今すぐ去りますから、はい、すみません……っ」
「ちょーっと待てよ。別に同じメイドなんだし、一緒に食事くらい良いだろ?」
「……ち、違うわ。私も別に、ダメとは言っていないでしょう」
慌てた様子でメイド長が口を開いた。
それに反応したのは、メイドたちであった。
予想外、といった驚愕の顔である。
「……メイド長、失礼かもしれませんがエルフを嫌っていたのではないのですか?」
「なっ!? ……そんなことは、一言も言っていないわ。どこでそんなことになってしまったのかしら?」
ギロリと、人を殺しかねない両目で、メイド長がメイドたちを睨む。
「怖いよっ」
「へ!?」
メイド長がショックを受けた様子で、食事に伸ばしていた手を止める。
「……生まれつき目つきは悪いのよ。身体的特徴を揶揄しないでくれるかしら? へこむわ」
「……ああ、そりゃあ悪かったけどさ。メイド長さん、どうしても目つきがやばいんだよ。俺なんて今ちびるかと思ったくらい怖かったからな? 竜舎にいるドラゴンたちのほうがよっぽど優しいっての」
「ま、待ちなさい。私の目つきが最強の竜種よりも強いというの? ありえないわ」
と、いって同意を求めるようにメイドたちに視線を向けると、メイドたちは乾いた笑いを浮かべるばかりだった。
その反応にすべてを察したのか、メイド長はいよいよ泣きだしそうな顔になってしまう。
「……ま、待ちなさい。本気で言っているの? 私、別に威圧的じゃないわ」
ぎろっと! 心臓を鷲掴みされるような強い迫力を持ったにらみをぶつけてくる。
それにまたメイドたちがひっと短く悲鳴をあげ、テーレにいたっては涙を拭い始める始末だ。
一応男としてのプライドでどうにか、平静を装ったが、仮に町とかで声をかけてこの目をされたら、泣きながら逃げ出す自信がある。
「…………。もしかして、私の目きつい?」
それを問われて素直に答えられるのか?
「……」
メイドたちがどうにかしてとばかりに俺を見てくる。
どうにかしてって……本音を代弁しろってことだろ? つまり、生贄になれってことだろ?
はぁ、たくもう。メイド長を傷つけるかもしれないが、まあ、これからも長く付き合う必要のあるメイドたちよりか俺のほうが良いか。
「まあ、それなりには」
「……そう。わかったわ。……これからは、目と閉じて話すは」
「そこまでしなくても良いって……。つまり、あんたは別に睨んでいるいるつもりはないんだよな?」
「睨んでいるときはあるわ。けど、今は見ているだけよ? 普段だって手加減しているわよ?」
「……ほ、ほぉ。あれが手加減か」
本気で睨まれたら、気絶してしまうのではないだろうか。
メイドたちも何かを思考して、表情を悪くする。
「……何」
「けど、別に怒っているわけとかじゃないんだろ? 特に今は」
「ええ。普通に、話しているつもりだわ」
「なら、そういうことだ。後は俺じゃなくて直接話したら良いんじゃねぇか?」
メイドたちに後を任せて、俺は食事を始める。
話す内容は、テーレのことなどだ。
メイドたちは、てっきりメイド長がテーレを嫌っているのだと思っていたことや、何よりエルフ全体の評価をテーレに向けてしまっていたことなどを話す。
テーレもそれは仕方ないことだと言っているし、メイド長も同じように頷いている。
「エルフたちは世界一般の常識が当てはまらないわ。そういう人たちばかりで……テーレがそう思われているのも仕方ないわ。……町にいっても、エルフは嫌われてしまっているでしょう?」
「……そう、ですね」
思い当たる節があるようでテーレが頷いた。
……俺がテーレと外に出るときは、俺にばかり視線が行くからか、わからないな。
皆の憎しみは、エルフではなく俺にぶつけられる。たぶん、魔族たちにテーレの姿はあまりにも小さく映ってさえいなかっただろう。
なんていうか、エルフについて色々と思うことがあり、そのままぶちまける。
「精霊様の教えとか、どうしてそういうのを信じるんだろうな? エルフの新しい機械とかさ、便利ならそれを使っても良いじゃねぇか。精霊様の予言って当たるのか?」
あんまり、信仰心がない俺には、分からない感覚だ。
もちろん、ダメな理由が明確ならば良いが、災いが起こるっていうのは曖昧だ。
精霊ってのを、俺が良く知らないのも理由の一つかもしれないけど。
「さぁ? けれど、いずれ災いがくるかもって話なら、それを恐れてしまう人が多いのではないかしら?」
「災いっていったって、エルフがもう開発しちまった以上、無理なんじゃねぇか? 本当に災いが来るならさ」
「……そうね。けど、自分達は違う、と思いたいものなのではないかしら?」
へぇ、魔族はそう思うんだな。
「……それは、あるかもしれないわね」
メイドの一人が呟くと、それに追従するように皆も頷く。
「……テーレが、もしも機械を持っていたら、災いが自分たちにも降りかかるかもって思ってしまうの」
「も、持って、ないです!」
「知っているよ。この屋敷に来るときに、荷物のほとんどが調べられているだろうしね」
慌てたテーレに、メイドたちがコクコクと頷く。
ほっと胸を撫で下ろしたテーレを、笑って見守るメイド長。
「メイド長、ずっとそうやって笑っていたらいいんじゃねぇか?」
「笑う……? 似合わないわ」
「いやいや、普通に似合っていたって。ほれ、もう一回やってみたらどうだ」
「……やめて、恥ずかしいわよ」
メイド長が照れた様子で頬を染めたのが、メイドたちには受けたようだ。
しばらく和んだ空気のままに食事をし、その後食器をテーレとともに洗っていった。
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