スマホとワンコと異世界旅

木嶋隆太

第二十二話 作戦実行



 女騎士に連れて行かれるままに、貴族街へと踏み込んでいく。
 ……周囲からの怪訝げな瞳にさらされているため、非常に居心地が悪い。
 それらを気にしないように視線を女騎士の背中へと向けながら、歩いていく。


「中に入ってください」


 やがてついたのは、城だ。
 ……ここにたぶんだが、カナリーがいる。リンゴの言葉を思い出しながら、俺は息を吐く。
 入り口で警備をしていた女騎士がこちらに気づくと軽く頭を下げてきた。
 見覚えのある顔だ。たぶん、昨日いたんだと思う。


 敵意は向けられていない。……考えすぎだったかな?
 しばらく城内を移動しながら、俺は視線を周囲へと向けていく。
 男は本当に少ない。飛行船の技師やたまに騎士がいるくらいだ。
 この国では女性のほうが優遇されているみたいだな。


「こちらです」


 女騎士が手を向けたのは、大きな両扉だ。
 そこを守るように立っていた女騎士が押し開け、中へと誘導される。
 そして、頬がひきつりそうになる。
 待っていたのは、ヒーニアとリニャだった。
 ボス級二人を目の前にして、声を出さずに表情も普通のままでいられたことに自分を褒めたくなった。


「おまえが、昨日リニャを助けた男か」
「……え、えと、まあ」


 声も変装によって変わっているから大丈夫だよな?
 スマホが言っていたように普段のようなクセを出さないようにしながら、俺はじっくりと観察していく。
 リニャが小さく手をあげている。歓迎、されているようだ。


「リニャを助けてくれて感謝する。まさか、水が出現する高難易の迷宮だとは思わなかったのでな。もう少しで大事な戦力を失うところだった」
「は、はぁ……あの時は無我夢中だったんで……」
「はは、リニャよかったじゃないか」
「からかわないでよヒーニア」


 困った様子でリニャが頬を掻いている。
 ヒーニアがニヤリと笑いながら、腕を組む。


「それで、依頼報酬とは別に褒美を与えようと思ったが、何かほしいものはあるか? 金や物でも良いし、騎士試験の斡旋くらいはしてやれるぞ」
「……えーと」


 別に何もいらない、とも思っていたが何ももらわないのはさすがに怪しまれるか?
 こういう場合、謙遜していらないですというのか、それとももらっておくべきなのか。


「助けようとしたときは、そんなの考えてもいなかったので、今すぐに何かくれてやるといわれても思いつかないといいますか」
「ふむ……確かにそうだな。それじゃあ、また今度でも良いか。それまでの連絡相手として、リニャ頼めるか?」
「わ、私!?」


 慌てた様子でリニャが声を荒げ、それからヒーニアと視線を合わせる。
 しばらくして、リニャは諦めたように頷いた。


「それじゃ、そのよろしく。名前は……」


 そういえば、名乗ることはなかったな。
 ギルドカードに登録している名前と違うことになってしまうが、本名を伝えるわけにはいかない。
 まあ、ギルドは国が管理しているので調べれば一発でわかってしまうと思う。
 だが、現時点で俺の名前を知らないということは、相手はまだ俺のことを知らないってわけだ。
 何か良い名前はないか……。
 色々と考えたところで、俺は思いついたことを口にする。


「ら、ラノベです」
「ラノベ、かいい名前だな」
「そ、そうですか? ありがとうございます」


 ……俺の頭ってポンコツなんだな、って思った。
 ヒーニアは用事があるということでそこで別れ、俺はリニャと並んで歩いていく。


「そういえば……あんた剣を教えてくれる人って見つかったの?」
「いや、探してもないですね」
「何よ、やる気ないの?」
「いや、あるんですけど……今はちょっと日銭を稼ぐのに忙しくて」
「ああ、冒険者だもん、大変よね。なら、これから少し相手してあげよっか?」


 顔を覗き込んでくるようにリニャが見てくる。
 ……城内を移動できるな。
 ある程度近くまでいけば、スマホが勝手に地図をかいていってくれる。
 だから、その申し出は嬉しい限りだ。


「それじゃあ、よろしくお願いします」
「わかったわ。こっち来て」


 嬉しそうにはにかむリニャに、騙しているような罪悪感が湧き上がってくる。
 ……彼女の後ろをついていき、やがて庭へと出る。
 俺がきょろきょろ見ていると、リニャがからかうように口元を緩める。


「やっぱり、城とかって興味深いものなの? 凄い子どもっぽいわよ」
「いや、だって初めてみるものばっかりですし……いやぁ、大きいですね」
「ここは、これでも小さい方よ? 首都の城なんて、もっと大きいんだから」
「え、これ以上にですか? 俺確実に迷子になりますよ」
「そう? 私もあんまり行かないから、迷子になるのよね」


 お互いに苦笑しながら、訓練場へと向かう。
 訓練場についたところで、女騎士たちの視線が集まる。
 中には昨日一緒に戦った人もいるため、軽い挨拶をしてくれる。


 その挨拶をした人が、昨日の出来事を伝えていくことで、伝染するように広がっていく。
 いつの間にか、実力者として伝わってしまったようで、皆が訓練を行いながらちらちらと見てくるのがわかる。
 水にちょっと打たれ強かっただけなんだけど、その事実が伝わることはなさそうだ。
 男は冷遇されているかのように、隅のほうで数人が訓練をしているだけだ。俺もあっちに混ざりたいんだけどなぁ……。


