召喚先は魔王様の目の前だった
第十三話 変化
次の日。
早速、テーレと二人での用事ができた。
「……人間の奴隷の様子を確認する?」
「そう、よ。……今、人間の奴隷が働いている場所があって、そこに向かうことになっているの」
「どうしてそんな必要があるんだ」
「魔族は、人間に恨みもっているから。魔族は、人間を奴隷として雇っても、決して傷を負わせない、殺さないって決めているの」
……って、俺何度か殺されかけているが、まああれは俺が頼んだこともあるし、良いのか。
「へえ、優しいんだな」
「……人間は、魔族を酷く使っているって聞いたことがある、わよ。だから、魔族はそんな人間みたいにならないために、奴隷を雑に扱わないって、決めている、とか」
「……なるほどな」
同じレベルまで落ちたくはない、ってことか。
意識的な問題なのだろうけど、それは果たしてどうなのだろうかという疑問はあった。
テーレと並んで歩いていると、テーレがささっと前を行く。
「い、一緒に並ばないで。変な勘違いとか、されると嫌でしょ……?」
「変な勘違いって彼氏彼女とか? いや、別に……ていうか、むしろテーレの方が嫌なんじゃないか?」
「……エルフは、嫌われているから……たぶん、人間と同じかそれ以上に……」
ずーんと元気をすっかりなくしたテーレは、とぼとぼと歩いてしまう。
「だから、俺は別に嫌ってないんだ。ほら、一緒に歩こうぜ」
「……わ、わかったけど……それはそれで、ちょっと緊張するから無理……だったわ」
まあ、そういうことなら仕方ない。
結局俺がテーレの背中を見ながら歩いていき、工場へと到着する。
中に入ると、何かを作っていた。人間たちがせっせと仕事をしている。
テーレに気づいた魔族があからさまな嫌悪をぶつけてくる。これが、エルフに対するもののようだ。
その後、俺を見るとさらに悪化した。うん、人間のほうが嫌われているな。
テーレは怯えながら、ささっと紙を取り出した。
「バルナリア様のメイドか。ゆっくり、見ていってくれて構わない」
「おっちゃん、ここで何作ってんだ?」
「……」
ふんとそっぽを向かれてしまった。
じっと観察していると、人間たちが石を加工していく。
花のような形のものなどは、屋敷でも見たことがある。
「……魔石の、明かりよ」
ぼそりと小さな声で教えてくれたテーレが、はにかんできた。
やっぱりそうか。
工場の魔族に案内されるままに歩いていき、ざっと奴隷の様子を見る。
衣服は綺麗だし、肌の色も悪くない。表情も明るいもので、魔族と談笑を楽しむときもある。
たぶんだが、魔族は自分の支配下にいる人間には、それなりに心を許すのだろう。それか、技術的なものが認められた場合。
俺だって、竜舎のおっちゃんには嫌われていない。あれも、俺の竜と話す力のおかげだ。
「ざっとこんなところだ」
「はい。問題……ないみたいですね。ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
俺も真似して頭をさげる。魔族は小さく頷いて去っていった。
そんな感じでいくつかの工場や、お店へと向かうことになる。奴隷商や、オークション会場用な場所もあったが、人間の奴隷はみな綺麗さを競うかのような感じだ。
「そろそろ、お昼だし、戻ろっか」
「やっとかー……いやー疲れたな」
「あんた、一緒についてきた、だけじゃない」
「そ、そうでもねぇよ。ほら、一人だと入りにくい店もあっただろ?」
雰囲気が人を拒絶するような暗い作りの場所もある。
いくつかの奴隷商は、立地的に人目につきやすい場所もあったしな。
……何より、俺は結構人間の立場ってもんが分かった。
――みんな、奴隷として買われても……俺よりも生傷少なそうだったな。
