召喚先は魔王様の目の前だった

木嶋隆太

第四話 契約完了

 一体俺の心はどうしたら動く?
 ……この魔王様に何かをしてもらう、とかか?
 そうだな。一つだけ頼むのならば――。


「魔王様……無理だったら無理って言ってください」
「何? 私に無理なことなどあるわけがないだろう」
「そういうことじゃなくてだな……。『大河、お願い。私の力になって』ってこう……甘く囁く感じでお願いしてもいいっすか?」
「馬鹿ですか!?」


 側近の女性が即座に反応して、俺の高等部を殴られる。
 強打の一撃に頭が地面にめりこむかと思った。


「や、やっぱダメっすか?」
「ダメに決まっていますっ」
「……逆に問うが、その程度で心からの信頼ができるのか?」
「できますっ」
「……できなければ、殺してやろう」


 魔王がこほんと咳払いをし、両手を合わせる。
 祈るような姿勢の後、彼女は頬を赤く染める。
 ……演技が上手だな。
 いやいや、彼女は本気で俺に頼もうとしてくれている……そう思い込んだほうが成功する可能性もあがるというものだ。


「大河、お願いだ。私の力になって……くれないか?」
「あ、ああ。もちろんだ!」
「なぜあなたが上から目線になっているんですか!?」
「い、いいだろ? なんていうか、そっちのほうがやる気が出るんだって! 今の魔王様の顔、本当に魅力的で、もう俺の心はきっとやる気にあふれていますよ! ささ、どうぞ契約をすぐに!」


 魔王に散々と疑いの目を向けられながら、先ほどと同じように契約を始める。
 今度は、心にずしんと彼女の声が響いた。
 それに返事をすると、俺の左手に魔法陣が浮かび、魔王の手にも似たようなものが作られていった。
 それを見せつけるように、魔王が片手をあげる。


「これは、強力な契約だ。おまえの居場所はすぐにわかるようになっているし、私の許可なくおまえが私に攻撃することも叶わないようになっている。ためしにやってみるか?」
「よし、俺の本気の拳でもくらってみろ!」


 ぐるぐると腕を回し、それから魔王へと振りぬく。
 しかし、当たる寸前に体から力が抜けて膝をついてしまうった。


「こういうことだ」
「わわかったが……。それで、他に何かするべきことってあるのか?」
「そうだな……。とりあえず、おまえの見張りはすべてバルナリアに任せる。バルナリア、頼めるか?」
「人間の世話はあまりやりたくはありませんが」


 バルナリアは冷静な表情に明らかな苛立ちを含んでいたが、魔王が特に咎めることはない。
 魔王がバルナリアの手を掴み、その甲を軽く撫でる。
 と、バルナリアの手にも同じような魔法陣が浮かぶ。


「そう言うな。この人間をうまく使えば、色々と策も練られるはずだ。人間、名前はなんだったか?」
「大河だ。大嶺大河。別に大河でいいからな」
「タイガか。それじゃあ、人間、わからないことはバルナリアに聞いてくれ。私は別の用事がある。バルナリア、家はおまえの家にでも住ませておいてやれ」


 魔王の言葉に、反抗することもなく頷く。


「わかりました。必要最低限、で構いませんよね?」
「死なない程度なら、何しても構わない」
「いや、あの……できる限り優しーくしてくれると助かるんだけどなぁ……」


 俺の控えめな声は、バルナリアの睥睨によって吹き飛ばされてしまう。
 それなりに話ができていた魔王はその場から去ってしまい、常に苛立っているバルナリアと二人きりになる。
 通路へ出ても、それは変わらない。
 気まずい空気が漂っているが、話さないわけにもいかない。


「えーと、バルナリアで良いのか?」
「黙ってくれませんか? あなたみたいな人間があたしの気高い名前を気安く呼べると思っているんですか? あんたは、ペット以下の存在ですよ?」


