召喚先は魔王様の目の前だった
第七話 職業
「相変わらずでかい城だな……。あ、こんちはー」
すれ違う城の騎士たちに挨拶をすると、返事はまばらだ。
……完全に全員が嫌っているってわけじゃないのか。それでも、八割くらいはやっぱり俺に憎しみをぶつけてくる。
人間と魔族の関係がよくわかる。別にそれを改善しようとは思わないけど、せめてもう少し優しくしてくれると嬉しいものだ。
バルナリアとともに移動していくと、やがて魔王の姿が見えた。
彼女は城に隣接するように作られた訓練場にて、剣を握っていた。
回りを騎士たちに囲まれていたが、襲い掛かる魔族たちを次々と吹っ飛ばしていた。
「まだまだ! その程度で、良いとおもっているのか! 来い!」
どうにも魔王様は相当にスパルタなようで、へろへろになっている騎士たちはそのまま動かなくなる。
魔王は誰も攻撃してこないことに呆れたようで、腰に剣を戻した。
「私が子どもの頃は、もっと戦えていたぞ? まったく、最近の若いのはだらしないっ」
……若いのって、あんた何歳なんだ? 疑問は浮かんだが、今は声をかける場合ではない。
今見つかるとあの餌食にされてしまいそうであったのだがと、魔王がバルナリアの姿を捉える。
動きたくなっていた俺は、バルナリアに足を蹴られる。
「何座り込んでいるんですか?」
「いやぁ……俺ああいうスパルタは遠慮したいといいますか……」
「バルナリア、それに人間」
気づいた魔王がこちらへと近寄ってくる。
「大河だっての。せめて名前くらい呼んでくれよ」
「覚える価値もないものを覚えて何の意味がある。バルナリア、昨日は大丈夫だったか?」
「ええ、問題ありません」
そりゃあ、あんた何もしてねぇもん!
思わず叫びたくなったが、魔王がこちらを見てくる。
「貴様は今、私たちの盾……いや囮みたいな存在だ。何かあったときに、どのくらい戦えるのか知っておきたい。まずは職業からだな」
「……その職業ってのはなんだ?」
「何も知らないか。バルナリア」
「はい。……職業というのは、生物が生まれながらに持っているものです。忌々しいことに、人間も魔族と同じような職業を持っているらしいです。そして、勇者には例外的に後から職業が無理やりつけられるらしいです」
「勇者召喚ってことか?」
「人間たちは、たくさんの命を犠牲にし、その勇者を召喚しているんです。まったく、おかしな種族ですね」
「だな。どこの誰かも分からない者を召喚するために仲間を使っているのだからな。それも、簡単に干渉できるような粗末なものでな」
「それは魔王様のお力が凄いからですよ」
「まあ、それもあるかもしれないがな」
魔王が照れた様子で頭をかいている。
「……で、俺ももしかして職業を持っているってことか?」
「だろうな。というか、私もそれが目的で貴様を生かすことに決めた。召喚された人間たちは、みな勇者、という職業を持っているらしい。その力は馬鹿にできないもので、それを魔族側として使えるのならば、一気に人間を叩き伏せることができるからな」
「勇者かぁ……。魔法とか使えるのか!?」
「魔法はまた職業とは関係ない才能だ。職業で扱えるのはスキルだ。とりあえず、まずは職業を意識できなければ意味がない。さあ、自分の心に職業を問いかけてみろ」
……職業か。
魔王の叫びによって、周囲で倒れていた騎士たちも体を引きずるように離れていく。
さすがに、勇者の職業には興味があるようで、皆の注目が集まっている。
……俺の職業はなんだ?
その問いかけに、心中でゆっくりと返事がある。
ものまね。
……。
いかんいかん。今余計なことを考えたのかもしれない。
もう一度、もう一度問いかけよう。
俺の職業はなんですか?
