召喚先は魔王様の目の前だった

木嶋隆太

第六話 不穏な空気

「……あの、朝は早い、といったわよね?」
「……す、すんません」


 次の日の朝。慌てて目を覚ました俺だったが、すでに使用人たちは全員起きている。
 テーレに叩き起こされるようにして体を起こし、急いで駆け出す。
 朝の……五時くらいか? 日本での生活とはまるで違うために、すぐに対応はできなかった。


 テーレが皆に簡単に紹介してくれたが、やはり魔族たちの態度は冷たいものだ。
 全員が距離をあけてしまっている。前途多難だな。


「何かすることあるか!?」


 聞けば、一応仕事を伝えてはくれるのだが……やはりよそよそしい。
 ていうか、男がいない。バルナリアの趣味だろうか。
 これでは、気軽に声をかけられる相手もいないし……大変だ。
 と、雑用として荷物を運ばされていた俺は、眠そうな顔のバルバリアを目撃する。


「お、バルバリアおはようさん」
「……」


 バルバリアは相変わらずの無視を決め込み、すたすたと歩いていく。
 寝惚けて気づかなかったのだろうな、うんうん。
 荷物を置いて食堂に戻ってくると、バルバリアは使用人たちが用意した料理の前に座っていた
 使用人と主であるバルバリアが一緒に食事をすることはない。


「あなたも、先に食べてきていいわよ」


 冷たい口調でメイド長が言ってきて、こくりと頷く。
 まだ時間的には早いのだが、それでも食べられるときにもらっておいたほうが良い。
 俺は裏方で食事を先に頂くことになる。
 料理自体は調味料もしっかりと使われていておいしいのだが、なんだか涙が出てきそうだ。
 食事を終えて、一応自分の食器くらいは洗っておく。


 水道も蛇口をひねれば出てくるようになっている。……ここら辺は、魔法なのだろうか。
 それからバルバリアの食事を片付けにメイドたちがやってきて、メイドたちも食事を始めていく。
 いくつかのグループがあるようで、一番最初に食事ができるグループに、テーレの姿もあった。
 声をかけようとしたところで、テーレが別のメイドに声をかけられる。
 メイド長だったはずだ。


「テーレ、今日ちょっと買出しに行ってきてくれない?」
「……えと……その……はい。わかり、ました」
「ここに、必要なものは書いておいたわ」


 一枚のメモをメイド長が手渡したが、テーレは落としてしまう。
 慌てて床におちたそれを拾ったテーレを、メイドたちがくすくすと笑っている。
 メイド長はわざわざ押し付けたわりに、ぶすっとした顔のままだ。


 と、メイドの一人が俺の視線に気づいたようだ。
 それからメイド長の顔を見て、口を開いた。


「ちょうどよかった。エルフ、荷物持ちとしてそこの人間も連れて行けば?」


 メイドがくすくすと馬鹿にするように俺を指さす。俺を馬鹿にするための道具として使うんじゃねぇよ。
 睨み返すと、メイドはさすがに一瞬怯んだが、それでも態度は崩さなかった。


「……は、はい。わかりました。……あんたも、一緒に来れる?」
「別にいいけど、今からか? 朝飯は?」
「全部終わってから……たべる、わよ」
「言っておくけど、早くしないと食事は片付けるから」


 別のメイドが冷たく言い放ち、こくこくとテーレは頷いた。
 ……おいおい。


「別に今すぐじゃなくてもいいんだろ? とりあえず、テーレが飯食ってからじゃダメなのか?」


 言うと、メイドはきっと睨んできた。
 ……ま、なんとなく、テーレが嫌われているのが良く分かった。
 基本的にメイドたちは二人一組で仕事をしているようだったが、テーレだけは一人だ。まだ、それほどたくさんみたわけではないので、断言できるものではなかったが。
 昨日だってたぶん、仲間はずれにされたところで俺に会ったのだろう。


「早くしないといけないの。わからないかしら?」
「わかったわかったよ」


 仕方なく俺は、手で持っていける料理をいくつか掴む。


「……何しているの?」
「弁当だ。これなら道中でも食えるだろ?」
「なんて、下品な食べ方。そんなことしてまで朝食を食べたいの?」
「下品って……こんなやり方しているあんたらは下品じゃないのか?」


