スマホとワンコと異世界旅

木嶋隆太

第七話 あんな小さな子一人に、危険な旅をさせるって



 魔物を狩るために町の外に出たところで、俺はスマホを取りだす。
 いつもと違う文字が出現していた。


「……パーティー機能?」


 いまいち理解ができなかった。
 いったいどんな恩恵があるのか……と調べていると、リンゴが既にパーティーに加わっていた。
 カナリーを誘うこともできるようだが……まずはパーティーについて調べるところからだな。
 パーティー機能としては、パーティーにいる魔物をスマホにしまっておくことができるというものだ。
 ……つまり、リンゴってことか。けど、カナリーはどうしてだ?


 この世界的に見れば、吸血鬼も魔物って扱いって感じかな?


「リンゴ、ちょっと試したいことがあるんだけどいいか?」
『なんだ? うお!?』


 返事をもらってすぐにパーティーとしてリンゴをスマホにしまってみる。
 それこそ掃除機に吸い込まれるかのごとく、リンゴがスマホに飲み込まれたのだ。
 ……なるほどね。町での注目に困っていたが、これで問題が少し減ったね。
 後は、アイテムの管理機能とかもついてくれればいいのだが……と願うと、バイブレーションした。


『忘れていました。アイテム管理機能もありました』
「……おまえ、便利だな」


 改めてスマホの凄さを理解した。
 機能によれば、アイテムをスマホにしまっておくことができるようだが、後でギルドに売ることを考えると、取りだす作業も必要になる。
 アイテムの収納は近づければ簡単にできるようだ。
 そこで、しばらく放置していたリンゴを取りだすと、リンゴがふんと鼻をならす。


『驚くからそういうのは先に言ってくれ』
「悪い悪い」


 ずっと脇で見ていたカナリーがささっと離れた。


「……その力は何?」
「俺が一緒に暮らしていた人が持っていたものだよ。俺も詳しくは知らないんだけどね」


 なんて嘘をつくと、いぶかしんだ様子を見せていたが、カナリーはそれ以上突っこんでこなかった。


「そうだ。カナリーも中に入れるみたいだけど、どうだ? パーティー組んでみるか?」
「……嫌、人間なんかに捕らえられたら二度と出てこられない」
「ちょっとは信頼してくれよなぁ」
「信頼できるはずがない」


 ……まあ、そうだよな。
 こんな力を見せられたら余計に疑われるのも仕方ない。
 カナリーの信頼獲得は難しいとわかっていたからこそ、隠すこともせずに使用した部分もある。


「それじゃあ、魔物狩りと薬草集めを始めるか」


 やっぱりここでもリンゴの力が必要になるんだけどね。




 ○




 三時間ほどかけ、俺は再びギルドへと戻ってきた。
 大量の薬草と、魔物の素材を持ってだ。
 もちろん、ギルドにつく前にスマホから取り出して両手一杯で持っている。
 金が入ったらまずは素材を入れる鞄などを購入しよう。
 そう考えながらカウンターに置くと、


「……凄い、素材の量ですね」


 目を見開いたギルド職員に、俺は首を捻る。


「そうなんですか?」
「……いや、だって。どんなに歩いても魔物と遭遇ってなかなかできないんですよ? それに、薬草もすべて間違えずに持ってきていますね」
「だから言ったじゃないですか。一度見れば覚えられるって」
「ええ、凄いです」


 手放しでギルド職員が喜んでくれ、俺は頬をひきつらせるしかない。
 ……すべて、リンゴのおかげだ。
 リンゴは薬草の臭いを完全に覚えた。
 紛らわしい偽物があるにも関わらず、リンゴはそれらをすべて理解していたのだ。


 魔物については、言わずもがなだ。
 リンゴが臭いでとらえ、魔物の場所に誘導してくれるんだから難しいことなんてない。
 なんて、ギルド職員と話していると隣にいた渋い男がこちらに顔を向けてきた。


「おっ、おまえさっき登録したばっかりの奴だろ? おいおい、随分な稼ぎじゃねぇかよ。一杯おごってくれねぇか?」
「そりゃあこっちの台詞っすよ。そのごつい素材はなんですか?」
「うん? おうおう、よく聞いてくれたなっ。こいつはレミントの森に住んでいたカメなんだよ。防御が固くってなかなか倒しにくいやつなんだが、偶然顔を出しているところだったんでな。頭をがつーんと奇襲して殴ったらこの様よ」
「へぇ、凄いですね」
「がははっ、まぁな。レミントの森といえばな――」