ものまね。
「……どうだ。意識できたか? 意識さえ出来れば、後は職業からスキルを使用すれば良いだけだ。簡単だろ?」
「わ、わかりましたぁ!」
「突然叫ぶな、やかましい」
魔王が腕を組み、俺は職業を意識する。たぶん、勇者なんだけどちょっと間違えちゃっているだけなんだ。
高校生とか完全に戦闘能力ないじゃないか。
職業、スキルと意識をすると……ものまね?
なんじゃこりゃ。前に行動したキャラクターの攻撃でも真似するの?
「……ものまね、だそうだ」
「ものまね? 聞いたことがないな。バルナリアは?」
「いえ……初めて聞きますね」
「他に、誰か聞いたことある奴はいるか?」
訓練場にいた人たちに魔王が問うが、結局誰も返事をすることはなかった。
皆が首を振ったのを確認し、魔王がにやりと笑った。
「発動の仕方は分かるか?」
「……いやぁ、さっぱり。もしかしたら誰かの攻撃を真似できるのかも」
「なるほど。ならば、スキルを放ってみるとするか」
魔王がその場で剣を抜き、にやりと笑う。
「そういえば、あんたの職業ってなんなんだ?」
「魔王だ」
まんまだ。
魔王は腰に刺した剣を抜き、その場で軽く振るう。
「クーカサッケタ!」
突然彼女の剣が切った場所が切り裂かれる。
そして、別の場所にも同じような亀裂が出現する。
「これが私の空間と空間を繋げるスキルだ。それと、斬撃を飛ばすシャシュのスキルがあるが……まあとりあえずこれを真似してみろ。誰か、剣を渡してやれ。なるべく軽い奴だ」
一本の剣が前に転がってきて、俺はそれを掴む。
……なんとか持てるな。
同じような動きを行い、
「クーカサッケタ!」
全力の気合とともに叫ぶ。
しかし、何も起こることはなかった。むなしさと沈黙を作り出すスキルだっただろうか。
もう一度やってみたが、結果に変化はない。
「……うん。たぶんまだものまねできないようなもんなんだろうな」
「スキルにも、力の差があるし、貴様の場合は魔力が足りないのかもしれないな。もしかしたら貴様という人が扱えるもの以上のは使えないのかもしれないな」
「いちいち、棘があるっすね。……まあ、いいけどさ。これくらいが今の俺なんだけど……この後なんかするのか?」
「何。どうせ暇なのだろう? 剣の相手をしてやる」
「い、いや……あの……俺剣を振ると膝が軋む持病があって」
「さあ、早くしろ。しっかりこちらを見据えないと怪我ではすまないぞ」
「怪我ですまないようなことをしないでくれ!」
魔王の剣が振りぬかれ、ほっとしたような騎士たちの吐息がもれた。
「お、おまえらぁ! この化け物を引き受けてくれ!」
「あんた一応勇者なんだろ? 俺たちは向こうで訓練してくるから、後は任せた!」
昨日牢屋でそれなりに話した騎士が、皆を代表するように言った。
ここぞとばかりに俺に任せていく騎士たちに、むかーっと吠えたが、その隙に蹴りをくらう。
「い、いってぇな……その可愛い顔ぐちゃぐちゃになっても知らないからな!」
剣を振りぬいたが、あっさりとかわされ魔王の剣が直撃する。
突きが左手にあたり、目が飛び出すかのような痛みに襲われる。
「い、いってぇ! 刃、血が出ちゃってるよ!」
「バルナリア、治癒師を呼んでこい。血が出てしまっている」
「初めに用意しておいてくれ!」
「言っておくが、これは私なりの訓練の仕方だ」
と、魔王は肩に剣を乗せて暇を潰すようにリズムを刻んでいる。
バルナリアがゆっくりと歩いていく。出来れば駆け足で治癒師を呼んできて欲しいんだけどっ。
「私が父に教えてもらった訓練のやり方だ。何度も痛みを与え、たまに優しくする。そうすれば相手は私の言いなりとなる、とな」
「……それ、訓練というか調教」