「……入りにくい店、ねぇ。……確かに、あんたのおかげで、少しだけやりやすかったかも」
ぼそりと彼女がそう言ってくれて、嬉しくなって顔を近づける。
「ほ、本当か? いやぁ、こっちに来てから褒められるなんて初めてだ。うれちー」
「って、今あたし声に出した!?」
焦ったように彼女は顔を赤くして、両手を振る。
「や、やっぱりさっきの聞かなかったことにして……っ」
「別に、そのくらい素直に気持ち伝えてくれたほうが、俺も嬉しいんだぞ?」
「う、嬉しさなんか知らないっ。あたしが、恥ずかしい!」
歩くことをやめてその場にしゃがんでしまった。
「……テーレは普段あんまり自分のこと話さないよな」
「……自分のこと? だって、話すこと……ある?」
不安げにこちらを見上げてきた彼女に、腕を組んで頷いた。
「別に俺はまだそんなに親しくないけど、他のメイドさんとはもう結構仕事しているんじゃないか?」
「……えと、二ヶ月くらい」
「ほらな。それで、メイドさんたちと仲良くなれた?」
「……な、なってない。仲良くって……だって、あたしエルフだし……相手の人たちが嫌がるだろうし」
「それはテーレの思い込みだっての。メイドさんたちは、もしかしたら話したいかもしれないだろ? ……仲良くなるには、自分を見せないといけないと思うんだよ」
と、お説教臭くいってみたが、俺だってあんまり友達が多くいるわけじゃないけどな。
こくこくとテーレが頷いたあと、足を止めた彼女がひきつった笑いを浮かべる。
……ひきつったは失礼だったな。
なんていうか、一生懸命笑おうとしてって感じで、可愛かった。
「……さっき親しくないっていったけど、さ」
「ああ、俺のさっきのね」
「あたしは……親しい相手……って、その思っているからね。……頑張って普通に話せるように……しているのよ?」
「お……おう」
正直に言われて照れくさくなり、熱くなった頬をかく。
テーレもまた、恥ずかしさがこみあげてきたのか、真っ赤な顔をそっぽに向けた。
「俺だけじゃなくてさ、そうやって自然に笑って……メイドさんたちとも話してみたらどうだ?」
「……き、機会があれば」
まだまだ、彼女が自分の意思で実行するのは難しそうだ。
○
「……ほぉ?」
魔王と剣を打ち合っていると、俺はなぜか一発彼女に木剣がかすった……ような気がした。
その感覚を覚えていないのは、次の瞬間に吹っ飛ばされていたからだ。
痛む体をさする。まだまだ、満足に動いてはくれなかったが、魔王はどこか興味深そうにこちらを見てきていた。
「今のは、なかなか良い一撃だったな。死に物狂いでくらいついた……そんな感情が強く伝わってきたぞ」
「……死に物狂い、おまけに加減されてこれだろ?」
「そういうな。……だがやはり、勇者は脅威だな」
「全然脅威に感じてないだろう? 悲しくなるから、お世辞はやめてくれっての」
掠ったとはいえ、彼女は全然本気じゃない。
しかし、魔王は何かを思案するように顎に手をやり、それから近くの騎士を呼びつけた。
それは、牢屋のときに話した騎士だ。
「少し、こいつと模擬戦をしてみろ。相手の武器を弾いたら勝ちだ」
「……魔王様。いくらなんでも数日訓練した人間に、オレはやられませんよ?」
「魔王、同意だ。数日程度で俺が勝てるわけないぜ?」
「なぜ貴様は自信に溢れている。誰も勝てとは言っていない。良いからやってみろ」
騎士が木剣を両手に持ち、大げさに笑ってみせる。
「オレのどっちかの武器を落としたらてめーの勝ちだぜ人間! さてと、訓練だ……殺さない程度に恨みを晴らす! 死ねぃ!」
「お……っとと!」
突っこんできた騎士の剣を受け流す。
右、左と隙なく振るわれる剣であったが、それらは良く見えた。
……あれ? なんだかおかしい。