 メイドが苛立ったように青筋を浮かべる。
 ……俺が自分の立場を悪くしちゃいけないってのはわかっているが、こうまであからさまにエルフを嫌っているのを見過ごせるような人間じゃない。
 じろっとしばらくメイドと睨みあっていると、メイドはため息をついて肩を竦める。


「まあ、別にどうでもいいけれどね。さっさと買ってきなさい」
「……はい」


 テーレが歩いていって、俺もメイドたちをチラと見てから、外に出た。


「いやぁ、快晴だな」


 右手に持った肉とパンをテーレに渡すと、彼女は首を振った。


「外で歩きながら食べるなんて……見つかったらバルバリア様に迷惑をかけるわよ」
「じゃあ、どっかに隠れて食べようぜ。おっ、あそこの路地裏いいじゃんか」


 貴族街から抜け、平民街に着くと人の目が届かない場所も多くなってくる。
 その一つの場所に入ろうとしたが、テーレは首を振る。


「い、いいわよ。あたし……おなか空かないから」
「食べておけって。どうせ朝昼晩で意地悪されてんだろ? 食えるときに食っておいたほうがいいだろ?」


 パンで肉を挟むようにして、テーレに無理やり持たせる。
 テーレは仕方なくといった様子で、一口食べた。
 しばらくそれを見てから、テーレの手元のメモを貸してもらう。


「……ふむふむ」
「……何を、してんの?」
「いやぁ、なぜか文字が読めるんだよ。不思議なもんだ」


 見たこともない異国の文字がそこには並んでいるのだが、きちんと意味を理解することができる。
 たぶん、文字は読めないんだけど、意味だけはわかる。


「……はぁ? 勉強したから読める、じゃないの?」
「あぁ……まあ、そうなんだけどさ」


 困っていると、テーレも困ったような顔になる。
 テーレの食事が終わったところで、頼まれている品物を買いに行く。
 ……多いな。
 午前中のほとんどを買い物の時間にあてたが、それでようやく買い終えたほどだ。
 生活用品、庭の肥料など、ここぞとばかりに買出しを頼んでいたようだ。
 つーかこれ、テーレだけだと一日かかっていたんじゃないか?
 屋敷の入り口で息を切らして倒れこんでいると、テーレが頭を下げた。


「ありがと。あんたのおかげで……結構早く終わった」
「また何かあったら頼んでくれ」


 しばらく休みたい気持ちだ。
 玄関に横になりながら、あくびをする。
 玄関が開いた。


「……何しているんですか?」
「あ、いや……これはその」


 最悪なタイミングでバルバリアが戻ってきた。
 彼女から話しかけてくるという貴重な機会であったが、どう考えても友好度は下がっただろう。
 人の体を凍りつかせるほどの威力を持った冷ややかな瞳に、頬をひきつらせずにはいらない。


「とにかく、おはよう! 朝無視しやがって、酷いなー」
「誤魔化そうとしないでください。午後から、城にてあなたの戦闘能力を調べます。きちんと体を動かせるようにしておいてください」
「戦闘能力!? 自慢じゃないけど俺弱いぜ」
「知っています。正確には、あなたが力を所持しているかどうかを調べるものです。詳しい話は城でしますので」
「了解。なあ、一緒に飯食べても良いか?」
「……はあ?」
「俺一人で食べるのあんまり好きじゃないんだよ」
「メイドたちと食べれば良いでしょう。というか、裏で食べていたのではないですか?」
「いやいや、食ってねぇって」
「はぁ? まあ、メイドたちのことは知りませんが、頼めばいいんじゃないですか?」


 バルナリアはさした興味もなさそうにあくびをする。
 ……この人、メイドのことどのくらい知っているのだろうか。
 まさか……テーレのことも知らないんじゃないよな?


「あんたって……メイド全員を把握しているのか?」
「名前くらいは。それがなんですか?」
「性格とかさ、どんな子なのかなぁ……ってのは?」


 それとなく聞いてみると、呆れたようにバルナリアが嘆息する。


「そんなもの知って何かありますか? どうせいつかは別の人と交換になるんですよ?」
「それでも」
「いつかはいなくなる人たちと仲良くなって何になるんですか?」


 そう言い放った彼女の表情には一切の感情がなかった。
 ……普段から無表情が多いけど、今のは恐怖のようなものを俺の心に植えつけてきた。
 去っていく彼女の背中をじっと見る。
 なんつーか、昔の翔に似ている部分があるなぁ。
 あいつも昔は、一匹狼って感じだったし。









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