「その剣、良く騎士たちが持っているものね」
「武器屋に行ったらこれを勧められたので」
「その武器屋、良いものを選んだわね。扱いやすいでしょ?」
「はい」


 思えば、俺は結構運がよかったよな。
 剣の知識を持たない俺が買い物に行くなど、店主からすれば格好の的となってもおかしくないよな。
 リニャが俺から離れていき、剣を抜く。


「それじゃあ、どこからでもかかってきなさい。相手してあげるわよ」
「……それじゃあ、遠慮なく!」


 リニャへと突っこんでいき、剣を振りぬく。簡単にあしらわれる。
 右、左と体力の続く限り体を動かしていくが、やはり騎士隊長というのは強い。
 水が弱点とはいえ、何もない状況ではまるで俺が敵う要素などない。
 あっさりと剣が弾かれ、宙をまう。


「動きに無駄が多いわね。本当に素人みたいな動きだけど……」
「やっぱり剣の才能ないんですかね」
「才能がないとかじゃなくて、剣に焦りが見えるのよね。もっとじっくり腰をすえてゆっくりと鍛えていけば大丈夫だと思うわよ」


 ……それができればな。
 カナリーは、今捕まってる。それがいつまで続くのかは分からない。
 魔器を作っているのならば、生かしてもらえるかもしれないが、もしもカナリーがそれを拒んでいれば?
 用済みになって消されてしまう可能性がないわけではない。
 俺がそんな考えをしていると、


「ちょっと」
「いてっ」


 いつの間にか眼前に迫っていたリニャに額をつつかれる。


「今何を考えているのかわからないけど、焦って剣を学ばないといけないようなレベルなの?」
「まあ、それなりに時間はないんですよ。だから、もう一度お願いします」
「……わかったわよ」


 リニャが剣を構え直し、俺は何度もぶつかっていく。
 一時間ほど訓練をさせてもらったところで、息をついた。
 リニャが用意してくれた水筒を受け取り、水を一気に飲んでいると、彼女も隣に腰かける。
 タオルも貸してもらい、しばらく汗を拭っていると、


「……何をするのかわからないけど、あんたならたぶん大丈夫でしょ。私を助けに来たとき、凄く強く見えたわよ」
「あれは……俺がたまたま水に比較的耐性があったからですよ。もしも、ドラゴンでも襲ってきたら、そのときは助けられなかったですよ」
「自分の強みを理解しているってことじゃない。出来ないことははじめに無理とも言っていたし、あんた自分の力をきちんと把握して、その中でできることをやろうとしているじゃない。そういうのって、なかなか難しいでしょ」


 ……そういうものだろうか。
 できないことまで押し付けられたくないから、俺ははじめにそう伝えただけだ。


「……そろそろ俺は戻りますね」
「そう。入り口まで送っていくわよ」


 しばらくの休憩の後、俺はリニャとともに貴族街の出口まで案内してもらった。
 貴族街と平民街を繋ぐ門の前で、俺は彼女と別れる。
 去り際に、リニャが口を開く。


「始めは頼りないと思っていたのよね」
「……まあ、実際頼りないと思うけど」
「そんなことないわよ。あんたかなりやる気あるしね。その根性さえあれば、何でもできるわよ」


 やろうとしているのは、そんな彼女たちへ喧嘩を売ることである。
 こう優しくされると、カナリーの件も何か理由があるんじゃないかと思ってしまう。
 ……ただ、理由があって連れて行ったからといって、これからも捕らえたままにしているのならば、俺は助けに行くだけだ。
 出来れば、これ以上は関わらないほうがいいだろう。俺の心に迷いが出てしまう。




 ○




 宿へと戻り、リンゴとともに作戦会議を開くことになる。
 今日手に入れた情報は貴重であり、スマホの地図を見れば城内は完璧にマッピングされている。
 これで、カナリーの居場所のおおよそを掴むことができる。


 スマホは、近くを過ぎれば自動でマッピングしてくれるため、地下の構造も良く分かる。
 しばらく全体を眺めていると、リンゴが手を向ける。


『恐らく、カナリーがいるのはこの辺りだ』


 示した場所に、スマホがチェックを入れてくれる。
 そのポイントは、訓練場の真下辺りだ。そこへ向かう道は一本しかないため、戦闘は避けられないだろう。
 やっぱり、陽動するための魔物が大量に必要かな。
 俺の作戦は簡単だ。


 飛行船には魔力が多くこめられている。
 だから、俺がその魔力を奪い、一つだけ使えるようにしておく。
 これによって、俺たちだけ逃走が可能になる。


 中に入るまではそれほど難しくはない。
 麻痺粉を使えば、一時的に相手を無力化できるし、変装によって女騎士になれば、それこそ簡単に入ることができるだろう。
 後は、陽動として魔物を大量に放つだけだ。


 カナリーを救出してからそこまでを上手くできるかどうか。
 まずは魔物を多く捕獲するところから始めなければならない。
 これから忙しくなりそうだ。

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