召喚先は魔王様の目の前だった

木嶋隆太

第九話 メイド長









 ドラちゃんは体をぶるりと震わせ、その場で止まってしまう。


『ま、魔王様も……良い人なのはわかっている。だが……竜に乗ると無茶ぶりばかりしてきて……その……なんだ』
「わかったわかった。何かやばそうだったら守ってやるから。ほら、降りてくれよ」
『……人間。名はなんと言う?』
「大河だ。気軽に呼んでくれよドラちゃん」
『我はドラちゃんでは……。まあ良いか。我の眷属として、人間これからも会いに来てくれると嬉しいぞ』


 ばさばさとドラちゃんは地上へと戻ると、魔王がすぐに駆けてきた。


「ど、ドラちゃん! 次は私だ。早く飛べ!」
「あー……なんかドラちゃんかなり魔王様にびびっているみたいなんだよ」
「その言い方はなんですか!?」


 バルナリアが突然に怒りを見せて近づいてくる。
 ひっと両手をあげて降参のポーズをとる。


「嘘を言って魔王様を困らせようとしているのはわかっていますよ。魔王様、彼の言葉に耳を貸す必要はありません」
「……人間。ドラちゃんの言葉がわかるのか?」
「……まあ、なぜか」


 魔王たちもてっきりわかっているのだと思っていたが、予想外だった。


「……そういえばさっきから貴様危ない独り言をしていたな。てっきり、ようやく本性を見せたのかと思っていたが」


 危ない人間ってのが俺の本性なの? 酷くね?


「それで、ドラちゃんは何て言っているんだ?」
「ドラちゃん、ありのままに伝えてやるから思いをぶちまけてやれよ」
『ぶ、ぶちまける? ……ど、どこまで言えば……緊張してきてブレスでちゃいそう……』
「や、やめい! 一回深呼吸だっ」


 ここでブレスを吐かれたら偉いこっちゃ。
 ドラちゃんが深呼吸をすると、それだけで大地に強い風が吹く。


「……それで、ドラちゃん、どうぞ」
『……ま、魔王様は乗るとテンションあがって、おなか蹴るのが凄い痛いです』
「魔王様……乗るときにはしゃぐと、足をばんばんやるクセとかあるのか?」
「むっ、なぜ知っている?」
「ドラちゃんがそれをやめてくれって。凄い痛いって」


 ……確かにいくらドラゴンでも、魔王の加減のない一撃を喰らえばブレスの一発二発でちゃいそうだ。
 俺だって、ゲロりそうになった。
 難しい顔で魔王が顎に手をやり、さらにドラちゃんが言う。


『あ、あと……突然立つのもやめてください。手綱思いっきり引っ張るのもやめてください。あれほんと痛いです、はい』


 それらも伝えると魔王はすっかり元気がなくなって、コクコクと頷くだけになってしまった。


「魔王様に嘘をつくのをやめてくれませんか?」


 バルナリアがギロっと人を殺さんばかりに睨みつけてきた。


『バルナリア様にも……ちょっと言いたいです』


 さっきからドラちゃんが凄い弱気だ。


「次、バルナリア!」
『……人の背中に乗ったまま、誰も聞いてないと思って変な妄想話をしないでください……。聞いてて反応に困るんですぅ』
「ば、バルナリアは……飛んでいるときに変な妄想を口にするみたいだな。ドラちゃん全部聞いてて困っているらしいぞ?」


 後でドラちゃんに聞いておこうか。
 そう言うと、バルナリアは顔を硬直させ、一瞬で真っ赤にさせてしまった。
 彼女の人間味あふれる表情を、こちらにきてから初めて見た。いや、人間味あふれるとかいったら確実に怒られるだろう。


 バルナリアの口による攻撃を押さえたところでドラちゃんがつまらなそうにしている治癒師に顔を向ける。


『……あ、あの人も変な薬飲ませないでくださいって言って』
「治癒師さんも、なんか変な薬飲ませないで、だそうだ」
「変なではないですよぉ? 立派な薬ですぅ。魔物の傷を治したり、元気にしたり、頭の中からっぽにしたり……そんなに危なくないんですよぉ?」
「そんなにってつく時点でダメだっ。ドラちゃん怯えているからなしの方向で!」
「そうですかぁ? それより、本当にわかっているんですねぇ? ちょっとその耳貸してほしいですねぇ……」


 本気で言っているようだ。
 あの人が一番怖いかもしれない。耳につめたい風が吹きぬけたような気がしたが、とりあえずこれでドラちゃんの伝えたいことは終えた。


「……私は一度部屋に戻ろう。人間も……今日はもう良いぞ。ショック、寝る」


 魔王は相当に元気がなくなってしまって、トボトボと歩いていく。
 バルナリアもしばらく羞恥に身を震わせていたが、思い出したように魔王の後を追う。
 去り際に、こちらを睨んできたが俺は悪くない。
 そう思いながら、仕方なくドラちゃんを竜舎まで戻す。


「よし、後は家に戻るだけだな」
「人間の兄ちゃん、他の竜の言葉は聞こえるか?」
「……あーとどうだろう? ちょっと試してみる」
「おう、こっちの竜が調子悪いみたいなんだ。どうだ?」