魔王と戦っているときの圧倒的な差を感じることはない。第一、騎士の動きがしっかりと見れ、防げている。
「ど、どうなっていやがる! 殺すつもりでやっているってのに!」
騎士の剣がさらに加速していくが、魔王の蹴りよりかは遅い。
騎士がさらに力をこめようとしたその一瞬で、すとんと彼の手に木剣を叩きおとした。
ぽろり、とあっさりと彼の手から木剣が離れ、あれ? という抜けた声が漏れた。
「……これが、勇者か」
「えーと」
……俺、勇者じゃないんだけど、とは言えなかった。
勇者じゃないとばれると、何をされるかわかったものじゃない。まさか俺が勝つなんて誰も思っていなかったようで、治癒師や訓練場にいた騎士たちの目が点になっている。
「人間。貴様は確かにくそ弱かったが……明らかに異常な速度で成長を続けている。……私の教えがうまい、ということを差し引いてもな」
「……成長、してたのか? 全然わかんなかったな」
「そりゃあ、私と相手しているだけではな。だが、私に掠ったのがマグレ、ではないということだ」
そういって魔王は肩をとんと叩いてきた。
「何よりだ。私の日頃のストレスや鬱憤、暇つぶしにつきあ――……いや、私の過激な訓練にここまで付き合ってこれたという、その精神力。それこそが、一番貴様が勇者、ということなのかもしれない」
「……けど、勇者ってのは魔王を倒すための存在なんだろ? だったら、もっと強くならないと、あいつらを助けることはできねぇんだろ?」
「かもしれないが……まあ、そうだな。これからも訓練には付き合ってやる。時間を見つけてくると良い」
「おお、わかったよ」
俺がこくりと頷いて、魔王はあくびをしたのちに地面を蹴った。
圧倒的な跳躍のあと、空気を固めて空を移動する。……魔王は、ドラちゃん必要ないだろ。
魔王はそのまま自室と思われる窓へと突っ込み、俺も伸びを一つする。
「……に、人間! あんたすげぇな」
先ほど打ち合った騎士が、はぁ、と肩を落としながらいう。
「え? 何がだ?」
「魔王様の乱暴に……よくもまあ、数日耐えたって話だよ。オレたち騎士は、毎日魔王様のストレス発散当番が回ってくるのをひやひやしていたんだぜ?」
……魔王。
先ほども途中途中、良い空気をぶち壊さないようツッコミは控えていたが、やはり魔王はちょっとぬけている。
「……人間だけど、少しは見直したぜ。てめーみたいな根性ある人間、なかなかいないぜ」
へへと騎士が鼻の下をかいた。
……人間だけど、やるじゃねぇか。
そんな評価が何だか微妙な気分だった。
人間が恨まれるのは、過去のことから仕方ないことだ。
別に俺は人間を代表して、人間の評価をどうにかしたいわけじゃない。
そして、魔族たちにも人間全体の評価を改めようともしてもらいたくない。
人間魔族に関わらず、危険な奴ってのはいると思う。魔族が人間に敵対しているのならば、それで良いじゃんってのもある。
「人間全員を含まなくても良いからな」
「あぁ? どういうことだ?」
「俺は……こういう人間だけど、他の人間までそういうわけじゃないからさ。うまく言えないけど……俺は、みんなに嫌われないようにしたいと思っているけど、だからってみんなが人間への評価とか……そういうのを変えなくても良いからって話だ」
「うーん、良くわからねぇが、おまえだけの話をしろってことか?」
「そーんな感じ、だな」
ちょっと違うかもしれないが……俺も良く言いたいことがわからないのだ。
そうすると、騎士は軽く笑ったあと、片手を差し出してきた。
「タイガ、だったか? また、模擬戦やろうぜ」
がしっと握ってきた彼の握手は、悔しさを滲ませるような強いものだった。
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