 さらに男の自慢話は続いていく。
 色々と情報が手に入るので、しばらく相づちを打ちながらギルドを共に出る。


「まだ、話足りねぇな! おまえ、ちょっと近くの店にいかねぇか!?」
「はい、いいですよ! どのくらい奢ってくれますか!?」
「そうだな、新人冒険者の歓迎ってことで、一食パーッと奢ってやるぜ!」


 ばんと背中を叩かれ、それからカナリーとリンゴを見る。


「そっちのはどうすんだ?」
「……私はいい。うるさいの苦手」
「なはは、そうか。んじゃ、男二人でのんびり話でもしようぜ!」


 再び強く叩かれ、俺は苦笑まじりに頷いた。
 それから俺は、一度カナリーに近づく。


「カナリー、おまえが住んでいた故郷の名前ってわかるか?」
「……なんで?」
「おっさんならわかるかなって思ってさ。だいたいの方角しかわかんないんだろ?」
「……フィリーナ村」
「了解。聞いておくな!」
「……」


 カナリーは何も言わずに歩いていく。


『カナリーのことは任せておけ。後で宿が決まったら迎えにいく』
「……おう、そうだった」


 携帯なんてないんだから、待ち合わせ場所はしっかりしておかないとだった。
 頭をかきながら、おっさんと一緒に店へと向かった。




 ○




 夕方になった酒場は、冒険者たちのたまり場として賑わっていた。
 おっさんと一緒にカウンター席へと座り、料理を注文してくれる。
 しばらくおっさんの自慢話を聞いていく。


「おっさんは、ランクいくつなの?」
「Dだぜ。そんなに実力はねぇが、運はあるほうなんでな。思わぬチャンスで大物をしとめたことは今までも何回もあるんだぜ!」


 そのときの状況を再現するように、片手を振る。


「いいなー、俺もそんなチャンス来てくんねぇかなー」
「なはは、ま、いつかは来るだろうぜ。それより、あの嬢ちゃんはおまえの奴隷か? 吸血鬼が好きなんて珍しいな」
「いや、奴隷じゃないよ。首輪なかっただろ?」
「そういやそうだったな。だとしたら、一人にするのはよくなかったか?」
「どうして?」
「吸血鬼ってだけで、嫌われることは多いからな。オレだって、苦手意識あるしな」
「……そういうもんなんだ。俺は田舎暮らしが長かったから、よくわかんねぇや」
「もしかして、吸血鬼についての話とかも聞いた事ねぇのか?」
「うん。教えてくれないか?」


 ちょうど料理が運ばれてきて、お互いに口へ運んでいく。
 おっさんは短く、呟くようにいった。


「もう二百年近く昔らしいけど、吸血鬼は人間を管理し、自分の餌にしようとしていたんだよ。だから、吸血鬼は人間にとっての敵、なんだよ」
「……そうなのか」


 それは昔のこと、か。
 人間が嫌っているのだから、カナリーが好きになれるわけがない。
 なんとなくカナリーの態度にも理解が生まれた。
 嫌いなままでも別に構わない。彼女を早く両親がいるであろう、故郷に連れて行きたい気持ちはあった。
 時折見せる寂しそうな悲しんだ表情を見ると、胸が痛くなる。


「そうだ。カナリーは、奴隷じゃないっていったろ? これからあいつの故郷に送っていくつもりなんだけど、フィリーナ村って知っているか?」


 とたん、おっさんの手がぴたりと止まった。
 彼の顔から、あまり良い言葉は聞けそうにない。


「……あそこが、あの子の故郷なのか?」
「ああ。なんか、知っているのか?」
「あそこなら、つい先日竜に襲われたらしいぜ。森の奥にあるような場所だから、今どうなっているかはわかんねぇけどさ」
「……」


 予想していなかったわけではない。
 どうして、彼女が一人で逃げていたのか。
 ……まさか、旅を楽しんでいるなんて楽観的に考えていたわけがない。
 何かしらの深い事情があり、そして今ここにカナリーがいる。


「なんでも、国の実験場としても使われていたみたいでさ。竜の子どもを実験体として使ったときに……そんなことが起きたらしい。国はもうその村を見捨てているし、今はどうなっているかさっぱりだな」
「……おいおい。竜はどうなったんだ?」
「さぁな。どこかに飛び去ったとも聞くし、森に隠れているとも。どっちみち、あの村にいくには現地にすむ人間だけが知っている道を通るしかねぇんだよ」
「……魔法って感じか?」
「ああ。どうしてそんなに厳重にしていたのかは知らないが、たぶん、国が絡んでいるだろうぜ。そこは、現地にいた嬢ちゃんに聞いたほうが詳しいはずだぜ」
「色々教えてくれてありがとな」
「いいってことよ。死なねぇように気をつけな。ランクをあげるコツは、死なない依頼をコツコツやっていくことだからな」