 その竜の近くまで行き、耳をすませてみる。
 やがて声が聞こえてきた。


『……人間さん。ちょっと子どもが出来たかもしれないから、伝えて』
「……マジで!? 竜ってどうやって生まれるんだ?」
『卵よ。いいから、さっさとして』
「おっちゃん、こいつ子どもが出来たって」
「なんだって!? おいおい、確かにこの前交尾していたし、出来ていてもおかしくはないが……ちょっと早いかもな。誰か、わかる職業持った奴いたよな!?」


 男が叫び、その職業を持った男がやってくる。
 こちらを怪訝そうにみた彼は、スキルをドラゴンに使う。


「……いや、まだですね。やはり、人間。どこで情報を得たのか知らないが、でたらめを言っているようです」
『なにいってんの!? あたしの中の大事な子どもが出来たのよ! 食べるわよ!』
「わーっ、ドラゴンちゃん待って待って! まだスキルで出てこないだけって話だ! あーっと、おっちゃん嘘だと思っても別にいいですけど、たぶんもうちょっと経てば分かると思うし、準備くらいはしておいても良いかも」
「……はっ。そりゃあ時間が経てばいつかは出るっての」
『……こいつのスキル、かなり微妙だったわね。これから三日後の朝七時くらいなら、たぶんわかるはずよ。ったく、あんたもっと信用してもらいなさいよね』
「悪い悪い。この竜が言うには、三日後の朝七時になれば魔法でわかるらしいってよ」


 そういうと、調べた男は不服そうに腕を組む。
 人間をかなり嫌う奴のようだ。


「……また適当なことを。この人間が嘘つきであることを証明するために、これから毎日調べてやる」


 その後も何体かの竜の話を聞いていく。体調不良や、中には足に棘が刺さってとれないと泣きついてくるものもいる。
 それらを対処していると、結構な時間が経ってしまったが、竜舎の調教師であるおっちゃんからは感謝された。


「いやぁいやぁ、おまえさん竜の調教師でもやったほうがいいぜ? 本当に声が聞こえているんじゃねぇか。羨ましい」


 バンバンと背中を叩いてくるおっちゃんに、なんだか嬉しくなってきた。
 竜たちも、魔族たちに比べて圧倒的に優しいし……もうここで寝泊りしようか。


「また時間が出来たらくるよ」
「おうっ、いつでも来い」


 おっちゃんに見送られ、俺は城をようやく後にする。
 城を出て一歩目で、道が分からず頭をかいてしまう。
 ……さて、困ったぞ。
 来るときも、景色は凄いみていたがキョロキョロしすぎてまるで道を覚えていない。
 そもそも俺は道を覚えるのが苦手だ。友達の家に遊びに行っても、一回では覚えられないし。
 顎に手をあてたが、良い機会だし一人で散歩しても良いだろう。


 のんびりと貴族街を歩いていく。人間というだけでちらちらと視線をぶつけられる。
 やがて、貴族街をぬけそうになってしまう。
 さすがにこっちではない。平民街も自由に見て回りたいと思っていたが、一人で行けばそれこそ戻ってはこれないだろう。
 と、ちょうど平民街へと向かっているメイド長の姿を見かける。
 迷子である現状を打破できるため、声をかけようとした。


「メイド――」


 したのだが、彼女はそこで一人の男と合流する。何とか声を止めて、別の人の影に隠れる。
 まさか逢引か? と思い、探偵魂がふつふつと湧き上がる。
 この謎、このままにしておいて良いわけがない。俺はこそこそとストーカーをしていく。
 平民街へと向かってしまったため、メイド長を見失うと完全に俺は帰れなくなる。
 ていうか、一応奴隷だし自由行動はまずかったかも……と今さらながらに思ったが、ま何とかなるか。


 楽観的に行動していると、やがてメイド長は一つの店に入った。
 普通の料理店のようで、窓ガラスから見える中はおしゃれそうなお店であった。
 メイド長が会っている相手は、フードを深く被った美形の男だ。
 メイド長がしばらく何かを話しているようだが、美形の男は薄笑いを浮かべる。
 メイド長とともに奥へと行ってしまった。
 それから一時間ほどして、戻ってきた。


 メイド長の顔はあまり冴えないものだ。というか、あの人が笑っている顔を見たことはない。
 他のメイドといるときは、もう少し違った反応を見せていたかな? いっつも俺一人だしわからん。
 やがて店から出てきたが、そこで男は苛立ったようにメイド長を睨みつける。
 ……ずっとそれを見ているってのも暇なものだ。一応人間だし、結構注目を集めるんだよな。


 一応、奴隷の証が見えるようにしているが、さすがにいい加減まずいか。
 と、思ったのだが夕方になり魔族通りが激しくなる。
 ……これなら、多少危険を冒して近づけるかも。人々の波にもまれるようにして、店の入り口近くを維持する。


「……それでは、たぶんそろそろだと思います」


 なんとか、声が聞こえた。


「はっ、うまくやれよ。おいおい、そんなに睨むなよ……お互い、仲良くやっていこうぜ。おまえだって、住む場所を奪われたくはないだろう?」
「……」


 ……住む場所を奪われる? どういうことだ。
 何か弱みでも握られているのだろうか。
 メイド長が男と別れたところで、俺も彼女の背後を追いかける。
 声をかけるのは、貴族街に入ってからにしようか。
 いや……けど、この場で声をかけないとシラを切られるかもしれない。
 どうするのが正しいのだろうか。何かよからぬことが起こりそうで、それに俺も巻き込まれるかもしれない。
 ……聞こうか。
 魔族通りがおさまったところで、俺はメイド長の肩を叩いた。

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