 目をひんむかんばかりのバルナリアに肩を竦めるしかない。


「じゃあ、なんて呼べばいいんだ?」
「気安く声をかけようとしないでくれませんか? 口を開くことも許しませんからね。余計なことをしたら、即これを使いますから」


 バルナリアが手の甲をこちらに向けてくる。


「それも、奴隷契約の一つなのか?」
「仮ご主人様ってことです。あなたのご主人様とか、それだけで一日中ゲロはけますね」
「マジか……俺ってそんなに嫌われてんの?」
「安心してください。私は人間すべてが嫌いですから。どうして同じ地上で、同じように空気を吸っているんですかね? 人間って生きている価値あるんですか? あなたたちに大した力がないのに、世界を荒らすためだけの兵器を平気で作り出して、自分の力だけで戦えないくせに、本当にゴミ以下ですね」


 とにかく、彼女がとことん人間嫌いであることはわかった。
 城の外に出る。
 庭では、庭師と思われる男が歩きながら手をあてていっている。
 いくつかの元気のなかった花たちが、突然に力を取りもどしている。
 どんどん先を歩いていくバルナリアをつつくと、怖い顔を向けてきた。


「あ、あれって魔法なのか?」
「黙ってくれませんか?」
「気になるんだよ。教えてくれよー、なーなー」


 ダダをこねる子どものようにしつこくいうと、バルナリアは嘆息気味に口を開いた。


「魔法ですよ。そのくらい、見て判断してください」
「……やっぱり、魔法なのか。いや、俺の世界って魔法とか無縁の世界だったからさ……どういう原理なのか、全然予想もできないんだよ」
「……」


 バルナリアが一瞬こっちに顔を向けてきたが、すぐに逸らした。
 何かに興味を持ったって感じか?
 魔法のない世界ってところかね。


「俺の世界では、電気っていうのでだいだい動くからさ。ほら、なんだろう……あの雷とかみたいな奴」
「電気くらいは知っています。ていうか、なんで突然語りだしているんですか? 無駄に口を開かないでください。世界が汚れます」
「この世界ってやっぱり、魔法とか魔力? とかが生活の基本エネルギーって感じか?」
「……そうですよ。もういいでしょう? いつまでも田舎の子どものようにキョロキョロしないでくれませんか? 隣を歩く人の気持ちになってください。ただでさえ、目立つ物体なんですから」
「おっ、本当だ」


 魔法にばかり目がいっていたせいで、今まで気づかなかった。
 騎士のような鎧を身につけている人やメイドの衣装を着た人たち。
 全員が魔族で、俺のほうをチラチラと見てきている。
 好奇の視線もあるが、やはり侮蔑、嫌悪といった感情が多い。


「うわー、やっぱり俺嫌われているのか?」
「人間が、ですね」
「……あれ? もしかして俺慰めてもらっているのか?」
「そんなわけないでしょう。いい加減、その無駄にうるさいのやめてくれませんか? 耳障りです。寝床で耳元を飛ぶ蚊並みにうざいです」


 この世界でもそういうのはいるのか。
 バルナリアの厳しい視線に、強気で胸を張る。


「楽しいからはしゃいでんだよ」
「は? ここは……あなたは知らなかったのかもしれませんが、敵地ですよ? 言っておきますが、いつ死んでもおかしくはないんですからね?」
「そんなのわかってるよ。けど、それ以上に色々と知らないものに出会えて、楽しいんだよ」


 本当のところ、やっぱり怖いもんはあるんだって。
 俺がここで一人びびって……逃げるってのは簡単だよ。
 死ねば、そりゃあラクにすべてを終わらせることもできるし……たぶんあいつらも恨むようなことはしない。
 異世界なんてわけのわからない状況で、怖くないなんて強がっても言いたくない。
 だからって……弱さを見せている場合じゃない。


「能天気な人間は幸せですね」
「えー、ひっでー」


 バルナリアがさっさと歩いていって、置いていかれないように精一杯ついていく。
 一番は、俺だけが勇者として召喚されていれば……それで全部終わりなんだ。
 三人ともが召喚され、三人ともが洗脳魔法なり、契約なりを結ばれてしまっている場合……助けられるのは俺しかいねぇしな。
 ……なんとか、なるよな。



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