 俺だって死にたくはない。命を賭けるなんて、よっぽど親しい相手以外にはない。
 リンゴと一緒に地球に戻るまで、無茶はしないつもりだけど……。
 どうしたものかね……。
 おっさんから一応、フィリーナ村がある森までの行き方も聞いたが、どうしても悩んでしまう。




 ○




 おっさんと別れた俺は、外で待っていたリンゴと合流する。


「カナリーは?」
『部屋で休んでいる。それより、どうだった?』
「……その、さ」


 おっさんと話した内容のすべてをリンゴに伝える。
 険しい顔を作ったリンゴは、軽く頷いた。


『それでも、カナリーは戻ろうとするだろうな』
「だよなー。そのとき、どうするか、だよな」
『別に、カナリーとは特別何かあるわけではないだろう。それこそ、ここで別れてしまっても誰も文句をつけないだろう』
「俺が、文句つけるの」
『なに?』
「あんな小さな子一人に、危険な旅をさせるって……考えただけで頭痛くなる。それはダメだっ、て頭の中で自分が言ってくるような感じがするんだよ。それに、俺の好きな人にばれたら絶対嫌われる」
『……まあ、おまえはお人よしなほうだからな』
「いやいや、そんなことはねぇだろ。誰だって、死ぬかもしれない奴を放っておけるか?」


 リンゴは、呆れたように首を振る。
 なんとも人間らしい仕草に、俺は頬を掻いてから歩き出す。
 宿につき、リンゴが口にくわえていた鍵を放り投げてくる。
 俺はそれを掴んで、扉をあける。
 カナリーはベッドに腰かけたまま、キッとこちらを睨んできた。


「一緒の部屋、嫌」
「……そういや、二部屋じゃないのか?」
『吸血鬼に、部屋を貸したくはないんだとさ。カナリーが仕方なく、飼い主がいると言って、その使いということで部屋を借りたんだ』
「本当に、人間は嫌い」
「……はは、そうか」


 軽く笑って俺はカナリーの隣のベッドに腰かける。
 カナリーは体でも洗ってきたのか、髪がしめり、服も変わっていた。


「シャワーとかあるのか?」
「隣の建物が、公衆浴場」
「はぁーなるほど。俺も洗ってきたほうがいいか?」
『金に余裕があるなら行ってきたほうがいいだろうな。少し臭う』
「そうか。カナリー……おまえ、どうして村から逃げてきたのか聞いてもいいか?」


 カナリーはその瞬間、髪を逆立てるように目をつり上げた。


「……竜に、襲われたから。あれは……人間たちのせい……っ!」


 ぎゅっとベッドの布団をつかみ、皺をつくる。
 がたがたと震える彼女は、怒りで顔までも赤くなっている。


「あいつらが……竜の子どもなんか実験体に使うから! だから、お母さんが……っ!」


 怒りはやがて悲しみへと変わる。
 彼女はぽろぽろと涙を浮かべてしまい、慌てて声をかける。


「わ、悪い。その……まだ竜がいるかもしれないけど、それでも戻りたいのか?」
「戻る」
「……村が……その、なくなってても?」
「戻る。何もなければ、そこで私も消える」
「……」


 ……どう、すればいいんだろうな。
 村に連れていかないことは、難しいだろう。
 どうしたって寄り道をするのが限界だ。
 だが、仮に村にたどりついて……そして――。
 最悪の状況であれば、カナリーは自殺を選ぶ可能性もある。


 それが、正しいのかもしれない。
 俺が面倒を見る、と言えるような立場ならば、彼女を止めたいと思える。
 けど、俺は異世界人で、金に余裕があるわけでも、地位があるわけでもない。
 いつかは、彼女の前からいなくなる。


 なんとも考えがまとまらず、カナリーはやがてベッドに横になる。


「別に。ここで別れてもいいから。……感謝は多少は、ある。ありが……とう」
「……俺は浴場に行ってくる」


 リンゴに任せ、俺は部屋を離れる。
 久しぶりの風呂に、体の疲れを癒しながら考える。


 まあ、カナリーが戻るのなら、俺は一緒に行くだけだな。
 このまま放っておくのも気分が悪い。


 悩んでいるだけ時間の無駄だ。
 着くまで、着いてからでも考えられることはたくさんある。
 ひとまずは、この街で金を稼ぎ、移動の資金を集める必要があるし。

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