「どちらにせよだ。痛みに慣れておくのも必要になってくるだろう。貴様のその貧相な動きと体を見れば、貴様が元の世界で情けない戦士であったことはすぐにわかる」
「そもそも、戦士なんてねぇんだよ……。けど、まあ――」
この魔王に勝てるくらい強くならないと、勇者を止めるとかできないよな。
なら、魔王が直接戦ってくれるだけ、ゴールが分かりやすい。
「ほぉ。今のでまだ動くか」
「動かないような攻撃したのかよっ。くらえ!」
「遅い、遅すぎるぞ」
魔王がかわし、足を振り回す。
首を回してみたのは、俺の背中に蹴りが直撃する瞬間だ。
体が吹き飛び、地面を転がる。
……なんつー強さだ。
体の痛みこそあるが、一応骨は折れていないようだ。
運がよかっただけだけどな。
剣を支えにして立ち上がると、魔王が剣をしまう。
「……治癒師が来るまで待ったほうがいいな。さすがに貴様弱すぎるぞ」
「その治癒師ってのは、傷くらいなら完璧に治してくれるのか?」
「病気などはさすがに無理だが、魔力が許す限りはな。例え、腕がもげても治してくれるさ」
「なら……まだやってやるよ!」
剣を両手で持って駆け出す。魔王は僅かに眉間に皺を作ったあと、口元を歪める。
「人間にしては、根性があるではないか。死なない程度に潰してやろう!」
振りぬいた剣は当たらず、魔王の拳が腹にめり込む。
その拳をすかさず掴み、剣を捨てて背負い投げをする。学校の授業で学んだくらいなため、まるで機能しない。
ただ、魔王の胸に体を押し付けただけだ。気持ちよい。
「何がしたい? セクハラか?」
「わ、悪い!」
「とりあえず、死なない程度に死んでおけ」
魔王は笑いながら拳を振りぬいた。
……まるで歯が立たない。
本当に勇者召喚っていうのは、魔王に対抗するために行ったものなのだろうか。
痛む体を何とか起こすと、魔王のトドメの蹴りが放たれた。
「……さすがに、これほど弱いと運動にもならないな。気合だけじゃあ、どうにもならないぞ」
「いってもなぁ……気合くらいしか今の俺にはねぇからな」
膝を押さえるようにして立ち上がる。
ふらふらと体が傾くが、それでも拳を固めるくらいはできる。
遠くで歩いていたバルナリアがこちらを見て、さすがに驚いた顔になっている。
そして、思い出したような急ぎ足で治癒師とともにやってきた。
信号が赤に変わりそうになって駆け出す俺みたいだ。
まあ、さすがにこんだけ傷ついているとなると、さすがのバルナリアでも慌てるか。
「魔王様、これはどういうことですか? さすがに弱すぎではありませんか?」
「俺の怪我の心配じゃないのかよっ」
バルナリアははぁ? といった顔を向けてくる。
本当に人間には興味がないようで、たぶん俺が死んでもふーん程度にしか思わない。むしろ喜ぶはずだ、悪魔め。
「確かに、それは思っていた。勇者というのは、成長速度が早いのか? それとも……人間たちは本気でこれを切り札と思って召喚したのか? 確かに、気合だけは十分あるが」
「良く分かりませんね。本当にこれは勇者なのでしょうか?」
これ、これ、と俺を完全に物扱いしている。
「治癒師さん、怪我治りますか?」
「はぁーい。大丈夫ですよぉ。けどけど、あんまり弱いのに無茶しないでくださいねぇ? 怪我の治療も、雑魚相手にするのは、面倒なんですからねぇ?」
「……」
「なんですかぁ? ゴミ弱さ――人間さん?」
治癒師はにこりと友好的な笑みこそ浮かべているが、完全に俺を嫌っているようだ。
本当に俺にとって敵しかいない環境なんだなぁ。悲しいだよ。早くおうちに帰ってアニメでも見て癒されたいよ。今ならどんなアニメでも癒しになるだろう。
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